第21話:食材を探しに行こう
『私には人間の恋人がいるんだ。理解を深めるため、常日頃から人間の料理を食べるようにしている』
「『あっ、はい(ニャ)……』」
バンパイさんから事情を聞くと、ネッちゃん一同は落ち着いた。
一通り自己紹介も終わったので、バンパイさんとも距離が近づいたと思う。
「素敵なお話ですね。種族が違う恋人のために歩み寄るなんて、バンパイさんの優しさが伝わります」
『ありがとう、レベッカ嬢。あの娘は本当に優しい子なんだ。吸血鬼の私にも分け隔てなく接してくれる』
「で、二人の出会いはなんだったんだ?」
キャンデさんはあんなに討伐うんぬん言っていたのに、今や一番乗り気で質問していた。
『あれはそう、今から三年前だ。深い森の奥でモンスターに襲われている彼女を救ったのがきっかけだった』
それから、恋人さんは不当に婚約破棄され、追放までされた令嬢ということも聞いた。
悪役令嬢だと嘘ぶかれひどく傷ついた彼女は、心身ともバンパイさんに救われたそうだ。
互いに愛を深める毎日は、本当に幸せだと言っていた。
「なんて……なんて感動的な話! わたし、涙が止まらないです……!」
「そ、そんな深い話があったとは……! うっうっ、私は自分の心の狭さが恥ずかしい……!」
『ネッちゃんは感動したニャ! 感動したニャよ!』
ロールちゃん、キャンデさん、ネッちゃんは大号泣している。
涙を拭き、鼻をかみ……三人とも感情豊かな性格なのだ。
ちなみに私は泣いてないけど、別に極悪非道だと言いたいわけでない。
『私と彼女の気持ちは通じ合っていると思う。だが……なかなか最後の勇気を持てないのだ』
そう言うと、バンパイさんはややしょんぼりとした。
大事な関係だからこそ、踏み込めないのだろう。
サンデイズ食堂のお客さんにも、同じような状況の方がいた。
互いに特別な関係だと想い合っているのに、最後の一歩が踏み出せない……。
そのもどかしい気持ちはよくわかる。
バンパイさんはピシリと姿勢を正すと、座ったまま丁寧にお辞儀した。
『だからレベッカ嬢……私に力を貸してくれないか? 君のおいしい食事があれば、恋人へのプロポーズも上手くいくと思うんだ』
態度や言葉の節々から真摯な思いが伝わってくる。
もちろん、私の答えはただ一つだ。
「ええ、任せてください。絶対に成功させてみせます」
私にできることはおいしい料理を作ることだけ。
でも、精一杯頑張るだけだ。
『レベッカ嬢……ありがとう……』
相談した結果、食事はコース料理を、プロポーズは来週の満月の日に決まった。
決心が揺らがないうちに気持ちを伝えたいそうだ。
代金を支払い、バンパイさんは帰っていく。
その日は、初めてロールちゃんがはわわ……しない日となった。
□□□
「では、レシピを考えますか」
翌日のキッチン。
さっそく、バンパイさんのプロポーズに向けてのレシピを考えることとした。
「レベッカ、どんな料理にするの?」
『やっぱり豪華なメニューかニャ?』
サンデイズ食堂でプロポーズや結婚式のような経験をしたことはない。
田舎のしがない食堂だったからね。
でも、どんなお料理がよいかはわかる。
「味はもちろんだけど、見ているだけで楽しい気持ちになるメニューがいいね。うん、コース料理にしよう」
「『おぉ……頼りがいがある(ニャ)』」
プロポーズなんて、人生で一番緊張するイベントだろう。
思い出に残って、バンパイさんの愛がしっかり伝わるような品々を作りたい。
保存中の食材を見る。
<満月茸>、<魔女リンゴ>、<どくどくチキン>、<暴れん坊サーモン>、<雷神鳥>などなど……。
どれも良い食材だけど……。
「コース料理となると、ちょっと荷が重いかも。新しい食材を探しにいこうかな」
「わたしも手伝うよ。少しでも力になりたいし」
『ネッちゃんも一緒に行くニャ。おいしそうな食材探すニャよ』
「ありがとう、二人とも」
出かけようと食堂へ向かうと、キャンデさんが武器の準備をしていた。
「食材を探しに行くのだろ? 私も協力するぞ」
「えっ、いいんですか? キャンデさんがいてくれたら最高です。……あっ、でも、クエストでお忙しいんじゃ……」
「あんな話を聞いた後では、力を貸さずにはいられないじゃないか」
キャンデさんは思い出し泣きして、目元が薄っすらと赤かった。
昨日の感動は余韻となって残っているらしい。
自然と素直な感想が口を出る。
「キャンデさんって……お優しいですよね」
「さすがはSランク冒険者。心も広い……」
『こう見えても温かい心を持っているんニャね』
私が言うことに、ロールちゃんとネッちゃんも賛同していた。
うんうんと私たちが頷いていると、キャンデさんは顔を真っ赤にして否定する。
「バ、バカ言うなっ! こ、これはあれだ! ついでだ! クエストのついでに行くんだ!」
照れたキャンデさんは、怒った様子でずかずかと歩きだす。
私たち“カフェ・アンチドート”一同は、ここ一番の食材探しへと足を踏み出した。
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