で、ハコバンって何?ーアントンの視点
二度寝。それは人類を惑わす甘美なる罠。
だから商人である僕ももちろん眠たいわけで、それでも今日の予定を必死に思い出し起きようとしている。
今日は実家の商会で事業報告会…という建前の後継者アピールをしなきゃならない。他の兄弟を出し抜くためにもここは頑張って早起きして、1番に商会に行かなくては。
ベッドでもそもそして壁掛け時計に目を向ける。
「え?」
なんだろう。なんだか信じられないものを見た気がするので、もう一度時計を見る。
するとそこには見間違いでも故障でもなく、長針があと20分で遅刻すると告げていた。
「えぇぇ… いやぁぁぁぁぁっ!!?!!!?」
完っっっ全に寝過ごした!
慌ててベッドから這い出てクローゼットに駆け寄る。今日という日に限って寝坊するなんて最悪だ!
すばやく服を着替え、カバンとチケットをひっ掴み急いで玄関へと向かう。
商売人は約束厳守だ。遅刻なんてしようものなら後継者どころではない。とにかく大通りで馬車を停めて、それから空港へ行って飛竜の時間に間に合わないと。
幸い飛竜に間に合えば遅刻はまぬがれそうだが、残り時間があと15分!
ジャケットを羽織り玄関扉に手をかける。
せめて少しでも早く馬車を捕まえられますように、と祈りながら外に飛び出した。
外は気持ちよく晴れ渡った春空で、市場の方からは活気が伝わってくる。僕の家の玄関は通りを一本入った小道なので人影はまばらだ。小走りに走り抜けて大通りへ向かう。
「ようアントン!今日も眠そうな顔してんな」
小道を出た途端に薄く日焼けした小柄な男が声をかけてきた。
この男はスズキという名のニホン人?だ。最近一緒に商売をやるようになった異世界人?である。ちなみにアントンは僕の名前だ。
僕からすると目の付け所がシャープだがニホンとか異世界とか言う変なやつで、正直なところ商売以外あまり付き合いたくないと思っている。
しかしこの状況においてはまさに天の助けだ!スズキは馬車を持っている。実にいいタイミングで来てくれた!
「おはようスズキ、そして頼む!助けてくれ!このままだと僕の将来が破滅する!」
「はぁ?何言ってんだお前」
スズキは露骨にいやそうな顔をして僕を追い払うように手を振る。
「悪いが専門外だ!お前の将来とやらはそこのババァに占ってもらえ、俺は知らん」
なんと薄情な奴だろう。そういえばこいつはそういう奴だった!
「いいから話を聞いてくれ!一族を追放されかねないんだ!」
「一族の問題だろ、俺にどうしろっていうんだ」
そういうとスズキは後ろに停めてあった馬車に乗り込もうとする。僕は慌てて先回りし、カバンとジャケットを馬車に放り込んだ。
「あっ!テメェ!」
「いいから聞いてくれ! 15分以内に空港に行かなきゃ僕は破滅だ!今すぐ馬車を走らせれば間に合うかもしれない!か、金ならこれでどうだ!」
ズボンのポケットから金貨5枚を取り出しスズキの手に押し付ける。相場なら馬車の初乗りで銅貨5枚、その100倍の金額だ。今月の生活費だけど背に腹は代えられない。もしこれで駄目ならもう僕は…
「なるほどなるほど、それなら俺の専門だ」
そういえばこいつはそういう奴だった!金に転ぶ!
「おまえまだ俺の車に乗ったことなかったよな?運がいいぜ、俺なら確実に間に合う」
スズキは自信満々に言い切った。
本当か?ここから空港まで普通なら20分はかかる。道はハルギ山を抜ける峠道一本だけで、しかも曲がりくねっていてスピードを出しづらいのだ。
当のスズキは余裕の表情で僕の荷物を馬車の後ろに移し、ドアをスライドさせて席に座るよう手招きする。
「裏道があるのか?」
「空港までは峠道一本だけさ」
なんてこった、こいつ馬鹿だ!時間の計算ができない馬鹿に違いない!
席に座って愕然とする僕を知ってか知らずか、スズキは黒いベルトで僕を席に固定する。
それからゆったりとした足で御者台に座り後ろを振り向いた。
「それではお客様、運転中は揺れるので気を付けな」
「お前ここから何分かかるかわかってるのか? 20分はかかるんだ! もっと急いでくれ!」
「馬車ならな、だが俺のは違う」
スズキが前を向いてキーを回す。
車体全体が小刻みに揺れ、大気の震える音が響きだす。
「皮袋持っとけ、それと舌噛むから黙ってろよ」
そしてスズキがハンドルをつかみ、アクセルを踏み込む。
ついにスズキの馬車が、白くて四角くて後ろの荷台が広い『ハコバン』が走り出したのだ!
ここからプロローグに繋がります
ハコバンってなんぞや?って人は次話に解説してまっせ