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自動車で目指す『異世界“峠”最速プロジェクト』  作者: さけとみりん
白銀の騎士編
8/16

「ハングオフ」vs「ドリフト」

 スズキは状況を整理した。



 まずはエブリイについて。

 タイヤは磨耗しスリップサインが出ている。ガソリンは満タンで荷台はカラッポ。ESP類はもう切っているし、ABSはそもそもついてない。


 相手は二足歩行の鳥に乗った騎士。

 コーナーと加速に強い反則級の強敵だ。トップスピードも速い。まるでリッターバイクと走っている感覚で、並の走りでは勝負にならない。


 峠は下り区間を半分ほど過ぎたところ。

 今からが一番勾配がキツくなる。お互いの平均スピードはグッと下がるだろう。路面はドライコンディション。

 直線で離されるが、ペースを掴んでどうにか後ろについている。一進一退だ。



 ここでスズキはすばやく思考を巡らせる。

 このまま走り続けても早々に着いていけなくなるだろう。仕掛けるなら早いほうがいい。いくつかのシミュレーションを考え、騎士に勝つ可能性を探っていく。


 スペックが全て格上のマシンに通用する戦略、超絶テクを繰り出すドライバーを超える戦術、箱バンで峠を攻めるスペシャリストの選択。

 やがて何かを決意したスズキは、迷いを振り切るように目を細めた。



 スズキの走行ラインが変化する。


 ストレート後の左コーナーに向けて、インを狙うハヤブサの右斜め後ろにピタリとつけてアクセルを踏み込んで行く。


 騎士エリルはエブリイの動きをヘッドライトの光で感じ取った。



(カーブの内側(インコース)は行かせない!)



 エリルはインを開けずにハングオフの体勢へ入る。

 そのまま左コーナーへ突入、コーナー外側へかかるGに抵抗しながら光の反射でエブリイの位置を探る。


 エブリイはハヤブサの後方で強烈なスキール音を響かせて車体を横滑りさせていた。

 伝説の春に一度だけ見せた技、ドリフト走法だ。

 ヘッドライトが通常走行ではありえないイン側へ向き、前方を走るエリルを照らし出す。



(あの動きはなんだ!?車とは違う原理で動いてるのか!?)



 初めて見るドリフト走行に驚きを隠せないエリル。響くスキール音も、横滑りの必要性も全く理解できない。でも現実にエブリイはハヤブサを追い立てている!



 しかしスズキもまた余裕のない状況だった。



(くそっ!後輪の食い付きが悪い!)



 エリルの驚きをよそに、スズキはアクセルワークに苦戦する。タイヤのグリップ不足によるアンダーステアが出ているのだ。必死の奮闘もむなしくエブリイは徐々にアウト側へ、走行ラインが不自然に右側へ膨らんでいった。

 ラインを外していくエブリイを見てエリルはホッと胸をなで下ろす。



(とんでもない走り方だな…ゴムタイヤを横滑りさせつつ空転してるのか?あれではカーブ途中で失速するだろうに。そんな無茶な走りで追いつかれてたまるものか。


 ヤツの能力は見ればだいたいわかる。荷運びに特化したパワー型、最高速はたいしてないだろう。頼みのパワーもおそらく50馬力ほど、速く走る車じゃない。


 だが私のハヤブサは違う。生まれつきのレース仕様だ。

 鳥類ならではの軽量骨格に加え、両翼のダウンフォースと鉤爪が190馬力のハイパワーを路面に無駄なく伝える。走り出しから2秒で100キロオーバーを叩き出すコイツはまぎれもないスプリントモンスターだ。

 ……そしてなによりコイツの好戦的な性格……いついかなる時も勝利を狙い、力を解き放つ瞬間を求める獰猛な性格がたまらない。


 非力なヤツとは根っこからモノが違うのだ!そう簡単に追いすがれるものじゃないってことを教えてやろう!)



 自信を取り戻したエリルは手綱を握り直しコーナー出口を睨み付ける。

 ハヤブサはライダーの向いた方向に進む習性がある。走行中に後方を見るには磨き上げた鎧の反射を使うしかない。

 一瞬見えたエブリイはコースアウトこそしなかったものの、コーナー出口に正面を向けながら外側に膨らんでいるところだった。



(勝つ!)



 エリルは勝利を確信し前方に意識を集中させる。

 コーナーを抜けながらハングオフから正ポジションに戻り、両膝でハヤブサの胴体を挟みライディングフォームを安定させて姿勢を低くする。戦場で何度もやった動きにハヤブサも素早く反応し、翼を開閉して次に備える。

 次のコーナーは緩やかに右へ曲がったあと、キツい左だ。急な下り坂のためコーナリングスピードは先ほどより落とす必要がある。


 だが直前までスピードを緩める気はない。エリルは緩やかな右をコーナーを抜けたそのままの勢いで駆け抜ける。

 直後に控えるキツい左に備えてハヤブサを減速、すぐに加速させて素早くハングオフ体勢へ。



 その時エリルの予想だにしないことが起こる。

 先程と同じことが、エリルの姿がまたしてもヘッドライトに照らし出されたのだ。



(私を照らしているだと!?)



 素早く後方を確認すると、エブリイが今まさにドリフトで突入する瞬間だった。

 ハヤブサの直後をエブリイがドリフトしながら走っている。その距離は先程より近く、まさにテール・トゥ・ノーズ。


 ハヤブサの尾翼スレスレにエブリイのバンパーが迫っている。



 左コーナーのせいでハヤブサはこれ以上の加速ができない。距離を離せず二人と一匹と一台は左コーナーを駆け続ける。


 エリルは一瞬動揺したが、冷静にハヤブサをインに寄せた。インコースが最短距離であり、そこを最速で走る限りエブリイが追いつけるはずがない。

 現に外側をドリフトするエブリイは追い越せないまま徐々に離れつつある。ただエリルの心中はけっして穏やかではない。



(エブリイは一度離したはずだ!それが追い付いて来るのは…ストレートは私より速いってことかよ!?)



 信じがたい事実に歯噛みするエリル。

 ハヤブサとエブリイの性能差はエリルの予測どおりだ。だからコーナーで追いつかれないということは、ストレートではエブリイのほうが速いということになってしまう。ハヤブサの得意なストレートでだ。

 エリルの価値観が根底から揺らぎかねない衝撃に、思わず手綱を握る手がゆるむ。

 だがこれはレースだ。ゴールラインを先に割った者が勝者である。ならば単純な速さが勝敗を分けるのではない。駆け引きが勝負を分けるのだ。

 つまりハヤブサがエブリイを前に行かせなければいい。



 コーナー脱出前にハヤブサに合図を送り手綱を握り変える。ストレートに入ったらライディングポジションを正に変えて一気に加速するためだ。

 左コーナーの先に視線を向けると、そこには短すぎる直線とその先に右コーナーが続いていた。

 小さく舌打ちするエリル。短い急勾配ではハヤブサのトップスピードを活かせない。



 この時、エリルは圧倒的なコーナリングスピードを維持して次の右コーナーに突入することを決めた。

 コーナーではハヤブサのスピードにエブリイは追いつけない。

 ストレートで追いつかれても前を走るハヤブサで走行ラインを潰す。

 全てのシーンで前を行けば、ラインをブロックし続けて抜かれることはない。



(勝負は左コーナー後のストレート!絶対に前に行かせない!)



 だからスズキは左コーナーの出口直前で仕掛ける。



 ドリフトしていたエブリイはハヤブサより後方であるにもかかわらず、ハヤブサより早くコーナー出口に正面が向いた。

 タイヤから響くスキール音がやみ、グリップを取り戻したエブリイは4,000回転ギア3速の素晴らしい加速力をもって一歩前に、ハヤブサの右隣におどり出る!



(なん…だとォ!?)


(次、右コーナーで勝負!)



 すぐ迫る右コーナーに両者はサイドバイサイドで突入する。

 左コーナーから右コーナーへ、ハヤブサのインがアウトに変わりエブリイのアウトがインに変わる。

 さらに限界まで遅らせたレイトブレーキングで前に出るエブリイ。そのままステアリング操作でブレーキングドリフトに突入する。スズキの支配下に置かれた車体は横滑りしながらコーナーいっぱいに広がり、ハヤブサの走行ラインが潰されていく。


 エリルは苦渋の表情でハヤブサをエブリイ後方につけた。

 一瞬で入れ替わったテール・トゥ・ノーズはコーナー出口直前でさらに開き、両者の差を決定づける。



(やられた…っ!ヤツが速いのは立ち上がりだ!)



 瞬間の攻防の結果、両者の順位は完全に入れ替わった。タイヤを犠牲にしたスズキの戦略勝ちである。

 スズキはコーナリングスピードを犠牲にしたドリフトでコーナー脱出体勢をハヤブサより早く整え、タイヤに残ったグリップを全開に使い加速していたのだ。


 同じことはハヤブサには出来ない。

 エリルが加速できるのはハングオフ中のコーナーか正ポジションでのストレートのみ。ハングオフ中のコーナー出口直前はバランスが不安定になり加速することができない。コーナーとストレートの間はただ通過することしかできないのだ。

 その一瞬のスキをスズキが的確に突いた。



 そもそも、スズキのくり出すドリフトという技術はコーナーのみを速く走るものではない。コーナー前後のストレートも含めて速く走る技術だ。

 ドリフト中の車体はコーナー出口に向くタイミングがグリップ走行より早い。それはつまり加速するタイミングがグリップ走行より早く来るということである。結果、脱出するタイミングが同じでも速度はドリフト走行のほうが圧倒的に速い。これは低速コーナーや狭い峠道で最も効果を発揮する。


 今走るハルギ峠だからこそ、峠を商用車で極めるスズキだからこそ有効な技術なのだ。



 コーナーひとつ抜ける度に脱出速度差でハヤブサが引き離されていく。

 峠の下りも残りわずかだ。エブリイを駆るスズキはもちろんこのまま逃げ切る計算で走っている。このままいけばハヤブサはやがてエブリイのバックミラーからも消え去るだろう。そうなった時が白銀の騎士エリルの敗北である。


 だが騎士は決してあきらめない。

 窮地に追い詰められた今、王国の一番槍は爛々と輝く目でエブリイを睨んだ。


〜あいまいモコなヨーゴ解説〜


『ABS』

アンチロックブレーキングシステム。車の制動距離を短くしてくれる効果をもつ。でも昔の車はむしろ制動距離が伸びてた。謎


『ESP』

ABSも含めたスズキの安全技術のこと。坂道山道雪道では特に必須……なことが多い


『スキール音』

タイヤが滑る時の音


『ドリフト走法』

最近は速く走るドリフトと魅せるドリフトがあるそうです。速い方はめっちゃ地味


『アンダーステア』

カーブを曲がりきれなくて外に膨らんで行くこと。FF車の時は落ち着いてアクセルペダルを離そう


『ライダーの向いた方向に進む習性』

二輪車ってそういうもんなの。原付に乗ったら試してみてね。安全運転でよろしく


『テール・トゥ・ノーズ』

和訳すると尻尾とぅ鼻。英語1だった俺に聞かんでほしい。ニュアンスで頼む


『ステアリング』

ハンドルのオサレな言い方だよ!こっちの方がカッコ良くない?


『ライディングポジション』

ニーグリップとかいろいろあるけどここではリーンウィズ、リーンイン、リーンアウトしか考えてない

正ポジ=リーンウィズだけど、ウィズってなんだよ。なんだろうね

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