2話【少女が幸せになる為の導き】
翌日、目を覚ましても夢は覚めなかった。 私は異世界に転生したことを受け入れるしかないらしい。 しかし、体がひどく熱くて、力が入らない。 喉が乾いたな、と思った瞬間、キルが私のおでこを触って、熱があることに気付いてくれたようで、冷たいお絞りをおでこにあててくれた。 そして私の体を少し起こして、口に薬を放り込み、急須の口を私の口に当ててくれた。 それによって水分をとることができた。
「もう少し寝るとええ。」と言って、キルは優しく私を寝かせ、頭を撫でてくれた。 その手がとても心地よく、私は再び眠りについた。
一方、メルドロイド公爵家では昨日から公爵家の城の結界が崩壊し、大変な事態になっていた。 まず結界が崩れたことで、敷地内にユリエラがいないということが判明し、公爵が与えた部屋を捜索しに向かうと、部屋はもぬけの殻どころか、揃えたはずの家具や装飾品がほとんどなくなっていることに気が付いた。 ユリエラが敷地にいないのは明らかであるが、クローゼットを開いてみても、お仕着せしか入っておらず、何が起きているのか混乱してしまった。 それから部屋が異様に埃っぽいことに気付いた。 何年も掃除されていなかったようだ。 12歳の子が昨日までいたはずの部屋にはオモチャも本も一切なく、驚くばかりだった。
公爵は執務室に戻り、執事に「どういうことだ!」と大声を上げて怒鳴った。公爵の紅い髪は、まるで怒りの炎が舞っているかのように見え、赤い瞳も同じく怒りの炎のようにゆらゆらとしていました。執事は「適当にとおっしゃられたので、放置しておりました。」と正直に答えた。 すると「お前は無能か!」と言ってダンッと机を叩けば机は真っ二つに折れて壊れてしまった。 「申し訳ございません」と謝るも、公爵の怒りは収まらなかった。
公爵は「今すぐに調査しろ」と命令を下して、すぐに調査報告書が渡されることとなった。 城から出るには門をくぐる以外の手段はなかったが、門をくぐった形跡はなかった。 調査報告書には、あるメイドが虐待を繰り返した後、ユリエラが気を狂わせてしまい、使い物にならなくなったので追い出したと記されていた。 追放されたが、門をくぐらずということは屋敷内で死んでいる可能性が高かったため、使用人全員に捜索命令が下された。 しかし、1日経ってもユリエラが見つかることはなかった。
公爵はなんという事だと青ざめていた。 そこへ息子のネロフライトが現れた。
ネロフライトの容姿は父親よりも、金髪で赤い瞳の母親に似ており、金髪にはところどころ赤色のメッシュが入っていました。 そして、彼の瞳の色はもちろん赤色でした。
「父上、この家に婚約者が滞在していたというのは本当ですか?」
「なんだと?お前も知らなかったのか。」
「はい。」
「食事を一緒にとっていたのではないのか?」
「いえ、食事はいつも母上と二人です。」
公爵は自分がいかに仕事ばかりで家族に目を向けていなかったかを痛感させられてしまった。
外へ逃げている可能性もあり、公爵家の兵を数名外へ向かわせたが、足跡すらないとの事で、やはり敷地内で絶命している可能性が高かった。 娘をとられる事を嫌がったホルマックス伯爵になんといえばいいのだ、と深い罪悪感に襲われた。
しかし、すぐに兵から「魔物が城に侵入した」と知らせが届き、急ぎ対処しにいかなければならなかった。
公爵が外へ出てみると、大量の魔物が城に押し寄せていた。 その数は数百にも及び、その姿はさまざまな形や大きさを持っていた。 公爵はただちに警戒態勢を敷き、城壁の上に立ち、魔物たちを見据えた。
魔物の攻撃は容赦なく、城壁を打ち破る炎や岩石、凍てつく風といった様々な属性を持っていた。 公爵家の兵士たちは奮戦し、魔法使いたちも強力な呪文を唱えながら対抗したが、魔物の数は多すぎて手に負えない。
丸二日が経過し、激しい戦闘の末、ついに公爵邸周辺の魔物たちは撃退された。 しかし、その代償は大きく、公爵家の居城は崩壊の危機に瀕していた。 城壁は破れ、建物は所々炎上し、庭園は荒廃していた。 廃墟のように見えるほどの被害を受けた公爵家の居城は、かつての栄華を失い、ただ荒涼とした姿を晒していた。
公爵はボロボロの居城を見つめながら、その荒廃した姿を目に焼き付ける。 使用人からの報告を受け、生き残った者たちの状況を知ると、深い悲しみと無力感が彼の心を襲った。
「生き残った者は地下に隠れていたのか…」
その言葉を聞いた公爵は、苦悩に満ちた表情を浮かべる。
「 領民はほぼ助からないか… 魔物がまだ領地を荒らし回っているかもしれない…」
公爵の心はさらに沈んでいく。
拳を握りしめ、血がにじむまでの辛い表情を浮かべる公爵の姿は、かつての威厳を失った者のものではなく、深い悲しみと怒りに包まれた人間の姿だった。
「何が公爵家だ… 無意味だ」
彼は自らの絶望を吐露する。
そこへ、「お~~い」という気の抜けたような声が聞こえ、公爵が頭を上げると、白髪の少年が同い年くらいの女の子を抱えて、空から降りてきた。
「いや~、酷い天変地異じゃのぅ」と、少年が口を開けると、屋敷の周囲に結界が張り巡らされた。
結界の輪郭は光を放ち、魔物の侵入を防ぐ役割を果たしているように見えた。
公爵は驚きの表情を浮かべながら、その結界を見つめる。
公爵は何度か目にしたことがあった。 彼は間違いなくクラリアス辺境伯であり、教会の教皇を務めている人物だった。 近頃、若返りを果たしたと聞き、顔を見ておかねばと貴族会議にわざわざ出席して顔をみてきたので覚えていた。
「クラリアス辺境伯、どうしてここへ来られたのですか?その子は?」
公爵は少女をじっと見つめ、そのみすぼらしい姿を見て心が痛んだ。 ボロボロのメイド服を着た彼女は、風呂にも入っていないような状態だった。 そして、彼女がどこから来たのか、その顔に見覚えがなかった。 しかし、彼女が高熱を持っていることは明らかだった。
「すまないが、彼女のことは知らない。」と公爵は静かに答えた。
その後、クラリアス辺境伯が言葉を続けた。 彼は少女を医者に診せるためにここにやって来たと説明し、領地に魔物が現れていたのを見かけて排除して回った後に公爵邸へやってきたことを告げた。
公爵は領地民が救われたことを知り、キルエルに深い感謝の意を表した。 そして、少女を必ず医者に見せることを誓った。
しかし、その時、使用人たちが駆けつけてきて、驚きとともに口を滑らせてしまった。
「まぁ!どうしてユリエラがここに!?」
この言葉に公爵は驚愕し、同時に静かな怒りが湧き上がった。
「何故、この子がユリエラだと?」
「そりゃ、つい最近まで一緒に働いておりましたから・・・。公爵様もユリエラが何かしでかして罰せられる為に捜索なさっていたのでしょう?」
公爵は言葉に突き刺さるような怒りを感じた。
「おや、この子はユリエラと言うのか。危なかったんでな。 ワシが少しみておった。」
キルエルは、さも魔物の襲撃に遭いそうな彼女を助けたと言わんばかりのニュアンスで話した。
公爵は怒りをかなり抑えながら、「すみません、どうやら・・・我が息子の婚約者予定のユリエラだったようです。」と謝った。
「ほぅ。公爵家に嫁ぐと、こんなめにあわされるんかいのう? 要らないならワシがもらってもええかのう? あのままだと死んでおった事じゃしのう。」 この言葉に公爵は何も言えなかった。
しかし悪あがきで「それは後ほど・・・今は医者に見せるのが先決でしょう。」
「おーそうじゃったな。ユリエラはまかせよう。 では、外傷のあるものや、ギリギリ息のあるものをワシのもとへ連れてくるがよい。 外傷なら治してやるぞ。」
公爵は急ぎ、使用人たちを集めて、外傷のある者をキルエルの元へと運ばせた。 キルエルは魔法を巧みに操り、死に瀕した命が次々と回復していく様子を目の当たりにした。 重傷を負った者たちの体に、生命の息吹が戻りつつある。 命の危機を乗り越え、死者は数人にとどまった。
その場にいた人々は、キルエルの神秘的な力に驚嘆し、感謝の念を抱いた。
「何をぼーっとみておる、はよユリエラを医者に見せてやってくれ。お~、そうじゃった公爵邸もボロボロじゃのう。」 キルエルがひょいと手を動かすと、崩れ落ちた公爵邸が驚くほど綺麗な姿に元通りとなった。
公爵はこの奇跡的な再生に目を見張り、同時にますますユリエラを手に入れることが難しいと感じた。 キルエルの持つ魔法の力はまさに神業の域に達していると、公爵は痛感した。
公爵は自らユリエラを抱え、急いで城内を駆け抜けた。 「医者を呼べ!」と声をあげ、公爵家のお抱えの医者を呼び寄せ、自室にユリエラを寝かせた。
しばらくして、地下から医者がやってきて、ユリエラを診察した。 医者は酷い栄養失調と体罰の跡があり、それが彼女の衰弱の原因であると診断した。 公爵はその診断を聞き、怒りと悲しみが入り混じった表情を浮かべた。
「すまないが、丁重に処置を頼む。この子が助からなければ命はないと思え。」 と公爵が医者に脅しをかけると、医者は一生懸命、できる限りの処置を行った。
医者はユリエラの状態を注意深く観察し、酷い栄養失調と体罰の影響を和らげるために最善を尽くした。 ユリエラの衰弱は深刻であり、医者もその状況を理解していた。 公爵の要求に応えるべく、医者は全力を尽くし、ユリエラの命を守るために奮闘した。
しばらくして、キルエルが公爵の部屋に入ってきた。
「外の連中の怪我は治しておいたぞい。ユリエラは後日迎えにくるとしようかのう。 あとは頼んだぞー。」
「はい、ありがとうございました。」公爵は深々と頭を下げました。
キルエルが去った後、公爵はすぐに使用人と妻、息子を1つの大広間に集めた。 屋敷内はキルエルの魔法のおかげで綺麗になり、壊れたものも修復されていた。 公爵は皆に重大な問題について話し合う必要があると告げた。
公爵は静かに立ち上がり、使用人や家族に向かって深いため息をついた。 彼の顔には深い悲しみと責任の重みがにじみ出ていた。
「このメルドロイド領はかつて魔物の巣だった。 そこを開拓したのが初代のメルドロイド公爵だ。 しかし、公爵は魔物を倒して開拓したのではなく封じて開拓した。 代を重ねるごとに魔力は弱まり、今では魔力が高い者をよそから引き入れ、辛うじて封印を保ってきた。 その為に魔力の高いユリエラをホルマックス伯爵を脅し、買い取るかたちで連れてきた。 だが、不幸にさせるつもりは微塵もなかった。 ネロの婚約者として育てようと決意し連れてきたのだ。 子供だから自由にさせてやろうと最初は適当にと指示をした。 が、その意図が伝わっていなかった事が良く分かった。 そして、裏でユリエラを虐める指示をしたそうだな、ベラミレア!」 と公爵は鋭い目で妻のベラミレアを睨んだ。
「わたくしは、ネロにはもっと相応しい子をと思い・・・息子を思う気持ちです。」と、ベラミレアは冷静な口調で述べた。
「母上、そんな事をしていたのですか!?」
「全てはネロ、貴方の為なのですよ!?」
「妻を牢に閉じ込め・・・いや、領民を脅かし、亡くなった仲間たちの為にも殺しておくか・・・」と、公爵は暗い影を投げかけるようにつぶやいた。
「父上…。それは…。」
そこへよろよろとユリエラが現れ、「公爵・・・様。」とかすかな声で呼びかけた。 その弱々しい姿に、公爵は一瞬にして彼女を抱きしめた。
「私の為にやめてください・・・。ネロフライト様がお可哀想です。 私は結婚をしなくても大丈夫ですので、どうかネロフライト様には相応しい女性を・・。」 と、ユリエラは必死に訴えた。
しかし、公爵にはユリエラをキルエルに渡さなければならないという事実があった。 渡してしまえば結界が崩壊してしまう恐れもあった。 どうすれば良いのか公爵にはわからなかった。 ただ、今は1日でも長くユリエラを留めておかねばと思った。
「なら、君が成人するまでの間だけでも良い。我が公爵家で成長を見守らせてほしい。 欲しい物はなんでも用意させよう。 君に不自由をさせない事を約束する。」 と、公爵は優しく言葉を続けた。
ユリエラは深く頷きました。
そして、その日のうちに、公爵は王宮へ文を出して魔法士を雇い、ユリエラの部屋を数時間で豪華に装飾するよう指示した。 魔法士は高度な魔法を使い、部屋の内装や調度品を瞬時に変えていった。 壁や床には美しい模様や装飾が施され、家具も豪華なものに変わっていった。
また、窓からは魔法によって美しい景色が映し出され、部屋全体には快適な温度や心地よい香りが広がった。 ユリエラの部屋は一変し、まるで王宮の一部のような豪華さと優雅さを備えていた。
ユリエラがベッドに入っていると、バルコニーから静かなコンコンというノックの音が聞こえました。 不思議に思いながらも、ユリエラはベッドから抜け出し、バルコニーへと歩みを進めました。
バルコニーに出ると、そこには月明かりに照らされた静かな庭が広がっており、一際目を引く美しい花々が咲き誇っていました。 そして、その中央にひときわ優雅な姿をしたキルエルが立っていました。
キルエルの黒い髪は月光に輝き、彼の服装もまた優雅で高貴な雰囲気を醸し出していました。 彼の紫色の目はユリエラを見つめ、柔らかな微笑みを浮かべていました。
「ユリエラ、うまくったようじゃの。」と、キルエルは優しい声で尋ねました。
「はい、熱はしんどいですけど、全て上手くいきまた。」とユリエラは微笑みながら答えました。
キルエルはユリエラに近づき、彼女の手を優しく取りました。
「君がここで安全で幸せに暮らせるように、ワシはいつもそばにいる。どんなときも、ワシを頼るとよい。」
キルは微笑みながらユリエラに近づき、「そうじゃ、これはお守りじゃ」と言いながら、紫色の美しいネックレスを取り出しました。
そのネックレスは紫色の宝石で飾られ、輝くような輝きを放っていました。 キルはそのネックレスをユリエラの手のひらに置き、彼女の手を優しく包み込みました。
「ワシの力が必要になったら、これを握りしめて願いを言うとええ」
ネックレスは彼女の手の中で暖かさを感じさせました。
ユリエラは感謝の気持ちでキルを見つめ、その美しいネックレスを大切に受け取りました。
「キル、本当にありがとう。 これからもよろしくお願いします。」
キルエルも微笑みながら、ユリエラの言葉に頷きました。
キルエルは静かに立ちながら、一連の出来事を振り返りました。 彼の目には深い思慮と満足が宿っていました。 すべては彼の計画通りに進んでいたのです。
彼はユリエラの成長と幸せを願いながら、自らの魔法と計略を用いてその運命を導いたのです。 公爵の領地に現れ、ユリエラを保護し、彼女を安全に公爵の元へ導いたのも、彼の緻密な計画の一環でした。
キルエルはユリエラが公爵家で幸せに暮らし、自由を得るまでの過程を見守っていました。
そして、ネックレスを通じてユリエラに自分の力を与えることで、彼女の安全を確保し、キルエル自身も彼女を守る手段を持つことができました。 キルエルは自らの計画が順調に進んでいることに満足し、家路についた。
1話だけだと寂しいので2話をどうぞ!!
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