退路のない男
先行する騎士は密かな焦りを感じていた。
全開の走りで追いつき、さらには追い越したはずのエブリイを引き離しきれない。後ろに張り付かれているのだ。
バトルは後追いが有利とは言うが、ハヤブサとエブリイの速度差ははっきり言ってケタひとつ違う。それが見事に同じペースでコーナーを抜けて行くのは騎士にとっても衝撃的な出来事だった。
白銀の騎士はもともと、王国の一番槍と言われる有名な貴族だった。
それは戦場において無類の強さを誇ったという意味ではない。文字通り戦端に駆けつける1番目という意味である。
戦場では体格が大きい方が有利だ。攻撃に重さが乗るし相手の攻撃に吹き飛ばされにくい。乗る馬もより大きく突破力を増すことができる。
しかし小柄な騎士はその逆で、攻撃が軽く、吹き飛ばされやすく、小さすぎて馬にも乗れなかった。
だから騎士は小柄であることを最大限に生かすことにした。小柄ゆえの身軽さと軽量なハヤブサ種の速さを活かした一撃離脱の突撃戦法。
結果として王国の一番槍が誕生した。
だがそれは無類の強さを誇ったという意味ではない。
突撃しては引き返し戦場を混乱させるだけのお荷物騎士、と評されたこともある。武勲はいつも小さくて同世代に差をつけられるばかり。先代から戦場で活躍出来ないならば出家して跡目を妹に譲るよう何度も言われた。
それでも騎士であることを望んだ。矜持を守った。
自身の生きる道を決めたのだ。そのためにできる全てをすると決めた。
貴族は一人で戦場に立つわけではない。兵と共に戦うものだ。
しかし私設軍がない領地では戦争の度に傭兵を雇って即席軍と共に戦うしかない。統率のない軍が騎士のネックだった。
今は街の税収が少ないから私設軍を維持できないが、私兵さえいれば。
収入さえあれば。
領地を拡大する、街の規模を大きくする、関税を引き下げ商業の活性化を計る。考えられることはほとんどやった。有名な商会の息子を破格の条件で引き込んだりもした。
だが、芽は出なかった。
領地拡大は他貴族に阻まれ、街の人口は増えず、商業は以前と変わらない。むしろ関税が下がった分税収が下がった。先代は騎士に最後通告を出し、いよいよ進退窮まった。
もはやこれまで、そう思った時に最後の種が芽吹いたのだ。
例の商会の息子が走り屋ブームを生み出した!
流入する人口、活性化する商業!
税収は右肩上がりで回復し4月期は過去最高を記録した!
騎士の境遇も大きく変わった。
潤沢な予算で武器を買い揃え、私設軍を作り戦場を暴れまわった。初戦の武勲は大将首だ。先代の評価も変わり出家話も消え去った。
全てが順調になった。順調なのに。
「このままじゃあブームが終わっちゃうよ」
あの商会の息子のつぶやきを、どんな心境で聞いたのだろうか。
偶然を手にした者ならば、そして偶然にすがるしかない者ならば痛いほど分かるのかもしれない。
結果として騎士は今、ハヤブサと共にハルギの山を駆け下りている。
スズキを倒しブームを牽引する。負ければブームは終わる。
矜持を守るために勝つ。負ければあの頃に戻る。
これはスズキが知る由もない話だ。
でも騎士は今スズキの前を走っている。
全てを賭けて白銀の騎士エリルは走っている。