森の老婆
「そろそろ雨が降りそうだな。」
曇りゆく空。雨の匂いがする。
私の騎乗している馬も雨の気配を感じたのか、少しばかり足音が早くなる。
私は今、戦争へ向かうのだ。
『カルカンの戦争』
我が祖国、"ハルマド"と隣国である"トレルランド"との間にある都市"カルカン"を巡る戦争だ。1年以上続く戦争でカルカンの地は焼け野原とかしている。
しかし、焼け野原になってまで取り合うのには理由がある。それは、カルカンにはかつて神が舞い降りたという伝説があるからだ。
更にはその伝説を裏づけるようにカルカンには聖剣が刺さった丘が存在する。話によるとその聖剣は今まで1度も抜けたことがないらしい。人の手によってもだ。
まさに聖剣の名にふさわしい話だ。
「ん?」
歩を進めていると道端に人が蹲っているのが見える。怪我でもしたのだろうか。
心配だこの辺りには村がない。馬にでも乗っていない限り、日暮れまでに村に着くのは不可能だ。
「もし、そこの御方。どうしたのですか?」
私は馬から降りて近づく。
少しずつその影ははっきりと輪郭を表していく。違う。蹲っているのではない。腰が悪いのだろうか、そこにいたのは酷く猫背の老婆であった。
「あぁ、なんでもないよ。人を待っているだけさね。」
その声を聞いて少し恐ろしく思った。機械的というか、なんというか。まるで、感情のない人形のようにその声色は少しも変わりはしないのだ。
老婆は私の方を向き、話を続ける。
「お嬢ちゃん、名前は?」
私ははっとした。見ず知らずの人間が名乗りもせずに近寄ってきて話しかけたのだ。もしかしたら、怖い思いをさせてしまったのかもしれない。私は急いで答える。
「これは失礼。名乗る方が先でしたね。私の名はリアナ。こう見えても騎士として国に使えているものです。」
私の名を聞いた老婆は表情ひとつ変えずに私の目をじっと覗き込む。
「そうかい。あんたが…」
その口ぶりは私のことを知っているかのようであった。
「?おばあさん、どこかかでお会いしましたか?」
「いやいや、知り合いにその名を聞いたことがあるだけだよ。」
老婆は私の目をじっと見つめたままだ。騎士団の中に知り合いでもいるのだろうか?私が頭に浮かんだ疑問を言葉にする前に、老婆はまた口を開く。
「お嬢ちゃん…カルカンの地に足を踏み入れては行けないよ。何があろうとも。」
「え?」
何故私の行き先を?私はこの老婆が放つ違和感に恐怖し、目を伏せる。なぜこの老婆は私のことをここまで知っているのだろう?
………。
そうか、老婆の知り合いというのは既にカルカンの戦争に参加している者か。だから、私が騎士だと聞いて行き先が分かったのだろう。だとしたら私のことを心配してくれたのだろう。
「大丈夫ですよ!私は、、、」
私が顔を上げるとそこには大きな岩があるだけだった。
「え…?」
…………。
どうやら、私は岩を人と間違えてしまう程疲れていたらしい。確かに、ここの所移動続きでろくに休んでいない。
「はぁ、次の村では少しばかり休んでいこう。」
自分の疲れに気づけないとは、まだまだ未熟。
私はトボトボと馬に戻り、次の村を目指す事にした。