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「 砂城の果てのシルヴィア 」  作者: 秋山 トシヤ
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四話:「…」




 綺麗な夕焼け空のような黄金色の空がひろがっていく、そんな夢をみた。


 黄金の空、黄金の絨毯を思わせる草原、風に波うつ黄金色の大地の牧歌的な原風景の中に、ひとりで立ち尽くし、その傍には一枚も葉をつけていない、灰色の枯れ木がひとつ立っていた。

 遠い地平線の先まで続く黄金の草原に、気づくと遠いところで何か物影をひとつ見つけた。しかし、それが蜃気楼のようにぼんやりとしていて、またそれがなんなのか正体を探ろうと目を凝らしても、遠すぎて何も分からない。それが唯一、ここがどこなのか解き明かすための手がかりになりそうだと、直感のようなものが言っている。


 そうしている間に、乾いた風が頬を掠めていった。その温度差が涼しく感じながらも、全身を吹き抜けていく瞬間を瞬きもさせずに通り抜けていった。

 心地よいと思っていても鳥肌が立つぐらいの違和感が神経を尖らせる。

 ――ここはどこだろう?


 しばらくすると、やっと見えてきた黒っぽい塊のようなシルエットが人影に形取っていた。だとすれば濃いめの緑色のローブを被った人といったところだろうか。

 あとはどんな顔をして、どんな姿の人なのか、それが誰かであるというだけで安心できるだろう。それを確かめるためだけに目を細めたり四苦八苦して見やっていけども、遠すぎて、やはり何も分からなかった。


 それはずっとこっちを向いていて、また歩いてくるわけではなく、見られているような視線を感じても、それが何故か人だとだんだん確証を持てていった。


 夢はそこで切れて、目が覚めた。




 もうすぐ冬がやってくると彼女は言った。

 無数の巨大な木々の枝から落ちた靴のサイズより一回りもある落ち葉が、足下で絨毯になって空を寂しく彩っていて、鮮やかな黄色に赤色と色をみせる足下が、もうじき冬になりますよと、得体の知れない何かが言っているようだった。


 目の前の巨木に触れて、天辺はあの辺りだろうかと光士郎は予測しながら見上げた。

 どうみても違和感しか沸いてこない巨木の数々。異様な光景だが、それもこの雰囲気というのは、自分の知る森林の有り様と同じに思えた。

 これまで話しをするタイミングを逃して、流れに流れてきてしまった。これからどうしたらいいのだろうと、空を見上げるたびにため息がひとつ漏れた。


「どうしたの?」

 少し考えて光士郎は言った。

「……いや、これからどうしようかな、って。俺には」と言いかけたところで口を止めた。

「そうね、これからどうしましょうか。このままマルス様のお館においてもらったままなわけにはいかないし…」

「………」

 昨日マルスさんと話してから、ここでの現実味がこの森のように深まるばかりで、これは夢ではないと戒められているようだった。

 それをまた見上げて思う。

  〝――じゃあここは、どこなんだ…〟と。



 今日はずっと部屋にこもったままだったこともあり、二人で村の方へ歩いて出かけることにした。少し気分転換というやつだった。薄い膜を張ったような霧がかかる道を、十分ぐらいだろうか、体感でそんなに時間はかからなかったと思う。車二台分は通れそうな茶黒な地肌をみせる道をふらふらしながら歩いていきながら、途中、高い木を見上げては小さなため息を吐き、同じ台詞が頭をよぎった。


「あ、着いたわよ」

 マリーのパッと陽が差したような声が飛んできたそのとき、やっと森から抜けて視界がひらけた。一面うっすらと霧がかかりその上を薄暗い雲が拓けた空に蓋をしていた。

 何も変わらない景色に思えたが、空が拓けて建物が見られただけでも新鮮味があってまだマシだと思えた。


 そのまま道なりに進んでいくと看板が一つ立っている。

〝レゼジー…〟

「村……か」

 家が何軒も一望できるのにとても静かだ。


「霧が晴れてたらもっと、出歩いている人もいたと思うのに、ね…」

 マリーの声は村の静けさにだんだんと消えていった。


 家と家のあいだを抜けていく道には誰ひとり見かけなかった。まだ昼間なのに、人の住んでいる気配はあっても寂しく思わせるのは霧がかかっているからなのか。近くを流れる川の小さな波を立てた微かな音を除いては、虫の鳴き声ひとつ聞こえてこなかった。


「ここ…」

 突然立ち止まったマリーから声がこぼれ落ちた。

「まさか、本屋…さん…?」

 マリーは一件の家屋の前で立ち尽くして、他よりも一回り大きい木造の家にみいっていた。その家にはまた看板が出入り扉の上に掲げられてあった。


「本屋が、どうかしたの?」

「村にはお店なんてなくて、いつも人から譲ってもらうばかりで、こういうお店を見るなんて本当に遠出をしないと行くことなんてなかったの。ことに本屋さんなんて見たことなかった。

 ね、ねえ、どうしよう、入っても大丈夫かな?」


 お店なんだから開店してれば問題ないと、言おうとしたところで、大きな瞳が光士郎を映して子供のような目をするマリーを見たら言葉が詰まってしまった。


「大丈夫…だと思うけど、でも俺、お金もってないし…」


「お金…。そう、そうだよね…。わたしも、持ってない…」

 さっきと転じて、著しく、どんどん悲しさに満ちていくマリーの表情が、影を落とし沈んでいった。

 光士郎は言った。

「…あ、あぁ、でも、入るだけならきっと」いたたまれず、どうしようもない弁明に近い口実を漏らしていた。

 数瞬にして、また晴れた瞳が猫の目のように丸くなった。しかし、それを阻むかのうに気づくと霧が濃くなっていた。


「…今日はもう戻った方がよさそうだ。霧が濃くなってきた。このままだと帰れなくなっちゃう」

「えっ…、えぇ…そうね」

 振り返るマリーの姿に未練がそのままの形で表れていた。


「大丈夫だよ。そんなに離れてないから、また来ればいいさ」

「うん…そう、だね」

「本、好きなんだ」

 意表を突かれたかのように一瞬ハッとして、光士郎の顔を見てからマリーは言った。

「…うん。いろんなことを学べて知ることができるし、物語はわくわくさせてくれて日々の日常では知りえない感動をくれる。もっといろんなことを知りたいって思うと、周りが見えなくなっちゃう、というか、お母さんにも昔、同じことを――」

 どこか遠くを見るように言葉は徐々に小さくなった。

 


 村を出ようとしたとき、変な気配を感じた。嫌な気配、周りはなにも見えない。だから、「気のせい」と、なんとも言えなかった。


 すると、木々のあいだを縫う霧のなかから、四人組の埴輪顔の集団が移動する姿を目撃をした。

 一瞬にしてあのときのことが脳裡をよぎる。


 普段そんな人を見かけることがないせいか、ぼんやり現れたそれに光士郎は腰が引けてしまう。けれど、記憶のなかにあるその姿がすぐに認識を変え、光士郎の雰囲気を一変させてすぐわきに落ちていたちょうどいい木の枝を剣に見立てて構えさせた。


「君は家の影に隠れてて」

「え?」

 同時に気づいたマリーの強張る表情を目の端で捉えながら手で押し退けて、家の方へ向かわせた。


 そのとき、杖をついた初老の男性が少し離れた場所から声をかけてきた。

「そいつらは偵察だ。ここで倒さないとやつらの仲間がここへ押しかけてきてしまう。そして、それらはただのしゃべる人形だ。だから、おもいっきりやってしまいなさい」

 光士郎のすぐ傍に立って、姿より先に声が入ってきた。


「誰…?」妙なことを言う人だと思った。その次に誰なのか疑問が湧いてきた。

 心配されるよりも、やってしまえという声に唖然としてしまいそうになる光士郎だったが、その四人組の埴輪顔集団が見つかったことにより襲いかかってきた。


 またさっきの老人から声が飛んできた。

「集中しなさい。君たちの駆け巡る血潮は答えを知っているのだ。君の体は誰よりも速く、誰からも負けない。それを君は知っている。正しい心であれ。優しさを忘れ狂気に囚われることなかれ。その先の未来に、君の願いが待っているのだから」

 老人はそう言っていつの間にか消えていた。

「もう、いない。本当に何者だ?」


 考える暇もなくやつらは襲いかかってきた。

 相手は本物の刃がついた鋼の剣を持っていた。こんな棒切れではすぐに斬られて負けてしまう。それでも、直接当たらないように、一挙一動をみきりながら木の棒を顔面や武器を持つ手の甲などに当てていく。


〝―――集中。集中。集中…〟

 相手は四人。身体は大きくて動きは単調、捌けない速度ではない。あの老人の言っていたことが気になるが、今は目の前の敵をなんとかしないと。



〝集中―――〟

 ちょうどテレビの画面を二つに割ったように何かがみえてきた。最初はちらつく程度から徐々に。


 あのときの様子だ。あのときの感触が、また……


 不意に、物影に隠れるように言った彼女のことが脳内を埋めつくした。刹那に振り返ると、そこに言ったとおり、隠れてこちらを不安げに視線を向ける彼女の姿があった。今度は大丈夫だと安堵したとき、前方から迫るものに反応が遅れていたことに気づいたのは、振り上げられた剣が下ろされようとするタイミングだった。


〝また、同じだ―――〟恐怖と焦燥と死が目前にある感覚。そしてまた走馬灯。

 すべての時間がゆっくりと感じる―――よく分からないまま、呼吸を整えると全身に意識がいった。血の流れが微かに捉えることができたとき、一息した。


 なにかが込み上げてくる。それは記憶とともに…


 目に力が入るが些細なことだった。

 半歩退いたところで光士郎の持っていたものが、振り下ろされた重たい鋼の剣を止めていた。

 刃がすぐ目の前で鈍く光るのが見えた。よく見ればその剣には刃こぼれが酷かった。けどもっと近くに見えた剣はできたての刀のように綺麗に鈍く光っていた。


「これは…いったい」


 さっきまでの木の棒はどこへいったのか、確かに光士郎の手に握られてあるのは刀、真剣だった。


 またもや唖然とする光士郎だったが、それも束の間に、〝一刀・十文字…―――〟四人組を容易く十字を描くようにして捌き斬った。

 そうだ―――「俺は、誰よりも速く………負けない!」。



 斬り倒した四人の埴輪顔はそのまま倒れて動くことはなかった。切り口から血のようなものも流れてはこなかった。やはりこれは人形なのか、とそう思ったとき、目の前のそれらは黒く石炭のように固くなってから崩れさっていった。


 すべて終わったと気を戻すと、また頭痛が、頭のなかを圧迫するように痛みだした。そして、全身の力が思った以上に抜けていった。

 手に持っていた剣は木の棒になり、そのあと朽ちた木材のようにパラパラと崩れていった。


「コーシロ! だいじょうぶ…なの?」


 不安そうに眉をひそめるマリーの顔が映った。

「ああ…、大丈夫だよ。少し休めばまた元どおりだ。それよりも早く帰ろう。霧が濃くなってきている、からね」

 その表情は変わることなく、ただただマリーの目は光士郎を不安げに見つめていた。




 館へと帰ってくると、マルスが扉を開けた先で4人の役人らしき人を連れ歩いていた。何かの話し合いがあったあとのようだった。

 その様子を光士郎は父親の面影に重ねる。家に招いて話し合いや食事をしているところを度々見かけることがあった。

「やあ、おかえり」

 連れていた人たちを帰すと、マルスは二人のよろめく様子に顔を曇らせた。

「あ、マルス様…。ただいま戻りました」

「何か、あったのかい?」

「…すぐ近くの、レゼジーという村で」

 マリーがそこであったことをマルスに伝える一方で、マルスはその話を真剣な眼差しで聞いていた。しかし、その表情は徐々に考え込むように曇っていった。

「レゼジー…。近くにそんな名前の村はなかったと思ったが…」


「でもそこで確かに。霧も……」

 マリーがおそるおそる窓の外に目を向けるとよく晴れた青い空が透きとおって見えた。館の扉に触れてなかに入るまで、霧のなかを歩いてきたというのに、信じられない空の色だった。

「そんなことって…」

「………」


 目の前の現実と混ざりあった妙な感覚だった。光士郎の疲労感と頭の圧迫するような痛みは治まりつつあっても、確かにそこでの記憶も感触や感覚は残っていた。だから、これは夢じゃないんだと思えた。

 それなら、今何が起こっているというんだろうか。それでなくてもこの状況は異常であると、思わず考えることを放棄してしまいそうになる


 ゆっくり振り返るマリーと目があった。僕は笑みを作って、あれは夢ではないと、そこには何かがあったんだと確認するように頷いた。



「マルス様」

 その場で突然カレンが駆け込んできた。マルスの傍まできて耳打ちをするように声を低くして話した。

「巡回の兵士たちからの連絡で、ハモン村の近くで不穏な影ありと…」

 マルスの顔に緊張が走った。

「すぐに出る。カレン。ローレンにすぐ騎馬隊の準備させるように言ってくれ。それと君はまた、二人に付いてやっていてくれ」

「…はい」

 カレンは静かに頷き、その場を後にした。


「あの…なにかあったんですか?」

「…付近の村で怪しい輩が出るという情報が入ってな。これからそれを討ちに出る」

 その情報がどんなものか確信があるんだと光士郎は悟った。

「それは、あのときのやつ…ですか?」

「ああ、そうだ。だが、君はまだ休んでいるといい。ここは私たちが―――」

 マルスの声がどんどん遠くなっていって、このときまた妙なざわつきを覚えた。黄金色の景色のイメージが目の前を埋め尽くしていく感覚に襲われた。

 そこで、誰かが呼んでいる気がした。


 光士郎は唾を飲んで言った。

「あの…、僕も行ってもいいですか?」

 そこがどんな所であっても、行かなきゃいけない気がした。

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