マッスル日和 前編
「ぬぅんっ!」
躍動する大腿四頭筋!
「そいやっ」
緊張と緩和の伸筋!
「せぇーーいぁっっ」
外腹斜筋が猛るっ!
「ふぅ~っ、今日も仕上がってる」
鏡の前で筋肉チェックを終えた俺は満足し、出掛けることにした。
俺の自宅はメーリク市の東部倉庫街の外れの旧葡萄園の一角にある。
メーリクダンジョンが公式に発見されて暫くして、ここに葡萄園を作ってワインを探索者達に売ろうと考えた者がいたのだが、少々気の長い話であった上に想定を上回る速さで街が発展し、土地不足もあって葡萄園の土地の9割は売却されてしまった。
が、残る1割は市が買い取り、文化遺産として遺すことになり、今は富裕層向けに生の葡萄を売ったり、一般層には葡萄のジャムや樹液の化粧水を売ったりしている。
俺はここの雇われ管理人。といっても主に畑周りの雑用や小屋等の修理をしているだけだ。農作や加工、商事の専門は別に出入りしている。
寿命が長く時間をたっぷり使え、体力があり、残り1割とはいえ高低差のある土地で作業するのに飛行できるバルタン族はうってつけといえる。
まぁ本業は冒険者なのだが、現状半々だ。我々バルタンは翔んでこそ! やはり年中ダンジョンに籠るのは精神衛生上問題があるからなっ、ハッハッハッ。
「おはよう、モリモッサ。北側の作業小屋の屋根の修理、なるべく早く頼むよ」
「任せたまえ! ほっ」
葡萄園の下り坂で顔を合わせた。農作担当の古株職員に応え、早速翼を広げ飛び上がる。
目指す小屋はすぐそこだ。屋根は雨漏り対策の応急措置に板が大雑把に張られていた。
「これは直し甲斐がありそうだ。ふふん」
屋根に舞い降り、大柄な俺の体重でさらに屋根を踏み抜かないように注意しつつ、ウワバミの巾着+1から大工道具とキープしていた材料を取り出す。
仕事柄色々使うから4級冒険者でも持ってる者の少ない+1のウワバミの巾着を持っているのだ。ふふん。
「三角筋よ、応えてくれ・・この屋根っっ。直し尽くすっ!!!」
俺は荒ぶるオーガ族のごとくっ、小屋の屋根を直しまくりっっ、最後に撥水塗料も塗り終えた。
「か、・・・完璧マッスル!!」
マッスルポーズを取り、仕事の完遂を噛み締めたが、仕事はまだある。俺は手帳を取り出し、貯まっている仕事のリストを確認した。
「むむ・・乾燥済みの薪の移動、ボイラーの調整とファイアージェムの交換、畑の石垣の補修、精油の搾りカスの肥料作り等々・・最近ギルドの仕事が多かったから少し溜まっているな。前脛骨筋で踏ん張って片付けるとしよう!」
俺は山積気味の管理人業務をマッスルパワーで次々と片付けていったっ!
一通り作業を終えた俺は、風呂屋と洗濯屋でさっぱりして、どうしようかとも思ったが、まだ1度も訪ねていないというの不義理マッスルだな、と、
ヌゥの常宿で働いているという、英雄の子孫の従兄弟の次女、ことネイエンの様子を見るがてら、宿の食堂で夕飯を頂くことにした。
「メルメル鶏ディナーセットと、冒険者ギルド指定高タンパクミルキーワームパウダードリンクです!」
ウェイトレスにしては動きが機敏なネイエンが俺のチートな夕食を持ってきてくれた。
「ありがとうネイエン。仕事は慣れたかい?」
「ハイ、この通り!」
下げて重ねた皿十数枚を素早く上下差し替えてみせるネイエン。
「自主練もバッチリですっ」
「ほほうっ、努力に期待マッスル!」
「ありがとうございマッスル」
お、マッスル返しをされた。
「やるね、君!」
「テヘっ」
ネイエンは元気に仕事に戻っていった。俺はそれを見送り高タンパクドリンクをジョッキの2分の1、一気に飲んだ。
「くっはーっ、YES! YES! マッスルっっ」
俺が上機嫌でそのまま夕食を楽しんでいると、平服のヌゥが疲れた顔で食堂に現れた。
「あっ、ヌゥさん! お帰りなさい!」
「あー、ただいま。ネイエン。店でセクハラされたら客ブチ殺していいですからね」
「いや、ブチ殺さないですけど・・夕飯どうしますか?」
「そうねぇ、取り敢えず蜂蜜ハーブティーとカットフルーツお願い」
「かしこまりました!」
ヌゥは注文を終えるとノロノロと空いている席に座り、唐突にギロっと俺を睨んできた。
「モリモッサ、ネイエンに粉掛けに来たんじゃないでしょうね?」
「いやっ、違う違う。一度も来ていなかったから様子を見に来ただけだっ。広頸筋に懸けて潔白だ!」
「筋肉を懸けられましてもね。まぁいいでしょう。はぁ、風呂屋に寄る前に宿に帰ってきちゃいましたね・・」
疲れた様子のヌゥ。
「またボランティアか? 体力は無いのであるから、程々にしておいた方がいいぞ?」
「今日は一般の低所得者向けの蘇生所。よっぽど状態良くないと無理何だけど、行列になっちゃって、毎度気が重いですね」
ヌゥは冒険者として優れてはいるが4級の僧侶。良い環境ではなく、最低限度の処置しかできないとなると、この種のボランティアはほぼ死体の見映えを良くする再建や、死者の鎮魂が主に仕事になる。
気苦労は多いだろう。
「大変だったな。君にも、冒険者ギルド指定高タンパクミルキーワームパウダードリンクを一杯奢」
「結構です」
「むむ?」
その後、ヌゥは結局フラフラと風呂屋に向かい、俺もメルメル鶏のディナーを平らげた。
さらに全身の筋肉達と相談の結果、明日の午前中をマッスルトレーニング捧げるなら可、と許しをもらい、エールビールを大ジョッキで一杯ネイエンにオーダーしてさらに上機嫌でいると、
「モリモッサぁ」
「おふっ?」
耳元で突然、蚊の鳴くような声で話し掛けられた。
見れば、家守人族の4級盗賊職、デシカーノだった。いつでもフードを深く被ってる。
「気配を消して寄るんじゃないっ」
咄嗟に反撃してしまうところだったっ。
「ちょうどよかったぁ~、昔の馴染みに厄介な仕事押し付けられてよぉ~、向いてないヤツでさぁ~、お前向きだよぉ~」
「むむ? ギルドの仕事でもないのか? どんな仕事だ?」
「ん~、オイっ、入ってきなぁ~」
「はいっ!」
食堂に入ってきたのはちょっと詳しい人種まではわからないが小型の蜥蜴人族の少年だった。
何やら戦士のスクール生のような格好をしている。
「せ、青鱗谷のワーリザード族っ、ミッター・ミストバレーです! よろしくお願いしますっっ」
この大陸で一般的な左手を開いてペコっと頭を下げる最敬礼をしてきた。
「?? ギルドのスクールに入るには早くないか? 最近、勢い余りマッスルが流行ってるのか??」
「この子も冒険者見習いですか?!」
エールジョッキを持ってきたネイエン。
「いや、青鱗谷の自警団に将来入りたいってだけ何だがよぉ~。親の仕事に付いてメーリクに来てて、幼年向けの訓練所で手頃なとこの空きがなくてよぉ~。俺が今余裕があって最近は暇ってうっかり言ったらじゃあ鍛えてやってくれ、って預けられちまってよぉ~、ほとほと困ってたんだよ。ちょっと明日から3日だけ! コーチを引き受けてくれよぉ~」
「そんな事情が! でも確かにメーリクはビギナー向けの教室でちゃんとした所探すのは大変ですよね。短期だと特に」
「ホントです! 都会のっ、本場のっ、指導を受けて立派に自警団を務め上げたいんです」
なるほど。
「むむむ・・・・その心意気っ、良し! このモリモッサがみっちりマッスルにっ、鍛えてあげようじゃないかっ?!」
「ありがとうございます!」
「助かるぜぇ~」
「では今日は酒は控えようっ、デシカーノ! コレは奢ろうっ」
「お? おう。いいのかぁ? 多いな、バケツだろ・・」
ネイエンが持ってきてくれたエールの大ジョッキをデシカーノに渡し、
「ネイエン君! 取り敢えずこの少年に高タンパクドリンクをっ!」
「はいっ!」
「御馳走様でぇす!」
「いや、稽古は明日からでいいんだけどよぉ~」
「マッスルに栄養は必要っ!!」
「ああ、まぁ、成長期ではあるがよぉ~・・」
こうして、俺の短期のマッスルコーチを引き受けることになった! ん~っっ、マッスルスタディっっ!!!




