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〜マンイーター〜果実パイは甘くて苦い その7

皆さんこんばんは!!


本日は眠り続けた魔王〜も更新しておりますので、そちらも是非!


楽しんで頂ければ幸いです。


 翌朝、再び食堂にて顔を合わせた一同だったが、アレクトラの纏う雰囲気は相変わらず冴えない。


 ローガンは顎に伸びた無精髭を手で擦りながらアレクトラと、もう一人を観察する。


(旦那の方は、昨日と変わらず、か。さて、嬢ちゃん、頼んだぜ。)


 ユーリエは昨日の不安そうな顔を微塵も見せず、機嫌良さそうにサラダをつついていた。


 各々が食事を進めていくが、会話をしていたのは基本的にはローガンだけだった。ユーリエが反応し、アレクトラは話を振られると生返事を返すという盛り上がりにかける会話。


 やがてテーブルの皿が殆ど空になる頃には、かちゃかちゃと食器同士が触れる音だけになった。


「すまないが、もう一泊していこう。まだ疲れが抜けないようだ。」


「・・・・・・わかった。」


 己の膝を叩いて自嘲するアレクトラは一見真実を言っているようだったが、ローガンの観察眼は騙されなかった。


 話す彼の瞳に、力がない。


(こりゃあ、ここで旅が終わりになるかもな・・・・・・。)


 ローガンは冒険者という職業柄、何人もの人間の生死に関わり、また見届けてきた。


 そんな彼の瞳にうつるアレクトラの目はは、心が折れているもののそれだった。

 

 だがローガンにはどうすることも出来ない。時間を稼ごうと皿に残しておいた最後ベーコンのかけらを口に含み、未だに何も行動を起こさないユーリエに視線を向けた。



 彼女の皿は既に空だ。しかし何かを言い出す気配はない。


 だめか、そう思いながらローガンがベーコンを飲み込んだ時、アレクトラもまた席を立とうとした。


 そこに声をかけて割り込んでくるものがあった。


「はいよ、お待ちどうさん。」


「おん?頼んでねえよ?」



 二人の間から手が伸び、テーブルの真ん中に平皿が置かれた。置いたのは、食堂の店主だ。


 鋭い瞳を戸惑うローガンに向けるとふん、と鼻を鳴らした。


「そこの嬢ちゃんが頼んでたんだよ。」


 そういって、ニコニコと皿に乗ったものを眺めるユーリエを顎で指し示した。


「はい、私が三人で食べようと思って頼んでおきました!」


「朝こそこそ話してたのは、これか!」


 ユーリエは頷いて、アレクトラに笑顔を向けた。


「アレクトラ様、一緒に食べましょう?」


「・・・・・・いや、わしはもう腹がいっ・・・・・・」


「良いじゃねえか、旦那。こりゃあ美味そうだ!」


「ぬっ。」


 断ろうとするアレクトラの言葉を遮り、ローガンは更に彼の腕を掴んで椅子から動けないようにした。


 アレクトラは一瞬抵抗逃げ出そうか思案するも、諦めて身体の力を抜いた。

 そうして、ユーリエと、目の前の料理に視線を向けた。



 ユーリエは皿に乗ったものを丁寧に切り分けて、小皿に取り分けていく。


 断面からは生地に挟まれている白い何かがあり、周囲に甘い香りを放っていた。


「はい、どうぞアレクトラ様。」


「ああ、ありがとう。甘い匂いがするが、これは?」


「マンイーターの果実のパイです。その、ご迷惑かもしれませんが、アレクトラ様のお心が少しでも晴れれば、と思い、作りました。あ、焼きだけはオーブンを使い慣れている店主さんにお願いしました。」


「・・・・・・そうか。」



 アレクトラの頭に、昨日見た夢の内容が浮かび上がった。

 アレクトラはパイが好きだった。甘いものも塩気のあるものも、どれもだ。


 ルシアはそれをよくわかっていた為、彼の機嫌が悪くなるような時や、何か嫌なことがあった時は彼女はよくパイを焼いた。


(そういえば、もう随分と食べていないな。)


 目の前に置かれたパイを、眺める。先日みた果実を使ったパイだ。


「おおおおおおおお!!!!」


 突然の大声に驚き、声のした方に顔を向けると目を見開いたローガンがいた。

 フォークを口に咥えたままブルブルと震えていた。


「うんまああ!!!なんだこりゃ!昔から食ったのと全然違え!いや違くはないんだが、とにかくすげえ!!」


 ローガンはそれだけ言うとあっという間に一切れを平げ、すぐにもう一切れに手を伸ばした。


 アレクトラはフォークを手に取ると、八等分に切り取られたそれの先端を押し切った。


 ホロリと生地が崩れ、果実の詰まった中身が溢れそうになる。


 慌てて掬い上げ、口に含んだ。


 目を見開く。アレクトラの咀嚼と共に果実の風味と生地の食感が口全体に広がっていく。


 アレクトラはゆっくりと時間をかけて一口を飲み込んだ。そして、また一口大にフォークで押し切り、黙夢中で口に含んでは、咀嚼していく。



 気が付けば、アレクトラの皿は空になっていた。もう一切れを皿に取り、目の前に置いた。


「どうぞ。」


 声はユーリエだ。横から木製のカップが差し出された。中身は紅茶だろうか、独特の香りが漂ってくる。


「あ、ああ。」


 頷いて、再びアレクトラは目の前のパイを食べ始めた。

 強い甘さが満足感を促してくる。生地自体の厚さは薄いため、果実の果汁も相まってするすると食べることが出来た。


 二切れ目もあっという間に平らげて、一息つくために紅茶を口に含んだ。


 鼻腔を抜ける香りが渋みを伴って甘い口の中を洗い流しいく。


 アレクトラの方から満足気な溜め息が溢れていた。


「どうでしたでしょうか?」


 

 ユーリエがテーブルの対面で微笑んでいた。


「美味しいよ。とても。もう一切れ、もらってもいいかな。」


「ええ、どうぞ遠慮なくお召し上がりください。」


「俺も貰うぜ。」


「はい。どうぞ。」



 アレクトラの目の前に取り分けられたパイを再び眺めた。

 ローガンはよほど気に入ったのだろう、すぐに齧り付いていた。



「・・・・・・パイをよく作ってくれたんだ。」


「えっ?」


「ああ、王妃の、ルシアの話だ。この宿に来た夜に、久しぶりに夢を見てね。それで、少し落ち込んでいたのだ。」


「王妃様が、パイを・・・・・・。」


 アレクトラは何かを投影する様にパイを見て目を細めると、語り始めた。


「ああ、わしに何かある度に作ってくれた。・・・・・・彼女がいなくなってからは食べる機会もあまりなかったが・・・・・・いや、よそう。わざと食べないようにしていたんだ、思い出してしまうから。」


「あ、その、申し訳ありません!」


 ユーリエは失敗したと思い慌てて謝った。その様子を見てアレクトラは首を振り、苦笑した。


「ああ、いや。責めているんじゃない。どうしてだろう、このパイは食べてみようという気になった。それだけの話だよ。」


 アレクトラは続いてローガンを見た。


「ローガン。」


「あん?」


 口にパイを含んだままローガンが眉を上げた。


「ふっ、済まなかったな。余計な気を使わせた。」


「気にすんな。せっかく美味いもの食えたんだ。問題ねえよ。」


「そうだな。」


 アレクトラもそういって切り取ったパイを再び口に含んだ。


 目を閉じて、広がる味を追憶と共に楽しんだ。

 喉がなり、パイを飲み込んだアレクトラはユーリエを見た。


「ありがとう、ユーリエ。彼女との思い出は封じ込めようとするものではなかった。このパイは、わしに幸せだった頃の記憶を思い出させてくれたよ。」


「いいえ、アレクトラ様が元気がないように思えたので。」


 ユーリエははにかみながら首を振った。

 それに、とふわりと花が咲いたように笑顔を深くした。




「幸せだった、なんて駄目ですよ。アレクトラ様はこれからも、もっともっと幸せにならないと、駄目です。」




(・・・・・・ああ。)



 アレクトラは胸の中にあった、本来そこにはなかったしこりのようなものがすとんと元の位置に戻ったかのような、それでいて視界が晴れていくような、そんな感覚を覚えた。


(わかったよ・・・・・・ルシア、彼女は君に似ているんだ。)



 どこが、というわけではない。漠然と、たとえば身に纏うような、自然と出る空気感のようなものが、今はもう触れることのない彼女に似ているのだ。


「そうだな。ありがとう、ユーリエ。」


 だとしたら。


「もやもやが晴れたよ。」


 だとしたら、この感情は。


「明日には出発しよう。確かこの先に遺跡があったはずだな、ローガン?」


 ただの投影だ。


「そうだな、じゃあとりあえずはその遺跡に行くとすっか。」


「ああ、案内は任せたぞ。」


「おうよ!ユーリエ嬢ちゃんも、また一杯移動するから、覚悟するんだぜ?」


「はいっ!!」



 三人の間に再び和やかな空気が流れた。ローガンはにやにやとユーリエに道程の大変さを植え付け、ユーリエはユーリエで頑張るぞ、と奮起していた。


 アレクトラは二人の様子を眺めながら、皿に残っている果実のパイを口に含んだ。


 知らずアレクトラは自嘲めいた笑みを浮かべていた。周りは幸いなことに、それには気付かない。


(何を考えていたんだ、わしは。この年になって、投影だなんだのと夢想をして自分に酔うなどと、愚かしいにも程がある。己の年齢を考えろ、アレクトラよ。)


 己の思考を振り払うように首を振った。


 だが、アレクトラは詩人のように感情をうたい、それを自嘲していること自体が深みにはまっているから故、ということに気付かない。

 


 彼の舌に触れた果実はとても甘く、そして僅かな苦味を彼に感じさせた。

いつも読んで頂きありがとうございます!

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