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〜マンイーター〜果実パイは甘くて苦い その4

長めです。

この話を書くにあたり必要な話だと思ってます。


楽しんで頂ければ幸いです。


本日王様は今日も考えるの幕間も投稿しておりますので、そちらも是非っ!


 アレクトラはその晩、夢を見ていた。自分がまだ国王として仕事をしている時の夢だ。


 政務が終わり、帰路につく。アレクトラは逸る気持ちを抑えながらも可能な限りの早足で邸宅へと急いでいた。



 ようやく自身の家が視界に入り、脇目も振らず門を潜ると、出迎えた執事が玄関までアレクトラを先導する。


 執事が扉を押し、アレクトラは家の中へと入った。


「ルシア!帰ったぞ!!」


「ふふふ、そんな大きい声をお出しにならなくても、聴こえておりますわ。」


「おおっ!どうだ!エドワードは元気に過ごしておるか!」


「ええ、先程まで元気に走り回っておりました。」


「そうかっ!」


 アレクトラを家の中で迎えたのは、優しい笑顔を浮かべた穏やかな表情の女性だ。ルシアと呼ばれた女性はアレクトラから外套を受け取り、近くにいたメイドにそれを渡しながら一日の様子を嬉しそうに伝えていた。


 アレクトラも、目を細めて何度も相槌を打ちながらルシアの話を聞いていた。


 物腰の柔らかいおっとりとしたルシアの会話を、心地良さそうに聞いているアレクトラは、本当に彼女に心を預けているように思われた。そして、事実、預けすぎていた。





 場面が切り替わり、今度は視界に雨が飛び込んできた。


 その日もアレクトラは急いでいた。しかし、先に見た記憶とは違い、その足取りは荒々しい。


 ズボンに泥が跳ねるのも厭わず家へとただひたすらに足を動かしていた。


 執事に出迎えられ、荒らしく玄関の扉を開けた。

 広間にいたのは、ルシアと、かしこまった表情のエドワードだ。


 アレクトラはエドワードの姿を視界に入れると大股で近づいた。


「この馬鹿もんが!!」


「あなたっ!」


 広間に平手打ちの音が響いた。


 エドワードは頬を赤くして涙を浮かべながらきっ、とアレクトラを睨みつけた。

 その右手はルシアのスカートを握りしめていた。


 さらにその反応を見て手を振り上げたアレクトラの前にルシアが飛び出した。


「あなた!打つのはいけません!」


「何故止める!こやつの軽率な行動のせいで騎士の一人が重症をおったのだ!!」


「ですが!」


「家族に何と説明するのだ!愚かな王子を追いかけた挙句不意を突かれて負傷したと、申し訳なくてとても言えるものではない!」


「理由をお聞きくださいませ。」


 構わず振り上げた腕を下ろそうとしたアレクトラへ、ルシアはさらに詰め寄った。

 普段は見せない鋭さを帯びたその瞳に、アレクトラは気圧された。


 腕を下げると、不機嫌そうにルシアへと問いかけた。


「・・・・・・どのような理由があるのだ。」


「その時一緒におりました子供の一人が話してくれました。エドは先に攫われた子供の一人を助けようとした、と。私が助けるから、信じていて欲しいと、そう言ってくれた、と申しておりました。」


「何?興味本意で追いかけたわけではない、と?」


 アレクトラはエドワードへと視線を向けた。エドワードは未だスカートの裾を話はしないが、その瞳を真っ直ぐアレクトラへと向けていた。


「では何故そのことを先に言わなかったのだ。ことが終わったすぐ後に聞いていれば・・・・・・。」


「聞こうとなさらなかったのはあなたではないですか。」


「むう。」


 もやもやとした感情が胸に浮かんだ。。それが本当であれば、褒められたことではないが殴るまではしなくて良かった。バツの悪い表情を浮かべてアレクトラは二人から視線を逸らせた。


「そうか・・・・・・。」


「あなた、こういう時はなんていうんですか?」


 ルシアが頬を膨らませてアレクトラの腕を掴む。アレクトラは眉尻を下げて、エドワードの前に座り込んだ。



「エドワード、打ってしまって、済まなかった。お前は勇敢な子だ。だが聞いて欲しい。お前は私達にとって何よりも大切な子だ。目に入れても痛くないし、何かあればすぐに駆けつける。わかるな?」


「・・・・・・はい。」


「うむ、そして、エドワード。その騎士も、別の誰かにとっては大切な子供であり、夫であり、父なのだ。その事をよく考えて行動しなくてはいけない。あの時、あの場での正解は、応援を待つ事だった。」


「ですが!それでは先に連れ去られた子供が!」


「だがエドワード。お前に大人の男五人を制圧することが出来たか?それに、男は子供を売るつもりだった。であれば、命を失うことにはならない。違うか?」


「っ!いいえ。」


 エドワードはアレクトラの言葉に悔しそうに俯いた。己の無力さを噛み締めるように瞳に涙を浮かべる。


「それにな。身分というのは時に足枷になる。」


「・・・・・・。」


「身分が高いものがいるから、より慎重にならざるを得ないのだ。その為、行動が遅れてしまう。」


「ですが、人の命は平等です!」


「その通りだ。私もそう思うよ。だが現実は違う、私は国王であるし、お前は王子だ。その肩書きは、私達が考える以上に、重いのだよ。」


「私には、わかりません。」


「いずれわかるようになるさ。学べ。・・・・・・よくやったな。」


 アレクトラは話は終わったと立ち上がり、エドワードの頭を撫でた。

 エドワードは咄嗟に顔を上げる。


 そこには怒っている父の姿はなかった。


 二人の様子を見てルシアは穏やかな表情を浮かべるとエドワードとアレクトラ、二人の腕を取った。


「さっ、仲直り出来て偉いですね!二人とも、パイを焼いたので一緒に食べましょう。」


「敵わないな、君には。」


「一番の強敵です。」


 二人は顔を見合わせて頬を緩めたのだった。







 そして、またしても場面は切り替わる。今度の足取りはいつになく、遅い。


 帰りたくない、ゆっくりと足を進めるその身体からはそんな感情が滲み出ていた。


 門を通り過ぎて、いつものように玄関の扉を開けた。外は晴れているのに、屋敷の中は暗かった。


 アレクトラを出迎えたのは、少年へと成長したエドワードだ。


 外套を受け取ると、エドワードに話しかけた。



「容態はどうだ。」


「正直良くは、ないです。」


「そうか。」


 沈痛な面持ちのエドワードに、アレクトラがかける事が出来たのは、その言葉だけであった。






 また更に景色が切り替わる。


 執務室で政務を行なっていたアレクトラの元へ、マルトが駆け込んできた。


「陛下っ!王妃が!!」


 アレクトラはマルトが言い終える前に席を立ち、駆け出した。


 その必死な面持ちから、ただ事ではないことを周囲は悟り、道を譲っていった。


 アレクトラは厩舎に立ち寄り馬に乗って家路を急いだ。いつもであればそんなことはしない。


 一秒すら惜しむように一目散に帰路への道程をかけていった。


 


 荒々しい音と共に玄関の扉を開けた。

 いつもは誰かがいるはずの広間には、誰も居なかった。


 息も整えず、ルシアのいる寝室へと足を進めた。


 扉の前に到着し、ドアノブに手を伸ばそうとして、躊躇った。

 まだ最悪の段階ではない。

 そう言い聞かせながらも、心臓は嫌なくらいに大きく鼓動を刻み、むくむくと不安な感情が顔を見せていく。


 アレクトラはゆっくりと大きく息を吸い、ドアノブを回した。


 部屋の中には、眠っているように見えるルシアと、その脇で心配そうに彼女を見つめるエドワード達がいた。


 アレクトラはゆっくりとエドワードに近づいて、その肩に触れた。


「母上。陛下が、父上がいらっしゃいました。」


 エドワードの声にルシアはゆっくりと瞼を持ち上げた。

 アレクトラの姿を確認すると、柔らかく微笑んだ。



「お帰りなさい。あなた。」


「・・・・・・ああ、今、帰った。」


「っ!母上!寝ていないとダメです!」


「大丈夫。少し、話をしたい気分なの。」


「ゆっくりでいい。手を貸そう。」



 起きあがろうとしたルシアをエドワードが止めようとし、アレクトラが背中に手を添えながらゆっくりと起き上がるのを手助けした。


「エドワード。少し、二人にしてくれないか?」


「とうさ、父上・・・・・・。わかりました。」



 エドワードが目配せをし、医者や侍女などを連れて部屋から出ていくと、アレクトラはルシアの手を握りながらベッドの脇にある椅子へと腰を下ろした。



「・・・・・・。」


 静寂が部屋の中を満たしていった。聞こえるのは二人の息遣い。理由は違うがどちらの息も、浅く、震えていた。


「・・・・・・貴方に、お礼がしたかったんです。」


 やがて、ルシアは微笑みを浮かべながらゆっくりと話し出した。


「何の礼だ?」


「出会ってからの全てに。結婚してくれたことに。エドワードを産ませてくれたことに。家族を大事にしてくれたことに。」


「礼を言うのは、私の、僕の方だよ。ルシア。君のお陰で、全てが幸福だった。」


「ふふふ、嬉しい。覚えていますか?初めて出会った時のこと。」


「ああ、確かマリトに誘われて行ったパーティだった。君は誰よりも輝いていて、僕はその姿に心奪われたんだ。」


「あら、貴方の方が輝いていたわ。わたしの方が先に好きになったのよ。」


「そうだったか?」


「ええっ、そうよ。その気持ちは結婚してからもずっと変わっていないわ。」


「ああ、僕もだ。」


「エドワードが生まれて、もっともっと、貴方が好きになった。」


「ああ。」


「あの子ったら、最近は貴方を父上と呼べるようになるって、頑張っているのよ?」


「ああ、聞いた。まだ父さんがいいんだけどな。」


「それは無理よ。子供が育つのは早いもの。あっという間だったわ。」


「ああ、あっという間だった。」


 一頻り昔を思い微笑みを浮かべた二人の間に再び沈黙が訪れた。

 

 ルシアは機嫌が良さそうに、アレクトラを見つめていた。

 アレクトラは知らず拳を握り締めていたようだ。


 手の力を緩めると、血が身体を巡っていった。



「・・・・・・ルシア。今だから言うけどね、君が居ないと、ダメなんだ。」


「大丈夫。エドワードもいるわ。」


「あの子は優秀だ。でも違う、僕には君が必要なんだ。」


「まあ、いつから私の旦那様は甘えん坊になったのかしら。」


「茶化さないでくれ。ルシア、僕は・・・・・・」


「大丈夫。」


 アレクトラの言葉を遮るように、ルシアは語気を強めた。

 手を伸ばし、ゆっくりとアレクトラの頬を撫でる。


 アレクトラはその手を優しく握りしめた。



「貴方なら大丈夫。ずっと一緒にいた私が保証するわ。」


「・・・・・・そうか、なら大丈夫、そう、だね。」


 アレクトラは込み上げる感情に蓋をする様に、涙を流すまいと目に力を入れて微笑んだ。

 だが抵抗も空しく、視界が僅かにぼやけていった。


「ねえ、貴方。」


「うん?」


「貴方はまだ若いわ。これは王妃としてのお願い。・・・・・・私が死んだら、新しく好きな人を作って?」


「何故だ!何故そんな事を言うんだ!」


「だって、私は貴方との間にエドワードしか作ることが出来なかった。幸せだったけど、国王と王妃としては、それは、ダメよ?」


「いらん!私にはルシア、君とエドワードだけでいい!」


 我が儘な子供のようにアレクトラは何度も首を振った。 

 ルシアはそんな彼の様子も愛おしそうに目を細めて見つめた。


「貴方、貴方には幸せになって欲しいのよ。」


「充分に幸せだ!僕は充分に満足している!」


「ふふ、強情ね。エドワードは貴方に似たわね。」


「ルシア・・・・・・。」


 疲れたのだろう、ルシアはアレクトラから視線を外すと、息を吐いた。


「疲れちゃった。横になるわね。」


「ああ。」


 アレクトラが背中に手をやって、ゆっくりとルシアを寝かせた。

 

「頭、撫でてくれる?」


 アレクトラがゆっくりとルシアの髪を梳くように頭を撫でると、ルシアは目を閉じたまま満足そうに微笑んだ。


「わたしの方も甘えん坊になったみたい。」


「ああ。」


 何かを言葉にしようと口を開くも、何も言えなくてアレクトラは何度も口を閉じた。

 

「アレクトラ、もっともっと、幸せになってね。」


「っ!ルシア!!」


 ルシアは小さく呟くと、目を閉じた。アレクトラは身を乗り出し、呼吸を確かめる。


 彼女はゆっくりと寝息を立てていた。


 倒れ込むように、アレクトラは椅子へと身体を沈めた。

 握った手は小枝のように細くて、白い。


 眠りの邪魔をしないように優しく腕を撫でていたが、やがてその脇に水滴が落ちていった。


 水滴は何度も何度もルシアの眠る布団を濡らし、染みていった。


 声を上げずに泣き続けるアレクトラを見守っているのは、沈みかけた太陽だけであった。







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