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花誘ふは君の香  作者: コウ
第一章:
9/13

8.月の光降り注ぐ夜は、涙の雨に降られても

 夏は夜がいいと言ったのは誰だったか…。


 いつもの塾の帰り、あらたたちと分かれたけいは張り付く暑さに顔をしかめながら塾の最寄駅に向かって歩いていた。

 夏休みに入り、学校の補講と塾の夏期講習で学校、塾、家のトライアングルを行き来するルーティンな生活をしている。


 紫式部は源氏物語で、枕草子は…そう、清少納言だ。

 頭に叩き込まれた文言が頭に浮かぶのは受験生の悲しいさがだ。

 次に続くのは月と蛍に雨だが、蛍なんてこの辺りでは全く見ることができないし、雨は湿気を倍増させるし、暑いだけの夏の良さはさっぱり分からない。

 ただもうじき見られるというスーパームーンの影響で月は大きく見えていて、馨は満月までの日数を指折り数えて歩いた。


 電車に揺られて5駅。

 まもなく22時を迎える金曜日の電車は飲み会帰りのサラリーマンで混雑していたが、なんとか空いているつり革を見つけて掴まった。

 家の最寄駅に電車が到着するまでの十数分、好きな洋楽を聞きながらただ惰性で流れる窓の風景を見つめていた。

 何もないときにふと頭を過るのは、ちいこ先生のこと。


 ちいこ先生は今、どうしているだろうか。

 あの男と別れたかな…。

 あの夜、公園でどんな気持ちでビールを飲んでいたんだろう。

 

 電車が停まると「右側のドアが開きます」という音声とともに、プシューッと鳴ってドアが開いた。

 人の流れに乗って、ホームに降り立ち、そのまま改札まで出る。

 途中、駅横のコンビニで夜食用のスナック菓子とウーロン茶を購入して帰路に付いた。


 しばらく道なりに歩くと、だんだん人もまばらになってくる。

 歩くのは早い方だが、夏は無駄に汗をかきたくなくてのんびり歩くことにしている。

 まもなく公園にさしかかろうとしたとき、女性が掠めるように馨の横を駆け抜けていった。

 後姿だが、あの小柄な女性は見間違えようがない。

 慌てて耳からイヤホンを外して肩に掛け、呼びかけた。



 「ちいこ先生…!」



 女性は気が付かなかったのか、そのままの勢いで公園の反対側の出口へと向かっている。

 慌てて歩調を速めて追いかける。



 「…先生!」

 「きゃッ!」



 パシッと腕を掴むと、ちいこ先生は驚いたように振り向いた。

 が、息を飲むほど驚いたのは馨の方だった。



 ――…泣いてる…。



 ぽた…ぽた…とちいこ先生の腕を掴んだ馨の手の甲にしずくが数滴垂れて、慌てて手を離した。



 「ご、ごめん! まさか泣いてるとか思わなくて…。」



 ちいこ先生はゆるゆると首を振ると、掴まれていた方の手で涙を拭った。

 心中を掠めるのは、先日聞いた男のこと。

 ちいこ先生は拭っても拭ってもまだ溢れてくる涙をもて余しているようだった。

 馨は鞄を置いて予備のハンカチを取り出すと、そっとちいこ先生の目尻に当てた。

 


 「…アイツに、何か言われたの?」

 「…ううん。ずっと会って話したいって言ってたんだけど、会ってくれなくて。ようやく会えたから。

  笑顔で一発ひっぱたいて、振ってきた。」

 「……。」



 やることの突飛さに思わず絶句する。



 「…でも、泣いてなかったはずなのに、おかしいな。

  もう全然何とも思ってなかったのに。

  歩いてたら止まんなくなっちゃった…。」



 続いて出た言葉にいつもは見えないちいこ先生の弱さが透けて見えて、気が付けば正面から抱きしめていた。



 「ちょっ!! 大倉くん! 離して!」

 「我慢しないで泣けば? 俺は気に食わないヤツだったけど、好きだったんでしょ。

  顔、見ないから。」



 ビクンッと小さな肩が揺れ、少しの抵抗があったが、半ば無理矢理腕の中に閉じ込めた。

 胸にちいこ先生の頭が当たっていて、薄いTシャツ越しにじわりと濡れた感触が広がる。

 行動とは裏腹に、馨の心臓は早鐘のように鳴り響いていた。

 どうかこの鼓動がちいこ先生の耳に届きませんように…と闇に光る月を見上げた。

 腕の中に閉じ込めた背中は小刻みに震えていて、こんな時に不謹慎だが少し高揚していた。



 「…ねぇ、俺にしなよ。」



 どの位そうしていたか、ものすごく長い時間だったような気がするけれど、多分ものの数分だったのかもしれない。

 呼吸が落ち着いてきたのに安堵した途端、気が付けば、口にしていた。

 ちいこ先生はゆっくりと、でも力を込めて馨の胸を手で押し、離れた。

 もう涙は止まっていた。

 馨はちいこ先生のまだ涙の粒が残る長い睫を見つめて言った。



 「ちいこ先生、俺と付き合って。」



 ちいこ先生がおもむろに伸ばしてきた腕を掴むと、そのまま移動させて掌を握る。



 「そんなに何回もデコピンされないよ。

  今度は俺、本気だよ。伝わるでしょ?」



 手を引き抜こうともがいていたが諦めたのか、握られた手を見ていた瞳が馨を捕らえた。

 そして小さく溜息をつくと、小さく口を開いた。



 「…ダメ、生徒だもん。」

 「なんで断る理由がそれ?

  そんな理由じゃ俺、諦めきれないよ。」



 それでも、ちいこ先生はふるふると首を振るだけだった。



 「…年の差があるから?

  先生、誕生日3月28日でしょ。俺4月3日だから、学年は5コ違うけど、実質4歳差だよ?

  俺、今はまだ高校生のガキだけど。早く大人になるよ! 大学いいとこ入るし、大企業に就職する!

  それでも、ダメ? 男として見ても貰えない?」



 何とかして繋ぎ止めようと、ただ必死で思いつく限りの言葉を口にする。

 ちいこ先生は何度か馨の顔と地面とを繰り返し見た後、意を決して話し始めた。



 「私、まだなりたてのヒヨッコだけど。先生だから。

  自分の夢を追いかけて、先生になったから。

  大事な生徒に夢を諦めて欲しくない。

  やりたいこと諦めて早く大人にとか。早く就職とか。

  したい職業じゃなくて、とにかく大企業にとか勿体ないって思うの。

  本当になりたいものに、なりたい自分になって欲しいの。

  だって、それが出来るのが。選べるのが高校生なんだもの。

  それに、もしも付き合ったとして。周りに知られた時のこと考えてみて。

  大倉くんはどうなるの? 良くて停学、最悪退学だよ。

  私は一時の感情で先生と付き合って、リスク犯して、将来をダメにしたくない。

  縛られて欲しくないの。絞って欲しくないの。沢山のこと、諦めて欲しくないの。

  だから、絶対可愛い生徒に手を出さないって、決めてるの。」



  「…それがどんなに私が心惹かれた子であっても。」



 最後の言葉はあまりに小さく、風に攫われて馨の元まで届くことは無かった。


 馨はちいこ先生のあまりにまっすぐな言葉をしばらく噛みしめていたが、じんわりと心に沁みてくるそのまっすぐな思いに頷く。


 一度目はゲームだとバッサリあしらわれて振られ。

 二度目はデートを目撃して告白することなく撃沈。

 三度目にしてようやくちいこ先生の心の内を聞けた。


 振られているのになんだろう、この清々しい気分は。

 繋ぎ止めていた手を解放する。



 「先生、俺やっぱり諦めたくない!」

 「うん。」

 「ごめん、さっきの忘れて。

  俺、研究がしたいんだ。宇宙関連の。」

 「うん。」



 未来のことを聞くちいこ先生はなんとなく嬉しそうだった。

 その顔好きだな、と馨は素直に思う。



 「それと。先生のことも。

  俺、諦めたくない。」



 話の展開に付いていけず、目を見開いてきょとんとしているちいこ先生ににっこりと笑って言う。



 「ごめんね、先生。諦めきれなくて!

  俺、欲張りなんだ!」



 明らかにおろおろ慌てだしたちいこ先生を尻目に、置いていた鞄を手に取りパンパンと叩いた。



 「でも、先生の言いたいことはわかるから。

  順番は守る。まずは受験。絶対受かるから。」

 「そんな…」

 「俺の成績悪くないの、知ってるでしょ。

  これからも気合入れて頑張るし。」


 「俺、全部手に入れるよ。」



 「これで目を冷やしなよ」とさっき買ったまだ冷たいウーロン茶を渡して、「さ、帰ろう!」と歩みを促した。

 ちいこ先生はそのままなんとも言えない表情で立ち尽くしていたが、手渡されたウーロン茶をコツンと額に当て、歩き出す。


 雲の影から顔を出したいつもより大きな月だけが、二人のことを見ていた。


こんばんは! コウです。

今回は話の運びに苦労してしまいましたが…お待たせしました。


はわわわわ~!!

ようやくドキドキの展開になってきました!

書いてる私もドッキドキです。

恥ずかし~///笑




このままラブラブ街道走っていけるでしょうか!?

次話も応援よろしくお願いします。




*・゜゜・*:.。..。.:*・''・*:.。. .。.:*・゜゜・*

少しでも気に入ったなぁ、

続きが気になるなぁと思った方は、

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*・゜゜・*:.。..。.:*・''・*:.。. .。.:*・゜゜・*




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