願い
「ん、んん…」
意識を失っていたらしい。体が痛む。ぼんやりとしていたを軽く振る。
寝起きの頭が覚醒してくる。
そこで状況を把握した。
どうやら事故を起こしたらしい。
混乱した記憶を整理する。
自分を含む仲間4人とバーベキューを楽しんでいたはずだ。
その後、怪我だらけの犬が居たのでキャシーが手を伸ばした。
その手を咬まれたキャシーを車に乗せて病院に向かう最中だったはずだ。
それで…。
完全に覚醒した頭が状況を確認しろと訴えてくる。
まず隣を見る。助手席にいたナンシーは未だ気絶したままのようだ。
後部座席を見る。デビットがキャシーの様子を見ていたはずだと。
デビットは…、至るところを嚙み千切られていた。まるで、獣に噛みつかれたかのように。
ぼやけていた記憶がはっきりとしてくる。
そうだ、キャシーが暴れ始めて事故を起こしたのだ。
獣のように唸り声を上げて暴れるキャシーはまるでゾンビ映画に出てくる化物そのものだった。
そう、咬まれた後に暴れ出すというのも…。
まさかそんなことがあるとは思えなかったが、現実に起きてしまったのだ。
事故を起こした際にスリップして突っ込んだため、キャシーには太い枝が刺さっていた。
そのような大怪我を追っていれば即死のはずだがキャシーは未だに動いていた。私の方に手を差しのばし襲いかかろうとしている。デビットはもう助からない。下手をすればキャシーと同じ化物になり果てるだろう。
「おい、ナンシー!起きろ!」
私はその間に逃げることにした。隣で気絶しているナンシーの頬を叩いて起こす。
「ん、ん…。ジャック…?」
「ああ、起きたばかりで済まないが事情を説明している暇はない。ここから急いで逃げないと!」
「どういうこと…?そうよ!キャシーはどうなったの?」
そうして後部座席をみてナンシーは驚きの声を上げた。
「な、何よこれ!」
死んでいてもおかしくない怪我をしているにも関わらず動き続けるキャシー。その姿は化物と同じだ。ナンシーもそれが分かったのだろう。
それからは無言で準備を手伝ってくれた。
車に載せていたライフルを取りだす。それと救急セットと鉈。最後にデビットの持ち物から包丁などを取りだす。包丁は落ちていた太い枝に括りつけて即席の槍として使う。
まさか、パニック映画の知識が役に立つ日が来るとは思わなかった。
それから私とナンシーは急いでその場を離れた。
走っていると人を見かけた。声をかけて走り寄る。だが、それはすでにキャシーと同じ化物だった。
「グァッァアアア!」
叫び声をあげて襲いかかってくる。
ナンシーは恐怖で硬直してしまう。ライフルは音が大きくもしかしたら化物を集めてしまうかもしれない為、ナンシーの手から即席の槍を奪い取り化物の頭を刺し貫く。
キャシーとは違い頭部を刺された化物は動きを止めた。
「危ないところだったな…」
ナンシーにもう大丈夫だと伝える。そして化物の死体を見た時、驚愕した。
その体には沢山の文字が書いてあった。いや、文字ではない。これは遺書だ。
『私はもう長くないだろう。化物に咬まれてしまった私は妻がそうであったように化物になり果てるだろう。なので息子を殺さない為に私は体を縛っておく。動く化物になれば私は獲物を求めて彷徨うだろう。私を殺してくれた貴方にお願いだ。私の息子を、ジョンを助けてください』
父親であった死体を見る。気付かなかったが毛布にくるまれたそれは子供だった。すやすやと眠っている子供、ジョンはこんな危険など露しらずの顔で寝ていた。
「この子の為にも私達も生き残らないと…」
子供を抱えて走った。
幾度も化物に襲われた。その度に命からがら逃げおおせた。それは奇跡だろう。
だが、奇跡は何度も続かない。
「うわぁぁぁ!」
私はとうとう咬みつかれてしまったのだ。
「ジャック!!」
ナンシーが鉈で私にかみついた化物を引きはがす。
「…ッ大丈夫だ!」
私は叫び走りだす。ナンシーもそれに続く。
腕に痛みが走る。私も長くはないだろう。
「ナンシー聞いてくれ」
「嫌よ!」
ナンシーは拒否したが私はそれに構わず続ける。
「私はもう長くないだろう。君はその子を連れて逃げてくれ」
「嫌!貴方を置いていくなんて…!」
「大丈夫だ。君はこんなにも強い」
「私は強くないわ…」
ナンシーの肩を抱きしめる。こんなにも小さな背中に荷物を背負わせるのは忍びないが仕方が無い。
「その子は希望だ。こんな化物に囲まれても、この子は生き残った。それは奇跡だ。もう、僕はこの子を自分の子だと思えるくらいに愛おしく思っている。あの父親に託されたこの子、そして僕は君にこの子を託す。あの父親の願いと、僕の願いを、どうか叶えてほしい」
後ろから化物の声が聞こえ始めた。ナンシーは未だに泣いている。
「ほら、行ってくれ!」
「でも…」
「はやくいけ!!」
僕はナンシーの背中を押す。弱々しい歩調で、次第に別れを振り切るように走りだす。
その背中を見届けると僕は化物どもに振り返る。
「来いよ化物。私が相手だ!」
太い枝を一本持った私は化物に向かって駆けだした。少しでも彼女達が生き残る可能性を上げるために。
あれから、8年が経過した。
化物の事件はバイオ兵器の事故だったようだ。
あの地域はすぐさま爆撃機によって焦土と化した。
私達は軍によって保護された。数人の生き残りの中で、赤ん坊を連れた生還者は一躍、時の人となった
。
「ジャック…」
「まま?どうしたの?」
本を読んでいたジョンに聞かれてしまったようだ。
「貴方のお父さん達を思い出していたの」
「僕のパパは沢山いるの?」
「そうよ、二人いるの。二人とも貴方を助けるために頑張ったのよ」
思い出すと涙が込み上げてくる。だが、ジョンに見せまいと笑う。
「そろそろお父さん達の話をしてあげるわ。聞きたい?」
「うん、聞きたい」
「そうね…、どこから話しましょうか…」
聞かせてあげなければらならない。名も知らぬ父親と、ジャックの話を。