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10話【愛しのチェリー】

約800年前、神の国と謳われた国に生まれたキルエルは、特異な運命を背負っていた。彼の生まれた家、クラリアス家は、不老の血を引く特殊な家系であった。彼らは生まれながらにして高い能力を持ち、そのために不老不死とまで称されていた。しかし、その不死の身体ゆえに、彼らは退屈な日々に苛まれていた。


死を迎えることのない体は、時として絶え間ない日常に疲れを感じさせる。キルエルも例外ではなかった。彼は日々の生活に飽き足らず、内なる刺激を求めて、神の国を離れることを決意した。彼が生まれたクラリアス家の者たちの中にも、不老であるがゆえに神の国を離れる者は少なくなかった。


しかし、クラリアス家には制約があった。クラリアス家の長きにわたる掟によれば、彼らは下界において暴虐の限りを尽くしてはならず、さらに大きな国家を形成することも禁じられていた。


この制約は、神の国の秩序と平和を守るためのものであった。彼らの不老不死の力が、人々の生活に混乱をもたらすことがないようにとの配慮であった。キルエルもまた、この掟を忠実に守ることを心に誓いながら、神の国を離れる決意を固めた。


キルエルが神の国を離れようとするその時、突然、この星の創造主の孫のアビスが彼に声をかけた。


「俺も連れていけ。」


アビスの言葉は静かながらも強い意志を伴っていた。その深遠なる眼差しは、キルエルの心を揺り動かした。

キルエルは渋々とした表情で振り返り、アビスを見つめた。彼はこの星の創造主の孫でありながら、不可思議な存在であった。その存在感は神秘的であり、それでいて魅力的でもあった。


「わかった。連れていくよ。」と、キルエルは決断を下した。彼は自らの旅路に同行者を得ることを受け入れ、アビスと共に新たなる世界へと旅立つことになった。


しかし、その決断は誤りであった。


森の中で穏やかな人間の生活を始めたアビスとキルエルだったが、彼らの平穏な暮らしは次第に変化していった。他の人間が次々と森にやってきて、彼らと共に暮らし始めた。小さな集落が形成され、やがては村となり、人口も増え、町としての姿を見せ始めた。


しかし、キルエルはその変化に対して深刻な危機感を抱いていた。彼は、人々が生活の中で新たなる技術や権力を手に入れ、それが結果として大きな国家の形成へと繋がった。その巨大な国家が生み出す影響は計り知れず、その存在自体が家の掟に反する行為だとキルエルは理解していた。


そキルエルは、アビスと共に議論を重ねた。アビスは国民や建造物を壊すことなく、なんとかこの危機を回避したいと考えていた。


しかし、キルエルにとって、今は議論や悩みの余地はなかった。彼は深刻な事態に直面していた。家の掟に反し、その罰が下ることを恐れていた。彼は時間がないことを理解しており、迅速な行動が求められていた。


「早く壊さなければならない。」キルエルの声は急かすように響いた。彼の表情には焦りと決意が交錯し、彼の心は不安と緊張に包まれていた。


アビスとキルエルは長い間を共に過ごしてきた。彼らの絆は深く、信頼も築かれていた。しかし、その信頼は裏切りによって崩れ去ることとなった。


キルエルが国を壊そうとする意志を示した時、アビスは国民を守るために、彼を裏切り、残忍な行為に訴えた。彼はキルエルの寿命を吸い取る呪いをかけ、彼を死の恐怖に直面させた。


キルエルの世界は一瞬で崩れ去った。死の恐怖に直面し、アビスの呪いによって脅された彼は、力なく立ち尽くし、国を壊すことができなかった。


絶望と孤独に包まれたキルエルは、その場を去ることを決意した。彼は自暴自棄になり、何もかもを失ったように感じながら、国を去る道を選んだ。彼の心は痛みに打ちひしがれ、信じていた全てが崩れ去ったように思えた。


キルエルは国家が更なる巨大化を招くことを防ぐため、特別な結界を築いた。その結界は、帝国が世界を統一することを不可能にする力を秘めていた。


結界は彼の意志と力の象徴であり、神の国の掟を守るために刻み込まれた彼の最後の行為であった。


キルエルは帝国を去った後、隣国に身を置くことを選んだ。彼の存在は、隣国にとっても帝国の監視者としての重要な要素となった。


ある日、隣国で静かに暮らしていたキルエルのもとに、クラリアス家の当主が現れた。


クラリアス家の当主は、キルエルに罰を言い渡した。それは、人々の秩序を管理するための特別なアイテムを配布して回ることだった。そのアイテムは魔法を使うための媒体であった。後にそれはメーベルと呼ばれるものになる。


キルエルは当主の言葉を聞き、その重責を受け入れた。彼は神の国の誇りと掟を背負い、人々の安全と秩序を守るために努めることを心に誓った。


彼はクラリアス家の当主から与えられた特別なアイテムを用いて、宗教を創始し、教会を設立した。彼の宗教は、魔法の力を持つ者たちがその力を正しく行使し、人々の安全と秩序を守ることを教えるものであった。


その教えは、魔法の力を持つ者たちが使命を果たすために力を結集することを奨励した。教会は人々に希望と信念を与え、魔法の力を使うことへの責任と義務を教え込んだ。


キルエルの宗教は徐々に広まり、人々は魔法の力を持つようになった。多くの人々はその力を使い、社会の秩序を維持し、平和を守るために尽力した。


キルエルはある日、ふと鏡を見ると、そこに映るのは何百年もの間、少年の姿を保ち続けてきた自分ではなく、立派な成人男性の姿が映し出されていることに気付いた。


キルエルは深い恐怖に襲われ、自らの存在に対する意味を見失った。彼は不死の身体を持ちながらも、寿命という運命に直面し、その恐怖に押しつぶされそうになった。


神の国の使命を放棄し、彼はフラフラと彷徨い始めた。彼は自らの存在が虚無に満ちているように感じ、何もかもが意味を失ったように思えた。


キルエルが彷徨い歩く中、赤色の長い髪をした少女に出会った。彼女は野性的な服装を身にまとい、孤児であることが彼の目にも明らかであった。


彼女がキルエルの胸倉を掴み、激しく叫ぶと、彼の心は一瞬で揺さぶられた。


「おい!!!そんなに良い服を着ていて、どうして死にたがってる!!」


彼女の言葉には、強烈な力が宿っていた。キルエルはそれをぼんやりと聞き流していたが、彼女の叫びには不思議な魅力があった。


キルエルは言葉に詰まり、彼女を見つめた。


「なぁ…お前、金持ちなのか?金あるんだろ…?死ぬ前に…俺を幸せにしろ!!!」


彼女の叫び声は、深い絶望と欲望が入り混じったものであり、その一方で不思議なほどキルエルの心に響いた。彼女の言葉が、彼の心の奥底に触れ、そこに何かを揺り動かすものがあった。


彼は彼女の目を見つめ、その眼差しには悲しみと苦悩が滲んでいた。


「1つ…聞いても良いかな?どうして僕に声をかけた?金を持ってそうな奴なら今までにも通っただろ?」


「仲間が同じ目をして死んでいった。金の無い奴らだ。お前は金めのものを持ちながら、その時の仲間と同じ目をしている。俺はそれが許せない!!だからお前に怒っている!!死ぬ前に俺を幸せしろ!!」


キルエルは彼女の叫びに対して、思わず面白いと感じてしまった。彼女の言葉が斬新であり、彼の心を驚かせた。そのため、彼は思わず笑ってしまった。


「はっ…ははははっ。」

「何がおかしい!!!」


しかし、その笑いが彼女の心に傷を与えることを理解したキルエルは、自らの行動に対する詫びとして彼女の提案を受け入れることに決めた。


「そうだね。悪かった。君を幸せにするくらいの寿命ならある。良いよ。誰よりも君を幸せにしてやろう。」


彼女は驚きの表情で、ぽかーんとしていた。


「どうした?」

「お前、とうとう狂ったか?」

「そうだな。ところで、これから世界一幸せになる予定の君の名前は?」

「名前?あるわけないだろ。赤髪って呼ばれてたくらいだ。」

「…なるほど。赤というよりピンクに近いな。なら、名前をつけてやろう。チェリーはどうだ?」

「チェリー?意味はあるのか?」

「僕の祖国に綺麗な薄い桃色の花びらをつける桜という名前の木がある。その桜の木は夏になると…ちょうど君の髪の色に似た実をつける。なんとなくそれが浮かんだ。」

「木の実の名前か。まぁなんでも良いや。赤髪よりマシだ。」


キルエルは瞬間移動の魔法を駆使し、彼女と共に彼の豪邸へと帰還した。その豪邸は優雅な外観と華麗な装飾で彩られ、チェリーの目を見張らせた。


チェリーは驚きの表情を浮かべ、その美しい宮殿の前で立ち尽くした。彼女の心は興奮と喜びで躍り、彼女はその豪邸の壮大な姿に圧倒された。


キルエルは彼女の驚きを見て微笑みながら、彼女の手を取り、家の中へと案内した。彼の家の内部もまた、贅沢な装飾と暖かい雰囲気に包まれていた。彼女の目には、その華やかな家の中に幸せと安らぎが満ちているように見えた。


「チェリー、君は運が良かった。同じ境遇でも拾ってもらえずに一生を過ごす人もいるからね。」


「何言ってんだお前?運が良かったのはお前のほうだろ?俺がお前を捕まえたんだ。」


キルエルは彼女の言葉に再び笑いをこらえることができず、思わず大きな笑い声をあげた。


「はははっ。正気じゃないな。」

「お前もな!!」



キルエルとチェリーは楽しい時間を共に過ごしていたが、ある日、チェリーが本を読みたいと言い出した。彼女は魔法で文字を読み書きするのではなく、自らの力で学びたいと願い、キルエルに手ほどきを求めた。


キルエルはその言葉に驚きを隠せず、思わず笑ってしまった。彼は彼女の向上心と学ぶ意欲に感心しながらも、その突然の要求に戸惑いを感じた。


しかし、彼女の真剣な顔と熱意に触れ、キルエルは彼女の願いを受け入れることに決めた。彼は優しく彼女に手ほどきをし、文字を読み書きする方法を教えることにした。


「普通は楽がしたいと思うんだけどな。チェリーはやっぱりおかしいよ。」

「は?おかしいのはキルだろ?自分で頑張るから面白いんだぞ!キルは何も頑張れないぼんくらだな。」

「チェリー、どこでそんな言葉を覚えてきた。」

「ふんっ。」

「一度言葉を教え込む必要があるな。」

「べーっだっ!!」


二人の間には笑い声と学びの時間が交錯し、彼らの絆は一層深まっていった。


キルエルはチェリーと共に過ごすうちに、不思議なことに何をするのも面白いと感じるようになってきた。食事をとるのも、買い物をするのも、それら全てが彼にとって新たな喜びと楽しみとなっていた。そして、その変化の理由は、チェリーの存在にあるようだった。


チェリーの存在が彼の心に深く根付き、彼女のことを考えることが、キルエルにとっての生き甲斐となっていた。彼は彼女との時間を大切にし、彼女と共に過ごすことで新たなる喜びと充実感を見出していたのだ。



そして数年が経過したある日、彼女は突然、再び斬新な願いを口にした。


「キル、私…子供がほしい。」


彼女の言葉にキルエルは驚き、口を開けて言葉を失った。数年の間、二人は多くの日々を共にし、深い絆で結ばれてきたが、彼女が子供を望むという意志は予想外だった。


「子供を作って、キルと幸せな…一般的な幸せな家庭を築きたい。」

「僕と夫婦になる気か?」

「私は、そうなりたい。キルが好きだから。」


彼は彼女の真剣な表情と瞳の奥にある熱い願いを見て、彼女の望みを理解し、受け入れることに決めた。彼は彼女の手を取り、優しく微笑んだ。


「分かったよ、チェリー。君を幸せにするって…決めたからね。僕だけ幸せなのはずるいよね。」


彼の言葉に、彼女の顔には幸せな笑顔が広がり、彼女は彼の手を握って感謝の気持ちを伝えた。


「キル!大好き!!……ありがとう。」


意外にも、キルエルは彼女の言葉に喜びを感じた。胸が熱くなり、顔がカァーッと赤くなるのを感じた。彼は長い時間を生きてきたが、それでも新しい感情に出会うことができ、その喜びに心が満たされた。


「やっぱりチェリーは凄いな。ありがとう。」


数年が過ぎ、キルエルとチェリーの間には男の子が生まれ、順調に育っていた。


その男の子は、キルエルとチェリーの愛情に包まれ、幸せな環境で成長していった。


キルエルの家系では、紫色の瞳が生まれた子には必ず名前に「エル」を着けるという伝統があった。

「エル」は、紫色の瞳を持つ子供に特別な存在であることを示し、その子供が家族の歴史と未来を担うことを象徴していたのである。


どうでも良いと感じていた伝統であったが、チェリーはせっかくの伝統なのでそれに従おうと提案した。そして、彼らは男の子にエルキースという名前を与えることに決めた。


エルキースが三歳を過ぎた頃から成長が止まってしまったという事態に、キルエルとチェリーは心を痛めた。



クラリアス家の忌まわしい不老の力が早くも現れ、エルキースの成長を止めてしまったのだ。チェリーはただの人間として老いが進み、キルエルは人間よりは長く生きることができるが、それでも寿命には限界があった。


エルキースが大人になる姿を見ることができないという事実に、キルエルとチェリーは心から残念に思った。彼らは息子の成長を喜び、彼が幸せな人生を送ることを願っていたが、不老の力の影響によりその願いはかなわなかった。


しかし、彼らは失望の中にあっても、エルキースの幸せを第一に考え、自分達が寿命を迎える最後時まで彼を愛し続ける事を誓った。


チェリーが寿命を迎える頃には、エルキースはやっと10歳くらいの姿になっていた。

チェリーは彼の成長を見届けることができない悲しみに満ちていたが、同時に彼が健康で幸せであることに安堵の念を抱いていた。


「キル…。私逝くね。でも、もう一度アナタの元へ帰ってくるから…その時は…。」


チェリーはメーベルを解放し、手の平に美しい薔薇を浮かべた。


「その時は、また私を愛して。」


チェリーは手の平に浮かぶ美しい薔薇をキルエルに渡した。


キルエルはその美しい薔薇を受け取り、感謝の意を込めてチェリーに微笑み返した。


「ワシもすぐにそっちに逝く事になるよ。」

「ううん。キルはきっと…。いつか呪いが解けて、きっと生きてる。私頑張ってキルの元へ帰ってくるから…。だから、その時はもう一度私をお嫁さんにして。約束…。」


チェリーの言葉にキルエルは深い感動を覚え、その約束を心に刻んだ。


普通、メーベルは所持者が死ぬと消え去るのだが、チェリーのメーベルはキルエルに寄り添うかのようにずっと残ったままだった。


その薔薇は、チェリーの愛と魂が込められており、彼女の生涯を超えてキルエルを見守り続ける存在となったのである。

キルエルはそのメーベルを大切にし、彼女の存在が自分の心にずっと残ることを感謝し、その愛を決して忘れないことを誓った。



そしてまた時が過ぎ、キルエルは皺くちゃのお爺さんになってしまった。その頃、創造主に導かれて捨てられた赤子を育てることになった。エルキースは既に大人の知性を持ち、自立して教会の仕事を手伝い各地を飛び回っていた。


キルエルは暇を持て余していたため、創造主の言いつけ通りにその赤子を育てることに専念した。彼は愛情と知恵を込めて赤子を育て、その成長を見守った。



成長した少女は、数々の幸せを運んでくれた。まず、彼女はキルエルの呪いを解いてしまった。そして、昔に喧嘩別れしてしまったアビスと仲直りするきっかけをもたらしてくれた。


彼女の力によってキルエルの呪いが解けたことは喜びであり、彼の人生に新たな可能性をもたらした。また、アビスとの仲直りは、過去の確執を超えて新たなる絆を築くことができる機会となった。


しかし、その幸せと同時に、彼女がチェリーの元へ逝けないことが少し残念でもあった。


そんな時、チェリーがくれた薔薇が消え去った。そして、親友であり、創造主の孫であるアビスの手によって、キルエルの前に再びチェリーがユリエラとなって現れる事となった。

読んで下さってありがとうございます!

お手数かけますが、イイネやブクマをいただけたら幸いです。モチベに繋がります( *´艸`)

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