7話【真実と伝えたい事】
ユリエラは学校に通い始めてから一ヶ月が経ちました。周囲では普通なら友達ができていてもおかしくない雰囲気が漂っているはずでしたが、彼女のクラスでは依然として皆がそれぞれ孤独を貫いていました。彼らはそれぞれが将来自身の家の当主となることを目指しており、その重責や期待によって結束を求めるよりも孤立を選んでいたのでした。この状況の中で、ユリエラもまた自身の立場や目的に焦点を合わせ、一人で前進し続けるしかありませんでした。
そんな中、ユリエラの唯一の楽しみは魔法の授業でした。教室には皆がそれぞれ魔法の媒体であるメーベルを解放し始めていました。メーベルは人それぞれの個性や特性によって、形や色、大きさが様々でした。その多様性に富んだメーベルたちを観察することが、ユリエラの楽しみの源でした。
彼女は授業中、熱心に他の生徒たちのメーベルを観察し、その特徴や振る舞いに興味津々でした。ひとりひとりのメーベルが持つ個性や魔法の可能性について考えることは、彼女にとって魔法の世界の魅力的な一面を垣間見ることができる貴重な体験でした。
そんな中、突然教室の扉が開いて、マッキャノン先生が入ってきました。生徒たちの注意が彼に向けられ、静まり返った教室の中で、彼は魔法の授業を担当している先生に何かを耳打ちしました。彼の表情は深刻であり、何か重要なことが起きていることを示していました。生徒たちはその様子に興味津々で、一斉に彼たちの方を見つめました。
マッキャノン先生が教室を後にすると、魔法の授業を担当している先生が突然、生徒たちに対して静かに声をかけました。教室の雰囲気は一変し、興味津々な視線が先生の方に向けられました。
「今日から、新たな転入生がいるので、皆さん、彼を温かく迎えてあげてくださいね。さぁ、入って。」
その言葉に、教室内がざわめき始め、生徒たちは興味津々な表情を浮かべました。新たな転入生の登場に、期待と緊張が入り混じった空気が教室を包みました。
ネロフライト・メルドロイドが教室に入ってくると、教室内は一瞬ざわめきました。生徒たちの中には興味津々な視線や驚きの表情が見られましたが、同時に緊張も漂っていました。特にユリエラは青ざめ、その姿には驚きと不安がにじみ出ていました。
パピルスも同様に警戒態勢に入りましたが、ユリエラの側にいる透明な姿のキルエルがパピルスに向かって首を左右に振る仕草を見せると、パピルスは一旦警戒心を解き、状況を冷静に見守ることにしました。通常通り、キルエルの存在はパピルスにしか見えず、周囲の生徒や護衛、そして教師たちには気付かれませんでした。
「では、ネロフライト君、クラスの皆さんに自己紹介をお願いします。」
「皆さん、ごきげんよう。私はネロフライト・メルドロイドと申します。メルドロイド公爵家の嫡男にして、この学園の一員として参りました。これから皆さんと共に学び、成長していくことを心より楽しみにしております。どうぞよろしくお願いします。」
その言葉に生徒たちからは一斉に敬意を示す微笑みが返ってきました。ネロフライトは自信に満ちた態度で挨拶を終え、教室の雰囲気を和ませました。
「ネロフライト君はユリエラの隣に座ってくださいね。よろしくお願いします。」
「はい。先生。」
ネロフライトは先生の指示に従い、躊躇せずにユリエラの隣の席に着席しました。
ユリエラはまだ青ざめた顔をしており、ネロフライトが隣に座ると、彼女の緊張が増しているようでした。彼女は深呼吸を繰り返し、周囲の注目を感じながらも落ち着こうと努力していました。
先生はネロフライトに、メーベルを解放するように指示しました。ネロフライトは指示に従い、静かに手を広げて、「メーベル!」と声を張り上げてメーベルを解放しました。生徒たちは興味津々の様子で、ネロフライトのメーベルを観察し始めました。
ネロフライトのメーベルは、バイオリンのような形状をしており、その弦のような部分からは美しい音色が響き渡りました。生徒たちはその美しい音色に驚きと感動を隠せませんでした。
「皆さん、私のメーベルには魅了作用があるようですので、十分にご注意ください。」
ネロフライトは自ら注意を促しましたが、ユリエラはその言葉に疑問を抱きました。彼の言葉の裏には何か隠された意図があるのではないかと思いました。しかし、彼の振る舞いや表情からはその真意が読み取れず、ユリエラは内心で考えを巡らせました。
「まぁ、魅了効果があるのね。でも、皆さんも知っての通り、例え魅了にかかってしまったとしても、この教室を出れば全ての魔法が消え去ります。先生達は特別な魔道具によって魔法を行使できますので、何かあれば先生達が全力で対応しますので安心してくださいね。そして、皆さんの着ている制服は特別な魔法無効効果のある糸で作られています。メーベル2段階までは、傷1つつきませんよ。」
そしてチャイムが鳴り、休憩時間が訪れました。
「ユリエラ、そんなに警戒しなくてもいいよ。父上から色々聞いたんだ。僕はもう何もしないから安心して。」
しかし、過去に彼が自分に対して何か企んでいた経験があるため、ユリエラは簡単に信じることができませんでした。心の中では、ネロの言葉を本当に信じるべきかどうかを考えながら、彼がまだ幼いという事実を考慮し、彼の行動を静かに見守ることにしました。
「わかったわ。だけど、すぐには信用できないから覚えておいて」
「うん。今はそれでいい。」
ネロは少し寂しそうな表情を浮かべました。
授業が始まり、ユリエラは隣に座ったネロをちらりと見ると、彼が真剣に授業に集中しているのを見ました。隣に座るネロの真剣さに対して、自分が彼に対して警戒しすぎているのではないかと考えました。彼はまだ10代前半の少年であり、自分が持つ疑念が彼に対して不当なものである可能性を考えると、ユリエラは内心少し戸惑いを覚えました。
その日の夜、ユリエラは寮の部屋でキルエルからもらったネックレスを手に握りしめながら、彼に会いたいと心から願っていました。彼女はネックレスを見つめながら、その光を頼りに、キルエルの存在を感じようとしました。
「キル…お願い…来て。お願い…。」
パピルスは壁の向こうでユリエラの切ない声を聞き、その姿に心を痛めました。彼女の不安や孤独を目の当たりにして、彼の心は苦しみました。ずっと側にいるのに、なぜ彼女の不安を取り除かないのかと、彼は自制心を保つのが限界でした。
彼は目の前にいるキルエルに向かって、ユリエラが今感じている不安だけでも取り除いてやってほしいと懇願しました。彼の声には深い思いやりと、ユリエラへの強い思いが込められていました。
キルエルは微かな微笑みを浮かべ、困ったような表情を浮かべながらも、深いため息をつきました。そして、透明化を解き、パピルスの部屋を出ていきました。
キルエルは軽くノックして、ユリエラの部屋の扉の前に立ちました。
「どうぞ。」
キルエルはドアを開けて部屋に入り、ユリエラの顔を見ました。彼女の目は赤く充血しており、先程まで多くの涙を流していたことが一目でわかりました。その姿を見て、キルエルの表情にも深い憂いが滲んでいます。
ユリエラはキルエルの姿を見るなり、再び大粒の涙が頬を伝ってポロポロと流れ始めました。彼女の表情には深い悲しみが滲んでおり、心からの安堵や救いを求めるような気持ちが込み上げてきます。キルエルはその姿を見て、無言で彼女のそばに寄り添いました。
「キルっ…キル!!会いた…かった…」
ユリエラはキルエルに抱き着き、彼の胸に顔を埋めました。彼女の涙が彼の服に染み込み、彼女の悲しみと不安が彼に伝わることを願っているかのようでした。キルエルは静かに彼女を抱きしめ、彼女の背中を優しく撫でながら、安らぎを与えるようにそっと囁きました。
「しばし、眠るがよい。」
キルエルはユリエラの髪に触れ、優しい魔法の言葉を囁きながら、眠りを誘う魔法をかけ、彼女をやさしくベッドに横たえました。彼女が眠りに落ちる間、ユリエラは心の中でキルエルに伝えたいことがたくさんあったにも関わらず、ユリエラは眠りに落ちることを受け入れざるを得ませんでした。彼女の心が安らかな夢の中に沈むまで、彼はそっと彼女の手を握りしめました。
夢の中で、ユリエラは突然生まれたばかりの赤子の姿を目にしました。近くには若いメルドロイド公爵が立っており、その赤子がおそらくネロフライトであることを彼女は理解しました。
「これは夢…?」とユリエラが呟くと、隣に立っていたキルエルが静かに答えました。「残念じゃが、過去にあった事実じゃ。」
彼女はその光景に戸惑いを感じました。同時に、隣にキルエルがいることに気付き、言いたいことが溢れてきました。
「キル、私っ!!」
ユリエラがキルエルへの思いを口にしようとした瞬間、キルエルは静かに微笑みながら人差し指をユリエラの口に当て、次第に姿を薄れさせて消えていきました。
ユリエラはキルエルが消え去ると同時に、その場に座り込んでしまいました。目の前には、急速に成長するネロフライトの姿が映し出されていました。ネロフライトが成長するにつれて、彼の父親である公爵は彼を厳しく育てていく様子が映像のように現れました。そして、ネロを溺愛しすぎるあまり、母親が行き過ぎた教育を施していく過程が、とてつもない速度で流れていきました。
公爵から酷い虐待を受けたネロは部屋でひとり寂しく涙を流していました。その時、幼いユリエラが突然現れ、オカリナを演奏し始めました。美しい音色が部屋に広がり、ネロの心を温かく包み込みました。ユリエラの演奏に心が打たれ、ネロは涙を拭いながら彼女を見上げました。そして、彼女の優しい音楽に癒され、やがて泣き止んで、彼女と笑顔で会話しました。
「酷い傷だね、見て、私も傷だらけ!一緒だね!」
幼いユリエラは、メイド達によって傷つけられた傷を指しながら、ネロに微笑みかけました。
「一緒…だね。」
その時、ネロの心には深い安らぎと幸せが満ちていました。
しかし、その光景は他のメイドに発見され、ユリエラは怒られながら連れ去られました。ネロは彼女と再び会いたいと願いましたが、メイドたちは彼女を軟禁し、彼との接触を断固として阻止しました。ネロは彼女のことを忘れることができず、彼女を思う日々が続きました。
ユリエラはその様子を目撃し、ネロが自分に接近してきた本当の理由を理解しました。同時に、物語の中のユリエラがネロに発見されるのも納得できました。なぜなら、ネロはずっとユリエラを求めていたからです。
ネロのメーベルが楽器である理由は、幼い日にユリエラが演奏したオカリナの印象が深く残っていたからかもしれません。ネロはその美しい音楽に魅了され、それが彼の心に深く刻まれたのでしょう。そのため、彼のメーベルが楽器として具現化されたのかもしれません。
しかし、現実は如月夏樹がユリエラに憑依したことで歪んでしまいました。少し成長したユリエラはネロのことを知ることなく、別の道を歩んでいました。ネロはあの時の思い出をずっと胸に抱いて過ごしてきたのです。彼はユリエラに思い出してほしくて必死になっていただけだったのです。
そして、ユリエラを賊に襲わせる作戦は公爵の発案でした。それを執事がネロに少し脅かすだけですよと嘘をついて、ユリエラを町へ連れ出したのでした。ネロはいつも真剣にユリエラと向き合っていました。ただ少し、自分の魅了の力でユリエラを魅了できればいいのとは思っていたようです。
ユリエラの去った後に、公爵領の魔物問題がキルエルによって、いとも簡単に解決され、公爵はは自身の無力さや辺境伯にしてやられた嫉妬で、狂ったようにお酒に溺れるようになりました。この状況により、ネロは公爵の厳しい言葉や行動にさらされ、辛い日々を送ることになりました。
公爵夫人は息子を守るため、彼を魔法学校へ送り込むことを決断しました。彼女はネロに新しい環境での成長と学びを与えることで、彼を公爵の厳しい影響から守ろうとしたのです。ネロが魔法学校に入学してきた真の理由は、彼の家族が彼を守るためにした決断の結果だった。
ユリエラが目を覚ますと、朝の陽光が優しく窓から差し込んでいました。その時、耳に違和感を感じました。彼女は今まで耳に穴を開けることを恐れており、それがメーベルを身につける障害となっていました。しかし、目覚めた瞬間に気付いたことがありました。寝ている間に耳に穴を開けられ、そして素のメーベルが差し込まれているのです。ユリエラは、あれが夢ではなかったと確信しました。素のメーベルが小さく、紛失することを心配していたのもありますが、キルエルによってピアスを開けられ、彼女は喜びに満ちた気持ちに包まれました。自分の心に眠っていたキルエルへの感情にも気づき、同時にネロへの不安も解消されていくのを感じました。
「キル…。」
ユリエラは、ノエル・クラリアスに絶対に会わなければならないと確信しました。キルエルが自ら口にした孫のノエル。彼に会うことで、キルエルに関するさらなる情報を得ることができるのではないかと彼女は考えました。
一方で、パピルスは、機嫌が良さそうなキルエルを呆れた表情で見つめていました。
パピルスは、キルエルとユリエラが素直に互いの気持ちを伝え合い、心を通わせることができればいいのにと思っていました。彼が不思議に思っていたのは、なぜ両想いなのにユリエラから距離を取るような態度をクラリアス辺境伯がとるのかでした。
「あの、辺境伯。何故、ユリエラから距離をとってしまわれるのですか?」
「ん?ワシには妻がおったし、息子も孫もおるんじゃぞ。歳じゃって…いや、歳の事はお前さんには通用せんな。今はまだ、幼ないゆえに助けたワシを特別に思うておるだけじゃ。じきに真実の愛に気付くはずじゃ。」
パピルスはキルエルの気持ちを聞いて、心の中で〝これは当分この仕事から解放されそうにないな。〟と確信しました。
ユリエラがご機嫌そうに鼻歌を歌いながらドアを開く音が聞こえ、その瞬間、キルエルの姿が透明になりました。それでも、パピルスの目にはしっかりとキルエルの姿が確認できます。パピルスは小さな溜息をつき、自分も部屋から出ました。
そして、学校に着いたユリエラは、早速ネロに話しかけました。
「おはよう。ネロ。」
「おはようユリエラ。」
ネロはユリエラの態度が昨日と違うことに気づき、少し動揺します。
「何かあった?」
「うん。ネロにどうしても伝えないといけない事があるの。」
「僕に?」
「あのね…少し長い話になるんだけど…。」
ユリエラはネロに向かって、全てを正直に話しました。彼が幼い頃に出会っていたユリエラがいなくなってしまったこと。そして、もともとのユリエラの魂の行方がわからないが、彼女の体には如月夏樹が憑依してしまっていること。如月夏樹であるユリエラはおそらく自分が死んだという記憶がないため、11歳の幼い子が30歳の自分の体に入り込んでいる可能性があること。とにかく、ユリエラは自分が転生者と呼ばれる身分になったことをネロに伝えました。
ユリエラが話をするにつれ、ネロの顔には寂しさが浮かび、次第に暗くなっていきました。
「そうか。僕は…間に合わなかったんだね。」
「間に合わなかった?」
「公爵家の蔵書の中に転生者について書かれた異国出版の本があるんだ。そこに、憑依する対象が絶命した時、憑依転生が起こる確率が高いと記されていたんだ。つまり、君が目を覚ました時点で本来のユリエラは亡くなっているんだよ。」
ユリエラはその話を聞いて、なんとなく納得しました。最初に公爵家の汚れた部屋で目を覚ました時、体中が痛み、極度の疲労感に襲われていたことを思い出しました。
授業が始まると、ネロは机に肘をつきながら、何かをぼんやりと考えているようでした。彼の視線は遠くを見つめており、まるで深い思索に浸っているかのようでした。周囲の騒音や教師の話し声が耳に入っても、ネロはその場にいるかのようには見えませんでした。
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