とりあえず、塩か?〜大なめくじ〜その3
お待たせ致しました。
この二人はなんだかすごくいい空気感で書けるので好きなキャラです。
次回あたりに実食となります。
楽しんで頂ければ幸いです。
水を汲み終え、喉も潤した二人は隅の方で動く生き物を観察した。
てらてらと粘液を身体に纏わせた大なめくじは未だ水を気持ちよさそうに摂取していた。
「なあ。旦那。」
二人がぼうっと大なめくじを眺めていると、ローガンがポツリと言葉をこぼした。
「うむ。」
皆まで言うな、とそれにアレクトラは頷いた。何故だかいつでも動けるように身体をほぐしている。
「載ってたのか?」
「いや、あいにくまだ読みこみが足りていなくてな。」
「そうか。」
対してローガンも、皮袋を腰に吊り、代わりに反対側に吊るしている剣を引き抜いた。
「どうやって運ぶ?」
「後で考えよう。」
「わかった。」
実に息の合った二人である。互いに言いたいことがある程度予想できているため、会話の言葉が少ない。
アレクトラは転がっている石を何個か拾うと、ローガンと大なめくじと自分が直線になるように大きく迂回した。
ローガンはそれを視界の端に捉えながらじりじりと大なめくじに近付いた。
基本的に無害だとしても、あくまで能動的ではない可能性もある。
攻撃を受けた時の反応が予想出来ない以上、迂闊に切り込むことはしない。
ひゅっ、と思いの外鋭い速度でアレクトラの手から石が投げられた。
それはかつんと音を立てて、大なめくじの脇、噴水を囲う部分にあたって傷をつくる。
大なめくじは気が付いていないのか、特に反応することはない。
アレクトラとローガンは視線を合わせた。ローガンの視線に込められた意味を見てとったアレクトラは、頷いてもう一度石を投げようとやや身体を傾けて振りかぶった。
「ふっ。」
短い吐息と共に石が放たれる。先程よりも正確な狙いのつけられたその石は、アレクトラの予想とは少しずれたが、大なめくじの身体へと当たった。間髪入れずにもう一つを投げる。
大なめくじは一つが当たった時にぴくりと身体を反射的に縮こまらせる、大きく波打った。
のっそりと振り返った、踵を返して逃げようとしたのかもしれない、その巨体の頭の部分に二つ目の石が当たる。
僅かにのけぞった大なめくじは身体を先程よりも大きく震わせてアレクトラの方へ動き出した。
だがその動きはアレクトラを狙っているというよりは、とりあえず自身に迫った危険から逃れようとしているように見えた。
「いい仕事だ、旦那!」
そこへ、二発目の石が当たったタイミングで駆け出していたローガンが大きく剣を振りかぶり、大なめくじの背後から斬り込んだ。
剣は大なめくじの粘液を弾き、僅かに抵抗を見せながらもするりとその身体に埋もれていく。
ローガンが残心を取った時、そこには胴体とおそらく頭に位置する部分を分かたれた大なめくじの姿があった。
剣を振り、鞘に納めようとして、ローガンは嫌そうに顔を顰めた。
「こりゃ洗った方が良いな。」
「懐紙は持ってきてないぞ?」
「そんな上等なもん使ったことねえよ。」
小さく噴き出しながらローガンは皮袋を開けて、先程汲んだ水で剣を洗い、刀身に纏わりついている粘液を洗い流していく。
粗方洗い終えたところで、ローガンは外套で剣の水分を拭き取っていった。
「先程の机の埃といい、随分と便利に外套を使うんだな。」
アレクトラは感心したようにその様子を眺めていると、ローガンは困ったように笑いをその顔に浮かべた。
「冒険者なんてこんなもんだ。別段この剣も外套も、高いもんじゃねえからな。」
「今度質の良い剣でも買おうか?」
「よしてくれ、戦うよりも剣を守りたくなっちまう。」
パタパタと手を振るローガンに、アレクトラは思わず笑い声を上げたのだった。
「さて、と。」
剣を鞘に納めたローガンは、大なめくじの死骸を眺めた。命を失ったというのに、大なめくじの胴体はしっかりとその場に留まっていた。
筋肉、そう呼べるのかわからないが、どうやらそれか、それに似た組織で自重を保っているのだろう。
切り口を確認する為に近付いたローガンは、再度皮袋に水を汲みながら大なめくじを覗き込んだ。
「いけそうかな?」
アレクトラが興味深そうに同じように切り口を覗き込んだ。
「どうだろうな、筋肉があるなら、食えないことは無さそうだが・・・・・・。」
さしもの冒険者として活動してきたローガンも、これには頭を捻った。
灰色と紫色の中間のような斑らな色合いの肉体は、食べてもいいかと聞かれたらダメだ、といいたくなるものだ。
「とりあえず、このぬめりを落とすか。」
「わかった。」
水を汲み終えたローガンと、腕枕をしたアレクトラは、それから小一時間ほど、大なめくじの死骸と二度目の戦いを繰り広げたのだった。
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