その9:彼の友人のメールも変わってるんだけど、どう解釈したらいいのかわからない。
「まさか」とつぶやきながら確認した途端、彼の表情が暗くなった。
「Wさん?」
おずおずと訊くと、彼は無言でうなずいた。
「昨日さ……SとEからもメール来てたんだけど」
無表情で画面をスクロールさせながら、彼が口を開いた。
「飲み会ご苦労さま、とか楽しかったなとかそういう挨拶はあったんだけど、俺が離脱した後が大変だったとかで。Sなんか、先に帰った俺のせいだとか言って」
「え?」
「まぁ、あいつはキツい冗談を言う性格だから気にしてないけどさ。なんのことか訊いたら、WがEのこと連れ回したらしくてさ」
「連れ回す?」
はしご酒でもしたのかしら。
頭の中に、顔を赤くして肩を組み合いふらふら歩く、漫画のような酔っ払いが浮かぶ。
「SがWとEを車で送ってったんだけどね」
「え? 車なの?」
「ああ、Sは飲めない体質だから」
お酒飲めない人に奢らせるっていうのも変わっている……S氏が気にしていないなら、口を出すことじゃないけど。
泥酔具合を心配したS氏が、W氏を自宅近くまで送ったのだという。
S氏は車を離れられないので、E氏が自宅まで送り届け――るはずだったのに、W氏はあっちだこっちだと嘘をついてうろうろし、文字通りE氏を連れ回したのだという。
約一時間後、心配したS氏が電話をすると、どこかの公園のベンチに二人で座っている、と言われて驚いたらしい。
「それは驚くよね。家に着いて介抱しているならまだわかるけど」
「Sもそうなのかと思ってずっと待ってたらしいんだけど、歩き回った挙句まだ公園にいるって聞いて、さすがに呆れて迎えに行ったって」
「その公園って、Wさんの家の近く?」
「いや、むしろ遠ざかってたらしい。Sは割と近所で停めたそうだから。『家に帰りたくなかったんだろなぁ』なんてSは言うけど、連れ回されたEはたまったもんじゃないよな」
「そうね……子どもみたいなワガママよね」
一時間も相手をしたその人も、随分なお人好しに思える。もっと早くヘルプをお願いしてもよかったんじゃないのかなぁ。
「子どもよりタチ悪いよ。んで、今来たメールによると、Wはその時の記憶はある、って言うんだけどさ」
「へえ……泥酔してたのに?」
「外歩いて酔いが醒めたのかもな……それはいいんだけど」と彼がため息をつく。
「どうしたの?」
「サシ飲みしたいって……なんて返信したらいいのか」
「泥酔して店に来るような人とサシ飲みなんて、落ち着いて飲めないと思う」
「だよなぁ……断るか」と、彼が文章を打ち始めた時、またメールが届いた。
彼は舌打ちをする。
「用事はまとめて送って来いよまったく――これ読んでどう思う?」
差し出されたスマートフォンを受け取り、W氏のメールを読む。
相変わらず、返信を繰り返す形のメールは読みにくい。
サシ飲みしたい理由を書き足した、ということはわかった。
『C子さんいると話ぶった切られるし。あの人も○○○か××じゃないか。
そもそも俺、他のやつらとも話が合わないし。Nならわかるだろ?
まぁサシの時は飲まないって約束する。
もし俺が飲んでたら、その辺に転がしといて。
あ、サシは俺の家な。近所に24時間スーパーできたし、安上がりだろ?
てか俺、先月1週間禁酒してたんだけどな。
医者も驚いてたが前にも1ヶ月ぐらい断酒したの信じてなかったんだな。』
「返信するのは後でもいいんじゃない?」
「どうして」
「今すると、また予定を決めてくれって話になりそう。あなたはしばらくWさんに会いたくなさそうだし」
それに、またW氏の一挙手一投足を報告されると、わたしも困るのよね。
「そうだな。じゃあしばらく放置しとくか――ってかよく考えてみたら、週末にはメールして来んなって言ったのに、破ってんじゃねーか。スルーだスルー」
彼はホッとした様子で携帯を閉じた。
* * *
数週間後、水曜の午後に彼からメールが来た。
ふと思い返すと、彼が週末以外に連絡を寄越すのは水曜日な場合が妙に多い。
時間帯はバラバラで、昼休みのこともあれば、午後三時の休憩時間と思われる時もある。更に、彼女と食事を楽しんでいることを知っているのに、その時間帯にも送って来る。
どうやらW氏からまたメールが来たので、判断してくれということらしい。
『あー、マジで愚痴言えるような相手がほしいわ。
1から10まで聞いてくれる人いないかなw
あ、そうそう、報告つーかネタだけどw』
このメールも返信の形になっていた。彼がスルーしたので、W氏自身が送ったメールへの返信だった。
一度問い掛けメールを送ると、返信するまでしつこく送って来るのは男性特有の行動なのかしら。
でも今回のはどこか中途半端だった。
『ネタってなに?』と、彼に返信する。
ほどなくして『診断書が添付されてた』という短いメールが返って来た。多分、W氏が欲しがっていた診断が下りたのね。
だとしたら当分は退居の必要がなくなるのでは。
* * *
週末に待ち合わせた彼の表情は冴えなかった。
W氏から数日おきにメールが届いているらしい。一度送って来た後、追加で二、三通は届くのだという。
「気分よくないと思うけど、ちょっと一連のメールを読んでくれないか。俺はもうどうしたらいいのかわからないよ」
ため息とともに渡された携帯には、W氏のフォルダが作られていた。放っておくと受信フォルダが埋まるので、振り分けるようにしたらしい。
『こないだのサシ飲みの話は、とりあえずチャラにしてくれないか。
まあ、1から10まで愚痴を聞いて欲しいのは本当。
兄弟には話したくない。
親友と呼べるのは10年前に死んだあいつと、あとはNくらいしかいない。』
彼が無反応なので、ご機嫌うかがいで送って来たようにも見える。
あれが『Nに愚痴を聞いて欲しい』という意味なのはなんとなくわかったけど、あんな言い方で「じゃあ聞くよ」なんて彼が言うはずないのに。
W氏はわからなかったのかしら。
それから、彼とW氏が『親友』と呼べるような間柄だったことに驚いた。
じゃあ『ツレ』って親友という意味?
でも彼は『元ツレ』と言っていたので、今は多分そう思っていないのね。
『Nは忙しそうだから、暇な俺が無理を言っちゃいけないよな。
他のツレにも三割ぐらいしか話せないんだ。
聞いたところで、Nも迷惑だろう。
こないだの飲み会でNは色々ききたそうだったけど、
C子さんにいちいち邪魔されたからな(あの人××だ。間違いない)
俺も精神鑑定で○○○と××だと認定されたが。
おかげで退居しなくて済むけどな。
そうそう、保証人は家族全員に拒否されたw
Nに頼もうかと思ったが、返事がいつ来るかわからんので――』
家の話が続くので読み飛ばす。最後に『診断書』という画像が付いていた。
飲み会の話は、彼の話と齟齬がある気がする。
「C子さんが邪魔したって……」
「Wはろれつ回ってないし、俺やSの話をぶった切るから、どっちかっていうと助け舟だったな。あいつの頭の中は、自分中心で地球が回っているんだろう」
「でも、話を聞いてあげたんでしょ?」
「別に聞いてやろうとしてない。むしろあいつに訊かれたことに答えてるのに中断されるって繰り返し。さすがにイライラしたし」
「Wさんの中では、あなたは今でも親友なのね、きっと」
慰めのつもりでそう言うと、彼は鼻で笑った。
「一度も親友だったことないけどなぁ。いつの間に親友認定されたんだろ?」
あれ?
じゃあ『ツレ』は『親友』という意味じゃないの?