フラグクラッシャー
「この戦いが終わったらぼくと一緒にフラクタル地帯に行かないか?」
男はニタニタと笑う。
「そこって紛争地帯だよな。なんで誘ったし」
「君なら戦いが好きそうだから。この戦争が終わったらぼくたちの活躍の場も終わる。だから、新しい戦争を求めるんだ。間違ってるかな、ぼくの予想は」
「まあ、やぶさかでないが……いまは仲間がいるんでな。一概には決められない」
「そっか、じゃあ君の仲間が全員死ねば、戦いに行けるね!」
「……は?」
青年は言葉を失った。
「あんな朗らかに死を宣言されたの初めてだったわ」
トキワは仲間たちにぼやいた。
男の態度が一切悪気を感じさせなかったので、とっさに反応できなかったのが悔やまれる。
取りあえず首を絞めておいたので、生まれ変わるまでは安全だと思うが、どこにでも狂人はいるものだ。と、トキワは自分のことを棚に上げて思った。
「類は友をなんとかって言うからか……?」
唸りながらどこか納得した表情を見せるのは、バート。このパーティーの一応リーダーを務める。
「失敬な。おれだったらもっと怪しさ充満させてから死に誘う」
「死に誘うとこは一緒じゃないですか、やだー」
彼女には珍しくツッコミに回ったその人の名はチェリル。普段は魔法使いの名を冠するアタッカー兼実質リーダーだ。
「いやいや、よく聞けよ。相手の男がオレたちを殺すかどうかは分かんなかったんだろ? ただの希望的観測で」
鋭くフォローを重ねたのは、セス。彼はいつもどおりのボケ&フォロー役だ。
白い髪のセスは戦場ではよく目立ったが、虐められたことは一度もない。
「まあ、戦中においてはなにが左右して結果になるか分からないし。放っておかなくて良かったじゃない」
セスを宥めたのは迷彩服を着こんだ女性。モードだ。
目立たない容姿をしているが、それは戦闘用に調整したもので、実際はとびきりの美人である。
「ムカついたから殺しちゃったんだが、一応凄腕だったのかね? あんな発言してたし……もったいないことをした」
「今から死体だけでも回収すればいいじゃねーか。ゾンビかなんかに仕立てて、壁に使おうぜ」
「えぇ……。わたし、人を完全に蘇生することは出来ても中途半端に回復させることは出来ないよ」
「いいんだよ、チェリルちゃんはそのままで。蘇生はトキワ式にすればいいんだから」
あんな発言とは、『ぼくたちの活躍の場』だの、『次の戦争を求めるんだ』だの、その辺りのセリフである。
トキワ式蘇生は、まず身体を回復させ、魂が自力で戻ってくるのを待つ従来の方法とは異なり、真っ先に力ずくで魂を身体にぶちこむ強☆引方式のことだ。
もちろん魂が見えていて掴める人しかできないので、現状扱えるのはトキワだけだ。
「もとよりそのつもりだ。チェリルさんの手を汚させるつもりはさらさらない」
「誰がやろうと関係ないけどな。取りあえず使えるようになればいいさ」
「バート。あんまりな発言してるとボクの即死攻撃を受けてもらうよ」
「ハイハイ。オレが悪いのね、オッケー分かった、分かった」
「わたしの魔法攻撃も火を吹くぞ、舟長?」
「舟長って呼ぶなよ。船は盗られちまったし」
チェリルがしまったという顔をするがもう遅い。
そう、スカイアドベンチャーが何故戦場なんて冒険に不似合いな場所にいるのかといえば、それには深い事情があるのだ。
「まさか、この辺りが戦争中だったなんて全然知らなかったよ」
モード……アサシンが嘆く。
「たまたま空を通っただけなのに引っ捕らえられて、スパイも疑われたよな」
バート……舟長が回想する。
「今じゃすっかり疑いは解けたけど、当時はすごく居心地か悪かったよね……」
チェリル……魔法使いが目をそらしながら呟く。
「もうそんなヤツはいないだろ? 黒髪で差別するヤツも全員おれが殺したからな」
トキワ……斧戦士がニコニコと笑う。
「そんなんだから狂人とか言われるんだろ……」
セス……剣士が小声で突っ込んだ。
「失敬な。狂人同士でつるんでろとか酷い差別だと思わないか?」
「トキワ、それを言うなら区別だと思うよ」
「狂ってるヤツは正常なやつとも、狂ってるやつとも付き合えないだろ」
「狂ってることは正常から弾き出されたことで判明するのか?」
「やめろ、狂ってるがゲシュタルト崩壊する」
狂人にも種類があるということで。
「さっきの彼、本気でゾンビ化するの?」
「どうするか……めんどうだな。死体を持ってきて蘇生させて言うこと聞くまで殺す……手間だ」
「わたし、ゾンビの盾なんて要らないよ」
「じゃあ、やめよう」
「マジでおまえなんなの?」
チェリルの言にあっさり意見を反転させるトキワ。されを見ていたバートがあきれ返る。
「ところでこれからなにする?」
「そうだな、タイトルに関しては正直前半で回収しちゃったし、やることないよな」
「ちょいちょいちょい、待てや、おまえらなんてこと言ってやがる」
「えっ、タイトルがフラグクラッシャーだから、今回はメタ発言オッケーなんでしょ?」
「舟長って地味にメタにうるさいよね」
「あのな、誰か止める人が必要だろ!」
バートがわめいた。
「じゃあ、こうするのはどう? ボクたちをスパイと疑ってやまないここの司令官にお話しにいくってのは」
「なるほど、今回フラグクラッシャーだもんね。普段無理な内容でももしかしたら許可がでるかも!」
「例えば?」
「船を返してもらうとか」
「返してもらったらとんずらですな」
「オレも考えたけど、欲望駄々漏れすぎて普通に許可でないから、それ」
「そんな舟長のフラグを破壊☆」
「というわけで行こう」
Place:司令室
「たのもー」
「気分はすっかり錠破り」
「錠破りじゃなくて道場破りだろ」
「細かいことはいいじゃない」
「来たか、スパイめ」
スパイしか言わない司令官、メソメソ氏である。ことあるごとにスパイを疑うので、この戦場ではすっかり嫌われものだ。
「スパイじゃないんで船を返してください」
「よほどあれが大事なのだな。あれに関する資料をすべて寄越せば考えてはやらんこともない」
「そんなもんねーよ」
「ではこの取引はなしだ」
「じゃあスパイでいいんで船を返して」
「それは色んな意味で、オレでもやだって言うと思う」
バートが諦め顔で言う。色んな意味でとは、たぶん、スパイと認めるとやばいだとか、スパイと分かっていて返してくれるわけねーだろだとか、バートの叫びがこもっている。
「スパイの行動手段をみすみす渡せるものか! そうでなくともまだ解明すべき点はいくつでもあるというのに」
「この国にはオーバーテクノロジーって言葉がないんかね」
「やはり、他国の者だったか。我々の国の何を探りに来た!?」
「ただの旅行者で、ただの通過地点だったよ」
「ではどこのものだというのだ、あの船は。我々を陥れるために敵国ノーゾが開発したものだろう!」
「ノーゾってどこだっけ」
「マップで言うと真ん中からちょっと右に行った小国」
「ああうん、地図に載ってないやつか……」
「開発したのはニッポンだよ、ずっと東の方に行った小さな島国」
「えっ!?」
「ニッポンの会社が作ったんですね、分かります」
「ああ、大本をね……」
「ニッポンなど聞いたこともない小国の話、信じられるか!」
「ここも面積的には同じくらいの小国だけどね」
「経済的な話とかする気全然ないけど、少なくとも文化的にはニッポンの方が上だかんな?」
チェリルがやや切れ気味に返した。彼女は愛する故郷をバカにされて頷けるほど大人しい性格ではない。
「やっぱりダメか……」
「ダメみたいだね」
「最悪コイツの首きって、建物中ひっちゃかめっちゃかになるぐらい大騒ぎすれば、船を奪って逃げられるかもな」
「逃げられねーだろ、逆に」
「トキワ、首きってって、血の出る方? 出ない方?」
「出る方だけど?」
「出る方かー、そりゃここの基地ひっちゃかめっちゃかになるわー」
Place:船つき場(仮)
「せっかくだから船がある場所にも来てみたよ」
「船員は元気にしてるかなあ」
「あっ、舟長、クルーのみなさん! おひさしぶりです!」
「良かった、元気そう」
「おう久し振り。監禁とか尋問とか酷いことされてないか?」
「ここの作業員の人にこの船に関することを質問攻めにされることはあります。動作とかには答えられますが、構造とか組み立て方とかは専門外なので……」
「しゃーない」
「この船、動力はなんなの?」
「止まっている間だけでしたら、風力で相殺しています」
「マジでか。ハイテク」
「ハイテクノロジーとは違うんじゃ……」
「チェリルさんの頭がローテクだから仕方ないよ」
「なにナチュラルに貶してんだ、おまえ」
愛する人にさらっと中傷されるチェリル。しかし痛恨のミス、全く気が付いてない!
「斧常葉さんったらお茶目なんだからーもー」
「うふふあはは」
「なにこいつら怖い」
「y」
小文字のYで『怖い』とかやりだしたぞこいつら。JKじゃないんだからーもー。
「じゃあこっちから攻めるのも無理ね」
「いや、だから、あのな」
「船のない舟長なんて……ただのリーダーじゃないか!」
「ただのリーダーの方が嬉しいオレって……」
「なんと。じゃあ船はしばらくいいか」
「ここの作業員は別に悪いやつじゃないから、殺すのは偲ばれるよな」
「なんでこいつときたら、二言目には殺す殺す言うの?」
「それは常葉さんのサガです」
Place:地上
「うーん、全然フラグクラッシャーしなかったね」
「これ、ただ普通にフラグ回収してきただけだよ」
「司令官にとってはフラグクラッシャーだったかも?」
「なるほど、司令官自身がフラグクラッシャー(ジョブ名)だったと言うわけだね?」
「そんな大きな壁が近くにあったなんて……」
お後がよろしいようで? めでたしめでたし。