主人公のプロローグ
異世界の街に石畳を激しく叩く音が響き渡る。
車輪が石畳を叩いている音だが、間隔は馬車とは比べようもなく早くて、速い。
石畳の大通りを馬以上の速さで駆け抜けている。
馬車とは違う無機質なボディと4つのゴム車輪を備えた外見の、異世界において異形な物体。
その正体は
『SUZUKI DA64V』
俗称「64」ーーつまり自動車である。
世界的自動車メーカー、SUZUKI製自動4輪車。軽快な走りと実用性で世界累計販売300万台を突破する大ベストセラー車だ。日本全国津々浦々、都会から田舎までどこに行っても必ずあるような車である。
そう、日本ならば。
走り抜ける風圧が獣人の尻尾をなびかせ、音に驚いた長耳のエルフが窓から顔をのぞかせる。そう、ここは異世界の街。日本とはまったく異なる世界、異なる理に置かれた街である。たとえ日本で何台売れようと一台たりともあるはずが無い。
しかし今、石畳を激しく揺らし人々の注目を浴びているのは間違いなく64だ。
64の前輪サスペンションは石畳を激しく掴んで揺さぶり、馬車以上の重さを計算していない路面は耐えきれず石がずれて激しくぶつかり合う。
と同時に吹き上がるエンジンは、魂の如く鼓動し人々に訴えかける。
64が走っている。64はこの街を走っているのだと。
大通りへ飛び出た64はステップを踏むかのように蛇行を始める。路上駐車している馬車を避けながら北門へ向かうためだ。恐るべくはその速度である。
高速で走る車が左右に急ハンドルを切り続ければ、やがてはタイヤがスリップしF1さながらの大クラッシュを引き起こすことは当然の理屈だ。
だが64は違う。
馬車のスレスレを最小限の動きでかわし、捌き、すり抜けて走り続ける。時に反対車線にすら飛び出しつつ、まるで針を通すかのように、道路に詰まる馬車と馬車のわずかな隙間を抜群の車両感覚で通り抜けて行く。その動作がとにかく速い。
常人には不可能なこの速さを64が実現する理由は3つある。
一つはホイールベース。前輪と後輪の幅が狭いほど車の旋回性能は高くなる。64は平均的なスポーツカーと比較しても30センチ近く狭い。この事実はタイトなスラローム走行において64が圧倒的アドバンテージを持つことを意味している。
二つは重量。馬車以上の重量とは言えその重さは約870キログラムしか無い。これは一般的な車が1トン前後の重量があることからも破格の数値だ。
ここまでで64の圧倒的なスペックはお判り頂けるだろう。しかし、上記の秘密はいずれもこの速さの核心的な秘密とは言えない。
いかなる名車といえど、速さは性能だけで生み出し得るものでは無いのだ。たとえ64が圧倒的な性能を誇っていたとしても、速さには高い技量とセンスが必要不可欠なのである。
そう、三つ目の秘密はドライバー。
たくみなアクセルワークとブレーキングテクニック、ハンドル捌きで64を完全に支配するこの男。
抜群の車両感覚と針の穴を通すコントロールを併せ持ち、異世界の街を走り抜ける64ドライバーは異世界転移者であった。
その名はーー
ここまで盛るとコメディみたいな気がしてきた
これはSFファンタジーですってよ、奥さん!