眩しい陽光と立ち込める暗雲
ブルー・カラーズ ~派遣労働者達の日常~
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朝の陽光が心地良いそよ風を伴って、開け放した窓から降り注ぐ。
脳細胞が端っこから電球が点くように目覚めてゆき、頭の天辺からつま先まで生命エネルギーが急速に行き渡り、身体全体に霊感が宿ったような気分になる。
と、いって、歴史上の偉大な天才達のように素晴らしいアイデアが思い浮かんだり、急に2mの柵を背面跳びで飛び越えられるようになる、というわけではない。
ただ、なんとなくシャワーを浴びながら思いついた歌を口ずさんだりしてみるだけである。
まあ、とにかく、良い朝だ、ということだ。
こうして一日の始まりを生きる喜びと万物への愛に溢れながら迎えた僕の、このどうしようもなくウキウキした気分を石頭ハンマーで粉々に打ち砕いたのは、ゲイリー班長の次のような発言だった。
「アーサー、急で申し訳ないんだが、来週からC班に移って欲しいんだ。マリーンとチェンジ、ということで。そんでもって、シャロンに検査から梱包まで教えて欲しい。」
幸いにも、まだシャロンを知らないでいる幸運な人達に、この発言の持つ恐ろしさをお伝えするのは実に難しい。これならまだ、世界的権威のある害虫駆除業者でもしっぽを巻いて逃げ出すようなゴキブリルームに一ヶ月間住み込んで、底抜けに明るいミュージカル・コメディの脚本を書きあげなさい、と命じられた方が容易に感じる、といえば、おわかりいただけるだろうか。
つまりシャロンは、作業を教えてもらっている先輩社員に対して突然、「あなた、B型でしょ?私、B型の人大嫌いなの。」とか言ったり、出荷が数時間後に差し迫っているロットの検査作業中に突然いなくなったと思ったら、違う階の全く関係のない工程の作業を自発的に見学に行っていた、というような行動をする、いわゆる”プッツン”カテゴリーに属する女なのだ。
僕は全ての人が平等に、幸福に生きるための権利、基本的人権の尊重という理念を守るため、断固抗議する必要性を感じた。
「いやあ、でも、マリーンの方が僕より古参ですし、同性の方がなにかと交替勤務ではやりやすいんじゃないかと思うんですが…」僕は言った。
「いや、教育には君の方が向いていると思うんだ。なによりマリーンは最近ちょっと精神のバランスを崩してカウンセリングを受けている。環境を変えてあげた方が全体の作業効率を考えると適当だと思う。」ゲイリー班長は外交官のような表情そのままで言った。
つまり、一緒にいるだけで精神のバランスを崩し、カウンセリングが必要になってしまうような相手を僕に押し付ける、と、まあ、そういうことだ。
そんなこんなで、眩しい陽光とともに始まったその日は、突如として分厚い暗雲に包まれた陰鬱な一日となった。検査でのオーバーキル(良品を不良として抜き取ってしまうこと)が平常時の数十倍にのぼり、作業能率が普段の7分の1程に落ち、休憩時間が通常の二割増しになってしまったことは、もはや言うまでもない。陥ってしまったこの抜き差しならない状況を踏まえれば、僕を責めることの出来る人は、恐らくいないだろう。ただ、そういった僕の事情を知ってか知らずか、マクフライ課長の僕を見る目は、いつにも増して、新調のスーツの肩付近に落ちた鳥のフンを見る目そのものだったということは、言い添えておくべきかもしれない。