箱型
これは可笑しくない変人とそのお供のロボットの日常を描いた退屈なお話。
苦手な方はご遠慮くだちい。
白い綿状の丘。しおしおと降る雨の中、巨大な触手がそれからウネウネと波打っていた。若い女性の声が闇に響き、その触手が暗い闇の一点を目指して伸びて行く。
ドスもきゅ。危険度4に指定される大型モンスターだ。
触手は暗闇から女性を引きずり出し、千切った。
闇の濃さに紛れて飛び散る鮮血。ドスもきゅは次々と女性の四股を千切り捨て、白い丘の先端にある赤い球体が膨らみ始めた。繁殖行為である。種子を媒体に埋め込み、新たな子孫を増やすつもりでいるのだ。
刹那、空中に影が現れた。あまりの速さに一瞬で現れたように見える。
月光に照らされたその髪は青かった。
種が吐き出された瞬間にその種を刀で斬り伏せる。両断された種子は弾け飛び四散した。
女性に巻き付いている触手を叩き斬り出血具合を確認する影。もう手遅れなのではないのかと思う程に血が噴き出していた。
影は小さく魔法を唱えると、四つの傷口に氷が張り止血される。
しゃがんだまま消える影。その影は瞬時にドスもきゅの目の前に現れ本体の白い丘を斬りつけた。即座に反撃する触手。しかし影は避けなかった。触手が接触するかしないかの数瞬に影が消え、多くの触手が密集する場所に現れる。
速かった。ある一握りを除き、瞬間移動魔法を使うことのできる人間は存在しない。あるいはこの人物がその一握りだという事なのだろうか?
まるで触手の動きを嘲笑うかのように消えては現れを繰り返し、わずか一分たらずで触手は全て斬り落とされていた。
魔力の流れが影に集中した。魔法詠唱。巨大な魔法陣が影の足元に現れる。空中に現れる氷柱。その数は尋常ではなかった。空を覆う程の量の氷柱はドスもきゅを貫きその命を絶った。
ドスもきゅの亡骸を背にし、女性の傍へ急ぐ影。影は女性を抱えると、現れた時と同様、唐突に消えた。
箱型
「雨の降る暗い夜。私は巨大なドスもきゅに襲われました。手足を引きちぎられ、意識が遠く…。寒いよ…。痛いよ…。……怖いよ」
モニターに映った短い文を青い髪の青年が眺めていた。捲りあげられた袖から見せびらかす様に露出したアルビノ色の腕。通称・悪魔憑きだ。
「動作良好だ~…人権? 知ったことか」
果たしてその機械はポッドに入った生体の意思を文章データに変換し、モニターに映すというものだった。そしてそのポッドに入っている箱型の物体。
「さて、そろそろ起動するか~」
青い髪の青年はポッドに近づくと『オープン・ザ・どあ』と書かれた張り紙のあるスイッチを押した。開いたドアからポッドに入り箱型の物体に歩み寄る。
そして裏側に付いてあるスイッチを押した。
「やぁ~。機嫌は如何かな?」
フロストはそうロボットに語りかけた。
そのセリフと同時に箱型のロボットはブーンという起動音と共に動きだす。きょろきょろと周りを見渡し、数秒の間の後、電子音と人間の中間にあるような声がおそるおそる尋ねた。
「こ…ここはどこですか?」
「ここは私の研究所だよ~」
「私はまだ生きてるんですか?」
「生体反応は感知できているよ~」
「あなたが助けてくれたのですか?」
「そーいうことになるねぇ」
いくつかの質問の後、一息付くロボット。呼吸はしていないが。
その箱型ロボットは昨晩に青い髪の青年が助け出した女性の記憶を移植したロボットであった。
「君の脳ミソをそっくりそのままそのボディに移植し、魔素蓄積装置によるバッテリー機能を備え、そしてメモリーによる検索機能を搭載させた。それが新しい君さ!」
「は…はぁ……」
あまりに突然の事に、箱型のロボットは茫然としていたが、気を取り直したのかぺこりと頭を下げた。やはりどこからが頭なのか解らないのだが。
「助けて頂いて本当にありがとうございます。それで私はどうしたらいいのでしょうか…?」
青い髪の青年は若干芝居がかった仕草でクックックと笑うとこう告げた。
「これから君には私のお手伝い兼情報データベースとして働いてもらうよ~。と言っても普段は掃除くらいしか仕事は無いだろうけど」
「そうですか……」
その返答を聞いた青い髪の青年は少々驚いた様子で尋ねた。
「おや?見ず知らずの人間にこんな事を命令されて嫌では無いのかい?」
ふるふると首を振って否定の意思を示す箱型ロボ。やはり首が…以下略。
「元から家族も仕事も持っていませんでしたし…恩は返させて下さい」
「クックック…中々面白い子だね~」
そこでふと思い出す。
「君の名前は?」
箱型ロボットはそれを聞いてピッと電子音を鳴らして了解の意を示した。
「私の名前はティラです。ポック村出身、自炊で生活していました。これからお世話になりますが宜しくお願い致します。……あなたのお名前は?」
「人は私をフロストと呼ぶ」
「フロスト……?」
その名前を聞いて思うところがあったらしい。ティラは首をかしげた。首がどこから以下略。
「あのー…すみません」
「なんだい?」
「フロストって、氷師のフロストですか?」
「無理やりそのような役職に付かせられた様な気がするね~」
「やっぱり……」
この男が氷師フロストなのであれば自分が生きていた理由も納得がいく。氷師は現十師の中でもとびっきりの変人であり、優秀な科学者であること。彼は全世界でそういう風にで解釈されていた。
ともかく生きている間に十師と相まみえることになるとは思っていなかった為、ティラは絶句していた。
「君は充電式だからね。バッテリーがある程度減ってきたらこまめに充電しなよ~。……切れたら死ぬからさ」
「……え」
「まぁ、お互いこれからよろしく~」
そう言うとフロストは変な部品でごった返した部屋を出て行った。
嵐の様に起こった出来事に、ティラは数分間茫然としていたがまずはこの部屋をどうにかしなければと思い、掃除を始める。
「なんだか…すごく変な人……」
そしてティラはそう独り言を呟いた。