6話【学園生活始動】
1週間が経ち、パピルスの部屋で過ごす日々もようやく終わりを告げました。学校への入学手続きが完了し、ユリエラは寮へ移ることになりました。
パピルスの部屋は最新の家電が揃った、まさに快適な空間でした。便利さに感謝しつつ、名残惜しみながらそこを去りました。
パピルスの話によれば、メルドロイド家はキルエルのおかげで、もはやホルマックス家の存在が必要なくなったという。そのため、ユリエラを追いかけてこないとのことだった。パピルスは引き続き、キルエルの命令に従ってユリエラの側についていると語った。ユリエラは正直、一人でも構わないと思っていたが、パピルスのような優秀な魔法使いがそばにいてくれるのは、自分の魔法の腕を磨くのにはうってつけだと感じた。
こうして、新たな生活が始まった。
ユリエラは学校の制服に身を包み、黒地に金の刺繍が施されたドレスのような制服を着て馬車に揺られています。その華やかな制服は彼女の身にぴったりとフィットし、高貴な雰囲気を一層引き立てています。馬車の中で揺られながら、彼女の表情には緊張と期待が入り混じっています。
目的地に到着し、馬車から降りる際、小さな少年の姿に戻っているパピルスは優雅に手を伸ばし、ユリエラの手を取ります。彼の動作はしなやかで、品の良いエスコートを思わせるものでした。パピルスの顔には優しい微笑みが浮かび、まるで彼女を大切に思う紳士のようでした。彼は慎重にユリエラを支え、安全に地面に足を着かせました。その後、軽やかに一歩踏み出し、彼女の側を離れることなく、彼女の行く先を優しく見守りました。
学校の前に到着したユリエラは、魔法学校が予想していたよりも平凡だと感じました。空に魔法が舞い散るなんてことはなく、パピルスの説明によれば、感情によって他者に魔法を使わせることを防ぐため、特別な魔法が学校全体を包んでいるとのことでした。それはまた、子供たちの安全を確保するためでもあります。魔法の決闘や授業は、専用の監視魔法の付いた教室やホールでしか行われないようになっているとのことでした。
学校の広大な建物を見上げながら、ユリエラは少しドキドキしていた。平凡とは言え、メルドロイド公爵家よりも遥かに広大で立派な建物だったからだ。彼女の足取りは緊張と期待に満ちていた。
「緊張なさっているのですか?」
パピルスがいつの間にかユリエラの隣に立っていた。彼は微笑みながら、ユリエラの緊張を感じ取ったのか、軽く肩を抱いた。
「まぁ、少しね。元いた世界の学校はこんなに大きくなかったし。」
「ユリエラなら大丈夫ですよ。何ていったって、お体は12歳でも、中身は30歳を超えているんでしょう?」
パピルスは微笑みながら、ユリエラの肩を軽く叩いた。
「誰がおばさんよ!…でも、そうね。」
「僕も側におりますので、イジメ等の心配は大丈夫ですよ。」
「頼りにしてるわ。」
ユリエラは魔法学校の広大な校舎に足を踏み入れました。高い天井と広々とした廊下が目に飛び込んできました。教室までの道のりは思った以上に長く、少しずつ疲れが溜まっていきます。やっとの思いで自分の教室に到着する頃には、ユリエラの足は疲れきっていました。その様子を見ていたパピルスは、小刻みに震えながら笑いをこらえていました。
「ちょっと、笑ってるでしょう?」
「ぷふっ、すみません。一階に一瞬で移動できる魔法陣が用意されておりますので、次回からはそちらをお使いになられると良いですよ。」
ユリエラの不機嫌な声に対し、パピルスは謝りながらも微笑をこらえます。彼の声にはほんのりした優しさが宿っていました。
「ちょっと!それを早く言いなさいよ!」
「一般知識すぎて忘れておりました、なんならメルドロイド公爵邸の中にもいくつもありましたからね。」
ユリエラの怒りに応えるように、パピルスはふざけた口調で答えました。その言葉には、彼なりの軽妙さと、時折見せるわざとらしさが感じられました。
「そうなの!?」
「ほら、あと少しで教室につきますよ。頑張って下さい。」
ユリエラの驚きに対し、パピルスは微笑みながら励ましの言葉をかけました。その笑顔には、彼の心の優しさがにじみ出ていました。
教室の前には立派な大人の男性が佇んでいた。教室の前に立つその大人の男性は、スーツではなく、貴族の礼服のような服装をしていた。彼の風貌はまるで、真面目な人がコスプレをしているかのような奇妙な印象を与えた。ユリエラは少し違和感を感じながらも、おそらくこの人が担任の先生だろうと思った。
「マッキャノン殿、こちらがユリエラです。よろしくお願いします。」
「初めまして、ユリエラ・ホルマックスと申します。どうぞよろしくお願いします。」
ユリエラは軽く頭を下げながら丁寧に挨拶しました。
「初めまして、ラピス・マッキャノンと申します。君がクラスに加わることを歓迎する。」
ラピス・マッキャノンは冷酷な表情を浮かべながらも、厳かな口調で挨拶します。
ユリエラはラピスに促され、教室の中へ足を踏み入れます。その中には席に着いた生徒たちがユリエラに興味津々の視線を送っています。しかし、彼女がさらに驚いたのは、教室の後ろにビッシリと並んでいる執事や護衛の騎士たちの姿でした。彼らの姿はまるで授業参観のようで、ユリエラはその光景に戸惑いを隠せませんでした。当然、パピルスも教室の後ろに並ぶ執事や護衛騎士たちの列に加わります。
その光景にユリエラは自分がアニメか漫画の世界に迷い込んだのではないかと思いました。しかし、実際にそれはそうでした。ユリエラは、自分が乙女ゲームの世界に転生してしまったことを一応理解していました。なので、これも受け入れなければと考えていました。その瞬間、ラピスから教壇の隣に立つよう指示されました。
ユリエラがラピスの隣に立つと、ラピスは教室の皆に手を挙げて、静かに注目を促しました。
「皆さん、今日からこのクラスに新しい生徒が加わりました。彼女の名前はユリエラ・ホルマックスです。ユリエラさん、自己紹介をしてください。」
ユリエラは緊張しながらも、教室の生徒たちに微笑みかけました。
「ごきげんよう、皆様。私はユリエラ・ホルマックスと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」
生徒たちはユリエラの挨拶に対して、さまざまな反応を示しました。中には興味津々の表情を浮かべる者もいれば、無関心そうな態度を見せる者もいました。しかし、多くの生徒が礼儀正しく頭を下げ、歓迎の意を示しました。
冷酷な印象を与えながらも、ラピスは冷静に指示を出しました。生徒たちにユリエラを受け入れるよう促した後、彼女に空いている席に座るよう促しました。
授業に参加すると、ユリエラは驚きました。なぜなら、教科書や授業内容が、以前パピルスやキルエルから習った内容と驚くほど似ているからです。彼女は自分が授業についていけることに安堵しました。
昼食の時間になると、明らかに上流貴族たちは執事と共にどこかへと姿を消し、他の貴族たちは一人か護衛を連れて食堂へと向かう様子でした。ユリエラはパピルスに連れられて、移動用の魔法陣に乗り、豪華な部屋に移動しました。その部屋は広大で、豪華なテーブルが設置されていました。
先程教室で執事と共に消えていった上流貴族たちは、すでに豪華な食事を楽しんでいました。ユリエラはパピルスに席を用意され、座るとパピルスが執事たちと同じように食事の準備を始めるのを目の当たりにし、驚きを隠せませんでした。
「ちょっ、パピルス!何してるの?」
ユリエラは声を抑えて、他の人に聞こえないように静かにパピルスに尋ねました。
「何って仕事ですよ。」
「え!?‥‥次から食堂へ行くわ。」
「それは…無理ですね。上からの命令ですので、我慢してください。」
ユリエラは少し納得していないような、気恥ずかしそうな表情を浮かべました。いったい誰がそんな指示を出しているのか気になりましたが、今ここで聞くべきではないだろうし、聞いても教えてもらえないだろうと思っていました。
一方で、パピルスは魔法士団長としての地位にも関わらず、不本意ながらキルエルの命令に従わざるを得ませんでした。キルエルは自らの人脈を駆使し、パピルスが逆らえないように、王からユリエラの護衛兼世話係の役割をパピルスに与えるよう手配していました。
パピルスは飛び級試験に合格していたため、通常の学校には通っておらず、世話係が主人に昼食を用意しなければならないことを知りませんでした。そのため、ユリエラが授業を受けている最中に、パピルスは執事たちから昼食の用意について聞きまわるはめになっていました。
パピルスは心の中で怒りながらも笑顔を絶やさず、その小さな体を使って魔法を駆使し、一生懸命料理を用意していました。「なんで僕が他人のために料理を振る舞わないといけないんだ!!」という思いを抱きながらも、明日からは必ず用意しておいて、保存魔法をかけて移動魔法で簡単に食べられるようにしようと決意したのでした。
昼食を終え、午後の授業の時間がやってきた。この学校では、午後の授業は完全に選択制だ。自分で興味のある授業を選び、受講する必要がある。ユリエラが選んだのは剣術だった。競技用の服に着替え、外へと向かった。
漫画やアニメ、それに元いた世界の経験からは、休み時間には必ず誰かに話しかけられたり、友達同士で群れたりすると思っていたが、この世界の人々は自分のことで手一杯のようで、滅多におしゃべりをすることはなかった。友達同士で集まっている様子もない。しかし、それはユリエラのクラスだけのようだった。
ユリエラは少し普通のクラスを懐かしく思ったが、すぐに自分の目的を思い出した。それはラティー王子とテトラの好感度を上げることだった。
剣術を選択したのも、テトラに出会うためだった。ユリエラは突然テトラに話しかけると、引かれるかもしれないと思い、慎重に動くことにしました。とりあえず、今は同じ授業を選んだことが重要だと感じました。しかし、彼女が授業に入ると、女性が自分以外いないことに驚きました。着替えをする際、他にも女生徒がいたはずなのに、なぜか女性はユリエラだけでした。他の女生徒たちはどうやら馬術の授業に行ったようだった。
このような場面であれば、漫画ならば主人公が元の世界で剣道を習っていたという設定で、すぐに剣術に長けた姿を見せるところでしょう。しかし、ユリエラにはそんな経験は微塵もなく、全てをゼロから学び直さなければなりませんでした。最初は木刀から始めることになりましたが、その木刀ですら彼女にとっては非常に重く感じられました。
そのような恥をかきながらも、ユリエラは必死になって努力しました。彼女は他の生徒たちが見ている中で、自分の未熟さや不器用さを晒すことを恐れず、汗を流しながら練習に打ち込みました。
ユリエラはなるべくテトラが受けている授業を選ぶようにしました。その結果、剣術の後は帝王学の授業に出席することになりました。ラッキーなことに、この授業にはラティー王子も出席していました。ユリエラはこの偶然を幸運だと思いましたが、帝王学という授業には興味がなく、それどころか人生で一番学んだことがない分野だったため、眠気に襲われてしまいました。
帝王学の授業は、王政や統治の基本的な概念や歴史を取り扱っていました。その難しい内容にもかかわらず、ユリエラは眠気に襲われながらも必死にメモを取りました。時折、頭をうなずかせる姿勢が見られ、まるで眠りに抗いながらも知識を吸収しようとしているかのようでした。彼女の筆は不確かながらも、真剣さが滲み出ていました。
そして、授業が終わると皆が教室から出て行き、ユリエラもやっと解放されたと思い、教室から出る準備をしていると、突然「君がホルマックス伯爵家の御令嬢かな?」と声をかけられました。
ふり向いてみると、金髪碧眼の少年が立っていた。ユリエラはすぐに彼がラティー王子だと気付いた。以前、公爵邸にいた時に暇つぶしに眺めていた貴族一覧の絵写真で彼の顔を覚えていたのだ。
「はい。王子殿下、ごきげんよう。私はユリエラ・ホルマックスと申します。光栄に思います。」
「ユリエラ伯爵令嬢、私はラティー・メロウト王子です。こちらこそ、貴女にお会いできたことを嬉しく思います。と、まぁ。堅苦しい挨拶はここまで。ラティーでいいよ。ユリエラ嬢。」
「では、私もユリエラで大丈夫ですよ。それで、どうかなさいましたか?」
「父上から、君が憑依タイプの転生者だと聞いているので、挨拶していこうと思ったんだ。」
ユリエラは、その言葉を聞いて、転生者にも種類があるのかと思いました。彼女は以前、転生者という概念をあまり深く考えたことがなかったので、少し驚きました。
「なるほど、そうだったのですか。では、ご挨拶ありがとうございます。」
「その、地球とやらの話を今度、ぜひゆっくり聞かせていただけないだろうか?」
「もちろんです。興味があるのなら、喜んでお話ししますよ。」
「素晴らしい。楽しみにしているよ。」
執事から「王子、そろそろですよ」と声をかけられたラティーは、軽く頷きながらユリエラに微笑みを浮かべました。彼は礼儀正しく、丁寧に頭を下げ、ユリエラにさよならを告げた。その後、執事と共に教室を後にした。
ユリエラは王子が去った後、胸の高鳴りが鎮まるのを感じました。緊張の糸が切れたかのように、彼女は椅子にゆっくりと座りました。手のひらに感じた緊張も、ほんのりと和らいでいきました。彼女の目は教室の一角を見つめ、王子との出会いについて考え込んでいました。
ユリエラが深いため息をつくと、パピルスが心配そうに彼女に近づいてきました。彼の眉間には薄い皺が寄り、やさしく彼女の肩に手を置きました。彼の姿勢は心配と共感に満ちており、彼女の様子を気遣っていることが伝わってきました。
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。ありがとう。」
「この後は寮に戻るだけですね。初日ですから、早めに休まれてはどうですか?」
「そうね。そうするわ。」
パピルスはユリエラを気遣い、優しく彼女の肩を抱くと、魔法を使って寮へと移動しました。
初めて寮へ足を踏み入れたユリエラ。彼女が想像していた寮は、6畳ほどの狭い相部屋のようなものだと思っていました。しかし、実際には部屋は12畳の広々とした空間で、2LDKくらいの広さがあった。ユリエラはこの予想外の広さに驚きを隠せませんでした。
「どうしてこんなに広いの?」
「そうですね…。 寮にも最上、上、中、下の4つのコースがあるんですよ。ここは上のコースになります。上と最上のコースでは、護衛の者の部屋も用意されているので、このような広さが一般的です。」
「こ、こんな扱い受けて良い身分なの?私。実感が湧かないのだけど。」
「はい。大丈夫ですよ。ユリエラ様の場合ですと、クラリアス辺境伯が王にユリエラ様が憑依タイプの転生者だと報告されていますので、これが普通ですね。この星は転生者頼りなところがありますから。」
「キルったら、そんな報告してるの!?何よ・・・全然顔を見せてくれないくせに…。」
ユリエラは少し寂しそうな表情を浮かべて、眉を寄せていました。彼女の目には何か物思いに耽るような光が宿っており、唇はわずかに下がっていました。その様子はまるで、心の奥底でひそかに彼を待ち望んでいるようにも見えました。
パピルスはユリエラの寂しそうな姿を見て、心の中で彼女をキルエルと再会させたいと願いました。しかし、ユリエラの隣にいるキルエルは首を左右に振り、「今はダメだ」と合図しました。その様子は、キルエルが何らかの理由で彼女と会うことを拒んでいることを示していました。
パピルスはユリエラの悲しみを感じ取り、やさしく彼女の肩を抱きしめました。言葉にはせず、ただそっと寄り添い、彼女の悲しみを分かち合いました。彼の存在は、ユリエラにとって心の支えであり、彼女が心の中で抱える不安や寂しさを和らげる唯一の存在でした。
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