第5話:“満月風味の野草スープ”
「と、とりあえずお水をどうぞ。それでは、少々お待ちください。……レベッカ、こっち来て」
ロールちゃんはお客さんに水を出すと、私の手を引っぱってカウンターの中へ向かう。
そのまま、小声で相談してきた。
「思ったより早くお客さんが来ちゃったね。どうしよう、まだ心の準備が……それにリス人族のお客さんだなんて」
『ボクも初めて見たニャよ。ふわふわの尻尾が羨ましいニャ』
「お料理はすぐ作れるから大丈夫だよ。でも、確かにメニューはまだ少ないね」
「ねえねえ、荷物も中に入れていいリス? 外に置いとくと盗まれないか心配リスよ」
三人で話し合っていると、リス人族さんの声が聞こえた。
「ちょっと大きいから玄関の外に置いてるリスよ。入れていいリスか?」
「え、ええ、どうぞ入れてください」
ロールちゃんに言われると、お客さんはやたらと大きなリュックを食堂に運びこんだ。
ドサッと置いた仕草から、なかなかの重さだとわかる。
そういえば、彼女のブーツは頑丈そうな革製で、着ている服は汚れていた。
それでいて、ナイフなどの武器は装備していない。
ということは……。
「もしかして、行商人の方ですか?」
「よくわかったリスね。あちきはスクアーというリス」
「料理人のレベッカ・サンデイズです」
スクアーさんと握手する。
サンデイズ食堂には色んなお客さんが来ていたので、自然と観察力みたいな物が身に着いたのだ。
「ちなみにだけど、ここは料理しか売ってないリスよね?」
「はい、そうなりますね。カフェなので」
「やっぱり、そうリスかぁ……。毒食材を使う店は珍しいと思ったリスが……」
伝えると、スクアーさんはなぜかしょんぼりしてしまった。
看板にはカフェってちゃんと書いてあると思うけどな……どうしてだろう。
気にはなったけど、まずは今の状況をお話する。
「実は今日始まったばかりでして。まだメニューが少ないんです」
「あっ、そうなのリスか。じゃあ、できる料理でお願いするリス」
「キノコが盛りだくさんの野草スープとかどうでしょうか?」
「美味しいに決まってるリスよ! それがいいリス!」
スクアーさんはバンザーイと手を挙げ喜んでくれた。
「では、今お作りするので少々お待ちください」
「はーいリス」
三人でキッチンに入る。
ネッちゃんは猫妖精だけど抜け毛とかはない、と言ったらロールちゃんは快く入れてくれた。
毒食材をテーブルに並べたら、まずは下準備。
「じゃあ、無毒化しよう……【毒消し】!」
毒食材に手をかざして魔力を込めると、数秒間ぱぁっ! と白い光に包まれた。
念のため<フォアカブト>をかじってみたけど何ともない。
「はい、これで毒消し終わり」
「こんなすぐできちゃうんだ。すごいねぇ」
『レベッカは毒消しの天才なんだニャ』
「まぁ、疲れないのは助かるけどね。お鍋とか借りてもいい?」
「もちろん」
ロールちゃんは棚からお鍋やナイフを出してくれる。
水道も完備されているようで、蛇口を捻れば水が出てきた。
「じゃあ食材洗いまーす」
「わたしも手伝うよ。それにしても、リス人族の行商人なんて初めて見た。なんでこんなところに来たんだろう。……怪しいなぁ」
キノコや野草を洗っている間にも、ロールちゃんは小さな声でぶつぶつと呟いていた。
やっぱり警戒心が強くなっちゃったんだな。
こんなところの一人暮らしは神経使うんだろうね。
「大変だよ、レベッカ……とんでもない事態が起きた」
突然、ロールちゃんは顔面蒼白になった。
両手を顔に当て、はぁぁぁ……! と頬がこけてしまっている。
「ど、どうしたの?」
「……調味料切らしちゃってる」
ロールちゃんは蚊の鳴くような声で呟いた。
全然大したことじゃなくて安心したよ、もう。
「ああ、なんだ、そんなことか。調味料なんか使わなくていいの」
「え? 使わなくていいってどういうこと? だって、お塩とかないと味が……」
「毒食材には元々味がついているんだよ」
この世にある毒食材は、それぞれ特徴的な味を持つ。
甘味、塩味、酸味、苦み……。
キノコや野草はもちろんのこと、肉や魚だってそう。
美味しいから毒があるのか、毒があるから美味しいのかはまだわからないけど、毒食材にはとても素晴らしい味の深みがあるのだ。
「さすが毒の申し子レベッカだね。このまま見学しててもいい?」
「どうぞどうぞ」
毒の申し子という言い方は気になったけど、とりあえず調理を開始。
かまどの燃え石(魔力を込めると燃える石)で火をおこして、お湯を沸かす。
今までみたいにちゃんと料理できるかな。
不安に思いつつナイフを握ったら、体内で眠っていた獅子が目を覚ました。
「初手は<毒寿草>をみじん切りぃっ! そーれそれそれ、はいはいはい!」
ドドドドド! っと<毒寿草>を刻みに刻んで刻みまくる。
なんかテンション上がってきたぁ!
昔から料理すると気持ちが昂るんだよね。
今回はギャラリーがいるからなおさらだ。
「ど、どうしちゃったの、レベッカ……?」
『料理するときはいつもこうニャの……』
「そんな小さな声じゃ聞こえないよぉ!? 刻んだ<毒寿草>はお鍋にインっ! こいつで塩味を出していくー!」
<毒寿草>には大地の塩分を吸い取る力がある。
刻めば刻むほど美味しい塩味が溶け出してくるのだ。
基本的な味付けは、こいつでベースを作る。
「お次は<満月茸>を薄切りにぃ! 旨みが閉じこめられた“とろみ”は絶品だよぉ! 熱せば熱するほど“とろみ”が増してくるぅ!」
「さっきから誰に話しかけてるの……?」
『激しい独り言だニャ……』
このキノコは刺激を加えると“とろみ”が出てくる。
旨みが毒と一緒に凝縮されていてヤバいのだけど、すでに毒消しされているので問題ない。
旨みだけゲット。
この“とろみ”でとろんとしたスープにするのだ。
「まだまだまだまだ終わりませんよぉ! メイン食材、<ウマウマダケモドキ>の登場だぁ! 一口食べたら美味しさに頭が吹っ飛ぶぞぉ!」
「レベッカにこんな一面があるなんて……」
『序の口ですらないニャ……』
<ウマウマダケモドキ>はハート型に切ってお鍋に散らす。
火を通すと身が引き締まり、薄いけれど噛み応えのある不思議な食材となるのだ。
あとは五分ほどしっかり煮込む。
食材がグツグツ踊っている姿を見てるとテンション上がるねぇ。
「グツグツグツグツ! さぁ、そこのあなたもご一緒にぃ!」
「『グツグツグツグツ……』」
<ウマウマダケモドキ>の赤みが深くなったら、火が通りきった合図。
味見をすると素晴らしさに胸が震える。
スクアーさんの反応が楽しみだなぁ。
お皿に入れたら最後の仕上げだ。
「ラストの締めは<フォアカブト>―! キレイなお花をセーット!」
「普通に美味しそう……」
『これがレベッカの実力だニャ……』
薄紫色のお花をお皿の端っこに置く。
<フォアカブト>はハッカみたいな風味があって、お口直しにちょうどいい。
赤と紫の色合いもキレイだね。
ということで、お料理が完成した。
「では、お出ししてくるね」
「あっ、運ぶのはわたしがやるよ」
「ありがとう。でも、できれば私にやらせて。お客さんの反応を直接見たいの」
サンデイズ食堂で働いているときも、いつも私が運んでいた。
ちゃんと美味しくできたか確認したいし、みんなの笑顔が私にもパワーをくれるのだ。
まぁ、私しか人がいなかったっていう理由もあるけど。
お皿を持って食堂へ。
「お待たせしました。“満月風味の野草スープ”です」
「ずいぶん賑やかなお店なんだリスね。元気いっぱいなのはいいことリス」
「あ、いや……騒がしくてすみません……」
毎度、このテンションが平常に戻るスン……という落差が恥ずかしいのだけど、どうしても自分をコントロールできないんだよね。
スープをことりとテーブルに置くと、スクアーさんの目が輝いた。
「へぇ~、キレイなスープリスねぇ。それでは、いただきリス~」
スクアーさんは、あ~んとスープを口に運んでいく。
この瞬間はいつも緊張する。
お口に合うといいな。
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