研究者の威厳
ティラはポック村に生活する一般人だった。年齢は十六才だったが、貧しく辛い環境であった為に年相応の夢や未来といった希望を持てずにいた。
ポック村には年に数回に渡り巨大なモンスターが出現する時期がある。その期間までまだ一カ月以上あったし大丈夫だと踏んだのが悲劇の始まりだった。
ティラは森にある山菜を取りに行こうと思い村を出た。この地域には夜行性の危険なモンスターは少なく、一時間程度で帰る事が出来ると考えていたのだ。
慎重に周囲の気配を探りながら森を進み、目当ての山菜を探した。途中、何回か小型モンスターに遭遇したが、ある程度の戦闘経験があるティラは難なく撃破し、目当ての山菜を見つけ出した。その時に気を緩めてしまったのが運の尽きだったようだ。
運悪く早めに成長した『ドスもきゅ』のツタを踏みつけてしまい、存在を悟られてしまったのだ。
そして四股を引き千切られ、薄れゆく意識の中で自分を助けた青い髪の青年を見た。
それが氷師フロストだった。
ひょんなことから、元の肉体は死んでしまい、箱型のロボットとして新たな人生(?)を歩み始めてしまっている訳だ。
肉体を失ってしまった事を悔やんだりはしていない。元々前向きな性格であったし、適応力が高い性分だったらしい。フロストに掃除当番を任されて早くも一カ月になるが、今も目の前にある課題に一生懸命になって取り組んでいるのだ。
「これ…どうしたらいいのかな……?」
目の前に立ち塞がるは巨大な大剣。それも研究室のド真ん中にブッ刺さっている。
この一ヶ月間、試しに引いたり押したり、つっついたりしてみたが、全くビクともしない。おまけに微かに熱を放っているのだ。これは他の器具に悪影響を与えかねない、そうティラは思っていたのだが、わずか六十五センチ程の身長しかない自分に何が出来るのか。
「むぅ~……。あ、そうだ!」
“確か机の上に研究メモがあったはず……!”
この間部屋を掃除した時に見つけた物だ。ティラは生前から記憶力は良く、箱型になってもそれは変わらない様であった。
メモは数ページあり、中盤は内容が複雑すぎて意味が良く分からず、ティラは最初のページの注意点だけを読むことにした。
「えーっと……?」
注意点の内容はこうだ。
注意点
・属性結晶(名未定)から作られた武器を研究するのは初めてである。何が起こるか分からない為注意。
・強力な火炎属性を備えているので取り扱いを慎重に。
・かなり鋭いので、うっかり手を切って燃えないように。
・今度の引っ越しまでに彼が戻ってこなかったらうやむやに貰っちゃおう。
……と書いてあった。
「うーん……とりあえず分かった事は……」
この剣が借り物だということだけだった。
謎は深まるばかりである。属性結晶ってなんぞ?
そして最後の行は私達の注意点ですらなく、借主の注意点であった。フロストの謎さ加減も深まる一方である。
「取り扱いには注意した方がいいみたい……」
試しに考察を読んでみたが、やはり全くわからない。属性値がなんだとか、火炎の付加魔法の特質な周波数がどうだとか……。
完全に手詰まりである。部屋の掃除もこの一カ月であらかた片付いたし、度々不在になるフロストが言うには、この部屋以外はまだ掃除しなくていいとの事だからする仕事が無い。
その時ガチャリと扉が開き、タイミング良くフロストが帰ってきた。
「あっ。おかえりなさい」
雨が降っている訳でもないのにビショビショな彼にタオルを渡すと笑顔を返される。
「? なんかご機嫌ですね?」
「おうともさ!」
フロストは笑いだす。どうやら相当に機嫌がいいらしい。
「ちょっとマグロドンを狩ってきたんだよ」
「えっ!? 一人でですか!?」
危険度5に指定される水に澄む大型モンスターである。ティラが襲われた肉塊の森に生息する生物だから知っていたが、とても一人で狩れるものではないはず……。
一カ月ほど生活を共にしたフロストから分かるのはあまり他人との付き合いが多い人では無いという事。そもそも人が住む町や村が多い『青藍』の地で、これ程人里離れた場所に隠れ家を設ける彼に、お客の一人も来た事が無いのだ。
「ちゃんと戦略を立てて狩りに行ったのだよ。さして難しい事じゃないさ」
そうは言うが危険度5となるとその手の職業の者が数人集まってやっと狩れるような生物だ。
研究者という職には当てはまらない、その能力にティラは驚きを隠せなかった。戦士としての素質も十分にあるのでは……?
「それで…なにするつもりなんですか?」
「うむ。それなんだがな……」
と、フロストが語り出す。
今朝、悪魔の手の研究を行っていたのだが……。
「この性質は何を表しているんだ……?」
古き時代に世界へ呪いをかけた、強力な生物。その呪いはかかった者の一部を異形の姿へと変異させる。魔法の部類に含むのさへ躊躇させる程強力かつ持続する魔法なのだが、全ての物には繋がりがある。その繋がりが見えないのだった。
「発想と難解さに阻まれ研究が行き詰ったんだ。その時はっと考え付いたのだよ……」
フロストはしばらく沈黙を続け、そして口を開いた。
「今晩は魚料理にしよう……とな」
物凄く唐突だった。
♪
バチバチと夜の闇にたき火が燃える音が響く。
果たしてそれはフロストがマグロドンの焼き魚を調理している最中であった。
「今日は焼き魚パーティーだー! イエーィ!」
「いえーぃ……」
続く