極道日本昔話 ー桃太郎ー
あくまでもファンタジーです。
ツッコミ所は多いです。
一話完結ですが他に「極道日本昔話 -笠地蔵-」もあります。
そちらも興味がありましたらどうぞ。
感想へのお返しコメントは、何かの話を更新した際に活動報告でさせていただいております。
場合によってはお返事までかなり時間がかかる事がありますので、ご容赦ください。
昔々、ある所に一人の極道と内縁の妻がいました。
ある日の事です。
侠気会に所属していた極道は組同士の抗争へ。
内縁の妻は家で家事をこなしながら、愛しい極道を待っていました。
抗争へ出かけた極道でしたが、その抗争で舎弟の桃川流太郎が凶弾によって倒れました。
「堂和の……兄……貴……」
「喋るんじゃねぇ! 傷が開いちまうだろうが!」
「俺はもう助からねぇ……。だから、お願いだ……。どうか……俺のガキを……」
「ああ、わかった。お前のガキは、俺が立派に育ててやる!」
極道が言うと、桃川は安らかな笑顔で息を引き取りました。
極道は約束通り、桃川の息子の面倒を見る事にしました。
桃川の妻はすでに亡くなっており、極道は天涯孤独となった赤ん坊を養子として引き取りました。
血で血を洗う抗争に飽き飽きしていた極道は、それを機に組を抜けて堅気に戻る決心をしました。
内縁の妻とも籍を入れて所帯を持ちます。
伝説の男として名を馳せた極道は、他の組員達に惜しまれながら組を抜け……。
それから数年後。
実の父親の名前から桃太郎と名付けられたその子はすくすくと育ち、喧嘩が強く、男気に溢れた男となりました。
桃太郎が高校三年生の頃。
学校から帰ると、家の前に黒塗りのベンベが停まっていました。
不思議に思いながら家へ入ると。
黒服の厳つい男が、養父に頭を下げていました。
「頼んます。伯父貴、組に戻ってください」
「俺はもう、戻る気なんてねぇよ。嫌気がさしたんだ」
「そこを曲げて……」
「戻らねぇっつってんだろ!」
どうやら、その黒服は養父が極道だった頃の舎弟のようでした。
今は、組長をしているそうです。
桃太郎は、養父が極道である事に薄々感づいていました。
話によると、どうやら養父の所属していた組は荒鬼会傘下の鬼ヶ島という極道組織と抗争の最中であるというではありませんか。
その旗色も悪く、養父に戻ってもらおうと頼み込みに来たようでした。
その黒服の必死な様子を哀れに思った桃太郎は、養父にこんな事を言いました。
「大の男が、恥も外聞も捨てて頭下げてんだ。その気概に応えねぇでどうするんだよ! 親父!」
「桃太郎……。だが、俺はもう戻らねぇ」
桃太郎の取り成しにも、耳を貸す様子のない養父。
すると、桃太郎はさらにこんな事を言います。
「わかった。親父が行かねぇって言うんなら、俺が代わりに行くよ」
養父と養母が止めましたが、桃太郎の決心はとても強固でした。
どうあっても聞かないとわかった二人は、桃太郎を送り出す決心をしました。
そして二人はそれぞれ、桃太郎へ贈りました。
養母が贈ったのはきび焼酎と杯。
養父が贈ったのは立派な銘の入った長ドスでした。
その贈り物を受け取り、桃太郎は極道の世界へと足を踏み入れる事になりました。
しかし丁度その頃、鬼ヶ島組の上部組織である荒鬼会と侠気会で話がつき、手打ち杯で抗争はあっさりと終わりました。
極道になった桃太郎は結局抗争に参加する事無く、養父の所属していた組の組員として日々シノギに明け暮れる事となりました。
真面目な桃太郎はその仕事ぶりを高く評価され、さらに持ち前の器の大きさから組長は勿論の事、他の年長組員からも気に入られてどんどん出世していきました。
そして二十台の後半になると、ついに二次団体として組を持つ事を許されました。
桃太郎は組に、養父の苗字である堂和という名をつけました。
堂和組の誕生です。
そんな折、桃太郎は一人の高校生と知り合いました。
その高校生は札付きの不良です。
その不良は、乾刃八という名前でした。
他の不良達の誰ともつるまず、先輩だろうが誰であろうが気に入らなければ噛み付く。
喧嘩には刃物すら容赦なく使います。
誰にもなびかず、誰にでも噛み付く彼は、その様から狂犬と呼ばれていました。
しかし、凶器すらあっさりと使う乾ですが、彼は喧嘩が強く誰にも負けた事がありません。
それは相手が一人ではなく、十人以上の徒党を組んでいても同じ事です。
彼はどんな相手にも果敢に挑み、どんな相手にも怯む事はありませんでした。
そして、彼が牙を向けるのは同じ不良だけでなく、極道に対しても同じです。
当然のように彼は、ある日出会った桃太郎に噛み付きます。
ですが、桃太郎はステゴロであっさりと乾を倒してしまいました。
乾にとって、タイマンにおいて始めての敗北です。
乾は喧嘩に負けない事にプライドを持っていました。
誰とも群れずにやっていく彼の周りには、敵しかいませんでした。
彼が喧嘩に刃物を出すのは、一人でも多くの敵と渡り合うための手段です。
しかし、それがたった一人の……それも素手の相手に負けて……。
乾のプライドは酷く傷付けられました。
けれど、同時に自分を破った極道。
桃太郎の強さへ知らず憧れも抱いていたのです。
その後、乾が負けたという噂が不良達に広まり、乾は同じ学校の不良達からリンチを受けました。
今まで乾を恐れていた不良達がそれを機に徒党を組んで襲ったのです。
流石の乾も、数十人の不良達に囲まれれば成す術がありません。
乾はボロボロにされてしまいました。
そんな時です。
桃太郎が乾の元へ駆けつけます。
乾と喧嘩をして以降、桃太郎は乾の事が気になっていました。
桃太郎もまた、乾の強さに惹かれていたのです。
不良達は極道を相手にする事を恐れて逃げていきました。
自分よりも強く、しかも歯向かい噛み付いた自分を助けてくれる桃太郎の男気と器の大きさに乾は心を打たれました。
「桃太郎さん。あんたの杯、俺にくれませんか?」
「学校を卒業して、行く当てがなかったらな」
その後、乾の学校卒業を待って、桃太郎はきび焼酎で彼と親子の杯を交わしました。
彼にとって、組の構成員になった初めての舎弟でした。
それからしばらく後の事。
乾を伴って、組の本部へ顔を出した時の事です。
ある巨漢の男が乾に声をかけてきました。
「よう、乾やないか」
「てめぇは、猿渡」
その男の名は、猿渡拳治。
かつて、乾とタイマンを張った事のある男でした。
修学旅行で関西から出てきた猿渡は、たまたま出会った乾と喧嘩になりました。
勝敗は引き分けとなり、そのまま決着もつけられずに関西へと帰っていきました。
しかし、猿渡もまた乾と同じく喧嘩で負けた事がありません。
互いにとって、初めて自分と互角に渡り合った男です。
二人共、互いの事をよく憶えていました。
どうやら、猿渡もまた極道になったようです。
そんな彼と出会い、数ヶ月後の事。
「また、会うたのう……」
「猿渡!」
偶然、乾は町で猿渡と会いました。
猿渡は怪我を負っていました。
怪我をした彼を事務所に連れ帰って事情を聞くと……。
「俺は今、二つの組に追われとるんや」
「二つの組?」
その二つの組とは、猿渡自身の所属する組と兼ねてから折り合いの悪かった同系列の組でした。
猿渡の組は、シノギで相手の組ともめており、度々衝突があったと言います。
しかし、本家の仲介が入った事で近々の内に手打ちとなるとの事でした。
その矢先の事。
猿渡はみかじめの徴収に向かった先で相手の組の構成員とばったり出くわし、手傷を負わせてしまったというのです。
しかも先に殴りかかってきたのは向こうで、猿渡は反撃しただけという話でした。
しかし、手打ちを進めているこの時期に遺恨を生じさせたくない猿渡の組は、猿渡を差し出す事で事態の収拾を図りました。
こうして、猿渡は二つの組から命を狙われ、逃れる事となったというのです。
その話を聞いた桃太郎は怒りを覚え、関西の敵対していた組織の事務所へと向かいました。
そして桃太郎は、猿渡を許してもらうよう頼みました。
それもただ頼んだだけではありません。
多額の慰謝料、そして自分の小指すらも差し出そうとしました。
その心意気を受け取った相手の組長は、自分の舎弟でもない男のためにそこまでできる桃太郎の男気と器の大きさに心を打たれました。
指を詰めようとした桃太郎を止め、慰謝料だけを受け取って全てを水に流す事にしました。
こうして、猿渡は許されたのです。
それが済むと、桃太郎は猿渡の所属する組へと乗り込んでいきました。
敵対組織から貰った手打ちの書状を組長へ突きつける桃太郎は、組長を怒鳴りつけました。
「自分の子を生贄にするなんざ、どういう了見だ! 親なら、死んでも自分の子供を守りやがれ!」
啖呵を切る桃太郎の迫力に組長は怯み、言葉を失います。
その様子は桃太郎と組長の器の違いをまざまざと見せ付ける結果となりました。
そして猿渡は、自分のために体を張ってくれた桃太郎に惚れました。
猿渡は今の組を抜け、桃太郎から杯を受けたいと願い出たのです。
桃太郎はそれを受け取り、きび焼酎で親子の杯を交わしました。
そんなある時です。
一度は手打ちとなり、引き上げた荒鬼会傘下鬼ヶ島組が杯を割って再び侠気会のシマへ手を伸ばしてきました。
荒鬼会の会長が代替わりし、義理を果たす必要がなくなったからでした。
鬼ヶ島組は、それまでずっと侠気会のシマを狙い続けていたのです。
鬼ヶ島組の侵攻によって、桃太郎の元所属組織のシマ、その至る所で血生臭い抗争が起こりました。
無論、それは近くに事務所を構える堂和組のシマも例外ではありません。
鬼ヶ島組は桃太郎が極道の道へ入るきっかけとなった因縁の相手でした。
桃太郎は張り切ってそれに応戦します。
桃太郎は、侵攻してくる鬼ヶ島組を相手に奮戦しました。
堂和組は、未だ構成員も少ない弱小の組です。
しかし構成員の誰もが桃太郎に惚れ込む、男の中の男ばかり。
桃太郎自身も滅法強く、鬼ヶ島組は思うように侵攻できませんでした。
桃太郎がいては、勝てない。
そう判断した鬼ヶ島組の組長は、桃太郎にヒットマンを差し向ける事にしました。
桃太郎が行きつけのスナックで、一人ウイスキーを飲んでいた時です。
そこに、一人の男が現れました。
現れたのは長身痩躯を黒いコートで包んだ、死神のような雰囲気の男でした。
彼の名は、酉野月次という凄腕の殺し屋でした。
彼こそが、鬼ヶ島組の組長が雇ったヒットマンです。
酉野は桃太郎の前に立つと、コートの中から二丁の拳銃を取り出します。
危機を察知した桃太郎はテーブルを蹴り上げて盾とし、なんとか危機を脱しました。
銃弾を掻い潜って近付き、拳銃を叩き落します。
そして数分の格闘の末に桃太郎は酉野を殴り倒す事に成功しました。
滅多打ちにされ、抵抗する力もなくなった酉野を桃太郎は自分の組へ運びます。
「どうするつもりだ?」
酉野は桃太郎の意図を理解しかね、そう訊ねます。
「手当てしてやる」
「殺せ……。捕らえた所で、俺は何も言わない」
酉野はそう言いましたが、桃太郎は構わず手当てしました。
そして手当てを終えると、唐突にこんな事を言いました。
「どうせ狙ったのは、鬼ヶ島組だろ……。それよりお前、俺の杯を受ける気はないか?」
「どういう意味だ?」
「言葉通りの意味だ。俺は、お前が欲しい」
拳銃を叩き落されてもなお向かい、自分を殺す事を最後まで諦めない酉野の姿勢に桃太郎は侠を見たのです。
だから、殺すのが惜しいと思い、それ以上に男としての魅力を感じたのです。
「俺を見逃して、また狙われるとは思わないのか?」
「狙うならまた狙えばいい。それでも俺は、お前という男を側に置きたいんだ」
「変わった奴だ」
言いながらも、酉野は口元を笑みに歪ませました。
その時にはもう、すでに桃太郎を殺そうという気持ちも失せていました。
酉野は今まで凄腕の殺し屋として必要とされる事はありましたが、酉野という人間として人から必要とされた事はありませんでした。
だから、まっすぐに目を見据えられ、自分を求めてくる桃太郎に惹かれました。
そうして彼もまた桃太郎から杯を受けるに到ったのです。
そんなある日の事。
鬼ヶ島組が手打ちを申し出てきました。
桃太郎の元所属組織の組長は、その申し出に応じました。
その組長は、養父の元へ助力に訪れ、極道となった桃太郎の親に当たる人です。
桃太郎は、そんな彼について鬼ヶ島組の指定した場所へと向かう事にしました。
しかし、手打ちにしたいという申し出は罠であり、鬼ヶ島組は卑劣にも手打ちの場で二人を襲撃しました。
何とか襲撃から逃げる事ができた二人でしたが、ホッとしたのも束の間……。
「逃げられましたね。親父」
「ああ……。お前が無事でよかったよ」
弱々しく答える組長を見ると、彼の背中には赤黒い染みが広がっていました。
彼は桃太郎を庇うために、その身を銃弾にさらしたのです。
何発もの銃弾を受けながら、ずっと桃太郎を守っていたのです。
言葉の通り、桃太郎が無事であった事に安堵した組長は、その場で崩れるように倒れました。
「親父!」
彼を抱き起こす桃太郎でしたが、その体にはもう力が入っていませんでした。
組長は顔だけを動かし、桃太郎に優しい笑みを向けました。
「何で、俺なんかを……」
「お前は、いい男になった……。お前になら、後の事を全部任せられる……」
「親父……? 親父ぃぃぃぃっ!」
組長は事切れ、桃太郎はその体を強く抱きました。
桃太郎は止め処なく流れる涙を押し留める事ができませんでした。
そして同時に、卑劣な手で親の命を奪った鬼ヶ島組への怒りが激しく燃え上がります。
その後、組長の葬式を終えた彼は喪服のまま事務所へ戻りました。
そこで手に取ったのは、養父から餞別としてもらった長ドスでした。
桃太郎はそれを道具に、単身鬼ヶ島組へ殴りこむつもりです。
しかし、事務所を出ると、そこには乾が待っていました。
乾には、桃太郎の考えている事がよくわかっていました。
そしてそんな彼についていこうと決心していました。
桃太郎は一目見て、その覚悟を察します。
言葉をかけないまま歩き出すと、その後ろに乾が続きました。
階段を下りようとすると、そこには猿渡がいました。
彼もまた、黙って桃太郎の後に続きます。
外に出ると、軽トラックに乗った酉野が紫煙を吹かしていました。
桃太郎は助手席に、二人の舎弟は荷台に乗り込みます。
走り出した軽トラックが向かうのは、鬼ヶ島組の組長が住む邸宅でした。
「突っ込むぞ」
「行け!」
酉野は軽トラックを停めず、そのまま邸宅の門へ突撃しました。
門がトラックに破られると、桃太郎と舎弟達はトラックから飛び出しました。
「なんじゃあワレ!」
鬼ヶ島組の邸宅には、鬼のような形相の構成員達がたくさんいました。
「堂和組だ!」
大勢の構成員達に怯まず、桃太郎は声を張り上げます。
そして、三人の舎弟達と共に迫り来る構成員達へ挑みかかりました。
乾は二本のドスを牙のように突きたてて、構成員を次々と倒していきました。
猿渡はメリケンサックをつけた拳を振り回し、構成員を殴り倒していきます。
酉野は二丁拳銃に加え、手榴弾などの様々な武器を駆使して相手を翻弄しながら戦いました。
桃太郎は、長ドスを振ってばったばったと構成員を切り伏せていきます。
四人の侠客達を前に、鬼ヶ島組の構成員達は次々に倒されていきました。
そしてついに、桃太郎は鬼ヶ島組の組長を見つけます。
「テメェ! 桃太郎!」
「タマ、貰いに来たぞ!」
鬼ヶ島組の組長は、桃太郎と同じく長ドスで応戦します。
二人の一騎打ちの攻防は長く続きました。
その死闘の末。
「親父に、あの世で詫びて来い!」
「クソがぁ!」
最後には桃太郎渾身の一振りが鬼ヶ島組組長の肩を袈裟に裂き、決着がつきました。
「仇は獲ったぜ、親父」
倒れる鬼ヶ島組組長を足元に、血飛沫に濡れた桃太郎は呟きました。
鬼ヶ島組を壊滅させた桃太郎は、その後自分を庇ってくれた親の舎弟達を自分の組へ受け入れました。
この一件により、堂和組は侠気会一の武闘派は組織として内外に恐れられるようになり。
その活躍を認められた桃太郎は、侠気会会長から直接杯を交わしました。
こうして、堂和組は侠気会の直参組織になりましたとさ。
童話の桃太郎って、どういうジャンルの話なんでしょうね。
アクションなんでしょうか?
サクセスストーリーなんでしょうか?
勧善懲悪ヒーローストーリー?
改めて考えると、ちょっとわかりませんでした。
この「極道日本昔話 -桃太郎-」ついて。
本当は笠地蔵よりも先に書き始めた話だったのですが、童話に落とし込んでもパッとしなかったので笠地蔵の方を先に書き上げたという経歴のある話です。
ボツにしようかとも思ったのですが、日本昔話と言えば彼なので書き上げました。
ちなみに、笠地は桃太郎の組の構成員です。
猿渡と一緒に関西から出てきました。