3話【策略の渦】
数日後、ユリエラの熱が下がり、彼女はすっかり元気を取り戻しました。 しかし、彼女は気付いたことがありました。 それは、メイドや執事たちが日々入れ替わっていることでした。
自分がただの魔力の提供者であるという自覚を持ちながら、自分のためにそこまでしてくれる人々に対して戸惑いを感じました。
そして、新しい環境でやることがなく、退屈も感じていました。 彼女はたくさんの本があることに気付きましたが、文字が理解できないため、本から得られる知識や物語を楽しむことができず、時間が過ぎるのが遅く感じられました。
ユリエラがついにネックレスに触れ、「キル、暇です。助けて下さい。」 と口にした瞬間、キルエルが姿を現しました。 「呼んだかいのう」と彼は言い、ユリエラは驚いて声を上げようとしましたが、キルエルに口を塞がれてしまいました。
「おいおい、ワシ一応ここの人らに見つかると不味いんじゃ」とキルエルは囁きました。 そして、そっと手を離してくれました。
「すみません。暇でつい。 本でも読もうかと思ったんですけど、文字が読めなくて困ってて…」
「なるほどのう。文字を読み書きできるようにしてやろうかのぅ?」
「そんな事ができるんですか!?」
「ワシ、結構腕のたつ魔法使いよ?余裕じゃて。」
キルエルは指先に七色の光を灯して、それをユリエラのおでこにトンッと押しあてました。
「ほれ、本を読んでみると良い。」
ユリエラはキルエルに言われた通り、試しに適当な本を手に取って開いてみると、文字の上に読み仮名のように日本語が表示されていて驚きました。
「これ、チート過ぎませんか!?魔法ってこんなにも便利なんですか!?」
「いんや、ワシの使ってる魔法は… おう、そうじゃ! ロストテクノロジーって奴じゃのう。 お前さんが元いた世界の言葉はだいたいワシは理解できるでのう。」
「え!? キルはもしかして転生者と度々会ってるんですか?」
「まぁ。そうじゃの。 その度に無理な注文をされてのぅ、魔法を開発するはめになるんじゃ。」
「大変そうですね。」
「他に困りごとはないかのぅ?」
「魔法の使い方を教えてください!!」
「うーむ。魔法を使う為には媒体が必要なんじゃ。通常媒体は教会へ出向き、神の真書に名前を記入して手に入れるものなんじゃ。」 キルは真剣な表情で説明した。
「教会…私この家から出れないじゃん!」
「安心せい、ワシ教皇じゃぞ?神の真書第一冊目を持ち歩いておる。こういう時の為のワシぞ?これが仕事といっても過言じゃないくらいじゃ。」
「良かった…。じゃあお願いします!」
キルエルの手が金色の光を放つと、分厚い金の刺繍が入った白い本が彼の手に現れた。 その本がひとりでに宙を浮き、ページが勝手にめくれ、光で出来た羽ペンが現れた。 ユリエラは羽ペンを手に取った。
「ユリエラ・ホルマックス?それとも如月夏樹?どっちの名前を書けば良いのかな?」
「媒体は魂に既存するでのぅ、本に書いてみて本が光ればそっちがお前さんの本当の名じゃな。」
ユリエラは試しに「ユリエラ・ホルマックス」と書いてみたが、本は何も反応せず、ただ静かにそびえ立っていた。 次に、「如月夏樹」と書いてみたが、それにも本は反応しなかった。
キルエルはそれに対して少し目を細くして、「もしかして…」と呟いた。
キルエルはユリエラの後ろに回り、羽ペンを持っている手を掴んで、本に「チェリー・クラリアス」と書き込んだ。 すると、本は光を放ち、その光は赤く輝き、ユリエラの手の中に形を変えて落ち着いた。 それは赤い小さなピアスのようなものだった。
「キルエルさん、私ってチェリーさん何ですか…?」
「いやー魂の不具合じゃと思うよ?」
「え!?」
「不具合が起きた時はワシの親族の名前を勝手に書くんじゃ。そうすると、起動する仕組みじゃ。」
「なーんだ。ちょっと焦りました。説明しておいてくださいよ!」
「悪いのぅ、説明めんどくてのぅ。」
その後、キルエルはユリエラにゆっくりと魔法の使い方を説明し始めました。 まず、魔法の基本的な原理から丁寧に教え、その後、実際に魔法を使うための手順を示しました。
ユリエラは真剣な表情でキルエルの言葉を聞き入っています。
キルエルはユリエラに手本を示しながら、実際に魔法の呪文を唱える方法を教えます。 そして、ユリエラは指導に従い、自らの魔力を集め、呪文を唱えました。
すると、彼女の手元に小さな光の粒が集まり、空中に煌めく星のような模様が浮かび上がりました。 ユリエラは感動しながらその光景を眺めます。
「さすがじゃのう、ユリエラや。初日にしては上出来じゃな。 魔法は練習と集中が大切じゃ。 魔法の学び方の本をやろう。明日の夜に様子をみにくるでのぅ。」 キルエルは優しい微笑みを浮かべながら、魔法で本を出し、ユリエラに本を手渡しました。
ユリエラは喜んで本を受け取り、キルエルに感謝の意を示しました。 その後、キルエルは静かに去っていきました。
ユリエラは興奮しながら本を開き、魔法の学び方を熱心に読み始めました。 彼女の心には、魔法の世界への興味と、新しい技術を学ぶ喜びが満ちていました。
明日の夜に再びキルエルが訪れることを楽しみにしながら、ユリエラは夜遅くまで魔法の本を読みふけりました。
一方で、メルドロイド公爵家当主であるケインライト・メルドロイドは息子のネロフライトを自室に呼び出していた。
息子のネロフライトは、父親の表情からなにかが起こったことを察知していました。
「父上、何かご用でしょうか?」
「ネロフライト、我が家の未来について考える時が来たのだ。」
「未来についてとは?」
「この屋敷の結界を維持せねばならん。その為にはなんとしてもユリエラを我が家に閉じ込めておかなければいけない。 お前がユリエラの心を掴むのだ。 幸いユリエラが成人するまで時間もある。 婚約さえしてしまえば此方の者だ。 できるか?」
ネロフライトは父の言葉を静かに聞き、重い責任を感じました。 彼は深く頷いて、父の期待に応えることを誓いました。
「はい、父上。僕は全力でその使命に取り組みます。 ユリエラを我が家に引き入れ、結界を維持することが僕の使命であると心に誓います。」
朝の食事を終え、ユリエラは机に向かって魔法の勉強を始めようとしていた。 その時、扉が軽くノックされ、彼女は「どうぞ」と返事をしながら入ってきた執事の姿を見た。
「失礼します」という言葉と共に、年配の執事が入ってきた。
「ユリエラ様、本日は天気も良いようですね。少し外に出て、散策されてはいかがでしょうか? ずっと部屋にいらっしゃると、身体に良くありませんよ」と、穏やかな笑顔を浮かべながら執事が提案した。
「え?そう?」
「はい、そうですよ。屋外の空気を吸って、リフレッシュされるのも良いですし、庭園の美しい景色を眺めるのも心を落ち着かせますよ。」
ユリエラはあまり気乗りしなかったが、そこまで言われると行かないわけにもいかず、外へ出てみることにした。 外と言っても屋敷の敷地内の庭園なので、大丈夫かという気持ちもあった。 一般的な学校のグラウンドの3倍の広さはありそうな中庭だ。 運動不足解消に丁度良いかもしれないくらいに思ったので執事の提案に従って、外の庭園へと歩を進めました。足を踏み入れると広大な庭園が目の前に広がりました。 立派な花壇や美しい彫刻が配置され、草花の香りが漂い、小鳥たちのさえずりが心地よく響いています。 一歩一歩歩を進めるうちに、ユリエラの心も少しずつ落ち着いてきました。 初めての外出ということもあり、新鮮な体験に興味を持ち始めたのです。
しばらく歩いていると美しいバイオリンの音色が聞こえてきます。その音色の方向へ自然を足を運ぶとネロフライトがバイオリンを演奏していました。
ユリエラは美しい音色に引き寄せられ、歩を進めると、そこにはネロフライトがバイオリンを優雅に奏でている姿がありました。 彼の指が弦に触れるたびに、優美な旋律が庭園に響き渡ります。 ネロフライトの表情は穏やかで、心地よさそうに音楽に没頭しています。
ユリエラは心の中で、ネロフライトが執着系の攻略キャラであることを思い出しました。 彼に近づきすぎると、彼が自分に執着する可能性があることを懸念しました。 そこで、彼からある程度の距離を保ちながら、彼の演奏を静かに楽しむことにしました。
そこへ、タイミングが悪くも執事が近づいてきて、「坊ちゃまの演奏をもう少し近くで聞いてみてはいかがですか?」と声をかけられました。
ユリエラは驚いて声をあげ、尻餅をついてしまいました。 演奏がピタリと止み、ネロフライトの視線が彼女に向けられ、彼女は恥ずかしさに顔を赤らめました。
ネロフライトは優雅にユリエラに近づき、手を差し伸べながら微笑みました。 彼の姿勢や表情は穏やかで、礼儀正しさがにじみ出ています。
「ごきげんよう。こんなところで何をしてるんだい?」
ユリエラは、差し伸べられた手をしっかりと握り、立ち上がりました。
「ごきげんよう…えっと、」
「これは失礼、僕はネロフライト・メルドロイド、でもネロで構わないよ」
「初めまして、ネロ様。私はユリエラです。 バイオリンの演奏、素晴らしかったです。」
「ありがとう。様もいらないよ。数日前に初めて父からユリエラの事を聞いたよ。 今まで辛い思いをさせてすまなかった。 今は問題ない?」
ネロは深い思慮に満ちた表情で、ユリエラをじっと見つめました。 その目には、心配や思いやりが滲み出ており、言葉以上の何かを伝えようとしているようでした。 ユリエラはその視線に心が温かくなるのを感じながら、少し戸惑いながらもネロの目を見つめ返しました。
「ええ、問題はありません。ありがとうございます。」 ユリエラは微笑みながら答えました。
「そうだ、もし良ければ僕が庭園を案内しようか?」
ネロに案内されることを避けたかったユリエラは、内心で断りたかったが、その時にまたしてもタイミングの悪い執事が口を挟みました。
「それは素晴らしい提案ですね!ユリエラ様。坊ちゃまに案内してもらいましょう!」 と執事が乗っかり、ユリエラの心が不安に包まれました。 彼女は内心でタイミングの悪さに苛立ちつつも、礼儀正しく頷きました。
ネロはユリエラを庭園に案内し、まず最初に立ち寄ったのは美しい薔薇園でした。 そこでは、様々な色とりどりの薔薇が咲き誇り、豊かな香りが漂っていました。 彼らは一緒に歩きながら、異なる品種の薔薇に触れ、その美しさや芳香に魅了されました。
その後、小さな野菜畑を訪れました。 畑は丁寧に手入れされ、野菜たちは元気に育ち、実をつけていました。 ユリエラはネロに、彼の家庭菜園の世話をしているのか尋ねました。 ネロは微笑みながら、使用人たちと共に楽しみながら世話をしていると答えました。 彼は誇りを持って、自然の恵みを育てることの喜びを語りました。
昼になり、ネロは庭園の一角に用意されたテーブルに案内し、美しい景色を眺めながら昼食を共にすることを提案しました。 ユリエラは断れる雰囲気ではなかったので渋々了承し、二人は美味しい料理と心地よい会話を楽しみながら、庭園の素晴らしさを存分に味わいました。
二人はその後も庭園を散策し、季節の花々や樹木を楽しみながら、会話を交わしました。 庭園の美しさと、ネロの優しい説明によって、ユリエラは流石に楽しんでしまいました。
その夜、ユリエラは疲れ切った表情で部屋に戻ると、キルエルが彼女の様子を訊ねてきました。 彼女の疲れた様子に、キルエルは少し驚きました。
「疲れておるのか?」
「はい、少し。足が痛くなるまで歩いたので…。」
「どれ、見せてみ。」
キルエルはそう言ってユリエラをベッドに座らせ、彼女の足を見ました。 微かな靴擦れや小さな傷が見受けられ、それらを魔法で丁寧に治療していきました。
「ネロとの接触を避けようとしてたのに、今日は一緒に庭園散策しちゃって、逆に距離が近くなっちゃったかも。」
「ほぅ、ええのぅ。おなごは好きじゃろ?あぁいうタイプが。」
「確かに。12歳とは思えないくらいしっかりしていて驚きました。 私、あちらの世界では30歳を過ぎていたんですけど、同年代の男性がみんなネロくらいの知性を持っていたらなぁとか思ってしまいました。」
「地球人の男性に凄く失礼な事を言ってやしないかい?」
「そうかもしれませんね。 私の住んでいた星はもう、出会いの場とかも少なくて、結婚する人自体が減っていたので、末期でしたから。」
「寂しい事を…っ」
突然、バルコニーのガラスが破られて、黒ずくめの人が3人侵入しようとしました。 しかし、素早くキルエルが破られたガラスを元に戻し、3人を入れないように阻止しました。 その様子はまるで逆再生の映像を見ているかのようでした。 ガラスは魔法で強化され、簡単に人が入ってこれないほどの頑丈さを誇り、3人はガラスを叩きましたが、入ることはできませんでした。
「ビックリして心臓が止まるかと思いました。」
「ワシがいるんじゃぞ。侵入させてたまりますかい。…しかし、まだ叩き割ろうとしておるのか。滑稽じゃのう。手をふってみるか。」
キルエルは中に侵入しようと頑張っている3人に向かって、ガラス越しに笑顔で手を振りました。 その笑顔はまるで挑戦者に対するあざ笑いのようにも見えました。
黒ずくめの三人が手に光を灯し、魔法の球体を形成しました。 その合わせ技でガラスを破ろうとしたが、キルエルが手をくるりとすれば、三人が作った魔法の球体はガラスに吸い込まれるように消え去りました。 その時、敵の侵入を知らせる兵の声が響き、三人は逃走しました。 ユリエラの部屋に誰かが近づいていることに気づいたユリエラは、キルエルをベッドの中に引き込み、自分もベッドに潜り込んで、寝ているかのように振る舞いました。
ドアがそっと開く音にユリエラは身を乗り出し、眉を寄せました。 兵と使用人が入ってきました。 彼らはユリエラがベッドに横たわっているのを確認すると、静かにドアを閉めて退出しました。 ユリエラは彼らが去った後も、息を潜めて動かず、静かな部屋の中で耳を澄ませました。
「大丈夫そう。」
ユリエラはキルエルを抱きしめていたことに気付き、驚いて一瞬後ずさりしました。 「ごめんなさい!」と謝ると、慌てて彼から離れました。 その後、恥ずかしそうに視線を床に落とした。
ユリエラは心の中で、キルエルがいったい何歳なのかを思い返し、少し戸惑いながらも考えました。 彼の年齢についてははっきりとした情報がなかったため、彼の正確な年齢を推測することは難しいと感じました。
キルエルは少し赤面しているユリエラを見て「若いのぅ。」といってニコリと笑います。
ユリエラは赤面しながらも、キルエルの言葉に微笑みました。 その笑顔が、彼女の若々しさと無邪気さを表していました。
「キルだって立派な成人した男性じゃないですか…。」
「ほっほっほっ。でも、ワシ軽く1万歳は超えとるよ?」
ユリエラは自分で自分の口をおさえて驚いた。
「1万歳超え!?しかも、軽く!?」
「そうじゃよ。息子も孫もおると言うたはずじゃが?なんなら曾孫もおるぞい。妻は随分と昔に亡くなってもうたんじゃがな。人間じゃったからのぅ。」
「それは…寂しいですね。って、キルは人間じゃないんですか?」
「そうじゃな。人間にとっては神と呼ばれる存在なんじゃが、天界ではただの使いっぱしりなのじゃ。 」
「神様だったの!?」
「左様。さて、そろそろ眠るとええ。 今晩はワシが朝までここにいるから、安心して眠れ。」
ユリエラはキルエルの事をもっと知りたかったが、何故か心が落ち着き、ベッドに横になりました。
そして、安らかな夜を迎えたのでした。
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