序章
初めまして。
小説を読むのが好きで、いつか自分でも書いてみたいと思っていたのですが、とうとう勢いで書いてしまいました。
拙い文章ですが、ご容赦ください。
パシン、と頬に衝撃。カッと熱くなるそこを抑えて上を見ると、手を振りかぶったまま憤怒の表情を浮かべた母がいる。
あぁ、母の逆鱗触れてしまったのだろうか。理由は分からないけれど。しかし、俺にはわかっていた。ここで俺が泣き叫ぶとさらにエスカレートするのだと。
すぐにハッと目を見開いた母がボロボロと涙を流しながら俺を抱きしめて、ごめんなさいごめんなさいと謝る。
「大丈夫です、母様。これくらい」
にっこり笑ってそう言うと、母は泣き笑いの表情で俺を突き飛ばした。馬乗りになって頬を左右から叩かれる。
母は伯爵令嬢で、16歳の時公爵家に嫁に出された。見目麗しい人であるので最初は公爵の寵愛を受けたが、数年たっても子を授かれない母は次第に冷遇されていった。
離縁すら切り出されていたその年、待望の妊娠。俺が生まれた。
父である公爵や、母の落胆は筆舌に尽くしがたいものがあった。
俺、は女であるのだ。なぜ俺などと言っているのかと言えば、理由はふたつ。
一つ目は、俺には前世の記憶があり、そして前世は男であった。前世では両親のいない孤児であった上、引き取り手もいなかったため孤児院育ちである。高校からバイトにいっている途中で事故にあい死んだ。
二つ目は、母が心を病んでいる為だ。母の前でうっかり女の振る舞いをしようものなら、発狂する。長いあいだ子が産めず、ようやく生んだ子供が女。厄介払いも同然に彼女は公爵家の居城から追い出され、少し離れた村に追いやられている。当然村でも腫れもの扱いで、俺が生まれてからのこの5年で母の精神状態を悪化させている。
ひとしきり叫び、俺の頬を叩いた母は今度はまたおいおいと泣きだし、俺を抱きしめる。今度は謝罪の言葉はないが、今日の折檻はこれで終わりだ。
泣きつかれて眠ってしまった母の代わりに、水桶を持って外に出る。村人たちと目が合うと、彼らは一斉に痛ましいものを見るような視線で俺を見て、それぞれの作業に戻る。
村の共通井戸で水を汲み、そこに自分の顔を写して見るといくつもの手形がつき真っ赤に腫れていた。まぁ、いつものことであるので別段気にせず、汲んだ水で頬を冷やす。頬が腫れたままだと母が自責の念にかられて発狂するからだ。
「…あらー、真っ赤やねぇ」
「ひっ!?」
突然背後から声をかけられ、振り返ると見覚えのない若い男がいた。相手が屈んでいる為、本当に目の前に顔があって本当にびっくりする。
「驚かせてしもた?ごめんなぁ」
わしゃわしゃと大きな手で頭を撫で繰り回され、慌てて後退る。ナニコノヒトコワイ。
「怯えとるから止め。それよりはよ名乗るよし」
その男の背後から近づいてきた新しい男。彼らはよく似ていた。判別といえば、先にきた男は明るめの茶髪で、あとからきた男は暗めの茶髪というくらいだ。目の色も若干違うだろうか。そして、どこかで見覚えもあるような気がする。近くに、日々よく見ているような。
「あ、せやせや。俺はクーロ。こっちの無愛想なんがギード。兄弟やで。ギードが兄貴や」
「あ、はい…」
そこまで顔が似てて兄弟じゃない方が不思議だ、などと答えるわけにはいかないので素直に頷く。すると一層笑みを深くした弟クーロが俺の頭に手を伸ばすので、そっともう一歩後ずさりする。すると、兄ギードが深々とため息を吐いた。
「アホ、遊んどらんではよ要件も言いよし」
「遊んどらんっちゅーの。初めましての可愛い甥っ子に叔父としてやなぁ」
「そこの説明すっ飛ばして、いきなり触るか?かなんわ」
え、いや、待て。叔父?叔父、だと?叔父って親の男兄弟の??
目の前のクーロが叔父、ということはその兄のギードも必然的に叔父?
そうか、見覚えのある理由がわかった。この二人は母によく似ている。ん?母と兄弟、ということは?
「えっと、あの、おふたり、は…」
「ごめんやす。改めて、俺はギード・バルレート。こっちが弟のクーロ・バルレート。お前の母にとっては俺たちは兄になる。バルレート伯爵家のものだ」
やっぱりか!
でも、確か母は公爵家を追い出されてからは実家とも絶縁させられているはずだ。それがなぜ、ここにいる。なぜ、俺のことを知ってる?母にあったわけ、ではなさそうだが。
「えっと」
「バルレート伯爵の命により、お前らを連れ戻しに来た。エルはどこだ?」
エル。エルシオーネは母の名前。
「あ、家に。…今は多分、寝ていると思います」
「そかそか、ほんなら案内してくれん?えーと、名前は確か」
「アヴィスです」
「せやせや、ほんならアヴィ、案内してな」
ニコニコと屈託のない笑みを浮かべるクーロと、仏頂面で必要最低限のことのみ口を開くギード。さりげなく水桶を持ってくれたギードにお礼を言うと、フッと笑みを浮かべた。おぉ、カッコイイ。
「ここです」
「ここ、か…?」
村のはずれとは言え、小さな村だ。案内はすぐに終わりった。困惑した表情の二人に頷く。いや、雨漏りも防げてない掘っ立て小屋で申し訳ない。修理しようにも子供の手には余ったし、母にそんなこと言えないし、村人はみんなよそよそしいので放置せざるをえなかったのだ。困ったものである。
まぁそんなことはすんだことなのでどうでもいいのだが。鍵すらついていない引き戸を開けたら、母が天井からぶら下がっていた。ロープと首を使って。おっどろいた。
「…え?」
「見るな!見たらアカン」
大きな掌に視界を覆われる。脳裏に刻み付いた母の白く、目を真っ赤に充血させ歯を食いしばった顔。苦しかったのだろうか、縄を千切ろうとしたんだろうか、首にはミミズ腫れ。しっかりと、見えた。目はいいのだ。昔から。ダランと垂れた体はゆっくりと揺れていた。
「エル!!エルシオーネ!返事せぇ!」
クーロの声を聞きながら、俺は気絶した。
母が亡くなり、叔父と主に母の故郷へ。