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のろわれたポピー  作者: ゆずこ
1/7

設定緩めです。暖かい目でご覧ください。


ひそひそ。

こそこそ。



ああ、またか。

学院の廊下を歩いているだけなのに、周囲はポピーを放っておかない。今日もポピーは話題の中心になっているのだ。

 それが良い話であれば、と、何度願ったことか。




 周囲の好奇な視線を少しでも見えなくしようと、目元まで伸びた前髪の隙間から目的地まで早歩きになる。

早く立ち去りたい。




ひそひそ…


「プルシア嬢だわ」

「今日はおひとりね」


こそこそ…


「見て…顔色が優れないようだわ」

「それ嫌味?ずっと悪いわよ」




くすくす。





 音もなくドアを開けて、静かに閉めた。鍵も。

自分を目立たなくするのは得意なので、サラサラと衣服の擦れる音だけを残して、ポピーは歴史資料室の奥へたどり着いた。

ここは滅多なことがないと人が来ない。ポピーにとってはありがたい話だ。




「…疲れたわ」


 ちら、と時計を見ればやっとお昼だ。

ポピーは両手で抱えていた荷物を、ゆるりと広げた。


ふと顔を上げれば、眼前に資料が入っているガラス戸。そこに映りこむ自分の姿。



 顔色が悪く、手足にぶつぶつと細かなイボ。窪んだ眼もと。

そしてその瞳が隠されるような、長い前髪。



「今日も可愛くないわよ、ポピー・プルシア侯爵令嬢殿」


 自嘲気味に呟くも、静寂に消えゆく。

噂は事実だ。


 他人から見れば、自分の容姿はそれほどにも酷い。

初対面の相手は、たいていポピーの容姿に一歩引いた態度をとる。正直人を見た目で判断するのはいかがなものかと思うが、この貴族社会では第一印象も重要になっている。どんなに着飾っても、この容姿では、誰もが嫌厭してしまうだろう。


 それに輪をかけて、人の視線から逃れようとこそこそしてしまうのも、言いたい放題の原因になっているのは理解していた。


いっそのこと、侯爵家に対する不敬罪で訴えてやろうか、と思うけどそんな勇気すらもない。

きっとポピーの容姿に関して誹謗中傷を行った人を洗い出せば、この学院のほとんどが当てはまるのではないか。

 

救いなのは、身内だけは自分の容姿を蔑んだりしない。

あと、婚約者も。





 はあ、とため息をついて、ポピーはのんびりとサンドウィッチを小さく頬張った。

ああ、おいしい。やはり我が家の料理長の作る食事はどこのレストランにも負けていないのではないか。新鮮な野菜もハムもデザートの果物も、全部ポピーの好きな物で彩られている。ささやかなことだが、それがとても嬉しい。


 ふふ、と思わず笑みがこぼれた瞬間、ガチャリと閉めたはずのドアが開いた。ポピーは身動き一つせず、相手の様子を伺う。

心当たりは一人しかいないのだが。




「やあポピー。やっと見つけた」

「まあ、タイラー様。何かご用でも?」

「君とランチでも、と思うのに、いつも君は誰よりも先に教室からいなくなる」

「…いつも、ご友人に囲まれていらっしゃれば、わたしが教室から去ろうと気づかないだけでは?」

「手厳しいなあ」


 困ったように笑う、琥珀の瞳が緩められた。

ああ、ポピーはこの綺麗な琥珀が大好きなのだ。


 彼は、ポピーの婚約者のタイラー・ピーコック公爵子息。

ポピーとは幼馴染で、産まれてからの付き合いだ。母同士が友人なのもある。

産まれて16年。婚約者になったのは3年前からだ。



 タイラーは後ろ手にドアを閉めた。

この資料室は密室である。


 …少しはドアを開けておくべきなのに。とポピーは考える。若い男女が二人きりでいるなど…。


でもまあ、こんな自分と間違いが起きるとは誰も思わないだろう。むしろ、タイラーの人柄・容姿の良さを考えて、きっと誰もが婚約破棄を望んでいる。

彼の隣に立つだけで、羨望と蔑みの視線が突き刺さるのだ。言われなくともわかる。





「ポピー?」


 聞き心地の良いテノールが、ポピーを呼ぶ。



「僕もここで一緒に食事をしても?」

「断る理由は多くありますが、お好きになさってください」

「他人行儀だなあ。もっと気さくに接してほしいよ。幼馴染なんだし。まあ、食事の同席を許してもらえただけいいかな」



 いただきます、と食事を始めた婚約者を見やる。


いつどのタイミングで見ても、彼は本当に見目麗しい。サラサラの亜麻色の髪に、琥珀の瞳。性格は穏やかで、成績も優秀。そして公爵家の3男である。

家は長兄が継ぐが、将来的には一つ領地を賜り、次兄と長兄を支えていくことが決まっている。いわば令嬢にとって有望株だ。



「どうしたのポピー。食事が進んでいないようだけど」

「いえ、ちょっと考え事を」

「授業でわからないことでも?」

「いいえ、その件ではなく。…お会いするたびに思うんです。わたしとタイラー様が婚約を結んでいる事実が、自分の都合の良い妄言なのでは、と」




 サンドウィッチに視線を落としたまま話していたが、狭い視界の先でタイラーの動きが固まるのが見えた。自分から言い出したことなのに、ズキリと心が痛む。

彼は優しいから、責任を感じているのだ。


 ポピーが謝罪をしようと視線を上げると、タイラーの大きな手がポピーの手を包んだ。




「本当、そういうすぐ卑屈になるところ、ポピーは治しておかなくちゃいけない」

「だってそうではありませんか。こんな醜い容姿の娘が、タイラー様の婚約者であり続けるのは、滑稽な話だと思いませんか」

「…醜い?」



 ぴり、と一瞬空気が緊張する。琥珀の瞳に影が差した。

ポピーは視線を逸らせないでいると、タイラーの手がゆっくりと動き、テーブルの上に添えられたポピーの手に重なった。


大きく暖かいタイラーの手が、すり…と色の悪いイボだらけの手を撫でる。




 いや、イボなどないのだ。

ポピーの目には、白くて細い一点のシミもない手しか映っていない。




「ポピーは醜い娘なんかではないよ」

「手はこんなにもイボだらけで色が悪いです」

「まさか。本当は白くて透明感があって、綺麗に手入れしてある手だ」

「瞳も窪んで、顔色も悪いです」




 タイラーは空いた手でポピーの前髪を横に長し、隠れていた碧の瞳を覗き込んだ。



「君はいつもそうだ。本当の君は瞳も窪んでいない。顔色だって悪くない」



 するり、とポピーの滑らかな頬を撫でる。



「ほら、今日も綺麗だよ。」




 いつもより近い距離に、ポピーの心臓はまろび出そうだ。

頬が赤くなるのを感じ、思わず視線を逸らした。





「こんなにも可愛い君が、他人の目にそう見えるのは仕方がない。そういう呪いだ。触れている間だけ呪いの効力が消えるのであれば、許されるなら、ずっと君に触れていたいよ」

「それは無理です…」

「婚約者殿はつれないなあ。でも、この呪いを取り除いてしまえば、君に触れる正当な理由が一つ減ってしまう。それに、ポピーがこんなにも美しくて、可憐な令嬢だって周知されると…かなり妬けるよ」

「…もう黙ってタイラー」

「はは。素が出てるよ」


ポピーは反論するのをやめた。きっと今何を言っても、甘い言葉で言いくるめられてしまうだろう。

そこに彼の本心があるのかは不明だが。



「さあ、とりあえずランチを終わらせよう。そのあと、少し呪いの件で話がある。君をそんな風に見せてしまう、視覚の呪いを」



そう、呪いだ。

これは、今は亡きとある魔女の呪い。




 ポピー・プルシアは、呪いの鏡に姿を変えられている。

もう10年も前の話だ。





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