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「 砂城の果てのシルヴィア 」  作者: 秋山 トシヤ
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二話:「選択の果て、夢のなか…」




 目が覚めると、白くぼやけてみえた景色は判然としない世界をさ迷っているようだった。自分の部屋にいるものと思ったのに。

 ここはどこだったか…。

 自分を探すように目の前のものが何なのかを記憶から探した。


 しだいに映った白い壁と太い梁が交わる天井が、そのときの記憶を引き戻した数瞬に、光士郎は一瞬息を呑んで、閉じた瞼の上に腕を乗せた。



 床にはまた綺麗な青い絨毯を敷れて、部屋は綺麗に片づけられているようで隅のほうで煤が垣間見えた。

 ただ、そんなことよりもシーツが柔らかくて温かくて、この優しさにずっと(くる)まっていたかった。肌触りのいいシーツで視界を遮って耳を塞いで、布団のなかにうずくまって何もなかった昨日と何も変わらない今日であってほしいと、胸か頭か、どこかの奥底で願った。


 嫌な夢をみた、と思いたかった。



 嫌な記憶というものはいつも遅れてやってくる。

 目覚めのいい朝であってもあとからそれに苛まれて、寝覚めは吐き気を催すぐらいの最悪な気分から幕を開けることになるが、もっとも、光士郎がよく見る夢は、試合に負けたときのことや、試合で一本とられたと分かった瞬間とか、それを自覚したときとか、試合の………試合には、いつもあの人が、あいつがいつも僕の目の前に立っていた。そんなことを思い出すばかりだ。

 寝惚け眼の僕は、また、瞼を閉じた。





 ズキズキと頭が痛くて、その痛みを掻い潜ってくるかのように何かが聞こえてきた。ゆっくり真っ暗闇になっていく視界に、深い深いところに沈む自分のところにまで。


 ずっと何かが聞こえてきていた。


 それが誰か人の声だと分かったとき、重たい水面から顔を出したときの解放感と空気に当って風に吹かれた爽快感みたいな感覚から意識がはっきりして、目の前に映った景色が彩りを見せていった。

 そこには見知らぬ煤けた古そうな天井が見えていた。



 声はすぐ傍から聞こえてきた。

「―――あ、おはようございます。ご気分は、いかがですか?」

 それはどこまでも遠くとどきそうな澄んだ声だった。

 どこかで聞き覚えのある声であった気もするが、何も思い出せない。どうして自分が寝ているのかさえ、僕は何も思い出せなかった。


「今日はいい天気なんですよ。最近はずっと曇り空ばかりで―――」母さん? いや違う。こんな優しく丁寧な話し声で起こしたりなんかしないし、そもそも声からして違う。それに、起こすときはもっと一言で簡潔…。「―――でしたけど、今日になってやっと晴れて」


「痛っ…!」

 全身に力を入れて身体を起こそうとすると痛みで身体がびくとも動かなくなった。まるで重石でも乗せられているかのように身体が重く感じられた。


 人形のようにベッドに横たわる光士郎へ、大丈夫かと声が降って聞こえてきた。それが耳に膜でも張っていたと思えるぐらいに聞きづらくて、自分の声も何故かうまく出てこなかった。周りのものがぼんやりとぼやける視界から、それが徐々に見えてくるように認識していく。

 でも、そうだと、一部だけ切り取れた記憶の断片から、ようやく耳もとでした声にたどり着いた。


 そして息を絶え絶えにしながら思い出す。


 ひとりの少女が瞳の色を憎悪に染めて、悲憤に罵倒していた記憶。連鎖するように横たわる人の映像も流れて――「ぞうだ、ギミは…あの――ブジ…で」


 過呼吸気味になる自分の横であたふたしているその人の様子を、滲み出てくる涙を通して見ながら、どうしてはか分からないけど助かった、よかった、よかった…と、小さく息が漏れた。


「私はこの通り無事ですよ。今はあなたの方がケガだらけで、二日間もずっと眠り続けていたんです。そんなすぐ動けるわけないんですから…」

「…二日…も…」

 目の前にいるその子は眉をひそめて、声は小さくなりながら話した。

「お医者様もしばらくすれば快復するだろうと仰ってましたけど、でも、今は安静に…」


 記憶があったりなかったり判然としない。そのことに言葉を失くして、呼吸をする度に困惑と痛みが交互にやってきた。喉が潰れて焼けるような痛みも。そのせいで声がほとんど出しづらくて、少し声をだしただけで息をするのも辛くなった。

 しかしその人を見た数瞬、呼吸が落ち着いていった。

 小刻みに息を吸って吐いて、何度も呼吸を繰り返して、身体の筋力のバランスを調整して、息が乱れて苦しくならないように、紙一重に様々な機能が働くちょうどいいバランスを保つようにして落ち着かせていく。

 少し咳が出てまた苦しくなっても、もう一度吸って吐いてを繰り返してまた整えていった。



 徐々に落ち着きを取り戻していく光士郎を見ていたその人は安堵を取り戻していくが、同時に見て見ぬ振りをしていた疑問が湧いて出てきて、「どうして、あんな危ないことを…?」と、気づけば掠れてすぐに消えてしまいそうな声が出ていた。

 それに気づいたときには、光士郎の虚ろな目がその人の緑色の瞳に向いていた。


 視線を天井に向けた光士郎は、一度考えるようにして徐に言った。

「あのとき、君の声を聞いて…しまったから。ケガがないならよかった。けど、ちゃんとご飯は…食べられているのか? どこか具合とかは…? 飯を食うということは今日この瞬間を生きて、また次へ繋げられること…でもある。それは、ことに君の…」


 視線を移したとき、その人のうつむく姿が目に入った。光士郎は反射的に、止めた言葉を追うようにその人の様子を見ていた。


「私は…本当に大丈夫ですから…。今はあなたのほうが重体なんだから…」

 少し間があった。

「…ああ、分かった」

 静寂に、それが雨の降る音に周囲の音が掻き消されたみたいな静まり返る部屋で、その人は覚束ない口調で話していた。二人しかいない空間であっても、それは特別不快にも愉快にも思わせることはなく、ただ二人だけの世界があったように感じられた。


 再びまぶたを閉じる光士郎は、これを契機に元の自分が知る世界であってくれることを願った。


 思い出すのは炎のなかに連れていかれそうになって、眉をひそめて笑みを溢した一幕。もう助からないと思った。

 けど、どうしてだか、こんな状況になっている。

 きっと、他に助けが…。



 夢をみた。昔の記憶の一幕だ。


 竹と竹がぶつかり合い、爆ぜたような音と衝撃が耳をつんざき、手に痺れを残す。それから足がもつれて尻もちをついてしまう。剣道部の夏の合宿稽古、セミの鳴き声がする夏の合宿先で使わせてもらっていた寺の稽古場の片隅で、友人の田島と個人練習をしていたときだった。

 田島と何度も竹刀をぶつけ合って打ち合う。それだけでも、自分にとって幼少の頃から続けてきたからこそ、こうして打ち合うことが普通で当たり前の日常だった。


 しかし高校に入り、部活に入ると涼宮楓、その人と出会い、それまであった自信をいっきに砕くかのような連敗を飾った。一度も勝てないまま、何度も、何度も、何度も負けて、どれだけ修練を積んでも勝てなかった。おかげで副将になれはしたがあいつはずっと僕の目の前に立ち続けた。その立ち姿は恰も普通であるかのように有り続けた。


 田島は倒れたまま起き上がらない光士郎を覗くようにして見下ろしていた。

「なあ、もうやらないのか? さっきから倒れたままで。大丈夫なのかよー?」

「ああ…、スマン。でもこのままじゃあ勝てない…」

 田島のため息が返ってきた。


「じゃあ逆に、勝ってどうするんだよ? 副長はさー?」

 数舜、言葉につまった。


「勝つことに無意味なんてことを言ったら、俺たちがやってることに最初から意味がないことになるぞ」適当に思いついたことが口をついてでてしまったと、言ったあとになって気づいた。

 すると田島が言った。

「いや、そうじゃなくてさ、お前はうちの大将に勝ってどうしたいんだよ?」

「………」

「うちの大将の強さは別格さ。あれが才能ってやつなんだろうさ――」


 けれどある日、涼宮は部活に来なくなった。もう飽きてしまったのか。つまらなくなったのか。それは分からない。だが、頭の奥の方から湧いてくるこの疑問が止まらなかった。どうして…、どうして何も言ってくれなかったんだと。僕は君にとってそんな取るに足らない存在の、ただの格下の副部長だったのか。

 後日、その理由は人を介して分かった。


 今になって、そんなありきたりな昔の夢をみた―――――ほんの一片の記憶から断片的な記憶の連鎖が繋がっていった。自分が何をしたのか、その感覚が、感触が、何もない手のひらから頭の中へ流れこんでくる。

 また閉じた瞼の裏の世界は真っ暗でひとりぼっちになって、いくつもの切り傷から溢れる赤々に色づく流れ落ちるそれは、雨に降られたように腕や腹や肌を濡らしていた。


 痛みとその時の記憶が、波をうって脳みそを刺激する。頭痛がどんどんひどくなっていく一方だった。頭が割れそうに痛い。頭のなかで痛みが反響しているみたいだった。


 振り絞った声はやっとの思いで出たけれど、うまく話せず空咳が止まらなくなっていた。頭が空っぽになったみたいな軽さから目眩がした。


 そのとき光士郎の手に何かが触れた。いっせいに鳥肌がたち瞳孔がひらいた。反射的にソレから手を引いて、心音がスピーカーで鳴らしているんじゃないかと思うぐらいに高鳴った。

 目の前の彼女の手がたまたま触れただけで手に染みついた感触が記憶の蓋を開かせていく。そこにあるはずのないものを見せた。


「あぁ……、あぁ…血が……血が―――」



「―――もう大丈夫です。大丈夫…」


 また聞こえた。

 同じテンポで、声量で。気づけばまわりは真っ暗闇。


 いつの間にか咳も治まっていた。全身の痛みが和らいでいた。強張って震える手から何かが伝わってくる。そこから世界が拡まっていくみたいだった。

 そればかりではなく、誰かが背中を擦ってくれている。ゆっくりと、声と同じテンポで。


「…あ、起きられましたか?」その人はクスッと微笑んで続けた。「私はここにいますから。だから大丈夫。あなたがいてくれたら私はここにいるんです。安心して下さい。ここは安全ですから、だから、今はゆっくり眠ってください…」

 その人の声が身体に、心に沁みるように全身の力が抜けていくみたいだった。

「ありがとう…」

 そっとその人の声が囁いてきた。


 瞼を開けるとまた視界がぼやけていて漠然と明るくて、しだいにいろんなものを映しだしていった。

 ここはひとつの部屋のなかで、ベッドの上に自分がいて、白い天井に壁があり、木製の箪笥に小さな丸テーブルと椅子、その丸テーブルの上には小さな花が花瓶の中に入って飾ってあった。

 そしてそばには、最初に目に入ったのはその人のブロンドの長い髪を映して、とても綺麗で、まっすぐだった。白い肌に、緑色の瞳が綺麗でまっすぐ光士郎を映していた。


「…まだ、無理は禁物ですね」

 誰かの手を、その人はそっと掴んでいた。

 その手が自分のものだと気づくまで時間がかかってしまった。温かくもあり、柔らかい手であった。それはまるで、暖をとっているかのような温かさだった。すべての感覚と認識がやっと一致して今この瞬間になって初めて、それが自分の手だったことに気づけた。


 光士郎の手を柔らかく包み込んでいた。

 だがどうしてか、徐々にいろんなものを思い出してくる。嫌なものが次から次へと。頭のなかでごちゃ混ぜになって掻き乱れながら思い出してくる―――なんてお粗末な話だろう。自分が何か言えた義理ではなかった。あれでは力を振りかざして暴れていただけのただの暴力だ。


 先生の言葉が、力の使い方を知ることが武道だと、それが頭のなかでこだましている。自分が、その理念に反してしまうとは慚愧に堪えない思いだ。

 自分の非力さが悔しい……。


 ベッドの脇にあった椅子に腰かけているその人と数舜目が合った。しかし今度は、僕がその視線を反らした。

 その人は言った。

「おはようございます。今日はいつもと変わらず曇った空色をしています。それと、少し肌寒いですかね」

 その人は窓の外を眺めて言った。

「お陰でいつもと変わらない今日も新しい一日と噛み締めています。私はまだ生きていると、実感している証拠です。だから、なにも謝る必要も苦しむ必要もありません。あなたは私を助けてくれたんですから。ただそれだけです…」

 一度瞼を落として、窓の外を眺めてその人は続けた。

「まだ何かあるのでしたら、一緒に…見つけませんか? どうしたら、あなたと私が生きられるのか。その場所を…」

 一息して続けた。

「そう…、あなたのせい、ですからね」

「え? ああ…そう、だね…」

「約束、ですよ…?」


 頬を赤らめて、ゆっくり話すその人の顔は笑みを浮かべていた。あのときとは違う。とても和やかに、柔らかく笑みを浮かべていた。

 その子はずっと傍にいてくれた。手を握ってくれたまま。夢のなかのような温かさだった。


 また眠る光士郎はそれ以上何も返せず、いつしかその手を握りかえしていた。




 やはり、今思っても学校から去っていく二人の影を追ったとしても自分には何もできなかったんじゃないか。考えてみれば実際になんて言えばよかったのか、今でも分からないのだから結局答えは同じだろう。

 やっぱり、何もできなかっただろう。


 今みた夢は、あわよく溶け残った蝋のカスみたいなものに思えた。それはもう決してもとの姿には戻らない半端な残滓。あの頃の自分に戻ることはないと、そう告げられている気がした。


 それはあの時に、「力」を得る代わりに切り捨てたものではないだろうか。

 たくさん、切り捨てた気がする。学校のことも、部活のことも、家でのことも、友達のことも。全てが遠い昔のことのように思える、というよりも実感している。それを考えると全身の痛みよりも、胸の奥にあるものの痛みと苦しみでいっぱいになった。


 もうないんだ。

 後悔が後からやってくる。

 もっと、強ければ。力があれば…。


 頭の中でそれしか考えられなくなっていた。



 これはなんなのだろうか。もう俺には分からない。きっとこの苦しみが俺の……罰、なんだろうか。


 涼宮、君は今、どこにいるんだ―――。




 眠りから覚めると部屋は暗くなっていた。頼りになるのは月明りだけだった。

 それだけでも真っ暗というより青光のような夜空が、部屋に青い月明かりを投げかけていた。

 気のせいではない、窓からみえる月がいつも見ているものより一回り二回り以上に大きい。やはり、ここは夢なんかじゃなく、自分の知る世界とは違う世界だとはっきり思えた。


 起き上がってみると身体が軋むような痛みに悶えそうだったが、あれからどのくらい寝ていたのか。久しぶりに地面に足をつけた気がする。

 でも、いつもと感覚がどこか違う。なんだろうか、重いのでも軽いのでもない。まるで幽霊にでもなったかのような無感覚に近かった。


 横を見るともう一つベッドがあった。そこにはあのときの女の子が寝ている。歳は僕と同じぐらいか、ちょっと下ぐらいにみえた。

 ぼんやりと覚えている記憶。それに何度も救われたような気がした。その人の無事な姿をようやく見られたようだった。


 部屋の扉へ向かって歩いていく最中、姿見に自分の姿が映っているに目が入った。そこに映った自分の姿に驚愕した。


「髪が…白い…」

 そこに映っていたのは前髪の方が白く染まって、いや、白くなってやつれた人間が映し出されていた。


「これが、俺…?」

 以前の自分とはまったく違う様相に別の人間に見えて、現実味がなくて、でも面影はあった。


 そのとき、キィと扉が開く音がした。

「…起きられましたか」


 部屋の出入口扉から顔を半分だけ覗かせて、女の人だろうか、扉のあたりは影が落ちて暗くて見えにくくなっているが、そっと囁やくくらいに低く籠るような話し声で、まだ眠っている隣人を起こさないようにしているみたいだった。


「…もう三日も寝たきりでどうなるかと思いましたよ。お医者様もしばらくすれば直に起きるだろうと仰っていましたが、とうなるかと思っていましたよ」


 暗くてよく見えなかったが甲冑を身につけている。僕は咄嗟に「はい、スミマセン…」と答えていた。


 その人は部屋に入るやいなや出入口付近で挨拶をし、名前をカレンと名乗り、あともう一人と一緒に自分たち二人の世話役だと言った。そして、あの場で生き残ったのは僕たち二人だけだと、また言っていた。


「何かお食事でもお持ちしましょうか?」

「あ…、いえ、い、今はあまり喉を通りそうになくて、というか……」

 うまく言葉が出てこない。ずっと寝ていたせいだろうか。頭がうまく回っていない気がした。


「そうですか。ですがずっと寝ていたとはいえ、何も飲まず、食べていないのです。軽く何か召し上がれそうなものをお持ちしましょう」

 カレンはそう言ってどこかへ消えていってしまった。


「あ…、何を…されてるんですか?」

 すると隣人さんが目を覚ました。


「あ……起こしてしまったか。すまない。今カレンさんという人と話をしていたんだ」

「そう…なんですね…」

 彼女は眠気まじりの眼を擦りながら起きはじめた。

「まだ夜中、みたいだから、眠っていて大丈夫だよ?」

「え? はあ、そういえば、まだお外が暗い、ですね…」

 今度はカーテンが開いたままの窓の外を見て言った。


「そうですね…。うん。おやすみなさい…」

 またベッドに横になって寝てしまった。掛け布団をかけ直しているとその子の寝顔が映った。「これから、どうしようか」


「どうかしましたか?」

「うおっ!」

 びっくりして心臓がバクバクいっている。


 また扉から顔を半分ほど覗かせてこっちを見ていた。カレンはスープと小さめのパンと水を銀でできたトレーに乗せて持ってきてくれた。


「い、いえ…、これから、どうしようかな…と。行くあてもないので」

「そうなのですか。では、我が主に訊いてみましょう」

「あるじ?」

「はい。マルス・デュラン様です。王女の側近に立つ一人であり、またこの土地、この館の領主になられるお方です」

「…そうなんですか。……え?」


「今はお城でのお勤めで数日もすれば一旦戻られるとのことですので、それまではこちらでお休みください。それに、ヒジカタ殿とマリー様を見つけ、ここに連れて介抱するようにと命じられたのはマルス様からのご指示ですから、ゆっくりされるとよろしいかと存じます」




 朝陽が昇り窓から陽がさしてきて、久しぶりに朝陽を見たような気がする。あれからまた三日間も寝ていれば当然かも知れない。

 起き上がってから身動きひとつせず、ただ窓の外を見つめて呆然としていると、光を映して瞳の緑色が鮮やかに映した。


 ぱっちり開いた瞳の色にまじまじと見入ってしまった。

 その人はマリー・ブラウンというらしい。

「マリーとお呼びください…」

「えと、その…敬語はなしでいこう。普通に話してくれると、助かる…かな。そんなタイソウな人間でもないし、これから、長いつきあいになりそうだし、ね?」

 マリーの目がキョトンとして笑みが溢れた。


「そうね…、分かったわ。こらから、よろしくね」

「ああ、よろしく!」


 いっきに立ち上がったせいかまた眩暈を起こして、ふらふらさせながら自分のベッドに横になった。だんだん意識が遠のいていくなかで慌てるマリーの姿が、おどおどしながらも毛布をかけてくれていた。

 僕は目を回すなか、マリーの口もとが寂しげに笑みをこぼしているのが見えた。そのすぐあとに光士郎の意識は暗闇に落ちてしまった。


 マリーはまたベッドの横に置いた椅子に座って、編物を始めた。光士郎が眠っているあいだ、カレンを置いてくれたのは彼女の、マリーの身を案じてひとりで寂しくないようにするためじゃないのだろうか。

 時折、目が覚めては二人が話をしているところを見かけることがあった。たったそれだけのことだが、きっと優しい人がいたのだろうと薄れゆく意識のなかで思った。



「――なくないわよ。あなたは私の命の恩人なんだから…。ゆっくり、休んで…」

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