第20話:吸血鬼の頼み
『……』
吸血鬼さんは静かに料理を食べられている。
丁寧にナイフで切ってはジャムにつけ、お口に運ぶ。
<爆裂モロコシ>のお菓子も静々と食べる。
特にリアクションはなさそうだったので、私もキッチンへ戻る。
ネッちゃんは不思議そうな顔で呟いた。
『なんか静かなお客さんだニャ』
「そうだね。これが普通の光景なのかもしれないけど」
「静かすぎるのもまた怪しい……」
「我々を襲うための力を溜めているんじゃないのか」
二人とも失礼な。
ロールちゃんとキャンデさんがそんなことを言っている間にも、吸血鬼さんは静かに食事を進める。
彼女らはああ言っているけど、私にはとても丁寧な人に思えるのだ。
『料理を作った方、こっちに来てくれないか?』
キッチンにまで吸血鬼さんの声が届いた。
お食事が終わったらしい。
突然、ロールちゃんとネッちゃんがガクガクブルブルと震え出した。
「え……ど、どうしたの?」
『いよいよデザートの時間だニャっ』
「きっと、レベッカの血を吸いつくすつもりなんだっ」
何を言い出すかと思ったら……。
心配してくれるのはありがたいけど、さすがに警戒しすぎじゃ。
「あはは、あり得ないって。もうお腹いっぱいだろうし」
笑いながら言ったものの、徐々に不安になってきた。
こう見えても、私は臆病なところがある。
「……あり得ませんよね、キャンデさん?」
「いや、十分あり得るぞ。吸血鬼といえば人間の血が大好物だ。特に若い女性の血が」
「そんな……」
キャンデさんに同意を求めた結果、硬い表情で告げられてしまった。
追い打ちをかけるように、ロールちゃんとネッちゃんも注意喚起してくる。
『頑張るんだニャ、レベッカ。血を吸われそうになったら、私の血は苦いって言うんニャよ』
「何かあったらキャンデさんと一緒に助けに行くからねっ」
「私の剣を持っていけ」
キャンデさんの剣はお断りして、食堂に向かう。
怖くないと言えばウソだけど、考えていても仕方がない。
ええい、血を吸われたらその時はその時だ。
【毒消し】スキルで抵抗しまくれ。
『君がシェフかね?』
「は、はい、レベッカ・サンデイズと申します」
吸血鬼さんは相変わらず静かだ。
表情にも変化がないし、まるで絵画みたい。
いや、違う。
頬に伝う一筋の雫……。
え、ウソ……泣いてる?
『君の作った料理に私は深く感動した。食事でこんなに感激するとは思わなかった』
「あ、ありがとうございます。恐縮です」
『申し遅れた。私はバンパイと申す者だ。見ての通り、吸血鬼だが仲良くしてほしい』
「あ、いえ、こちらこそよろしくお願いします」
この方はバンパイさんというのか。
私たちは握手を交わす。
人間よりちょっとひんやりした手だったけど、不思議と冷たい印象はなかった。
体温にも温かい人となりが出ているのかもしれない。
『あんなにおいしい鶏肉のソテーを食べたのは生まれて初めてだ。酸味のあるジャムとの相性がまた素晴らしい』
「鶏肉は<雷神鳥>を、ジャムには<毒リコット>を使用しました」
『どちらも有名な毒食材ではないか。それをこんなに美味しく調理できるとは……看板に偽りなしとはこのことだな』
バンパイさんは朗らかに笑いながら褒めてくれる。
やっぱり、すごく良い人(吸血鬼)みたいだな。
「【毒消し】というスキルで無毒化して調理しています」
『ほぉ、初めて聞いたスキルだ。というと、あのふわふわした菓子も毒の食材から作ったのか? 食感だけでなく、塩味もちょうどよかったな』
「はい、あれは<爆裂モロコシ>から作りました。炙ると弾けてあのようなお菓子になるんです。塩味は食材に元々ついている味なんです」
『聞けば聞くほど不思議な話だ』
バンパイさんは驚きながら私の説明を聞いていた。
吸血鬼の中でも、毒食材は食べられないことで有名らしい。
気に入ってくれてよかったな。
チラッとロールちゃんたちの様子を伺う。
キッチンの影から揃って顔を出し、こっそりと私たちを見ていた。
バンパイさんに襲うつもりはないとわかってくれたようだ。
「あの、吸血鬼の方々も私たちみたいなお食事をされるんですか?」
『ハハハ、血を吸うばかりではないさ。偏った食生活は健康にも悪いしな』
「なるほど……」
ふーん、そうなんだぁ。
思えば、本物の吸血鬼に会ったのは初めて。
伝承といっても、結局はただのウワサ話。
真実は違うというわけだね。
『これでも私は侯爵家の出身なんだ』
バンパイさんはとんでもない一言を放つ。
「えっ、侯爵家!? すみません、そんな位の高い方だったなんて知りませんでした。色々と失礼を……」
『いや、別に気にすることはない。失礼などなにもしてないのだから』
「ありがとうございます。でも、吸血鬼にも爵位があるなんて初めて聞きました」
『まぁ、歴史の深い亜人だからな』
どおりで高貴な印象があると思った。
吸血鬼の貴族だったとは。
『君の料理の腕を見込んで……私から頼みがある』
「はい、なんでしょうか」
頼みか。
これは初めての展開だ。
料理系のお願いだったらいいな。
私はご飯を作るしか能がないからね。
バンパイさんは深呼吸すると、静かに告げた。
『どうかこの店を……私のプロポーズの場とさせてくれないか?』
「えっ、それはどういう意味で……?」
「『ダメーーーー!』」
『な、なに!?』
突然、キッチンで控えていたロールちゃん、ネッちゃん、キャンデさんが突っ込んできた。
私とバンパイさんの間に。
『レベッカは絶対に渡さないニャ! ネッちゃんとずっと一緒にいるのニャ!』
「わたしに許可なく、レベッカと結婚だなんてダメですっ! レベッカがよくてもわたしが認めませんっ!」
「いくら侯爵家でも横暴すぎるぞっ! これはれっきとした討伐理由になるっ!」
三人は興奮した様子でまくしたてる。
なんかもろもろ勘違いしているらしい。
「あ、あの、ちょっと、みんな落ち着いて……」
『わ、私は別にレベッカ嬢にプロポーズするわけじゃ……』
「『これが落ち着いていられるかぁ(ニャ)!』」
三人は私たちの言葉など聞こえないように、わあわあわあと騒ぎまくる。
バンパイさんのプロポーズ相手は私のはずがない。
だって、今日会ったばかりなんだから。
まずはとりあえず話を……と、何度も何度もお願いするばかりだった。
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