鬼界へ
長い間落ちた後、太一は尻もちをついた。目の前は、さっきの青空とは変わり、赤黒い空と、鬼の角のような岩石がところどころにある場所だった。川だと思った場所には溶岩が流れており、泡からは何かが湧き出て来る。
「忍、何処に行ったんだろ」
太一は勇気を振り絞って一歩を踏み出した。人気は全くなく、溶岩が流れる音と共に、何かが呻く声が聞こえる。
「でも、なんでこんな所に…」
その時、溶岩の中から黒い犬が現れた。目は赤く爛々と光っていて、明らかに太一を狙っている。
「あっ!」
太一は鎌を持ち上げると必死にそれから逃げた。今までは、霊や怪を見つけた時はカメラで撮って倒していたが、今はそれがなく、昴に手渡された鎌しかない。
「こんなの…、どうやって使えばいいの?」
太一は鎌の扱いに戸惑ったが、お構いなしに怪は襲いかかってくる。
「…やるしかないの?」
太一は鎌を構え、怪の方を見た。そういえば太一は死神の戦いをあまり見ていない。それでも、太一は飛びかかってきた怪の方に鎌を振り下ろし、それを弾き飛ばした。
「やった?!」
だが、怪がそんなので倒されるはずもなく、再びこちらに向かってくる。その時、太一の目が黄色く光った。
「行こう、それが僕の進む道であるならば!」
太一は、一旦後ろに引き下がり、走りながら鎌を振り下ろした。
「『霊葬斬』!」
すると、怪は蒸発するように消えてしまった。
「よし!」
太一は先へ進んだ。鬼界には道なんてものはなく、剥き出しの岩盤を歩いて行く他ない。また、溶岩が至る所から吹き出しており、一歩間違えれば、命を落とすどころでは済まないだろう。それでも太一は歩き続けた。
「忍は何処なんだろ…」
目の前には火山が見える。それも見上げても頂上が見えない程高かった。噴煙は盛んに吹き出し、何かが流れる音も聞こえた。
「鬼界って、こんな場所だったんだ…」
そして、岩場が少し落ち着いたと思うと、目の前には大勢の魑魅魍魎の太一を見下ろしていた。
「えっ?!」
それらは太一を火やら毒液やら針などで一気に攻め込んだ。
「あっ!」
それをまともに食らった太一はひとたまりもないはずだった。だが、太一の周囲は強い光に包まれ、怪は一歩も寄せ付けなかった。目の前には水晶の欠片がある。
「これは…」
太一はそれを手に取り、ポケットの中に入れた。そして、次々と襲ってくる怪を倒していった。
「これが、鎌の力なのかな…?それとも、僕の力?」
「太一!」
誰かが呼ぶ声が聞こえたので、太一はその方を見た。
すると、忍が縄で縛られている。その横には褐色の肌に黄色い二つの目、そして赤い第三の目がある半裸の鬼が居た。
「お前があいつを庇う奴か」
「どうして、鬼が忍を…?!」
「俺の名は刈安、魂を刈る鬼だ。そして、そいつは鬼の落とし子なのさ、生まれ変わって力を失い…、今まで現世に居たが…、そいつは本来俺達の仲間のはずなんだよ」
「えっ…?!」
太一の頭の中は真っ白になってしまった。
「忍、それ、本当なの…?」
「俺だって分からない!」
忍は縄を解こうと藻掻いたが、刈安に睨まれ動けなくなってしまった。
「あいつは今死んでる、だが、俺の力を使えば禁忌なんて平気で犯せるさ」
「駄目だ!それをしてしまったら俺は…」
「忍!」
太一は鎌を取り出して縄を斬ろうとしたが、刈安に鎌で受け止められてしまった。
「生身の人間が、俺に敵うのか?」
「うっ…!」
太一はポケットの中の水晶を握りしめ、前を向いてもう一度鎌を構えた。
「いこう!」
「調子にのるなよ?『鬼の鎌刈』!」
刈安は鎌を太一に向かって振り下ろし、突き飛ばした。
「あっ!」
「お前にはこいつらの相手をしてもらうぜ」
刈安が地面を踏み鳴らすと、そこから死人達が這い出し、太一に向かって来た。
「あいつは魂や肉体を操り、鬼術を使って蘇らせたり出来る厄介な奴だ。この鬼界は現世では奈落の底とも捉えられてるようだな…太一、大丈夫か?」
「『火葬斬』!」
太一は水晶を握り締めると、炎を纏った鎌を振り回した。
すると死人達は一掃され、周囲は炎に包まれた。
「人間の割には、中々やるな?」
「忍!早く…!」
太一は刈安の脇を急いで駆け、忍の縄を断ち切った。
「太一!」
そして、忍を側に連れて行った。
「お前、大丈夫か?!」
「うん…」
太一は頷いたが、鬼界にずっと居たせいなのか、違和感を感じて胸を抑え、跪いてしまった。
「生憎俺は死神なんかよりもずっと生きてるからな、そんな俺とは比べ物にならない生身の人間であるお前が、俺に敵うとでも思ってるのか?!まぁ、どうせここは鬼界だ、例えここで息絶えたってすぐに俺が蘇らせて、お前を下僕にでも使ってやるよ」
すると、太一は刈安を睨んで、立ち上がった。
「僕は、こんな所で果てたりしない!」
「口だけは達者なんだな?」
刈安は死人を再び呼び寄せた。
「僕は…、何としてでも忍を助けるって約束したんだ!」
太一の目が黄色く光ると、死人達の魂は抜け、身体は朽ち果てていった。それを見て、ずっと笑っていた刈安の顔が一瞬引きつった。
「あいつ、人間の癖に魂を…?!そんなはずは…」
「太一!刈安の胸を刺せ!」
忍が遠くでそう言った。
「あっ!」
太一は一瞬躊躇ったが、このまま居てもらちが明かないだけだ。太一は、鎌の先端に水晶を付け、動揺している刈安の胸に突き刺した。
「くっ…!お前…よくも…」
刈安は抵抗していたが、遂に魂も身体も朽ち果ててしまった。そして、薄い水色をしていた水晶は、黄色く光り、太一の手の中に収まった。
「お前、まさか鬼を倒してしまうとはな」
忍は笑っていたが、太一は自分がした事に戸惑っていた。
「これ、僕の力なの…?」
「ああ、これは紛れもなくお前の力だよ」
「これが、僕の…」
太一は水晶を握り締めた。
「だんだん思い出してきた…、俺は獄炎の輩の一人の織部っていう鬼だったんだ…。そして、太一、お前が持ってる水晶は魔水晶、怪や鬼の力を封じた水晶なんだ。俺達はその力を使って鬼界の怪どもを支配してた」
「そんな事が…」
「ここを抜け出さないとな…」
二人が立ち上がったその時、突然爆風が吹いた。そして、周囲が急に明るくなったと思うと、二人は何処かの上空に投げ出されていたのだ。