第二話 薬づくりの女の子と
「スー、疲れてない?」
「……うん」
一人の大人しそうな少年が、フードを被ってローブを羽織っている少女に話しかける。彼らも賞金稼ぎのために二人で旅をしている。
「ずっと歩かせちゃってごめんね」
「……平気」
少女が淡々と答える。こんな話し方だが、彼女は別に機嫌が悪いわけではなく、内気な性格のため、口数が少ないだけなのである。
◆
彼らが出会ったのは、今から約一か月前のことである。この少年コウキは、父親が魔物に襲われて怪我を負ったため、その治療費を稼ぐために家を出て、一人で旅をしていた。
そしてその途中で、少し大きめの街にたどり着いた。そこはたくさんの人で賑わっており、人の少ない穏やかな村の出身の彼にとっては、ひと苦労する場所であった。
そこでコウキはこの少女に出会った。少女も同じような村の出身のようで、人ごみにもまれて明らかに不安そうな顔をしていたので、コウキが声をかけたのだった。
いきなり声をかけたら、驚かせてしまうと思ったのだが、実際に声をかけてみると、少女は安心したのかうれしそうな顔をしていたので、彼自身も声をかけてよかったと安心していた。
それからもその町でしばらく話す機会があった。この少女スーは薬づくりの見習いで、母親が病気なので治療費を稼ぐために。また薬づくりの修行のために旅に出ていたのである。
スーは元々一人で旅をすることは難しいと考えていたので、この町で仲間になってくれる人を探していたのであった。
「そっか……誰か見つかるといいね」
「……うん」
「僕が手伝ってあげられれば良いんだけど……僕も戦うのが得意ってわけじゃないんだ」
コウキが笑いながら話す。コウキも自分の身を何とか守るくらいのことしかできないのである。
「僕、そろそろ次の街に行くよ。また会えるといいね」
そういってコウキは立ち上がったが、その瞬間にスーの表情が曇っていった。
「どうしたの?」
声をかけてみると、スーは何か言いたそうにしていたが、口をもごもごと動かしているだけで何も話そうとはしなかった。コウキは不安にさせないように静かに話しかけてみることにした。
「……話してみて?」
「…………その」
◆
そして現在共に旅をしているのである。
「それにしても本当に僕と一緒でよかったの?他にもいろんな人が……」
「私は感謝してる……」
スーがコウキの方を見ながら話していたが、途端に不安そうな表情になっていく。
「……本当は迷惑だった?」
「ううん。僕は楽しいよ」
コウキがそう言うとスーは俯いてしまった。しかし、口元は笑っていたので嫌がられたわけではなさそうだったので、コウキはホッとした。
◆
この日は特に気を遣った日だったのかもしれない。夜になった時のことだった。彼らは本当に偶然だったのだが、温泉を見つけたのである。歩き続けて服も体も汚れていて、周りには誰もいない様子だったので少しだけ入っていくことにした。
コウキはスーに気を遣いながら、服を脱いでいたのだが、ふとスーの方を見てギョッとした。スーもコウキの目の前で服を脱ぎ始めていた。意外とそういうことは気にしない子なのだろうかとコウキは思ったのだが、スーの顔色が赤くなっていたので、自分が意識しないように気を遣っていたのだろうと思い、一言声をかけてから、自分の姿が見えない場所にコウキは向かった。
「……ふう」
湯につかりながら、コウキがため息を吐く。外ではあったが、周りに誰もいなかったのでコウキは充分にくつろぐことができた。
ふと後ろの方を向く。スーは後方にいるのだが、岩陰になっていたので、何しているのかは分からない。
コウキがぼんやりと景色を眺めている時だった。突然、後ろから手を引かれた。そこにはスーがいた。いきなりだったので、コウキは内心驚いてしまったが、驚くとスーを不安にすると思ったので、なるべく落ち着いて振る舞うことにした。
「えっと……どうしたの?」
「何かいる……」
そう言われて、スーを軽く自分の近くに寄せると岩陰からそっと向こう側を覗いてみる。そこから見えたのは……。
「……大丈夫。猿がいただけだよ」
「……そっか」
コウキはホッとしたが、自分がスーを抱きしめてるの気付いて、少しだけ離れた。離れた瞬間、コウキの目線は自然とスーの体に向いてしまった。
普段のスーはフードを被ってふっくらとしたローブを羽織っているので、髪型も体型もどんな感じなのかが分からなかったのだが、実際に見てみると髪型はふわっとしていて、体に関しては肌が白く、細身の体でとても綺麗だと感じた。
コウキは少しの間見入ってしまったが、我に返るとさすがにこの場にいるのはまずいかと思い、自分は温泉から上がることにした。
「僕、先に……」
そういって、コウキは離れようとしたが、スーに引き止められてしまった。先ほどのことから他にも何かがいるのではないかと考えて、不安になっているようである。
「ごめん、もうちょっとだけ……」
「……僕がいて大丈夫?」
「平気……」
スーが大丈夫だというので、コウキも無理に断ることもないと考え、そのまま湯に浸かった。照れはしたが、頼ってくれるのはうれしいという気持ちの方が強かった。
◆
その後は何事もなかったので、そのまま湯から出ると、服を着て、近くで野宿することにした。寝袋を準備して、すぐに眠れる状態になった。
「ごめんね、気を遣わせてばかりで……」
「……ううん」
コウキは申し訳なさそうにしていた。スーは先ほどから顔を赤くしたままである。
「……やっぱりスーは女の子だし、別の人と一緒の方が……」
「そんなことないよ」
スーが珍しく大きな声を出した。といっても彼女にしては大きい声なだけで、実際にはそこまで大きな声でもない。
「一緒にいてほしい……できるならこれからもずっと……」
そこまで言うと、スーは途中で黙ってしまい、俯いた。
「……変なこと言ってごめんね」
そういうと、スーはそのまま寝袋の中に潜り込んでしまった。
コウキはぼんやりとしてしまった。スーはずいぶんと自分を慕ってくれる。声をかけたことがうれしかったのだろうか。それともほかに何か理由が……。
そんなことを一人でいろいろと想像していたのだが、特に結論も出ずにコウキはいつのまにか眠ってしまうのだった。




