8話【年寄りのマガママ】
昼休みに、ユリエラは意外な人物からランチに誘われました。その誘い主はなんとラティー王子でした。驚きながらも、ユリエラは喜んで誘いを受け入れました。
ランチの場所は、学校内の最上階に位置する個室ランチ室でした。ユリエラはそこで王子と二人きりで食事を楽しむことになりました。部屋は静かで落ち着いた雰囲気で、ゆったりとした空間が二人の会話をより特別なものにしていました。
「珍しいですね。ラティーが朝から出席してるなんて。」
「弟にしっかり学校へ行けと怒られてしまってね。」
「第二王子…ですか?」
「うん。僕よりもしっかりした弟でね。それより、今日とても興味深い話をしてたね。聞こえるところであんな話をしてはいけないよ?」
ユリエラはラティーの言葉に驚き、自分の行動を振り返りました。彼女は少し迂闊だったことに気づき、落ち込んでしまいました。
「あ、すみませんでした。気をつけます。」
「うん、僕が咄嗟に防音魔法をかけたから今回は大丈夫だよ。魔法を行使できる人間は限られているから、気を付けて。話すなら、図書館をオススメするよ。集中できるように、個人ブースには防音魔法が施された特殊な壁で作られているからね。」
「分かりました。」
ユリエラはラティーの言葉に自分の失態を反省し、好感度が下がってしまったのではないかと考えました。
「ごめんごめん。そんなに落ち込まないで。怒っているわけじゃないんだ。ただ、少し嫉妬してしまったんだ。」
「嫉妬…ですか?」
「転生者は我々にとっては、知識の宝庫なんだ。僕も色々と話を聞きたいと思っていてね。最近は弟に怒られたのもあって、学校へ通えるように色々と調整をしていたんだ。よければこれからは毎日僕とランチを一緒してもらえないかな?」
「はい、喜んで……って、はい!?良いんですか!?」
ユリエラは驚きと喜びで目を丸くし、ラティー王子からの誘いに好感度を高めるチャンスを得られたと感じました。
「うん、地球という星の事について知っている限りで良いから教えてほしい。ユリエラも何か知りたい事があれば聞いてくれて構わないよ。僕ができる事なら協力するよ。」
「好条件過ぎませんか?」
「これは好条件…なんだね。魔法という便利なものがあるおかげで、魔法が無い文化が全くわからないんだ。」
「なるほど、分かりました。では、よろしくお願いします。」
ユリエラは昼休憩が終わるまでラティーに地球の文化について語りました。ラティーはとても興味深そうに聞いている様子で、ユリエラの話に夢中になっていました。彼女が語る地球の風習や習慣に、ラティーは驚きや興奮を隠せず、質問を繰り返しました。二人は文化の違いや共通点について話し合い、互いの世界をより理解しようと努めました。
放課後、ユリエラは一人で剣術の特訓をしていました。彼女は優雅な動きで剣を振り回し、集中して自己を高める努力を惜しみませんでした。汗が額に滴り落ちる中、彼女は過去の経験や今日の出来事を思い返しながら、剣の扱いに集中していました。周囲の静けさの中で、ユリエラの剣の音が響き渡ります。
「ユリエラ、もう終わられてはいかがですか?」
パピルスは無茶をしているユリエラが心配で声をかけましたが、声をかける提案は未だに透明でいるキルエルからでした。キルエルはユリエラに気づかれないように、パピルスを使って巧みに立ち回っていました。
ユリエラは剣を手にしていたが、パピルスの声とともに一旦手を止めた。周囲を見回し、窓の外を覗くと、夜の光景が広がっていた。
「夜…。」
「剣術より、魔法を極められた方がよろしいかと思いますけど。」
「分かってる。けど、これも必要なの。」
ユリエラは剣術の特訓が終わった後、道具や装備を片付け始めました。剣を鞘に収め、練習用の標的を片付けながら、部屋の中を整理していきます。必要な道具はきちんとしまい、教室を出て寮へと戻った。
寮に戻ったユリエラはシャワー室に入りました。いつも使っているシャワーは謎のボタン式で、よく見ると小さな魔法陣のようなマークが刻まれています。シャワー自体も魔道具であることがわかります。そのほかにも、生活に必要な現実世界と似た電化製品なるものは、この世界では全て魔法道具に置き換えられていました。
ユリエラはシャワーを浴びながら、そのような魔法道具の存在は他の転生者がこの世界に存在していた証拠ではないかと感じました。彼らも同じように現実世界の技術や文化を持ち込んでいるのだろうと考えると、彼らの存在に興味が湧いてきました。
翌日、ユリエラは授業が終わるとすぐに図書館へと足を運んだ。彼女は転生者や他の世界に関する情報を探し始めた。
ユリエラが調査を進めるうちに、転生者たちがそれぞれ特別な能力や才能を持っていることに気付いた。これは彼らが神からの贈り物を受けている可能性が高いことを示唆していた。
「パピルス、あなたのお母さんって転生者でしょ?」
「ええ、母だけでなく父も転生者です。」
「両親とも転生者!?」
「驚きますよね。誰かに聞かれる事がなかったので、話した事もありませんでしたが、ユリエラの体の父君は僕の兄の子供の血筋ですから特別にお教えしましょう。母は憑依型の転生者で父はこの星で生まれて、地球へ転生したのちに、もう一度母が転生するタイミングで転生したそうです。」
「それってとっても複雑だわ。」
「そうですね。父は世界最強の魔法使い達が集う魔塔の長で、魔力のゴリ押しで時間を歪めて転生前の母の元へ行き、この星に連れ帰ったと聞いています。」
「パピルスのお父さんって凄いわね。」
「兄の話では100年経っても変わらず、ラブラブだそうです。」
「パピルスの家系はみんな不老不死なの?」
「いえ、魔法や魔術の研究をしている者のみが不老の魔法を継承しています。母は、この星の創造主様の奥方様とご親友だそうで、自分が亡くなると彼女が一人になってしまうという理由で、不老の魔法で延命している状態にあるそうです。父はそれに寄り添っているといったところでしょうか。」
「やっぱり複雑だわ。」
その後もユリエラはパピルスから転生者である両親のことや、他の転生者について根掘り葉掘り聞き出しました。パピルスは懇切丁寧に、他の転生者たちの物語や、彼らが持つ特殊な力について説明してくれました。時には興奮し、時には感動し、ユリエラはその物語に耳を傾けながら、転生者という存在の奥深さを垣間見ることができました。
そして、パピルスの話を聞いているうちに、ユリエラはとんでもない事実を知ることになりました。なんと、ホルマックスという苗字は本来の苗字を隠すための表向きの名だということが明らかになったのです。ホルマックス家に生まれた者ならば、この事実をほぼ知っているそうですが、現在のユリエラにはホルマックス家の記憶が一切ないため、彼女はこれまでその事実を知ることがありませんでした。
この衝撃的な事実に、ユリエラは言葉を失いました。
ユリエラは、メーベルを手に入れるための本に自分の名前である「ユリエラ・ホルマックス」と書いてみましたが、本が全く反応しないことを思い出しました。この奇妙な現象について、彼女はパピルスに話してみることにしました。
「パピルス、ちょっと教えて欲しいんだけど、メーベルを手に入れるための本に自分の名前を書いたんだけど、全然反応しなかったの。なんでだろう?」
パピルスはユリエラの話を真剣な表情で聞きながら、考え込んでいました。
「それは僕も同じですね。パピルス・ホルマックスでは本は反応しませんでした。これは推測でしかありませんが、元始からのすべての事象、想念、感情が記録されているという世界記憶が存在するという概念があります。もし、本当にそれが存在しているのであれば、記憶されている名前を書いてメーベルを取り出すといった感じなのでしょうね。ですからユリエラも、ユリエラ・ウロボロスの名で本に書き込めば反応するかと思いますよ。って、あれ?ユリエラはメーベルをお持ちですよね?」
パピルスの説明に、ユリエラは少し驚きながらも納得の表情を見せました。
「私のメーベルはキルが強引な方法で取り出してくれたの。」
ユリエラの話を聞いた後、パピルスは急いで振り返り、透明なキルエルの方を見ました。すると、キルエルはパピルスの前に一冊の金の刺繍が入った、白い本を出して見せました。その様子はまるで、パピルスが魔法で持っていたかのように見えました。
パピルスは驚きと興味を込めてその本を見つめ、キルエルに対して疑問の表情を浮かべました。
「あ!その本よ!どうしてパピルスが持ってるの?」
「えーっと、教会に置いてあるのを思い出しまして、魔法で少し拝借しました。」
「泥棒!?」
「いえ、借りてるだけです。試しに記入してみてはいかがですか?メーベルを紛失された方等もここに書き込めば、取り出せるそうですから。」
パピルスはキルエルの指示に従って、その金の刺繍が入った白い本に手を伸ばし、ページをめくります。そして、ユリエラに名前を書き込むように本を向けました。
ユリエラは生唾を飲んでから、緊張しながらも慎重に光のペンを持ち、その白い本に名前を書き込みました。文字ははっきりと、そして堂々としたもので、その頁には「ユリエラ・ウロボロス」という文字が鮮やかに浮かび上がりました。その瞬間、本が眩い光を放ちました。
パピルスとキルエルは一瞬で協力し、個人ブース内に光を遮断する魔法をかけました。その結果、眩しい光はすぐに消え、周囲にバレずに済みました。二人は安心した表情でお互いを見つめ、その後、静かな呼吸を取り戻しました。
ユリエラの手には、黒いオカリナがありました。それは本来、ユリエラが持つべきメーベルでした。ユリエラはそのオカリナを手に取り、その形状や質感に不思議な感覚を覚えました。
「これは素のメーベルなの?普通は小さな装飾品よね?1段階?」
「いえ、これは間違えなく素のメーベルですね。魔法訓練室へ移動して解放してみてはいかがですか?」
「うん。」
ユリエラとパピルスは、図書館から魔法訓練室へと足を運びました。訓練室は広々とした空間で、天井には複雑な魔法陣が描かれていました。
ユリエラは緊張と期待に胸を膨らませながら、手にしたオカリナを握りしめました。パピルスは彼女の横に立ち、サポートをするように優しく微笑みました。
深呼吸をしながら、ユリエラは魔法の力を込めることに集中しました。
「メーベル!」
すると、部屋全体が青白い光に包まれ、オカリナから輝くようなエネルギーが放たれました。ユリエラは驚きと興奮に満ちた表情で、その美しい光景を見つめました。やがて、オカリナが輝きを増し、その輪郭が消えると、彼女の手には真っ黒なオカリナと新たに真っ黒な小さな四角い箱が現れました。
ユリエラはオカリナをポケットにしまい、残った小さな黒い箱を手に取り、不思議そうに眺めます。そして、箱を開けると、中にはマッチ棒が入っていました。
「えぇ!?ここにきてマッチ棒!?」
「マッチ棒?」
「えっと、そっか。ここの人達は魔法で火をつけるものね。地球では魔法が存在しないから、このマッチ棒を使って火をつけるの。」
ユリエラはパピルスにマッチの使い方を教えるため、実際に火をつけてみることにしました。
慎重にマッチ棒を箱から取り出し、先端を擦ると、少しの間、赤い火花が舞い散りました。そして、次第に小さな炎が生まれ、マッチ棒が燃え始めました。
パピルスは興味津々の表情でユリエラの手元を見つめ、マッチの炎が揺らめく様子をじっと見つめました。
火が大きく燃え上がり、その炎の中に不思議な光景が現れました。赤ちゃんの姿がそこに映し出され、その愛らしい顔にはピンク色の目とピンク色の髪が輝いていました。最初はパピルスの幼少期の記憶が蘇ったのかと思ったユリエラでしたが、その赤ちゃんの両親が「ユリエラ」と呼ぶ声が聞こえ、彼女は驚きの中で自分自身が赤ちゃんの姿であることに気付きました。
パピルスもまた驚きと興味深さで、その光景を見つめました。
「これは…っ!!」
そんな中、突然、ユリエラの正面に立っていたキルエルが、先程まで透明化していて見えなかった状態から姿を現しました。ユリエラとパピルスは彼の現れに驚きました。キルエルは微笑んで二人を見やり、静かな声で言葉を紡ぎました。
「少しいいかのぅ。」
「キル!?」
「辺境伯、突然どうされたのですか!?」
「ワシ、ちょっと創造主様に呼ばれてしもてのぅ。天界へ一度帰らねばならんのじゃ。そこでじゃ、ユリエラの護衛を二人ほど増やす事にした。パピルスや、ワシが留守の間、頼んだぞ。」
「え!?わ、わかりました。どのくらいで戻られますか?」
「すぐじゃ、すぐ。神託をいただいたらすぐに戻るでのぅ。」
「キル!!…いっちゃうの?」
「すまんのぅ、側にいてやれんで。ワシ教皇じゃから忙しいんじゃ。案ずるな、じきに戻る。」
キルエルは後ろを向いて天界へ戻ろうとしますが、足を止め、もう一度振り返り、寂しそうな表情を浮かべるユリエラを見ました。その瞬間、彼の表情には深い思いやりと愛情が宿っていました。
キルエルはユリエラに向かって歩み寄り、彼女を思い切り抱きしめました。その抱擁は温かく、安心感に包まれたものでした。ユリエラもその優しい抱擁に身を委ね、キルエルの温もりを感じながら心を落ち着かせました。
「キル?」
「…ワシもまだまだじゃな。ユリエラよ、老い耄れのワガママを受け入れてもらえるか?」
「何?キルのお願いなら何でも。」
「ただの護衛魔法じゃが、かけて行っても良いかのぅ?心配でな。」
「そんな事でいいの?逆にかけて行ってほしいくらいよ。」
「ほっ、ほっ、ほっ。すまんのぅ。どれだけ時が経っても…。いや、なんでもない。」
キルエルはユリエラと自分の周囲に視覚遮断の結界を巧みに張り、外部からの視線や干渉を遮断しました。その後、彼の足元に魔法陣が現れ、眩い光を放ちました。光は煌々と輝き、周囲を包み込むような輝きを放ちます。
「まさか、ワシがこの魔法を使う事になるとはのぅ。」
「どういう事?」
「さて、どういう事じゃろうな。」
「本当にすぐ帰ってくる?」
「そうじゃな、神は気まぐれじゃからのぅ。」
「あのね…キル。私…キルの事が…。」
キルエルはユリエラの口を塞ぐように、彼女の唇に長いキスを贈りました。 その接触は柔らかく、しばらくの間、彼らの間には時間が止まったかのような静けさが漂いました。やがて、キルエルの唇がゆっくりと離れると、彼の姿が突如として変わり、、成人した男性の姿をしていました。ユリエラはその変化に大きく目を見開き、驚きの表情を浮かべました。
「キル…?」
「パピルス。後は頼んだぞ。護衛の要請はティグルスに送っておる。」
キルエルがパピルスに指示をすると、パピルスは敬礼しました。
パピルスは心の中で、"この国の王を呼び捨てできるのは貴方くらいなものですよ" と思った。
そして、雷のようなビリビリという音が轟き、キルエルはその音と共に去っていった。
キルエルは凄腕の魔法使いであり、同様にパピルスも神にあと一歩の凄腕の魔法使いであった。 そのため、遮断魔法がかけられていても、薄っすらと一部始終が見えてしまっていた。
キルエルとユリエラの間に何があったか全て知っているパピルスは内心とても気まずく感じた。
「帰りましょうか。」
「うん。」
パピルスとユリエラは、様々な思いを抱きながら寮へと帰っていった。
閲覧6人だと、このまま続けて書いてていいのか不安になりますね・・・。小説を書き続けて10年。やはり、私にはまだまだ皆さんの心に届くような素敵な作品を書くことが難しい証拠なのでしょうね。精進したいと思います。お目汚ししてしまってすみません。読んで下さってありがとうございます。