五人の会話
決して悪ふざけでは、ない!!!
楽しんで頂けましたら幸いです。
エドワードの命によって執務室から連行されているアレクトラと、その周りを歩くガルテン、ヨシュア、フレクト、マルト達。
五人は部屋の外に控える兵士や、清掃中の侍女達の好奇の視線を尻目に堂々した足取りで王城内を進んでいく。
アレクトラ達に気が付いたものは皆一度深々と会釈をし、アレクトラの背中が見えなくなるまで彼を見送った。
どうやら、アレクトラへの一連の追放劇まがいの行為が、王城の総意というのは本当のようだった。
アレクトラは嬉しさと、僅かな寂しさを覚えながら歩みを進めていった。
やがて、五人がある場所に辿り着いた。先導していたヨシュアが頭を一度下げ、スラリと伸びた手のひらで目的の場所を指し示す。
「アレクトラ様。こちらでございます。」
言われるがままにアレクトラは目的地を見上げた。
そこには部屋の用途が書かれた一枚の案内板が打ち付けられていた。
『王城大浴場〜男湯〜』
「エドワードのやつめ・・・・・・確かに、行けばわかる、か。」
アレクトラ看板を見つめると苦笑を浮かべた。
「アレクトラ様。どうか御観念なさいますよう。」
ガルテン達が頭を下げた。
「ふむ、お前達も入るのであろう?遠慮はいらぬ。」
「はっ!」
そう言って、男達はぞろぞろの扉の前にかかった暖簾をかき分けて中へと入っていった。
用意を終え男達は浴場の中を歩いていく。
「本日はこれよりしばらくは貸切としておりますので、御ゆるりと御入浴くださいませ。」
宰相マルトの指示で待機していた番頭、湯男が一斉に頭を下げた。
頷き、浴場の中心部にある木製の風呂椅子に腰をかけるアレクトラ。
そこから左右一メートルほどの間隔をあけて、各々の座っていった。
番頭の指示のもと、湯男達が一斉に動き出し、アレクトラたちの身体を洗っていく。
アレクトラに対しては更に一人の湯男が付き、頭皮等を丁寧にマッサージしていく。
「うん、ううむ。」
気持ちよさそうに目を細めるアレクトラをみて、湯男達も満足そうである。
「ささっ、それでは足元に気をつけて湯船へ。」
恭しく手を引かれ、アレクトラ達は湯船へと向かった。
「はあぁ・・・・・・。」
肩まで温まるように深くゆっくりとお湯の中に身体を沈めていくアレクトラは、訪れる快感に思わず声を漏らした。
疲れて凝った身体に染み渡っていくようだ。
そしてそれは、他の者達も同じであった。それぞれが頬を緩ませ、気持ち良さげな声を上げている。
やがて、周囲は無言になった。身じろぎに合わせて揺れる水面の波の音だけが、響いていた。
「・・・・・・ふ。」
「・・・・・・ふふ。」
「くくっ。」
「ぶふぁっ!」
「だぁーっはっは!!」
最初に吹き出したのは誰であろうか。小さく漏れたその声は徐々に感染し、やがて全員の爆笑となった。
ガルテンがバシャバシャとお湯を叩いて笑っている。
「エドワード殿下素直になれなさ過ぎでしょ!」
「確かに。もう充分ですので後は我らにお任せくださいと言えば済む話ですのに、それを追放とは。」
ふさふさのした髭を扱きながら話す財務卿。
「皆さん、ダメですよっ!殿下なりに考えたんですから・・・・・・ぷっ、くく!」
堪え切れずに笑いを漏らしているのは、ヨシュアだ。
「皆の者、そう笑ってやるな。あやつは若い頃に母親を亡くして、不器用に育ってしまったのじゃ。大半は政務にかまけて放置しておった儂のせいでもある。」
アレクトラはいまだ笑い続けている三人を諌めた。
嬉しいやら、気恥ずかしいやら、その頬が少し赤くなっているのは風呂の温度か、照れのせいか。
「それにしても、本当にお疲れ様でございました。」
宰相が締め括るようにアレクトラを労る。
「儂が王位についてか三十年と少しか。長かったようで、あっという間だった・・・・・・。」
「ふふ、これで厄介な問題に頭を悩まされることもございません。今宵はごゆるりと御寛ぎくださいませ。」
マルトはアレクトラが即位してよりほぼずっとその近くでその様子を見てきたうちの一人だ。
感慨深そうに微笑む。その目が潤んでいるように見えるのは、湿気のせいではないだろう。
「さて、それではお楽しみといきましょうか。」
湿っぽくなった空気を払うようにマルトは手を鳴らした。
その合図でお膳を抱えた湯男達がぞろぞろと入り込んでくる。
「ほほう、これは何の余興ですかな。」
フレクトは湯男達を興味深そうに眺め、ガルテンとヨシュア、そしてアレクトラも気になる様子でマルトを見た。
「東方では風呂で酒とつまみを嗜むようでしてな、胸襟を開いて話すには最適と思いまして。その為に湯の温度も少しぬるめにしてあります。」
「おおっ、ということはあの男の持つ白い壺のようなものは酒か!」
ガルテンは酒が飲めるとしり、大いに喜んだ。
「はい、東方から取り寄せた、何やら麦とは違う穀物から作られた酒だそうで。」
「なるほど、わざわざ取り寄せるとは贅沢だな。」
アレクトラは思いがけない催しに満足そうに相好を崩した。
「それだけではございません。この日の為に色々とご用意致しました。」
マルトはそう言うとニヤリと悪戯っぽく笑った。
男達が湯の中にお盆を浮かせていく。そこには複数の小鉢が並べられていた。
「これは??」
中でも一番の若手であるヨシュアが食いつき、前のめりになって小鉢の中を観察している。
「これは所謂珍味というものです。」
マルトは並べられた小鉢を順々に指差してその中身を説明していく。
「まずはこちら、これはジャイアントバットの唐揚げでございます。衛生的に飼育されたものを油であげた料理で、やや臭みがありますので柑橘類の果汁をかけております。」
「ほほう。」
「これは珍しい。」
「続いては、マタンゴと呼ばれるキノコ型の魔物のお浸しでございます。胞子をよく削ぎ落とし、蒸して火を通した後、塩と香草を使った出汁で浸しました。
肉厚で、噛めば噛むほど味が染み出してくるのが特徴でございます。」
ごくん、と一同は生唾を飲み込む。
「そして最後がこちら。こちらは先程の二つよりも更に通好みと評判の、スライムの核焼きでございます。
朝絞めしたスライムの核を、特製のタレをかけながらじっくりと回し焼き致しました。核自体に味はほとんどありませんので、独特の食感と、歯応えを楽しむつまみとなっております。」
「うおおお!もうたまらん!誰でもいい!はやく、はやく味わわせてくれ!」
大人しく説明を聞いていたガルテン達だったが、最後の説明を終える時には最早辛抱堪らんと我先にとマルトに懇願した。
「こらこら、量はありますから、落ち着いてください。では、陛下。お好きなものをお召し上がりくださいませ。」
そう言ってフォークをアレクトラへと手渡す。
「うむ。」
アレクトラは誰をはじめに食べようかと悩んでいたが、やがてジャイアントバットの唐揚げにフォークを突き刺すと、恐る恐る口の中に運んでいく。
「・・・・・・。」
味わうように口の中で咀嚼し、飲み込む。手元に持っている東方の酒を一口含んで口の中で転がし、飲み込んだ、
固唾を呑んでその様子を見守る一同。
沈黙すること数秒間か、はたまた一瞬か、アレクトラは大きく目を見開いた。
「ふぉおおおお!!!こ、これは!!食べ応えのある繊維の詰まった肉の旨味が油で揚げた衣で包まれて、逃げることなく口の中でこれでもかと言わんばかりに暴れまわっている!!
まさに暴力的なまでの存在感だが、柑橘系の果汁がそれを中和し、清涼感を与えることで後を引く味に仕上がっているぅ!!!」
アレクトラは頬を押さえ、うっとりとした表情を顔に浮かべながら、身悶えする。しかし、すぐに我に帰り、今度は酒を手に取った。
「この酒も悪くない!!度数が高めだが飲みやすく、口の中を洗い流すかのようなさっぱりとした味わい。それでいて独特な甘みが後味良く、また酒が持つ酒気が身体全体を優しく温めていってくれる!!」
興奮するアレクトラにマレトを除く一同は驚き、そんなに美味いのかと期待に胸を膨らませる。
マルトは酒を片手に満足そうに頷いていた。
「次は・・・・・・。」
アレクトラは次の小鉢をへと手を伸ばした。食べやすいサイズに切られたマタンゴにフォークを突き刺し、今度は抵抗なく口へ含んだ。
「ほぉぅわわあああ!!これはまた予想外に上品な味じゃあっ!!
魔物というイメージを根底から覆すような舌触りと食感。なんという高貴な味わい!!!香草の出汁が更に相乗効果を生み出していて、絶妙な奥深さを演出している!!イメージでいうならこれは貴婦人!!森の中で踊る貴婦人がまさに目に浮かぶようだっ!」
「陛下、次のっ、次の一品は!?」
湯船の中で踊り出さんばかりのアレクトラを制し、フレクトは急かすように最後の小鉢を勧める。
勢い付いたアレクトラはスライムの核焼きを指で掴み口の中は放り込んだ。
無言のまま何度も何度も、噛み締め、たっぷり五秒ほどをかけて咀嚼したそれをゆっくりと飲み込んだ。
そして、アレクトラの口からは深い溜め息が溢れた。
「マルトよ。脱帽じゃ・・・・・・。正直、これは味はあくまでタレの味。しかしながら食感だけでここまで人の心を動かす食材をわしは寡聞にして知らぬ。味の爆発、繊細さと続いてそれらを締め括る食材本来がもつ、そう、まさに生命力。駆除しても駆除しても湧き出るスライムの生命力の強さをまさに体現している料理と言っていい・・・・・・見事である。」
「お口に合ったようで何よりでございます。」
マルトは深々と頭を下げた。
「うむ、大義であった。」
アレクトラは大きく頷き、残った酒を飲み干した。
「さあ、お前達も食べなさい。」
「はっ!!」
アレクトラに促され、各々は奪い合うように料理を頬張っていく。
「こんなにも満足した晩酌はいつ以来だろうか。」
アレクトラはしみじみと呟いた。その瞳には何を映しているのだろうか。仮にそれを察するものが居たとしても、指摘するような野暮な人間はいなかった。
アレクトラは器に酒を注ぎ足しゆっくりと持ち上げた。
「さあ、今宵は飲もうぞ!アレクトラ三世としての最後の晩酌じゃ!!」
「はっ!!」
その日の宴は日が変わるまで続き、大いに盛り上がったという。
翌日、王城の重役が何人も飲み過ぎた上にのぼせて仕事を休んだ。そのことは多くの人の話題にのぼったという。
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王様は今日も考える。
優しい君の笑顔の為に。
も鋭意連載中ですので、是非ご覧くださいませ!!