1.それは罰ゲームから始まった
4月も下旬だというのに、北側に面したこの廊下は肌寒い。
それでも日中は暖かかったのだが、夕方になって少し冷えてきたようだ。
下校の時刻となり、図書室からはポツポツと生徒が出てきていた。
扉から少し離れた位置に、背を壁に付けて目的の人物が出てくるのを待つ。
生徒の姿が出てこなくなった後しばらくして、小柄な女性が鍵を片手にガラガラと扉を開けて出てきた。
それが待っていた人物だと認識すると、音を立てないようにこっそり近付く。
そして、ガチャガチャと締まりの悪い図書室の扉に鍵をかけている小さな後ろ姿に声をかけた。
「――…ちいこ先生、俺と付き合ってよ。」
話は放課後の教室に遡る。
「じゃぁ、今日の大富豪で大貧民に3回なったヤツは、好きなヤツに告ること!」
「「「いぇー!!」」」
大富豪とは今馨のクラスで流行っているトランプゲームだ。
大富豪、富豪、平民、貧民、大貧民の役があり、出されたカードより強いカードを場に出していき、早く手元から無くした人が勝ちだ。
上がった順に大富豪、富豪…と再び役が与えられる。
馨のクラスでは、大貧民に3回なると何かしらの罰ゲームをすることがルールになっていた。
馨は普段そんなに激しく負けることも無いので、今日の罰ゲームも気楽に流していた。
しかし。
今日は何故か、カードの引きが悪い。
何回やっても、手元に来るカードはKが最高。
無駄に4なんて3枚もある。
せめて、3が3枚なら嵐なのに。
「誰か革命起こしてくれねぇかな…。」
頭を抱えて、ひとりごちる。
隣に座った大富豪の新から声が掛かった。
「馨、あと1回負けたら罰ゲームだぜ?」
「今日、罰ゲームなんだっけ?」
「…好きなヤツに告白。」
「…マジか。いねぇし。
新、革命起こしてくれよ。持ってるだろ、ジョーカー。」
いいけど、と新は8のカードで場のカードを流すと、10を3枚とジョーカーを出した。
「革命!」
――よし! これでいける!
そう思ったのも束の間。
バシッと6のカードが4枚散らばった。
「革命返し!!!」
終わった…――。
手元にはカードが3枚。
ゲームも終了。もちろん大貧民だ。
机に突っ伏していると、周りから次々声が降ってきた。
「馨、好きなヤツってダレ?」
「あ! うちのクラスの飯田だろ! 仲良いもんな!」
「いつ行く!?」
「…飯田はちげぇよ! ていうか、好きなヤツなんて今いねぇよ。」
だー!もう! と勢いよく顔を上げる。
「…じゃぁ、ちいこ先生は?」
声の主を見上げると、普段はのんびりした雰囲気の大和だった。
ちいこ先生とは、小島千香子という、今年新卒で赴任してきた国語の教師である。
小島の「小」と千香子の「子」を合わせて「小子」=「ちいこ」、名前の「ちかこ」とも被せていあるあだ名だ。
この中高一貫校、桐山学園の先輩でもあるらしく、在学中からそう呼ばれていたらしい。
卒業してまだ4年の学校には恩師がたくさん残っていて、皆から「ちいこ」と呼ばれ、とても可愛がられている。
栗色の肩に届くくらいのストレートヘアで、制服着てたら同じ高校って言っても分からないくらいの童顔。
とにかく小さくて、授業には折り畳みの踏み台と指し棒を持ってくる。
なんで、コイツ、こんなこと言ってるんだ!? と思っていると。
「ちいこ先生いいじゃん!」
「先生ならまだ学校いるはずだし、今日中に罰ゲーム完了できるじゃん!」
「新と大和と陽介、ついてってしっかり見てろよー!」
「じゃぁなー! また明日報告しろよー!」
と、いつの間にか周りが一斉に盛り上がり、一気に解散した。
「ちいこ先生、下校時間過ぎたら図書室の鍵締めるから、図書室にいるはずだよ。」
と、3人に引っ張られ、図書室の前まで連れてこられた。
そして、今のこの現状という訳だ。
「――…ちいこ先生、俺と付き合ってよ。」
――思ってたより小っちぇな。
告白の最中に、胸の辺りにある頭を見下ろしながらふと考えていた。
「…きゃっ!? 誰??」
カシャーン!!
いきなり声を掛けられ驚いたのか、ちいこ先生は掛けていた鍵を落とした。
俺の声と被り気味に、廊下にちいこ先生の声とタイルと金属のぶつかる音が響く。
「…んもう! 大倉くん! いきなり後ろから声掛けるのやめてよー! ビックリして鍵落としちゃったじゃない。」
ちいこ先生は落ち着こうと胸に手を当てながら小さく息を吐くと、落とした鍵を拾って、掛け損ねた鍵穴に鍵を差しながら続けた。
「大倉くん、下校時間過ぎてるよー。授業で分からないところでもあった?
図書室ずっといたんだから、入ってきてくれれば良かったのに。」
やはり、先程の告白はちいこ先生自身の叫び声と鍵の落ちた音で耳まで届いていなかったらしい。
「…どうかした?」
鍵を掛け終えたちいこ先生はくるりと俺の方に向きを変えると、小首を傾げて見上げてくる。
ずっと黙っていた俺を、なかなか言いづらい悩み事でもあるのかと心配になったようだ。
罰ゲームなんて、なんてことないと思っていたけれど、いざ声に出してみると、変に緊張してきた。
「ちいこ先生。俺と付き合ってよ。」
先程掻き消された声を、もう一度形にする。
ちいこ先生は、ぱちくりと大きな瞳を瞬かせたが、おもむろに手を伸ばすと、更に背伸びして俺の額にデコピンした。
「イテッ!」
「何言ってんの! 私、先生。貴方、生徒。
可愛い生徒に手なんか出さないよ。
しかも、弟と同い年だし。」
「なんだよー。せっかく可愛い生徒が告ってんのに!」
「だって、どうせゲームか何かでしょ?」
その言葉にドキリと心臓が跳ねる。
「…なんでそう思うの?」
少しむくれた口調で話す。
「…だってあそこ。」
ちいこ先生が指差した廊下の角には、悪友3人の顔が上下に並んでいる。
昔流行った団子の歌のように、にやにやしながらこちらの様子を窺っていた。
「…アイツら。」
「それに、さっきの告白、心がまったく感じられないもの。
私、国語の先生だし、言葉には敏感デス!」
バシバシ背負ったリュックを叩かれながら、みんなのいる方向に押される。
「もう、男子たるもの、ゲームなんかで簡単にそんなこと言っちゃダメだよ!」
ちいこ先生は、悪友たちの方に顔を向けると、掌で輪を作って口元に当て、叫んだ。
「みんなもー! 下校時間過ぎちゃったよー。
大野先生に見つかったら大変だよー。早く帰りな〜〜♪」
大野先生とは生活指導のいまどき竹刀なんて持ったこっわい先生だ。
3人が慌てた様子で、俺を呼ぶ。
「ヤベ! 馨、帰るべ!!」
「せんせー、さよーならー!!」
「はーい、さようならー。気を付けて帰るんだよー。」
廊下を声が行き交う。
後ろからポンと背中を押され、声を掛けられる。
「ほら、大倉くんも。また明日、授業でね!」
ちいこ先生は、さっきの告白なんてなかったかのように、ニカッと笑ってくるりと方向を変えた。
その瞬間。
どこかで嗅いだことのある、甘い香りが鼻を掠め、ドクンと心臓が鳴った。
息が止まる。
しばらくそのまま立ち尽くしていると、後ろから「けーい!!」と呼ばれる声でハッとした。
「置いてくぞー!!」という声を合図に、俺も3人の元に走り出した。
途中振り返ると、栗色の髪を揺らして職員室があるの方向へ歩き出したちいこ先生の姿は、いつもより小さく見えた。
ふと、デコピンをくらったおでこを触る。
――背伸びしないと、届かねぇんだ、ちっせ!
こんばんは。
初めまして、コウです。
あまりストックも無い中、投稿始めてしまいました。
のんびり投稿ですが、よろしくお願いします。
誤字脱字等ありましたら、お知らせください。
さて、第1話では大富豪出てきました。
私も高校時代、流行っていました。
大富豪は名前からルールから地域差あるようですね。
大貧民と呼ぶ所もあるとか。
今回登場させたルールは私がやってたルールを載せてみました。
今でも大好きなトランプゲームです。