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自動車で目指す『異世界“峠”最速プロジェクト』  作者: さけとみりん
白銀の騎士編
4/16

白銀の騎士のプロローグ

(ハルギ山 未明 峠入口付近)


 静かな山の向こうからエキゾーストが鳴り響いている。

 時折ヘッドライトの光が樹々を照らし、野生動物たちは眠たそうに身じろぎをしている。


 空港から街へと続く一本道を、一台の自動車が走っているのだ。



「SUZUKI DA64V」


 通称エブリイ、スズキの駆る商用車である。



 配達を終えた帰り道でハルギ峠をかっ飛ばしているところだ。

 対向車もない時間だから8割のペースで走っている。荷物も空のケースが収まっているだけ、積荷を気にすることもない。

 スズキは気持ちよく走らせながらアクセルを吹かし、ついに峠の最高点にたどり着いた。


 最高点は標高が最も高く、かつ峠道の中間地点である。つまりここからは基本下り坂。最もスピードの乗る区間だ。

 普通ならここから先はまずブレーキを踏む。速度を抑えつつギアを落とし、エンジンブレーキを効かせながら走らなくてはいけない。


 しかしスズキは、この難コースでブレーキではなくアクセルを踏んで下り坂へ突入した。



 凄まじい速度で接近するS字高速コーナー。左右へ蛇行する道路の起伏を無視して、エブリイは最短距離を一気に駆け下りる。

 道路の起伏に車体が大きく揺れる。ストラッド式サスペンションが抑えられる限界値をはるかに超えているからだ。さらにわずかなストレートを置いて迫る右コーナーは、車体が揺れたまま突っ込めば遠心力との相乗効果であっという間にコース外の谷底にすくい取られてしまうだろう。


 車が横転しかねないほどの揺れを感じさせる中、ストレート終盤でスズキは冷静にギアを落としながらブレーキングに突入した。

 ブレーキペダルを強く踏みながらもタイヤをロックさせない繊細なタッチはABSすら凌駕する。前輪にかかる荷重を感じながらのステアリング裁きはオーバーステアの不安を感じさせない一級品で、さらに同時に行うカカトのアクセル操作は人間業とは思えないほど鮮やかだった。


 直後にコーナーに侵入したエブリイはタイヤグリップが効くところまで速度を落としている。しかしエンジンの回転数は高く保ったままだ。前後輪は破綻することなく路面を掴み車体を右に旋回させる。加速する余裕を残しながらクリップについたエブリイは、クラッチを完全につなぐと直前のハードブレーキが嘘だったかのような加速力で右コーナーをクリアした。



 これは以前の限界走行とは違う、あくまでもタイヤを温存した走り方だ。ドリフトはおろか、コーナー終盤でタイヤをスライドさせることもない穏便な走法である。

 しかしその速さは異世界のあらゆる馬車の追随を許さない。


 神業のようなドライビングでスズキはハルギ峠を駆け抜けていた。



 ここまで追いついてくるものは誰もいない。

 現実世界ならともかく、異世界なら追いつかれることも追い抜かされることもありはしない。現代技術の粋を極めた「自動車」が、中世風異世界ファンタジーの乗り物に遅れを取るわけがないのだ。



 と、スズキは思っていた。

 実際その予測はおおむね正しい。この世界のメジャーな移動手段は主に徒歩と馬車、長距離なら竜に乗って空路を行く。道路を速く走るものなどあまり存在しない。そう、あまり(・・・)




 「ソレ」は後方から足音と共に現れた。




 極端に間隔の短い足音だ。しかしひとつひとつの音が重く、腹に響くような衝撃がある。

 まるでエンジンのような鼓動に、思わずバックミラーを見るスズキの表情が驚きに染まった。


 異世界でしか見られない異常な光景だ。

 現実世界ではありえないものがエブリイの後方に迫りつつある。『ソレ』はエブリイの描いた走行ラインをなぞりながらエブリイ以上の速度で走っていた。つまりーーー



(俺より、速い!?)



 異常事態を前にスズキの頭は瞬時に切り替わる。

 ステアリングを握る手は軽く、コーナリングはより鋭く。

 峠を攻めるドライビングはさらなる危険領域へ踏み込んでいく。


 ブレーキのタイミングを遅らせ、コーナーではより深くインへ切り込んでいく。走行ラインは道幅全体まで広がり、グリップの限界ギリギリまでアクセルを踏み込む。教本のようなアウトインアウトは理論上最速のライン。



 しかし足音は離れない。

 コーナーを二つ抜けたところでスズキが初めて表情を変える。



 足音が、横に並んだのだ。



(オイオイオイ……! 馬でもねぇ竜でもねぇ、俺に初めて追いついたのが「ソレ」だって言うのかよ!

 そんなの、そんなこと! 最ッ高じゃねーか!(・・・・・・・・・)




「ソレ」は、エブリイの右横で一定の足音を響かせていた。


 鋭い鉤爪を備えた強靭な足で路面を掴み、

 月明かりに照らされる流れるように美しい白き羽根でバランスを取って、

 猛禽類のどう猛な表情を備えた恐ろしい頭を道路スレスレに下げて走っている。

 現実世界では実在しない、『ソレ』は怪鳥。


 その背には鎧をつけた1人の男、白銀の騎士が跨っていた。

「ソレ」には現実世界でのモデルがあります。

良かったら予想してみてね。


〜あいまいモコなヨーゴ解説〜

『ストラッド式サスペンション』

エブリイに搭載されているタイヤとボディの間にあるやつ。走りごごちとか乗りごごちに影響するパーツの一つ。


『ABS』

アンチロックブレーキングシステムというやつ。高度な説明をぶっ飛ばすと「なんか車が止まりやすくなる機能」


『オーバーステア』

曲がるときにハンドル切ったら内側に行きすぎちゃうこと。アンダーステアの逆。後輪駆動車がよくなるけど前輪駆動車ではあんまり無いよ


『カカトのアクセル操作』

ヒール・トゥとかいう変態技術。良い子が真似をすると運転中に足がつってヤバイから。絶対ヤバいから。


『クリップ』

コーナーの頂点。これを意識して走るとうまくなった気になれる。

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