魔法OLコトブキン
さらっと読んでください。
「ねぇねぇ! 昨日コトブキンがまた活躍したみたいだよ!」
「ホント!? だから山崎課長の調子がよかったのね」
「そーよ。いつもなら二言目には『これだから最近の若い者は…』と言ってくるのに、今日は何も言ってこないもん」
「あー幸せー。本当にコトブキン様々だよね」
「ホントホント」
女子トイレは女性の社交場だ。化粧を直すその時間に、様々な情報交換が行われる。
それは仕事の愚痴であったり誰かの悪口であったり流行りのファッションであったり……。
この会社の女子トイレも例外に洩れず、様々な会話が繰り広げられている。その中で最も多いのがやはり上司に対する愚痴。特に庶務課の課長、山崎正文(46歳)に対する愚痴は断トツで、愚痴を言われない日はないと言えるほどだ。
しかし、最近それにも勝るとも劣らない話題がある。
それが、『魔法OLコトブキン』に関する話題だ。
半年ほど前突如現れた魔法OLコトブキンは、人間の『負の感情』から発生するモンスターを退治する魔法少女だ。コトブキンがそのモンスターを退治するたびにストレス社会に渦巻く人間の負の感情が減るため、さっぱりとした気持ちになる人が増える。そしてそれは主に中間管理職、さらに言えば、イヤミや愚痴や文句ばかり言う人間に影響を与えるようで、コトブキンがモンスターを退治した翌日は人が変わったかのように『イイヒト』になるのだ。
そのことに一番喜んでいるのは、日ごろそんなイヤミな上司に苦労かけられている部下たちだ。
だから世の中の虐げられているサラリーマン・OLはそろってコトブキンの活躍を期待している。
がちゃ、と小さく鍵を外す音が鳴り、一人の女性が個室から出てくる。
「はぁ~……。人の気も知らないで……」
若干苦虫をかみつぶしたかのような表情を浮かべ、手を洗う。鏡に映る顔を見ると、そこには代わり映えしない己の顔。
山田華子28歳独身。庶務課に勤めて6年、既に若手とは言えない年齢になってきている。
そんな彼女も半年ほど前までは先ほどのOL達と同じように、女性の社交場の一つであるこのトイレで話の花を咲かせていたのだが、今では……。
「ハナ! 緊急出動! ○×地区にセクハラ系モンスター出現! 今すぐ戦闘準備をせよ!」
「なっ!?」
突然声とともに姿を現したのは、一匹の黒猫。艶やかな毛並みを見れば愛情たっぷりに飼われているのであろうと容易く推測できる。
一見普通の猫。しかし、喋る猫が普通なわけがない。
「ちょ、クロ! 今まだ勤務中なんだけど!?」
「魔法少女にそんなこと言っているヒマなんてない。モンスターが現れたらすぐに出動する。それがこの世界を平和にするために、魔法少女に課せられた使命なんだから!」
「そんな! 私のリアル人生の平和はどうなるの!?」
「今はまだ昼休みの時間。ぱぱっといってぱぱっと倒せば、残り時間内に戻ってこれるって」
「簡単に言うけどね!? こないだそう言って現場に行くまで30分かかったのはなんだったっけ!?」
「大丈夫。現場はこのビルの屋上だから」
「近っ!! てか誰よ真昼間からそんなはた迷惑なストレス発散してるやつ!!」
「ほらほら、つべこべ言ってるヒマなんてない。さっさと変身して!」
「ううっ……」
情けない表情を浮かべながらも手にしていたポーチからコンパクトを取り出す。それを開いて鏡に己の姿を映し、呪文を唱える。
途端まばゆい光が鏡から溢れ出て、それは華子の全身を包んだ。それも束の間、次の瞬間には華子は立派な魔法少女―魔法OLへと姿を変えていた。
定番のふりふりが多く、ところどころにリボンがあしらわれている。白を基調としたスカート丈が超ミニ―だけど何故か中身は見えないという仕様のコスチュームに、縁枠の太めの眼鏡をかけている。
「はい、さっさと行く」
「ううう……」
恨みがましい目をクロに向けてから、華子は―魔法OLコトブキンはトイレを出た。そして、全力疾走で屋上に向かった。途中「あ、れ…?」「コトブキン!?」「うっわ、恥ず…」といった声が耳に入ってきたが、全部無視だ。心の平穏を保つために身に付けたスキルを如何なく発揮する。
「そこまでよ!!」
屋上の扉をびたーんと勢いよく開けて、びしっと右人差し指を突きつける。セクハラ属性のモンスターは全体的にピンクと紫の混じった、なんとも言えない色合いをしている。
「全女性の敵、セクハラ! 許すまじ!! 大人しくこの世から消え失せなさい!!」
そう声をかけて空高く跳躍する。煙の集合体みたいなモンスターに向かって足から突っ込む。手ごたえ(足ごたえ)はなく、ぶわっと煙が二つに分かれたかと思うと再びそれらがふよふよ集まって元の形になる。
「うーん…気体系はめんどくさいんだけど…」
「そんなこと言ってたらダメってば! ほら、さっさと魔法で倒すの!」
「えー…」
「ランチの時間がなくなるよ?」
「うっ、それは嫌だ!」
コトブキンはどこからともなくとりだした口紅を手にし、それをさっと唇に引く。
「覚悟しなさいっ! 『魅惑のルージュ!』」
そう言って指先を唇にあて、モンスターに向かって投げつけた。――所謂、『投げキッス』だ。視覚的な効果は見えないが、モンスターには確実にダメージを与えたようで、もやもやしていた煙が少しずつ薄れていく。それをみて、もう二、三度同じことを繰り返すと、すっかり煙は消えうせた。代わりに残されたのは、透明な石。最後の仕上げとばかりに、その石に勢いよく足を振り落とした。ぱりん、と乾いた音が響いて、その石が砕ける。かと思えば、その石はその存在を消すかのように空気中へと紛れていった。
「浄化完了」
「決め言葉」
クロの目がきらりと輝く。その目に押されたように、コトブキンは口を開く。
「こ…この世の悪は残らず私が退治しちゃうんだからねっ! 覚悟しておきなさい!」
びしっとこれまた決めポーズの人差し指を空に突きつけ、拍手を挙げる見物人を一睨みし、来た時と同じように扉から出て行った。
「も~嫌! いい加減元の生活に戻りたい…!」
なんとか昼休みの時間に食事と魔法OLとしての仕事を終えた華子は一人ロッカールームで吠えていた。
「なんで私がこんなことを…」
「仕方ないじゃん。なっちゃったもんはなっちゃったんだし」
「諸悪の根源が言うなー! で、いつやめられるの、これ」
「後継者が見つかったら、かな」
「こ、後継者…?」
「そう。だって、この世には必要不可欠じゃん、『魔法少女』が」
「だったら『少女』にふさわしい年代の子をピックアップしろってーの!!」
「いいじゃん、『魔法OL』でも」
「よくなーーーい!!」
「はいはい、吠えてないでそろそろ戻らないとやばいんじゃないの?」
そう言われてロッカールームにかけられている時計を見ると、確かに昼休み終了3分前だった。
「ヤバっ…! クロ、今後のことは今夜よーーーく、よーーーーく話し合うからね!?」
「はいはい、行ってらっしゃい」
しっぽをぱたぱた振って慌ててロッカールームを出ていく華子を見送るクロ。
「ま、魔法OLはたしかに存在自体がアレだけど、今なんとかなってるからいーんじゃないかなー」
どこまでも他人事のクロはしっぽをぴっと立てて窓から出て行った。
今から恋人との逢瀬を楽しむのだろう。華子の言葉を『意図的に』忘れて、今夜は戻らないつもりだ。
そして、その後も魔法OLの活躍は続いていく。
もう少しギャグ展開にすればよかったと思いつつも力が及ばないのであります。
(201226)