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MARS☆IDOL ☆赤い星のシンフォニー☆  作者: 南蛇井


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13/18

ドキュメンタリー撮影 ― ミラとの対話

白い照明が、三つの椅子を等間隔に照らしていた。

背後のスクリーンには、ぼんやりと火星の地平線映像が流れている。

空調の音さえ吸い込むような静寂の中、三人は順に椅子に座った。


玲美は背筋を伸ばし、脚をそろえて座る。

香菜は少し落ち着かない様子で手を膝の上に置き、

涼子は息をひとつ整えて、視線を床に落とした。


前方のカメラが、無機質な電子音とともに赤いランプを点す。

その光が、まるで“記録の目”のように彼女たちを射抜いていた。


カメラの後ろに立つ女が一人。

映像技師のミラ=グレン。

彼女は無表情に、しかしどこか穏やかな声で言った。


「――質問はひとつ。“夢とは何か”。」


短い言葉が、真空のような空間に広がっていく。


誰も、すぐには答えられなかった。

目を伏せる玲美。

無意識に手を握る香菜。

呼吸をゆっくり整える涼子。


――訓練施設の中で、これほど静かな瞬間はなかった。


機械の駆動音だけが遠くで響き、

それさえも、やがて無音に溶けていく。


まるで、夢という言葉そのものが、

彼女たちの中でまだ“形を持たない”まま浮かんでいるかのようだった。


玲美が、ゆっくりと息を吸い込んだ。

白い光が彼女の横顔を照らす。影はほとんど存在しない――まるで、弱さを隠す余地を奪うように。


カメラのレンズが、無機質に彼女を見つめていた。

玲美は一瞬だけ視線を逸らしかけたが、すぐに正面を向き直る。

そして、寸分の乱れもない声で答えた。


「夢は結果。途中経過に意味はない。

 達成して、初めて夢になる。それまでは、ただの努力。」


その声音には震えひとつなかった。

言葉の粒が、静かな部屋の空気を切り裂く。

ミラは何も言わず、ただ淡く頷いた。


無音の中、背後のモニターがゆっくりと切り替わる。

そこには、今の玲美の映像が無音で再生されていた。

同じ表情が、何度も繰り返される。

完璧に整った口元。まっすぐな姿勢。揺らぎのない視線。


――けれど、何かが欠けていた。


モニターの中の玲美は、まるで“仮面”のように見えた。

その背後で、誰の声でもない囁きが蘇る。


「また満点じゃないの? あなたは“失敗”が似合う子ね。」


かすかな記憶の残響が、胸の奥で疼く。

母の声。

それはもう何年も聞いていないはずなのに、

いまだに彼女の言葉の芯を支配している。


玲美は、ほんの一瞬だけまぶたを伏せた。

――“完璧でなければ、愛されない”。


それが彼女の“夢”を、結果以外の何ものにも許さなかった。


再び顔を上げたとき、

カメラの赤いランプが、まるで“審判”のように瞬いていた。


香菜は、椅子の端にそっと腰を下ろした。

両手を膝の上で握りしめたまま、視線を泳がせる。

背後のライトが、彼女の髪の先を柔らかく照らし、

まるで宇宙の光塵がそこに溶けているようだった。


ミラが、無言で録画スイッチを押す。

赤いランプが点く瞬間、香菜の肩がわずかに跳ねた。

彼女は小さく笑って、息を吸い込む。


「夢は……誰にも見せちゃいけない秘密、かな。

 言っちゃうと、逃げちゃいそうで。」


その言葉は、囁きのように静かで、

でも確かに“守るような強さ”を持っていた。


ミラが、問いを重ねる。


「どうして逃げると思うの?」


香菜は少し考え、天井を見上げた。

白い照明の向こうに、かすかに星の光が滲む。


「だって、“口にした夢”って、叶わなくなる気がするんです。

 心の中で、大事にしまっておくほうが、強くなれる気がして。」


その瞬間、カメラのレンズが小さく軋む音を立てた。

香菜の瞳が、わずかに揺れる。

そこには、明るい笑顔の奥に隠された“誰にも触れさせない影”があった。


ミラは沈黙したまま、カメラを止める。

録画ランプの赤が消えた瞬間、香菜の肩がほっと緩む。


――彼女の“秘密”は、孤独の形をしていた。

誰にも理解されないことへの恐れ。

夢を語れば、壊されてしまうかもしれない。

だから、心の奥にそっとしまい込む。


笑顔は、鍵。

無邪気さは、鎧。


けれど、ミラの目には確かに映っていた。

その奥に、言葉にできないほど真っ直ぐな“夢の光”が。


涼子は、静かに椅子へと腰を下ろした。

背筋を伸ばすでもなく、崩すでもなく――ただ、自然にそこに座っていた。

ミラが録画スイッチを押す音が響く。

赤いランプが灯り、空間の空気がわずかに張りつめる。


涼子はしばらく黙ったまま、カメラを見つめていた。

その瞳の奥には、どこか遠い舞台の光がまだ残っているようだった。

唇が小さく動く。けれど言葉にはならない。


そして、ようやく――彼女は息を吸った。


「……夢は、たぶん、“まだ終わってない記憶”。」


その声はかすかに震えていた。

だが、その震えの中に、確かな温度があった。


「昔の自分が、やり残したこと。

 だから、続けなきゃいけないんです。どんな場所でも。」


カメラの向こうで、ミラが息を呑むのがわかった。

涼子の瞳が少しだけ潤んで、しかし微笑む。

その笑みは、敗北でも後悔でもなく――再生の予感だった。


背景のスクリーンに映る“赤い星”が、

まるで彼女の言葉に呼応するように、わずかに光を強める。

静かな光が、涼子の頬を淡く照らす。


ミラは記録を止めずに、低く呟いた。

「……今の、いいね。」


その瞬間、涼子の中で何かが静かに動いた。

もう終わったと思っていた夢が、

再び“始まりの音”を立てる。


――夢は、終わっていなかった。

それは、記憶の中で眠り続けていた歌。

そして今、火星へ向かう光の中で、

もう一度、その続きを探そうとしている。



カメラの赤いランプが、静かに消えた。

録画停止の電子音が、金属質の空気に溶けていく。


ミラは無言のまま、ゆっくりと息を吐いた。

長い収録の緊張を解くように、軽く首を回し、ヘッドセットを外す。

冷たい機械音が止まり、ようやく“人の時間”が戻ってくる。


三人はそれぞれの椅子に座ったまま、言葉を失っていた。

玲美は目線を落とし、香菜は指先をいじり、涼子はただ前を見ていた。

その沈黙を破ったのは、ミラの柔らかな声だった。


「……いいね。」


短いその言葉に、三人が顔を上げる。

ミラはカメラ越しではなく、まっすぐ彼女たちを見つめていた。


「赤い星に似合う言葉だ。」


その声には、記録者の冷静さではなく、

同じ“夢を信じる人間”の温度があった。


誰もすぐには返事をしなかった。

けれど、その言葉が胸の奥に静かに染みていく。


玲美の瞳の硬さが、少しだけ緩む。

香菜は小さく息を吐き、唇に笑みを浮かべる。

涼子は、遠くを見つめるようにして呟いた。


「……赤い星、か。」


窓の外、軌道の彼方に滲む火星が、

まるでその言葉に応えるように、微かに瞬いた。


――それは、まだ誰も知らない“新しい夢の舞台”の予告だった。

機械に囲まれたこの施設の中で、

確かに“人の心”が動いた瞬間だった。



照明が、ひとつ、またひとつと落ちていく。

撮影ルームに残るのは、モニターの光だけ。

青白い残光が壁を染め、静寂が満ちる。


モニターには、三つの映像が並んでいた。

音はない。

けれど、そこには確かに“鼓動”があった。


――玲美。

背筋を伸ばし、真っすぐにカメラを見据える瞳。

その奥にあるのは、完璧であろうとする強さと、

誰にも見せない孤独の影。


――香菜。

緊張と笑顔の狭間で浮かぶ、柔らかな微笑み。

無重力の光が頬を照らし、

それがまるで“夢の中の少女”のように見えた。


――涼子。

ゆらめく瞳が、どこか遠くを見ている。

あの日、ステージの光を失った彼女が、

今はもう一度、その光を取り戻そうとしている。


映像が重なり、やがてゆっくりとフェードアウト。

その上に、静かな声が重なる。

――ミラのナレーション。


「記録というのは、過去を残すためのものじゃない。

  ――未来が“振り返るため”に、存在するのよ。」


その声が消えた瞬間、画面にはひとつの映像が残る。

赤く滲む、遠い星――火星。


無音の中で、その光だけが確かに瞬いていた。

まるで、未来が彼女たちを見つめ返しているように。

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