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ハッピー入学式

 俺たちが学校に着いた時、同級生はまだぱらぱらといて、ついぞ遅刻しなかったことを理解した。


「間に合いましたね、よかったです!」


「う、うん!そう、だよね……」


 歯切れの悪い返事になってしまうのは、すでに俺が知っている【聖の花束】第1話の流れと違ってしまっているからである。


「俺た……私たちのクラスがどこか確認しに行こう」


 入学式の式典が始まるよりもまず、張り出されているクラス表から自分のクラスを確認する。


 この流れは漫画を読んでいるもの誰しもが知っている入学式の流れである。


「ありました!私、3組です!」


 桜燈という名前が、3組のクラス表に書いてある。

 そしてその1つ下にはーーーー



「俺の名前だ……」


 白咲夢、という名前が書かれていた。

 ぶっちゃけこの名前は全然しっくりきてないが、どうやら神様の計らいで主人公の後ろの席のモブとして特等席で作品を観ることができようにしてくれたのだろう。


「そういえばお名前聞いてませんでしたね。なんていうお名前なんですか?」


「白咲夢、っていいます」


「白咲さん……って、あ!私の下にある名前ですか!」


 俺の名前を自分の真下に見つけると、桜燈は本当に本当にそれはそれは嬉しそうな笑顔で俺を見てきた。


 うおっまぶしっ。


 自分で光ってるんじゃないのか?って思うくらいの輝かしい笑顔。


「学校が始まる前から友人ができて、嬉しいです」


 友人……!?もう俺はこの子と友人になっていたのか……!?これがコミュ強……すごいぞ!?


 と思うと同時に、こんなに彼女に近づきすぎてもいいのか?という思いが湧いてくる。


 別に俺は、漫画のストーリーの中に入り込みたいわけではないのだ。あくまでも、俺が愛するキャラクター達が、幸せになるストーリーを眺めていたいのだ。


 だから、もうすでにモブの枠を超えてるんじゃないか?と思ってしまうが……


「これからよろしくお願いします!」


 そう言って笑いかけてくる彼女の笑顔を見ていると、彼女をつけ放すなんてことはできそうになかった。


「……よろしく、桜さん」




 ____________




 教室に行ってとりあえず席に着くと、俺の席は桜さんの後ろの席であった。


 まあ当たり前だよね。出席番号が隣り合ってるんだもんね。


 俺たちが教室に着いたときにはほとんどの生徒が席についていて、教室に入るのが少し気まずかった。


 ていうか、生徒全員女子だし、俺浮いてない……?という気持ちが強い。


「ここの席みたいですよ」


 桜さんにそう言われて席に座ると、クラスのほぼ全員が揃ったみたいだった。


 しかし、桜さんの隣の席だけが空いているようだった。


「ここの席の方、お休みですかね?」


「うん、そうかもね……」


 と言っている俺の心の中では、どうして席が空いているのか全て理解していた。


 そう。


 この漫画の主人公桜燈の隣の席に座る生徒の名は、桔梗奏ききょうかなで


 この漫画の、もう1人の主人公である。


 桔梗奏という少女もまた、とても素晴らしいキャラクターである。その全てを言葉で語り尽くすことはできないがーーーー彼女の実家は定食屋を営んでいるが両親を交通事故で亡くしており祖父母と共に暮らしている。そんな彼女は私立であるシェルノ女学院に特待生として入るが毎日夜遅くまで店の手伝いをしてから勉強をしているため次の日寝坊をして遅刻してしまうこともしばしばある。それが原因で特待生から外されてしまわないように命を削りながら暮らしているという人生を燃やしている姿が美しすぎる少女であるーーー



 ってやべっ!また早口になっちゃったよ。


 とにかく、実家が大変な子なのだ。だからこうやってまた朝も遅刻してしまう。


「……きっと、何か事情があるんだよ」


 しみじみと、俺はそう言った。


「そうですね」


 桜さんとそうやって会話していると、担任の先生がやってきて、式典を執り行う講堂へとクラスで移動することとなった。




 ____________





 式典が終わると、配布物があるからとクラスに戻ってきた。移動中とか式典の間とかにそれぞれ仲良くなったのか、クラスはざわざわとしていた。


「私もとうとう高校生、ですものね!感慨深いです」


「ふふ、そうだね」


 かく言う俺たちも、2人で会話をしていた。

 あんまり仲良くしすぎるのも良くないかもしれない……と思いながらも、やっぱり憧れの桜燈が目の前に座っているのだから、会話しないなんて言うのは難しい話だった。


 まあ、友達として仲良くなればいいからさ。


 そんな時だった。



 ガラガラ。



 教室の後ろのドアが開いて、一瞬クラスがしん、と静まり、音のした方を見る。



「……っす」


 そこにはキッ!と眉毛を吊り上げ、クラス全体を睨む少女が立っていた。



「あっ……!」


 そしてそれが誰なのか俺だけが気づいていた。


 桔梗奏だ!!!!


 うおぉぉぉおおおぉっっっ!!!本物だ!!!と血がたぎるのを抑えながら、彼女の動向を伺う。


 睨んだ目つきのまま彼女は空いている席を探し、俺の右斜め前に着席した。



「おはようございます!これから1年間クラスを共にする、桜燈と言います!よろしくお願いします!」


 こんなに話しかけづらそうな雰囲気MAXで座る桔梗奏に果敢に自己紹介する桜さん。


 さすがコミュ強お嬢様……!!


「……っす。よろしく」


 だが桔梗奏の反応は薄い。


 そして、鋭い目つきのまま、自分の荷物を机の横にかける。


「お名前はなんていうんですか?」


「……桔梗奏」


「桔梗奏さん!良いお名前ですね!どこから来られたんですか?」


「……近く」


「お家が近いんですね!」


 桜さんはガンガンに話しかけていく。すげぇ!俺だったら一言目で心折れて半年間は癒えない傷が心に刻まれるのに!


 原作漫画とは違う出会いだからか、俺の知らない会話が繰り広げられている!凄いぞ……これは、俺だけが体験できている新作みたいなもんだぞ……!?


 と感動していた矢先。


「どうして遅刻してしまったんですか?」


 桜さんは凄いことを聞いた。

 いや、当然の疑問なんですけどね。気になるもんね。でもこの雰囲気で聞けるのは、流石主人公の器である。


「……アンタに関係ある?」


 あ、ほら!!めっちゃ怒ってる!ただでさえ睨んでいた目つきが、もっと鋭くなったよ!!


「関係、ないですね……ごめんなさい」


 桜さんは桜さんでしょんってしてるし!!


 でもね、落ち込まなくていいんだよ!!


 だって、俺は知っている。桔梗奏は今怒っているわけではない。今の彼女は元々コミュニケーションが得意じゃない上に、ありえないほどの睡魔と戦っているのだ!


 原作漫画1話の出会いの場面では、今みたいにつっけんどんな対応をする桔梗奏を見て、世間知らずの桜燈は(こういう人が普通なんだー)って思いながらグイグイ接していくのだ。持ち前の世間知らずによって。そうして桔梗はこころを開いていく。


 そんな場面が繰り広げられるはずだった。


 しかし。



「気難しい方ですね。あまり話しかけない方が良さそうです」


 と、桜さんは俺に耳打ちしてきた。



 …………まずいですよ!!!!



 そうじゃん!!最初に出会ったのが俺だったせいで、(こういう人が普通なのかー)が通用しなくなってるじゃん!!!!(俺が普通の人間かは置いといて)



「そ、そんなことない!!」


 思わず立ち上がってしまった。


 俺が世界で最も素晴らしいと思っている2人の出会いがこんな形で無くなるとしたらーーー


 ーーーそんなのは嫌だ!!


「桔梗さん!!関係あります!だって俺……わたし達同じクラスじゃないですかっ!!遅刻した理由、聞かせて下さい!!」


「え、えぇ……?」


 俺のせいで曲がってしまった物語は、俺が、元に戻すしかないんだよ!!


「し、白咲さん!?」


「教えてよっ!」


 ふんす!としながら桔梗奏に近づくと、はぁ、とため息をついて説明してくれた。


「……おじいちゃんとおばあちゃんの店の手伝いをしてるんだよ。その後、夜遅くまで勉強してて、寝坊した」


 知ってた。


 しかし、桜さんは知らないことなので、いつのまにか目を輝かせていた。


「すごいです!お店の手伝いと、勉強、両方をしながら過ごしているなんて、感動です!!」


 桔梗奏の手を握る桜さん。


 その姿は、まさに、【聖の花束】の一枚絵が飛び出して来たようだった。


 mission complete……


 ふぅ……と俺は席に座った。


 これで彼女達の仲は深まっていくことだろう。

 危ない危ない。間違った物語を進んでいくところだったーーー



「白咲さん、すごいです!白咲さんがいなかったら桔梗さんのことをずっと勘違いしてしまうところでした。尊敬、しちゃいます……!」


 いつのまにか、俺の手が握られていて、桔梗奏に向けて輝かせてた以上にキラキラの瞳を俺に向けていた。


「あ、あれ……?」


 mission失敗してます……???

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