第19話:“雷神鳥のソテー、毒リコットのジャム添えと爆裂モロコシの炙り菓子”
『「あっ……」』
予期せぬ来客に、思わず身体が固まる。
きゅ、吸血鬼!?
飛び出た牙は暗くてもギロリと光る。
今にも血を吸われそうな雰囲気ですよ~。
『夜分遅くにすまない。食事を出してくれるか?』
『「え……?」』
『やはり、もう遅かったか……迷惑をかけたな。失礼する』
吸血鬼さんはしょんぼりしながら扉を閉めていく……。
ので、慌ててガシッと掴んだ。
「お、お待ちくださいっ。まだやってます! ご飯作れますよ!」
『……そうなのか? てっきりもう閉店かと思ったが』
「お気になさらずっ、こちらへどうぞっ」
吸血鬼さんをテーブルにご案内する。
お水とメニューをお出ししたら、ロールちゃんにすごい勢いでキッチンに連行された。
きつい顔で詰問される。
「レベッカ!」
「は、はい、なんでしょうっ」
「どうしてお店に入れちゃったの!」
小声で問い詰められた。
「ど、どうしてって、お客さん……」
「吸血鬼なんて怪しいでしょっ!」
こういう展開はある程度予想していた。
でも大丈夫。
いい答え方がある。
「ロールちゃん、落ち着いて聞いて。吸血鬼の苦手な物はなに?」
「苦、手な物……?」
ロールちゃんはしばしの間考えると、ぽつぽつと呟きだした。
「にんにく……十字架……太陽の光……」
「そうそう。他には何があるかな?」
う~んと考えるロールちゃん。
「……銀の弾!?」
「そうだよ! 銀が苦手なんだから、金貨も宝石も嫌いに決まってるでしょ!」
「たしかに!」
ロールちゃんはポンっ! と手を叩いて納得した。
これは伝え聞いた伝承。
昔から、吸血鬼にまつわる話は各地に存在する。
サンデイズ食堂のお客さんからも、色々と聞いたものだ。
そもそも銀が苦手なのかすらわからないけど、なんとか言いくるめられたと思う。
安心した様子のロールちゃんを置いて、食堂へ戻ろうとしたときだ。
ネッちゃんに腕を掴まれた。
『で、でも、レベッカ。料理は何を出すんだニャ』
「何をって、普通のご飯だよ」
『血とかじゃなくていいのかニャ』
「……たしかに」
吸血鬼と言えば、血を吸うお方。
我々が食べるようなご飯は食されるのだろうか。
言うまでもなく、“カフェ・アンチドート”に血液の類はない。
『もし血がなかったら、ネッちゃんたちの血でお腹を満たすかもしれないニャよ』
「そんな……」
お、思ったより大変なお客さんだった。
緊張感が胸に湧き、静かに様子を伺う。
吸血鬼さんは真剣にメニューを眺めていた。
姿が消えていたらどうしようかと思ったよ。
ありがたいことに、私たちを襲うような素振りは少しもない。
『きっと、どの料理が一番血の気が多いか確かめているんだニャ』
「怖いこと言わないでよ、ネッちゃん。選んでいるだけだってば」
『血の滴るお肉をご所望なのニャ……』
「もうっ! 聞いてくるよっ」
ネッちゃんが脅かしてくるので、食堂へと戻ってしまった。
吸血鬼さんは静かにメニューを見ている。
私たちを襲うなんてそんなはずはない……。
と思っても、緊張で声がちょっと震えてしまった。
「ご、ご注文はお決まりでしょうか?」
『これを作ってほしい』
そのスラリとした美しい指が差しているのは……。
「“雷神鳥のソテー、毒リコットのジャム添えと爆裂モロコシの炙り菓子”でございますね」
昼間、キャンデさんが採ってきてくれた食材の料理だ。
レシピを考え、すでにメニューへ載せていたのだった。
『ああ、そうだ。……できるか?』
「ええ、もちろんでございます。ちょうど今日の昼、新鮮な食材が手に入ったんですよ」
『なるほど、それは楽しみだ』
吸血鬼さんは笑顔で話す。
明るい気持ちでキッチンに戻ると、ネッちゃんが出迎えてくれた。
『別に怪しくなんかなかったニャね。実はネッちゃんも心配だったニャ』
「うん、すごく良い人だったよ」
「銀はダメでも金や宝石なら問題ないかも……むしろ、レア魔石ならパワーアップする可能性だってあるし……」
ロールちゃんはまたぶつぶつと何かを呟いていた。
せっかく安心させられたと思ったのに……。
まぁ、それは置いといて調理を始めましょうか。
吸血鬼さんもお腹空かせているだろうし。
今回は特に問題を抱えていそうなお客さんではない。
ではなくても、心を整えて料理すべし。
日頃からの積み重ねが大事。
深呼吸をし、丁寧にナイフを握る……。
「<雷神鳥>は一口大に切りますよぉ! 筋取りが要らないくらい柔らかいのだぁ!」
「どうして吸血鬼が人間の料理を食べるんだろう……怪しい」
『今回もまた一波乱ありそうだニャね』
昼間の内に下処理は済ませていたから、後は切り分けるだけ。
それにしても<雷神鳥>は柔らかい。
ナイフを入れただけで、すーいすーいと切れていく。
柔らかいから分厚くても良いのだ。
脂もたっぷりなので、そのまま熱したフライパンにイン!
料理を始めると、ロールちゃんも吸血鬼さんの監視から戻ってきてくれた。
「ジュウウウウ!」
「自ら調理音を……」
『いつにも増して気合十分だニャね』
火が通るまでこのまま焼く。
少し時間がかかるので、この間にもう一品作る。
「<爆裂モロコシ>の爆裂炙りぃ! 景気づけに炙りまくれぇ!」
「レベッカ見てると楽しくなってくる……」
『いつものように、ネッちゃんも騒ぎたくなってきたニャ』
<爆裂モロコシ>の粒を熱したフライパンにイン!
蓋をしてゆさゆさ揺すりながら炒める。
数分も経たずに、バンッ! バンッ! と破裂する音が聞こえてきた。
音は激しいけど大丈夫。
粒の中の水分が蒸発し、ふんわりと膨張しているのだ。
三分くらいで音は収まる。
みんなで味見。
「『……う~ん、サクサクふわふわ(ニャ)~』」
ほどよいしょっぱさが美味!
軽い食感なのに食べ応えがしっかりあるね。
なぜならモロコシだから。
味見が終わったところで、<雷神鳥>にもしっかり火が通ったようだ。
最後の仕上げ。
「味付けは<毒リコット>のジャムぅ! 昼間作っておいたぁ!」
果実の種と皮を取って、ぐりぐりぐりと混ぜ合わせたものだ。
砂糖なんていらないよ。
「蓋を開けただけで香る自然の恵み!」
『食べる前から口の中が甘酸っぱくなってくるニャ!』
<雷神鳥>のソテーに丁寧にかける。
とろりと乗っかるオレンジ色のジャム。
味見。
「『ベリ~デリシャス(ニャ)~』」
お肉の柔らかさとジャムの酸味がベストマッチ。
いやぁ、これはうまい。
「おい、レベッカ。夜食の時間だ。腹が減ったぞ」
「あっ、キャンデさん、おはようございます」
料理ができあがったところで、キャンデさんがキッチンに入ってきた。
彼女はたまに、夕ご飯後の夜食を所望するのだ。
しかも、軽食かと思いきや、結構ガッツリめな料理を。
「おっ、さっそく今日の鳥か。ほぉ~、美味そうだな。どれ一口」
「すみません、食べないでください。これはお客さんに出すお料理でして」
「客ぅ? こんな時間にぃ? 珍しい日もあるもんだ」
キャンデさんはキッチンからひょいと食堂を覗く。
吸血鬼のお客さんを見ると態度が豹変した。
「ぬわぁにぃっ! きゅ、吸血鬼じゃないか! 討伐しなければ!」
「キャンデさん、落ち着いて! お客さんですから!」
『まだ何もしてないニャ!』
「ええい、どけ! よくわからんが、冒険者の血が騒ぐんだ!」
『「抑えてっ(ニャ)!」』
剣を持ちだそうとするキャンデさんをみんなで止める。
ロールちゃんとネッちゃんが引き受けてくれたので、その隙に料理を運ぶことにした。
さすがにSランク冒険者でも食事中の人を襲うことはないだろう。
いくぶんかスン……と落ち着いたテンションで料理を出す。
「……お待たせしました。“雷神鳥のソテー、毒リコットのジャム添えと爆裂モロコシの炙り菓子”でございます」
『ハハハ、ずいぶんと賑やかなカフェじゃないか』
また苦情を言われるのかと思ったが、吸血鬼さんは笑顔を見せてくれた。
ちょっと安心。
「温かいうちにどうぞお召し上がりください」
『では、さっそくいただこう』
吸血鬼さんはお肉を上品に切り分け、お口へと運んでいく。
ゴクリと緊張してその光景を見る。
果たして人間の味覚が合うのかどうか、それが問題だ。
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