〜マンイーター〜果実パイは甘くて苦い その5
次回か次次回、に実食です。文字数次第です!笑
楽しんで頂けましたら幸いです。
やけに重い頭を緩やかに振りながらアレクトラは水汲み場で顔を洗った。
昨日の記憶が蘇る。ルシアは、あの後間もなくこの世を去った。
仕事に打ち込む事で、もはや彼方へと放り投げていた記憶が、落ち着いた時間を過ごす事で再び浮かび上がってきた。
「ルシア・・・・・・そなたはわしに、どうなって欲しい?」
雲一つない快晴を見上げながら、その眩しさにアレクトラは目を細めた。
その様子を、宿の勝手口から伺っている者がいた。ユーリエだ。
彼女もまたアレクトラと同じく顔でも洗おうと降りてきたところだった。
「アレクトラ、様?」
(あれは、水滴??ううん・・・・・・涙?)
アレクトラのその姿を見て、ユーリエは己の心が騒つくのを感じた。
「おお、ユーリエか。水が気持ちいいぞ?」
振り返ったアレクトラがユーリエを視界に捉えた。逆光になっていて、その表情はユーリエには見ることが出来なかった。
「あっ、はい。おはようございます、アレクトラ様」
「ああ。」
「今日も、いい―――――。」
先程の光景をかき消して、軽く話でもしようかと口を開いたユーリエの横を、アレクトラは挨拶もそこそこに通り過ぎた。
「あっ。」
思わず、小さくユーリエは声を上げていた。いつものアレクトラらしくない。そもそもそんなに彼を知っているわけでもないが、少なくとも彼女の接してきたアレクトラの態度とは、少し雰囲気が違った。
アレクトラの姿が勝手口に消え去るのを、ユーリエはただただ、見つめることしか出来なかった。
食堂に集合したとき、アレクトラはユーリエの知っている彼に戻っていた。
自分が何か粗相をしてしまい不興を買ったのかと思っていたが、どうやらこの様子では違うみたいだ。
(一体どうなされたのでしょう。どこか、御身体の具合でも悪いのかしら。)
「どうした?嬢ちゃん。もう腹いっぱいなのか?」
「えっ、あっ、いえ。」
ぼうっとするユーリエの顔をローガンが覗き込んだ。
我に返ったユーリエは、慌てて目の前のベーコンを口に入れた。
「旦那、今日はどうする?」
「そうだな。初っ端からなかなかに冒険した。もう一日くらいゆっくりしてもいいだろう。」
「了解。じゃあ俺は街でも回るかな。旦那達は?」
「わしは少し疲れが残っているから、部屋で本でも読むさ。」
「わたしは、少し散歩でもしようと思います。」
「わかった。気をつけてな。」
「はい。」
一頻り今日の予定が三人の中で決まったところで、アレクトラは席を立つ。
「では、そろそろ部屋に戻るとしよう。」
「なんだ、旦那。残してるじゃないか。」
「元々、朝はあまり食べないのだ。」
ローガンの言葉に薄く笑ったアレクトラだが、ユーリエから見てその笑顔は少しだけ、ぎこちないように見えた。
ローガンの方を伺うも、彼は何かを感じている様子はない。
アレクトラが去ったあと、食堂には二人が残された。
途端に沈黙が訪れた。
どうやら、ローガンはユーリエとの距離感を測りかねているようだった。
ユーリエは、それなら、と思い思い切って声をかけた。
「ローガン様、少しお話があります。」
「ローガンでいい。・・・・・・旦那のことか??」
「えっ?・・・・・・はい。」
ローガンの言葉にユーリエは思わず目を丸くした。何故分かったのだろうか、そう考えたが、自分より仲が良いのだから変化に気付かない筈がない、と考えを改めた。
つまり、この人は敢えて気付いていない振りをしてアレクトラを気遣っていたのだ。
ユーリエは己の至らなさを恥じると同時に、そこまでの関係をこの短期間で築いた二人に、ほんの少しだけ嫉妬してしまった。
だが、このままではいけない。ユーリエはローガンを見つめて、アレクトラのことを尋ねた。
「ああ、嬢ちゃんも感じていたか。ありゃ、どうすることも出来ないな。」
「えっ、どういうことでしょう?」
「あー、うーん・・・・・・っはあ、しょうがねえか。」
ローガンは躊躇うようにカップに入った水を揺らしていたが、やがて溜息をついてガシガシと頭をかいた。
「昨日な、旦那と飲んだんだ。嬢ちゃんも誘ったんだが、寝ているようだったから、二人でな。」
「そうなんですね、すいません。」
「いや、謝ることじゃねえ。その時にな、ふわっと昔の話になってな。」
「昔の?」
「ああ、具体的には王妃様の話だ。」
「王妃様の・・・・・・。」
何故か、ユーリエの心がちくりと痛む。ユーリエは僅かに感じたその痛みを無視して、続きを促した。
「そんだけだ。別に何か深い話をしたわけでもない。だが、今日の様子を見ると、多分旦那の中でそれだけあの御方がデカいんだろうな。」
「そう、ですか。」
知らず、ユーリエは俯いていた。それではどうしようもないではないか。
何かが出来ると自惚れていたわけではないが、これから旅をするのであるし、力になれないというのは、あまりに寂しい。
正直なところ、ユーリエも境遇的には同じだ。伴侶に先立たれた。しかし、ユーリエは圧倒的に持っている感情が違った。
愛していなかった、といえばそれは違う。政略的な婚約だったとしても、婚約者になってから何度も交流し、仲を深めた。
己が相手に抱いていた感情は友情ではなかった。
だが、アレクトラがルシアに感じていたものと同じかと問われれば、それは否、だろう。
思考に沈むユーリエにローガンが語りかけた。
「まっ、気にするだけ無駄ってやつだ。」
「そのような言い方!」
ローガンのあけすけな物言いに思わず顔を上げて非難してしまうユーリエだった。
「だが、そうだろう?いま旦那が抱えている感情は旦那だけのもんだ。部外者が訳知り顔で入り込んでいい問題じゃねえ。」
ローガンはユーリエの目を見つめ、すっと目を細めた。それは、しゃしゃりでるな、と言外に言われているようで、ユーリエは再び俯いてしまった。
「ですが、せっかく一緒におりますのに。」
「ま、嬢ちゃんに出来ることをやってあげれば良いんじゃないか?」
「私に出来ること、ですか。」
「ああ、今回の旅での嬢ちゃんの立ち位置はなんだ?」
「それは、身の回りのお世話をする女官ですが。」
「そういうこった。ああ、そういえばマンイーターの果実をまだ食べていなかったな。どうだい、あれでなんか作ってくれねえか。」
ローガンはそういうと片目を瞑ってみせた。
(本当にこの方達は・・・・・・わたしに甘すぎる。)
ユーリエは込み上げる感情に、胸を詰まらせた。
「はいっ!ありがとうございます!!」
ユーリエは、その日初めて、満面の笑みを浮かべたのだった。
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