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MARS☆IDOL ☆赤い星のシンフォニー☆  作者: 南蛇井


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15/26

出発の日

――地球軌道上訓練施設ミネルヴァ・オービット・ベース

その最深部、静寂のドックエリアに、出発を待つ巨大な影があった。


観測窓の向こうに浮かぶのは、火星行き移住船《アストレア号》。

金属光沢の船体には、淡く赤いエンブレムが輝いている。

その側面には、細いフォントで刻まれた搭乗リスト。

RYOKO KAZAMI/REIMI TAKATSUKA/KANA SAEKI

――三人の名も、確かにそこに刻まれていた。


室内は、息を潜めたような無機質な静寂に包まれていた。

整備員たちは声ひとつ上げず、手順通りに機材を確認していく。

ツールの金属音が、無重力下の空間でかすかに反響する。


頭上では、照明が青から赤へとゆっくりと変化していた。

それは、火星の黎明を模した人工の“火星光”。

冷たい金属の床にも、淡い紅が落ちる。


――まるで、この空間そのものが、

彼女たちの旅立ちを“静かに見送る舞台”であるかのようだった。


青い地球が遠ざかるその先に、赤い星が待っている。

《ミネルヴァ・オービット・ベース》は、その間に横たわる“境界線”。

夢と現実の、帰還と出発の――その狭間に、三人の足音が響こうとしていた。



訓練終了式の朝。

ホールは白一色の静謐に包まれていた。

余計な装飾も、拍手もない。

ただ中央に三人――玲美、香菜、涼子が並び、無音の空気の中に立っていた。


前方スクリーンが淡く点灯する。

映し出されたのは、ハリム博士の映像。

彼の声は一定の抑揚で、まるでデータの読み上げのように淡々としていた。


ハリム博士(映像):「あなたたちは、第一陣として火星へ渡航します。

 この任務は実験であり、記録であり――夢の延長線上にある現実です。」


言葉の余白に、機械音のような静寂が流れる。

博士はモニター越しに、わずかに視線を動かす。

まるで、画面の向こうから三人を“観測”しているかのように。


ハリム博士:「夢は、観測されるためにある。」


その一言が、冷たい空間に静かに落ちた。


玲美は、ほんの一瞬だけ息を詰める。

――“夢さえも、データにされるの?”

そんな思いが脳裏をかすめる。

けれど、隣でまっすぐ前を見つめる涼子の姿を見て、

玲美の胸の奥に、別の感情が芽生える。


“もし、誰かがそれを記録してくれるなら――

 夢は、消えないのかもしれない。”


スクリーンの光が三人の顔を照らす。

その光は、告別の白であり、出発の赤へと変わる前触れでもあった。

出発ドックの空気は、金属と静電気の匂いが混ざっていた。

整備員たちが無言で行き交い、計器の点滅がリズムのように明滅している。

その中心で、三人は出発用スーツに身を包んでいた。


スーツの締め付けが、胸の奥に現実を刻む。

これまでの訓練の汗も、涙も、いまや全てがこの一枚の布地に染み込んでいるようだった。


香菜がヘルメットを抱えながら、観測窓の外を見上げる。

そこには、赤いエンブレムを掲げた《アストレア号》が静かに停泊していた。

巨大な船体に映る照明が、まるで鼓動のように脈を打つ。


香菜:「ねえ、あの船、ほんとに私たちが乗るんだね……。」


その声は、子どものような驚きと、旅立つ人間の震えを同時に含んでいた。


玲美は手袋の裾を整えながら、淡く息を吐く。

玲美:「実感、まだないけど。」


言葉とは裏腹に、指先はわずかに震えていた。

涼子がヘルメットのバイザーを見つめ、ゆっくりと呟く。


涼子:「でも……この“重さ”は、嘘じゃない。」


三人の間に、短い沈黙が落ちる。

誰もが、その“重さ”――命を預ける現実と、夢の続きの狭間――を感じていた。


玲美は目を閉じ、あの日、人工重力区画で香菜が倒れた瞬間を思い出す。

あのとき胸に生まれた“絆の重力”が、今も確かに残っている。


玲美:「……うん。やっと、わかった気がする。

 “重力”って、地面に縛られるためじゃない。

 立ち上がるためにあるんだね。」


香菜が微笑む。

涼子が静かに頷く。


そして三人は、互いのヘルメットを確かめ合いながら、

《アストレア号》へと続くエアロックの光の中へ歩み出していった。


ゲートのロックが解除され、

低い金属音とともに、ゆっくりとドックの扉が開いた。


眩い光が流れ込み、

三人の視界の奥に――《アストレア号》が現れる。


銀白の船体は、まるで星明かりをそのまま形にしたように滑らかで、

その表面を走る整備灯が、ひとつひとつ“命”のように瞬いていた。


空調の音も、人の声も遠のいていく。

ただ、その船だけが、彼女たちの未来を映していた。


玲美が思わず息を呑む。

香菜は一歩、前へ出る。

そして、船体側面に刻まれた文字を見つけて、目を見開いた。


 RYOKO KAZAMI

 REIMI TAKATSUKA

 KANA SAEKI


三人の名前が、鋼の光の中に並んでいる。

冷たいはずの金属が、なぜか“温かく”見えた。


香菜:「名前が、星になるみたい……。」


その言葉は、空気に溶けてゆくように静かだった。

玲美はその背中を見つめながら、

これまで積み上げてきた汗と涙の意味を、初めて理解した気がした。


そして――涼子は、ゆっくりと目を閉じる。


瞼の裏に浮かぶのは、ステージの光。

観客のざわめき。

もう失ったはずの“拍手の記憶”。


けれど、今の彼女は知っている。

あの拍手は終わりじゃなく、続きの始まりだったのだと。


涼子モノローグ

“――たとえこの空が、赤くても。

 夢は、どんな場所にも、降りていく光になる。”


彼女の唇が、微かに動く。

その瞬間、船体の表面が太陽光を反射し、

三人の姿を“赤い輝き”の中に包み込んだ。


まるで、次の夢が――いま、点火するかのように。


出発カウントが静かに進む中、

三人はドックの中央で、互いの顔を見合わせた。


白銀のスーツに包まれた体。

手のひらの震え。

そして、胸の奥に灯る熱。


――涼子は、ヘルメットを手に取り、ゆっくりと深呼吸した。


涼子モノローグ

“もう一度、ステージに立つ。

 それが、どんな空の下でも。”


ヘルメットがカチリと音を立てて装着される。

透明なバイザーの向こうで、三人の瞳がそれぞれの赤を映した。


玲美の目には、真っ直ぐに燃える“決意”の赤。

迷いを焼き尽くし、前だけを見据える光。


香菜の目には、柔らかく揺らめく“希望”の赤。

誰かを励ますように、やさしく瞬く灯。


そして涼子の目には、静かに息づく“再生”の赤。

かつて失った夢が、今また音を取り戻していく。


遠く、整備ラインの向こうで、ルークが立っていた。

ヘルメット越しでも分かる、無言の笑み。

彼は油で汚れた手袋のまま、ゆっくりと片手を上げる。


ルーク:「行けよ、“三羽星”。……音を、絶やすな。」


三人のバイザーに、その姿が赤く反射した。

まるで、出発の合図のように。


照明が赤から白へと切り替わる。

《アストレア号》のハッチがゆっくりと閉まり、

外の宇宙に向けて、わずかに震える。


重力が消える。

音が遠ざかる。


だが、その瞬間――三つの赤い光だけが、確かに残っていた。


それは、まだ名もない星を照らす、

“夢の残響”だった。

《アストレア号》が、ゆっくりとドックを離れる。

無音の宇宙に放たれるその姿は、まるで一つの呼吸のようだった。


観測窓の向こう、地球の青が遠ざかり、

対になるように、火星の赤がゆっくりと近づいてくる。


二つの星の狭間を――

三つの小さな光が、まっすぐに進んでいく。


静寂。

通信音。

そして、わずかな鼓動のようなエンジンの響き。


やがて、その光は宇宙の闇の中でひとつの軌跡を描く。

淡く、しかし確かに――赤い星を目指して。




“夢は、観測されるためにある。

 けれど――その瞬間、夢は“生きた証”になる。”


地球も、火星も、やがて同じ宇宙の一点へと溶けていく。

《アストレア号》の灯が、赤い光の中に吸い込まれ――


――その先に、まだ見ぬ“ステージ”が広がっていた。


三人の物語は、いま、静かに火星へと渡っていく。



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