その8:彼の友人がだいぶ変わってるんだけど、どうしたらいいのかわからない。
* * *
日曜の昼近く。
朝昼兼用の食事をしている時に、ようやく彼から話し掛けて来た。
「あのビール検索したんだけどさ、取り寄せで送料が千円以上掛かるけど、取扱ってるところが一軒だけあったぞ。そんなに飲みたいんならそこで買えばいいんじゃね?」
謝罪でもなければ弁償するという話でもなく、わたしがビールを買い直せばいいという斜め上の提案で、わたしには何も言えなかった。
ビールそのものが重要なんじゃない。お土産にもらったことが重要なのに。
でも彼はそれを理解していない様子。
もしも自分が贈った結婚指輪を失くされたとして、じゃあ同じのをまた買えばいいじゃない、と言われても、彼はそれで納得するのかしら。
「もういいよ……まだあるから大丈夫、って言われたし。それに、好きじゃなかったなら、あなたはもう飲まないでしょ?」
「……メールしたのか」
途端にまた彼が不機嫌そうな表情になる。
メールじゃなくてメッセージアプリだけど……と心の中で呟きながら、淡々と説明した。
「だって、味の感想訊かれたら困るじゃない。だから早めに謝っておこうと思ってね」
「お前らほんとにべったりだな」
「べったりでもないよ。普段は週末には連絡取らないもの。今回は早めに伝えなきゃと思ったし、それにあなたがずっと寝ていたからどこにも出掛けられなかったし」
つい、棘のある言い方になってしまった。案の定、彼がまたむっとする。
でも事実は事実。彼も更に言い返しては来なかった。
結局土曜日は彼が二度寝をしてしまい、その後夕方まで部屋から出て来なかったのだから。やはり二日酔いで、食欲もなかったらしい。
わたしも積極的に口をききたい気分ではなく、声を掛けたりしなかった。
彼が引き籠もっているのはわたしの部屋なのに……というもやもやした気持ちは一日中ずっと引きずったまま。
丸一日経ってようやく少し気分も落ち着き、会話も再開されたと思ったらこんな状態とは……
やっぱり今週末は来ないで欲しかった、という気持ちが一層強くなる。
「学生時代からの付き合いだっけ? って、何年だよ……俺よりその彼女と付き合った方がいいんじゃないの?」
どうやら彼は言い返さなかったのではなく、言い返す言葉が咄嗟に出て来なかっただけらしい。彼特有の嫌味だとわかっていても、彼女のことを莫迦にされたようで気分はよくない。
「学生時代から付き合いは続いてるよ」
素気なくこたえると「そういう意味じゃねえよ」と彼は鼻で笑う。
もちろん、彼が言った意味をわかっててわざとこたえてるんだけどね。
「まぁいいや……金曜の飲み会だけどさ」
「え……」
あからさまに眉間に皺を寄せてしまった。でも彼はお構いなしに喋り続ける。
「結局C子さんが全額出してくれたんで、俺もただだったんだけど。あそこ、魚介が特に旨い店なんだよな。ここからだとちょっと遠いけど……寿司も旨いし。あと、ちょこちょこ、元同僚なんかが何人か顔出してくれたからさ――」
喋りながら、彼は少し機嫌を直したように見えた。
楽しい時間を過ごせたのだろうか。
少しほっとしながら、わたしも耳を傾ける気になれた。
彼は時間よりも少し早めに着いてしまったため、会社を訪ねたのだという。
受付の人は昔から変わらずなので、挨拶を交わしS氏を呼び出してもらったという。
S氏はまだひとつ連絡待ちの案件が残っていたので、彼は「先に店へ行きコーヒーでもビールでも飲んで待っててくれ」と言われたらしい。
「お店ってすぐ近くにあるの?」
「同じビルの一階なんだよ。実は会社で経営してる店なんだ」
それは初耳だった。だから『経費で落とす』なんてことが気安く口に出るのかと納得する。
彼はひとりで飲む気にはなれず、他の元同僚たちと一緒に話をして時間を潰していたという。その後S氏が仕事を早めに切り上げ、二人で店に向かったらしい。
待ち合わせ時間の少し前にもうひとりの元同僚E氏が到着して、C子さんも同じ頃に仕事を切り上げたので四人で乾杯して――
「……Wさんは?」
つい訊ねてしまう。
「あいつね……」と彼は顔を歪めた。
「三十分経っても来ないから、携帯を知ってるSが連絡を入れたんだよ。そしたら、今電車で向かってるとか言って。なんでも俺が一番遠いからきっと遅れて来るだろうし、それに合わせて行こうと思ってた、とか」
「……何故?」
時間を合わせる必要があるなら、開始時間をずらせばよかっただけなんじゃないのかしら。それに、彼は間に合っていたわけだし。
「何故なのかは知らんよ。多分ゲームしてたかなんかで遅刻したから、俺のせいにしてるだけだろ」と彼は面白くなさそうにこたえた。
W氏が言い出した飲み会だというのに、彼がW氏のことを話す時は相変わらず楽しそうではなかった。
一時間ほど遅れてやっと登場したW氏は、何故か既に泥酔状態だったらしい。
本人は飲んでいないと言い張ったけど、息は酒臭く、服装もよれていたのだという。
「シャワーを浴びてから来たんだな、ってのはわかるけどさ、多分着替える時も酔ったままできちんと着れなかったんだと思うな」
「だって……飲み会があるってわかってたんでしょ? それなのに飲んで来たの?」
「あいつの考えてることはわからんよ……」
その後も、W氏はいろいろやらかしたらしい。
数年振りに会ったE氏の過去の失敗をしつこく繰り返したり、彼には今どうしてるのかと話を振りつつ、彼が話し始めると今度は遮って、自分の話を始めようとしたという。
C子さんが見兼ねて強引に話を変え、S氏と彼がそれに合わせると、W氏は不機嫌丸出しで「そんな話はつまらない」と大声で喚きだして、ビールを立て続けに数杯飲み、焼酎を更に飲もうとしたのを彼やS氏に止められて――
「まぁ酷い飲み会だったよ」と彼は苦笑した。
「ってか、Wも酔っぱらい過ぎて何言ってんのかよくわかんなくてさ。かろうじて自分の話だろうなぁってのはわかるんだけど」
わたしは呆れ果ててしまい、何も言えなかった。
「――だから、家に帰るのがいやになってこっちに来たんだけどさ」
「そうだったのね」
それならそうと、ひと言でも言ってくれればよかったのに。「散々な飲み会だったから、そっちに行ってもいいか」とか。
そうしたら、あんなトゲトゲした気持ちにならなくて済んだのに……
「もうあのメンバーで集まることはないだろうなぁ」と、彼は呟く。
その表情が寂しそうに見えたのでどういう意味なのかと問おうとした直前、彼は苦笑した。
「SもEも、『今度はW抜きで飲みに行こう』って言ってたし」
「あぁ……そういう」
それはしょうがないことかも知れない。
「そういえばWさん、いくつかの飲み会に参加するようなことをメールに書いていたよて。それは大丈夫なのかしら?」
「さあ? どうせ同じようなもんなんじゃない?」と彼は素気ない。
「それがどんな集まりなのか知らないけどさ、俺やEが電車で何十分も掛けてわざわざ出向くような時に飲んだくれてから来るようなやつだぞ。他でしっかりしてるなんて考えられないだろ」
彼の言うことはもっともだと思う。
でも一度連絡を取った相手に、じゃあこれっきりで……なんて簡単に言えるものなのかしら。
「あいつも満足しただろうから、しばらくは大人しいんじゃないかな」
そう言って彼がコーヒーカップに手を伸ばした時、彼の携帯が振動した。