蒸して焼いて突き刺して〜ソードウルフ〜その3
すいません、めちゃ長くなりました汗
楽しんで頂ければ幸いです。
翌日、日が上り一行は先を進むことにした。ソードウルフの肉を抱え、ローガンを先頭にアレクトラ達は歩き始めた。
ユーリエは歩きながらとこらどころで料理に使えそうな野草や果実をとっていった。
特に、臭い消しとして使えるシャソの葉があったのは良かった。
ユーリエは見つけたそれを茎を傷付けないように丁寧にもいでいった。
「ほう、手慣れておるな。それも、女官の仕事で仕込まれたのかね??」
採取したシャソの葉を潰さないように鞄にしまっていたユーリエはアレクトラのその声に顔を上げた。
アレクトラが感心した目でこちらを見ていた。
ユーリエはその目を見て昨日のアレクトラを思い出した。
旅立つ前は元とはいえ国王との旅路、緊張から胃が痛くなる思いだったが今は違った。
まだ数日ではあるが、知れば知るほど、個人としてのアレクトラは感情が豊かだ。
(好奇心の強い方なのね。)
「いえ、これは私の趣味でございます。昔から料理に使える野草などを育てたりしておりましたの。」
ユーリエはアレクトラにこたえた。
「ほう。それは良い趣味だな。」
「ありがとう存じます。もっとも、学んだ料理も振るう機会はあまりありませんでしたし、もはや喜んでくれる人も居なくなってしまいましたが。」
言ってからユーリエは失言したと思い慌ててアレクトラの顔を確認した。だがアレクトラは何かを気にした様子はなく、ユーリエが摘んだシャソの茎を眺めていた。
自虐をいうつもりはなかったが、思わず出てしまった諦観にも似たこの気持ちはきっとしばらくはおさまらないだろう。
ユーリエはそっとアレクトラに気付かれないように溜め息をついた。
「二人ともー。早くしてくれ!なるべく明るいうちに進んでおきたいんだ!」
ローガンがこちらを待っていた。腰に手を当ててやや眉根を寄せていた。
二人は顔を見合わせていそいそとローガンに向かって足を動かした。
「料理だが・・・・・・。」
「えっ?」
ユーリエが何歩目かを踏み出した時、アレクトラが口を開いた。
「料理だが・・・・・・わしは料理というものはしたことが無いし、ローガンだって手の込んだものはおそらく作れないだろう。だから、そなたが何かを作ってくれることがあるとして、それはワシとローガンにとっては、嬉しいことなのは間違いあるまいよ。」
そういって笑顔を浮かべて先に進んでいった。
「はいっ!」
ユーリエは不意に滲んだ目を擦ると、急ぎ足で後を追いかけたのだった。
それからしばらく歩き続けて休めそうなところにたどり着いた三人は、各々座れそうなところを見つけて腰を下ろした。
時刻はわからないが、太陽の位置から見て昼を少し回った頃だろうとローガンは思った。
「ここいらで飯にしますか。」
布で包んだ肉塊を鞄からいくつか取り出して置いていった。
「ソードウルフの肉はどれかな?」
アレクトラが尋ねると、その質問を待っていたのだろう、ローガンはすぐに取り出した包みを開き始めた。
「この開いたやつとこっちとこっちだな。本当は馬から処理したいが、昨日手持ちはなるべく燻製にしておいたから、そこそこ日持ちする筈だ。今後は馬の肉は獲物が取れない時用に回そうと思う。」
「わかった。それで良いとわしも思う。」
「ならよかった。まっ、旦那の場合は魔物を食べたいだけだろうがな。」
「ほっ、言いよるわ。お主もであろう?」
「違いない。」
ユーリエは二人が話す様子を見守っていた。どうやら、二人は馬が合うみたいだ。
長年の友人のように笑い合っていた。
「さてと、俺は水がないか辺りを見てくる。」
「わかった。ではわしは火を起こそう。」
ローガンが立ち上がり、アレクトラも近場に落ちた枝を拾い始めた。
「わたしは・・・・・・。」
ユーリエも何かを手伝おうと立ち上がったが、ローガンとアレクトラに止められてしまう。
「嬢ちゃんにはやることがあるだろう?」
「そうだ、大事な仕事、いや、使命といっても良い。」
二人は口々にそういって、ユーリエの顔を見た後視線を別の方に向けた。
二人の言おうとしていることに気付いてユーリエは頷いた。
「わかりました。お二人を喜ばせて差し上げます。」
冗談めかしたユーリエのその言葉に、男達は破顔した。
「さてと、ユーリエ嬢。どう調理するのかな。」
焚き火の用意を終えたアレクトラが、ソードウルフの肉を切っているユーリエに近付いた。
その言葉にユーリエは一旦動きを止めて、思案する。
「そうですね。水が沢山有れば煮ても良かったかなと思いますが、今はまだ見つかっていませんから、煮物類はやめておこうかと。」
「ほう?では、焼くのかね。」
アレクトラは興味深そうに目を煌めかせた。なんだか見ているこちらまでわくわくさせられてしまい、ユーリエは思わず笑顔が漏れた。
「アレクトラ様と一緒に居ると、こちらまで何だか子供の頃の好奇心に満ちた心境になってしまいますね。」
「ほっほ。それはわしが子供のようだと言いたいのかな?」
「ええっ、殿方は皆んないつまでも子供ですもの。」
「これは手厳しいな。」
「気を悪くされたなら申し訳ありません。先程の話ですが、一品目はシンプルに焼こうかと思っております。」
「そこまで狭量な心では無いつもりだ。なるほど、焼きウルフか。して、他の品は??」
取り止めのない会話を取り交わす二人。アレクトラとユーリエ、どちらもその表情は穏やかだった。
アレクトラの問いかけに、ユーリエは悪戯気に片目を瞑った。
「もう一品はそうですね。その時までのお楽しみとしておきましょうか。」
「それは楽しみだ。」
目を細めて笑ったアレクトラはその場から離れた。
「ふふ。」
期待を溢れさせているその背中を見送りユーリエは小さく笑みを浮かべた。
「よしっ!」
気合いを入れたユーリエは肉の脇に道中採取した物を並べていく。
先程は色々と言ったが、正直頭を悩ませていた。
こんな森の中だ。調理方法も限られるし、味付けなど更にこだわったものは出来ない。
それに、とユーリエは心の中に思い浮かべた。
(どうせなら、あの二人には美味しいと喜んで貰いたい。)
もう一度大きく頷いたユーリエは調理には手をつけずにアレクトラの元へ向かった。
正直に話して先程頼んでおけば良かったと少しの気恥ずかしさを覚えながら座り火の番をしているアレクトラに話しかけた。
ローガンが辺りの探索を終えて戻ってくると、おかしな光景が飛び込んだ。
焚き火が三つあったのだ。一つは普通の焚き火だが、そのうちの一つは中心に大きめの石が置いてある。
もう一つは火を消したのだろうか、ぶすぶすと煙をあげており、木の葉で覆い隠されていた。
「残念ながら水はなかった。それにしても!こりゃなんだ?旦那が失敗するとも思えないが・・・・・・。」
ローガンの歯切れの悪い質問に留守番をしていた二人は顔を見合わせ笑った。
何か変なことを言ったかとローガンは困惑した。
そこへ、ユーリエが労うように声をかけた。
「さっ、お疲れ様でございました。おかけください、お昼に致しましょう。」
(ははあ、こりゃユーリエ嬢ちゃんの仕込みってことか。)
得心がいったローガンは頷いてアレクトラの近くに座った。
「旦那も一枚噛んでるんで?」
目の前に並ぶ三つの焚き火。
アレクトラが差し出した皮袋を受け取り水を飲んだ。何か企んでいるような顔のアレクトラをて口の端をあげた。
「うむ、といっても火の準備と穴を掘っただけだがね。」
「穴を・・・・・・?」
訝しむローガンであったが、ユーリエが近づいてきたことで思考は止まった。その手には長く親指ほどの太さの木の棒と、薄く切った肉を包んだ布が握られていた。
興味深そうに眺めるアレクトラとローガンを横目に、肉を石の近くに置いたユーリエは鼻歌を歌いながら木の葉で覆われている焚き火を木の棒で弄り出した。
木の棒の先に感触を得たユーリエはバサバサと木の葉を棒で散らしていった。
すると、中から大きな葉で包まれた何かが顔を見せた。
(ん、あの葉は・・・・・・。)
ローガンは前方を見やり何かを包んでいる葉の元の木を視界に捉えた。
(あれを使ったのか。)
ローガンの中に好奇心がむくむくと湧き上がった。自分は冒険者だ。料理に凝ることなど基本的になかった。腹に溜まれば何でも一緒だ。
最低限の味と、酒のつまみに出来ればただ焼いただけでも良かった。
それがどうだ。目の前にあるのは一度として食べたことのない食材と、見たことも無い調理方法。
これで期待するなという方が無理がある。
いつの間にか無言になりローガンは準備を進めるユーリエを目で追い続けていた。
「よしっ。」
ユーリエは満足気に頷いて、座して待つ二人の方を向いた。一心に木の棒を操っていた為か、額には汗が浮かんでいて彼女に溌剌とした印象を与えていた。
アレクトラは目を細めて彼女を眺めた。そこには何かの感情が確かにあったが、それを察するものはこの場にはいなかった。
すぐに視線を逸らして料理を見た。
「ソードウルフの石焼きと、木の葉蒸し、完成です!!」
「おおっ!!」
「何だが木の葉の方から胃をくすぐる匂いがするな!」
男二人は身を乗り出しそれぞれを眺めた。ユーリエはくすりと笑みを溢しながら料理の説明をする。
「こちらの石焼きは薄く切ったこのお肉をこの上で焼いてお召し上がりください。味付けは塩をお好みで、あとはこちらです。」
そういってユーリエは何かの実を八分割した物を差し出した。
「道中採っておいたラマンという柑橘系の果実です。焼いたものに塩と、そしてこちらを絞ってお召し上がりください。」
「なるほど、柑橘で脂っぽさを消すのだな。」
旅に出る前に食べた料理を思い出してアレクトラ頷いた。
「その通りです。あとは軽い臭み消しの効果もありますね。」
「こりゃ美味そうだな!」
ローガンも待ちきれないと膝を叩いた。
そして、とユーリエは大きな葉っぱに包まれた料理を木の棒で動かした。
爪先を器用に使って、葉っぱを開いていく。
「おおっ!」
「これはっ!」
男性陣が興奮したように身を乗り出した。
「こちらは蒸し物になります。一緒に入れてあるシャソの葉と一緒に食べてください。こちらも申し訳ございません。味付けは塩で、同じようにラマンの果汁をかけてお召し上がりください。」
言い終えてユーリエは優雅にお辞儀をした。
二人は待ちきれないとばかりにそれぞれ手を伸ばした。
ローガンは石焼きに、アレクトラは蒸し物に手を伸ばす。
ローガンは肉を摘んで石の上に置いた。ジュッとちう肉を焼く音がして、すぐに香ばしい香りが漂う。
肉は薄く切ってあるので火の通りが早い。すぐに薄ピンク色になった肉を木の枝で器用に掬うと、ラマンの果汁をかけ、少量の塩を振って一口で口の中に放り込んだ。
「うおおお!!何だあっ、こりゃあっ!!!ただ焼いた肉なのにめちゃくちゃ美味えっ!!このラマンとかいう実の酸っぱさが塩の味を引き立てて食欲をそそりやがる!!」
かっと目を見開いたローガンは肉を飲み干し、すぐに次の肉を焼き始めた。
「高温度の石の上で焼いているので、肉の旨味が逃げずにそのまま閉じ込められるんです。まだまだお肉は沢山あるので、いっぱい食べてくださいね!」
ユーリエの言葉がいい終わらないうちにローガンな次々と肉を焼いていく。
ユーリエはそれを見て嬉しくなります相好を崩した。
ふと、アレクトラが静かな事に気が付いた。
(お口に合わなかったのかしら。)
ユーリエは慌ててアレクトラの方を見た。
(食べてはいらっしゃるようね。でも俯いて、いえ!あれは違うわ!!)
泣いていた。アレクトラは肉を口に含んで、その味を噛み締めながら泣いていたのだ。
「あっ、アレクトラ様!?」
味付けが悪かったのだろうか。ユーリエは黙して涙を流すアレクトラに駆け寄った。
「どうしました??何か変な味でもしましたか?」
ユーリエの心配した声に、アレクトラは無言のまま首を振った。
口に残った肉を飲み干して、余韻を楽しんだ後、ため息と共に言葉を吐き出した。
「優しい味だ。肉の旨味がぎゅっと詰まっていてそれでいてその臭みをシャソの葉のお陰でクセのある味へと昇華している。そこへ適度な塩とラマンの実の果汁よ・・・・・・これはまるでわがままな子供包み込む母のような優しさ。身体に沁み渡って行くようだ・・・・・・。」
「気に入って頂けたようで何よりです。肉質から少し脂身が多かったので、蒸そうと思ったんです。昨日も種類は違えど、お肉ですから、少しでも食欲が出れば良いかな、と。」
ほっとした様子でユーリエははにかんだ。
「そうか、これはそなたの優しさの味なのだな。」
アレクトラは目を細めてユーリエを見上げた。
「い、いえっ、そんな大したものではっ!ただお肉を蒸しただけですしっ!」
頬を染めながらユーリエは両手を振った。
そんな彼女を優しい笑みを浮かべながらアレクトラは見つめた。
「年寄りのわしのことを考えて作ってくれたのだろう?それがわしには嬉しいのだ。ありがとう。」
「い、いえ。」
ユーリエの頬は更に真っ赤に染まった。
「ほれ、お二人さん。いい感じのところ悪いが食べないと俺が食いつくしちまうぜ??」
ローガンが二人を見て茶々を入れる。
ユーリエとアレクトラは恥ずかしそうに微笑みあうと料理に手をつけるのであった。
ユーリエはソードウルフの味を確かめながら、この二人と今回同行出来て本当に幸せだと思うのであった。
そして同時に、何かが心の中に芽生えたような、そんな感情を覚えたのだった。
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