欝々
第32回!
「はぁ…はぁ…!!」
動機が激しい。
「いでぇええ…!!」
男は、頬を押さえ、石畳に屈み込み痛みに耐えている。
その男の様を見て、僕は少し冷静さを取り戻した。
殴った箇所がジンジンと痛む。
人を殴ったのなんて初めてだ。
感情に身を任せ、人を殴った罪悪感もある。
すっきりとなんてしない、気持ち悪だった。
「あの子の気持ち、分かったかよ?」
いや…あの子の気持ちを分からせるために殴ったわけじゃない。
これは、言い訳だ。
怒りで、人を殴ったという正当な理由。
言い訳が欲しかったのだ…。
ポタリポタリと血が滴る音が聞こえる。
男は鼻血か口から血が出ているのか。
流血しているようだ。
「血が…血が…!いでぇ…」
そんな男に僕は
「今回は、このぐらいにしておくけど、次やったらどうなるか分かってるよな?」
出来るだけ、冷たい口調と言い放つ。
これは、はったりだ。
また同じような事をするかもしれない、そんな男に釘を刺しておく。
この男からすれば、僕は最上級魔法使いの魔力を破るほどの魔力の持ち主だと思われているはずだ。
現に僕に目を向けず、ガタガタと震えている。
本当の僕の力なんて、この男と殴り合ったら勝てるかどうか分からないレベルだ。
僕は、男から背を向け、クラサ達の元に戻る。
少女の胸元に、キリヤードがない…。
クラサの手元にもだ…。
僕はキョロキョロと見回し、キリヤードの所在を確かめる。
すると、僕は自分の右手にキリヤードを持っていた事に気付いた。
僕はキリヤードを持ったまま、あの男を殴っていたようだ。
今更気付くなんて…。
「…雫?」
もう一度、呼びかけてみる。
雫の声は未だに聞こえない。
落胆したものの、僕はキリヤードを腰に直し、少女を抱き上げた。
この歳の少女にしたら軽い方なのかも知れない。
ちゃんと食べさせてもらっていたのだろうか…?
もう一度、男を睨みつけようとしたが、男は奥のドアに隠れたようだ。
「ここには、用も無いし、行こうか…」
僕は、ボソリとクラサにつぶやいた。
ここにはあまり長居したくなかった。
「そうですね…」
と、クラサも立ち上がる。
僕達は地下を出て、男の家を後にした。
「……」
「……」
無言で僕達は、宿屋へと向かう。
まずはこの子を休ませないといけないだろう。
宿屋に戻ると、その子を見た宿屋の主人が驚いた。
「その子は…!」
この村の人は皆知っているのだろう。
驚きを隠せない様子だった。
「すまないが…」
まず、目を伏せ申し訳なさそうな顔で、そう口にする。
出来るだけあの男には関わりたくないのだろう。
僕は状況を説明する事にした。
「本当か!?…あんたが…!すげぇ魔法使いなのか?!そうは見えなかったが…!」
感心したように言われる。
僕は苦笑しながら、でも否定する事はしなかった。
これは雫の手柄だろう。
だけど、それをバラして、あの男にバレてしまったら、またあの男は同じ事を繰り返すかもしれない。
「俺達も気を病んでたんだよ…そうだ!」
気を良くした宿屋の主人の粋な計らいで、僕達に部屋を貸してくれる事になった。
食事もタダで提供してくれるようだ。
資金面に苦しかった僕達は、悪いなと思いながらもその話に乗る事にした。
「なんだか…申し訳ないですね」
「うん、でも、ありがたい事だから…」
食事を済ませた僕達は、部屋に戻ってきていた。
せっかくのご馳走も、雫の事を考えると、あまり味がしなかった。
今回も、流石に申し訳ないという理由から、部屋はクラサと一緒にしてもらった。
ただ前回と違うのは、ベットを二つある部屋を用意してもらった事だ。
少女はその一つで眠っている。
もちろん、夜は少女とクラサに寝てもらう予定である。
僕は何度も何度も、キリヤードを眺めている。
「…まだ、返事はありませんか?」
クラサが聞きにくそうに質問してきた。
「…うん…」
「…ごめんなさい。軽率な憶測を言ってしまって…」
クラサが憶測について、謝ってくる。
僕だって予出来た事じゃなかった。
クラサを責められるわけじゃない。
「ううん…もしかしたら、眠っているのかも知れない」
分かっている。
それはありえない事だろう。
こちらに来て、雫は眠っていないと言っていた。
それが本当ならば、この状況は…異常な事態なのだろう。
こうなる事が分かっていたら…僕は少女を助ける為に行動していただろうか?
ぐるぐると頭を回し、答えを出そうとする。
だが、答えなんて出るものでもなかった。
夜になっても、少女は目を覚まさなかった。
やはり、僕と同じ状況なのか…だとしたら、この子と雫が全てを請け負ったと言う事なのだろうか。
クラサは献身的に、僕にやってくれたように、少女に水を与えてあげている。
夜も深まり、食事を済ませた僕達は、お風呂に入り、各々の布団へと入る。
ランタンの火が消え。
僕達は就寝する事になった。
僕は、キリヤードを見つめ考えを巡らせる。
どうしたら良い…?
どうしたら…。
僕は、何度も何度もその事を考える余り、早朝になるまで眠る事ができなかった。
鬱展開っすなぁ…。




