ヒマとムダが人の心を潤すよう
ペコちゃんが常に舌を出してるのは、体温調節のため。
「さて、どうしたものかのう……」
「いきなりつまずきましたね」
「ヒマやなァ、つまらんなァ」
「敵前逃亡とはッ! 軍法会議にかけ、拷問して不名誉除隊確定よッ!」
四匹はすっかり気合いも根性も萎えてしまった。
「ところで浜松よ、今は御主人の目は無い。腹を割って全て話してもらえんかのう」
「何を?」
浜松は大きな十字架を担いで拷問のリハーサル中。
「ゴミ袋に片付けた例の男……何者か知っとるんじゃないのか?」
「それを聞いてどうするワケ? 特に意味は無いよ」
「そうかもしれん。が、同じ種族として、これ以上隠し事をされていては気分が悪い」
土佐は真剣だった。彼の背後に立つ郡山と出雲も、同様の雰囲気を滲ませている。
「アノ男はただの消耗品。深見素赤を監視するためだけに、偽りの肉親を演じていた」
「つまり、実の父親ではないと?」
「家族はみんな入れ替わりに気づいてなかったみたい」
浜松の口調が重苦しくなり、目つきが悪くなる。
「それが事実だとして、どうしてそんな事まで御存じなんですか?」
もっともな質問だ。
「確かにな。儂等が得られる情報は、ネットに流れる事象に限定されておる」
土佐も訝しがる。
「案外、深見素赤っちゅう女と浜やんが同一人物――とかいうオチやったりなァ」
出雲がニヤニヤしながら呟いた。
「いや~~、よく燃えるね~~」
十字架にくくり付けられたポチ。松明を手にした浜松が静かに点火。何だか遠くを見てる。まさかとは思うが、地雷踏んだ?
「…………(汗)」
「…………(汗)」
「…………(汗)」
三匹が笑顔でダラダラと汗を吹き出しつつ、沈黙。一番あってはいけない短絡的結末が、見え隠れしだした。
「このカスめ。このネタバレめ。この中二病め」
ポチがメラメラと燃え盛りながら文句をたれる。
「はあ~~、もうちょい隠し通せると思ったんだけど。世の中上手くはいかないよね」
何かを諦めたみたいに浜松が大きく溜息をつく。
「バカな……深見素赤という人物の死亡記録は、ネットから確認してある。従って、オマエというアバターを操作している輩は、深見素赤の名を語り、御主人に何かをさせようとしている事になる」
動揺する土佐が反論した。
「うんにゃ。そうじゃなくてさ、深見素赤は手にしちゃいけない超危険物を手にし、電薬管理局から監視がつけられ、彼女は『浜松』になった」
浜松は自分を指差して苦笑いを浮かべた。
「深見素赤という実在の人間が、なんだかの方法で浜松という禁魚になった……と?」
郡山が当惑した表情で尋ねる。
「簡単に言ってしまえばね」
「くだらん。出来の悪い都市伝説じゃ」
土佐がイラつきのこもった声で言い返す。
「信じてもらわなくても結構。あたしは質問されたから事実を言ったまでだし。物的証拠は無いし、今、目の前で証明することも出来ない。けど、享輪コーポレーションに無事潜入できれば、アンタ達の望む回答を見せられるかも」
そう言って意味ありげに微笑んだ。
「よかろう。では、御主人の帰りを待つとしよう」
空気が重い。同じ種族だと思っていた相手に向けられた、疑惑の目。そして、彼等が待つ飼い主の方はというと――
アキバの街の片隅にある小さな公園で、一人静かにベンチに腰掛けていた。小学生の頃、担任の先生に言われた言葉を思い出していた。
「いいですか、皆さん。世の中には悪い事ばかり考え、道端をウロウロしている人達が沢山います。そんな人達は、アナタ方のような良い子を狙って誘拐したり、猥褻な行為に及びます。働く気力の無いオジサンや、いつも自分の部屋に閉じこもっている、『ニート』という人達には気をつけてください。防犯ベルやケータイのGPS機能をフル活用し、身を守りましょう。帰ったら、配ったプリントを御家族に必ず見せてください。それでは皆さん、さようなら☆」
……先生、スンマセン。俺、もらったプリントを帰り道で捨てちゃいました。飛行機にして飛ばしちゃいました。とってもよく飛びました。そのせいでしょうか、25才の俺は、先生が罵っていた『ニート』に成り下がりました。
リアルな重圧からの逃避行動で、一時的に平常心を維持していたが、外の空気が早くも弥富を鬱にさせる。
天使A「まいったなあ……こんなトコで気持ち良く死んじゃってるよ」
天使B「これって残業代出るんスかねえ、先輩?」
天使C「最近は組合からの指示が厳しいしなあ」
天使B「見なかった事にしましょうか?」
天使A「いやいや、そりゃマズイだろ。仮にも俺達って神の使いだしさあ、ビジュアル的に綺麗にくたばったのを放置したら、減給ものだよ」
天使C「それもそうだな。よし、オレが少年を担ぐから、オマエ等は大型犬の方宜しく」
天使A「ちょ、待てよッ……俺、実は犬アレルギーなんだよ。だから代わってくれ」
天使C「やだよ。座敷犬ならともかく、こんなデカくて体臭がキツイのはパス」
天使B「そんじゃあ、この場で洗礼しときますか」
ガソリンかけてライターで点火。
「ふぁあいやあああああああああああああああああああッ!」
珍妙な幻覚に苛まれ、弥富の雄叫びが公園に木霊した。
コインロッカーで留守番中の禁魚達は、すっかり待ちくたびれていた。
「もうやだッ! 拷問のリハーサル飽きたッ!」
低温ローソクを片手に浜松が文句をたれる。
「そりゃ拷問じゃのうてただのプレイじゃぞ」
ジジイが冷静にツッコんでくれた。
「ハァハァ、もう少しだ……もう少しでポチは何かになれそうな気がする」
ポチ、三角木馬に跨って虚ろな瞳になってる。
「アカンッ! ポチが大人の階段上りかけとるでッ!」
全員がムダな体力の発散手段を模索してる。
「めたもるふぉぉぉぉぉぜぇぇぇぇぇ~~!」
マヌケな奇声と共に、いつの間にか着替えた浜松が躍り出る。
「…………」
残念ながら、その光景に真っ先にツッコんでくれる猛者はおらず。
「ポチも変身だあ~~」
即、感染。週末の午前中に放送してそうなアニメの衣装を纏い、浜松といっしょに痛々しいポーズをきめる。背景がやたらとカラフルに光ったり、爆発したりで……なんかもう、ごく一部の成人男性共が拍手してそう。
「は、浜松さん……?」
「アキバ限定魔女っ娘・『ギルティ5』! あたしはリーダーのギルティ・ローズ!」
直訳すると〝有罪な五人組〟になる。
「ポチはチームのリーサルウエポン、ギルティ・ブロッサム。魔法っぽい力でローアングラー共を一掃なのだ~~」
珍妙なスティックを振り回してる。
「……で?」
出雲が冷たい視線を目の前の物体Xに向ける。
「さあ、急いでッ! 衣装は全員分あるから、さっさと着替えてアキバの街をサクッと救うのですッ!」
救いが必要なのはテメーの心だ。
「あ、あの……別に着替えなくても」
郡山は恐れている。魔女っ娘衣装を野郎にも着せようとしているから。
「羞恥心なんてかなぐり捨てなさい。この街では、一般常識と平常心の持ち主は生きていけないの。さあ、今日からアナタはギルティ・チェリー!」
そう言ってズイッと差し出される、フリルまみれのピンクの衣装。
「そんな……」
思わず受け取ってしまい、俯いたまま凍りついてる。
「さあ、出雲もコレで心の鎖を破壊するのよ」
満面の笑顔で手渡されるバイオレットな衣装。なんか、サイズが小さいのが気になる。
「う、うち……裸になンのは平気やけどコレは……いや、マジでアカンて」
ゴクリと息を呑む。何だろう、この不可思議な誘惑。衣装を手に取るだけで、みるみる羞恥心が崩壊していくようなカンジ。
「ビンビン伝わってくるでしょ? 体が魔法の力で高揚するでしょ? さあ、後は変態という名の乙女に変身するだけッ!」
変態になるのが前提みたいだ。
「で、ジジイはコレね」
差し出されたのは目出し帽が一つ……以上。
「儂も?」
高齢者が巻き添えにあった。仕方がないんでかぶってみる。案の定、ただの銀行強盗にしか見えない。
「似合ってるよ、ギルティ・アイリス!」
いやいや、一人だけ明らかに仲間ハズレだから。防犯カメラでズームアップされるから。
「ギルティ・アイリスはチームのマスコット担当ね」
爽やかに笑顔で言われたけど、目出し帽かぶったジジイがマスコットって……。
「そ、それで……一体何を?」
二十歳前後の美青年が魔女っ娘コスプレ。しかもピンク。田舎の御両親はきっと泣いています的な、そんな光景。郡山は薄らと頬を赤らめながら浜松に問う。
「『享輪コーポレーション』のメインサーバーへ突入する」
浜松の表情が唐突に引き締まり、メガネを外して目を細めた。
「――――ッ?」
言葉につまった。悪フザケを展開するものとばかり思ってたため、浜松の発言に対し二の句が継げない。
「本社ビルのサーバー室まで運んでもらう予定だったけど、更紗が怖気づいた場合も想定し、ラップトップのHDに、ハッキング用のチートコードを組ませてもらったの」
「なンや、さっちんは体良く利用されとったンか?」
出雲は衣装のサイズが合わず、二の腕とウエストをパンパンにしてる。
「深見素赤には『敵』がいた。身を守るためには、大事な物を傍に置いておくワケにはいかなかった。だから、オリジナルP・D・Sを安全な場所に移動させた」
「なるほど。引きこもり気味で、友達もおらず、コミュニケーション能力の乏しい御主人は、最適な該当者というワケじゃな」
土佐がヒゲを弄りながら頷いた。
「あたしが所持したままだと強奪されかねない。ダレとも繋がりが無く、平凡で目立たないバカ野郎が必要だった。だから、あたしは沢山の人間とチャットして、それとなく相手の社会的立場や性格を分析し、選別していった。更紗はまさにベストの人材だったワケ」
次第に浜松の表情に微笑みが。ただし、その顔は明らかに悪人の色に変化していた。
「外部から安全にハッキングできるのなら、どうして弥富さんに言ってあげなかったんですか? 彼が享輪コーポレーションで拘束でもされたら、ボク達全員が処理されかねないのに」
郡山が膝を折って座る。ミニスカ仕様なんで中身が見えそう。
「それはそれ。更紗のヘタレな光景が見れて楽しいし――」
「ほう、そいつは興味のあるハナシだなあ」
不意に聞き慣れた声がして、振り向けばヤツがいる。インカムを装着し、薄らと怒りの滲んだ瞳で弥冨が帰還。その手には、着火済みの低温ローソクと乗馬用のムチが。
「あらららららららら~~……やさしくし・て・ね☆」
浜松は力一杯の営業スマイル。だが、残念。
「ポチ、準備しろ」
「うん、分かった。これで浜松も何かになれるぞ」
瞬時にして裏切ったポチが、三角木馬を運んでくる始末。
(うっわ~~……)
展開をスピーディに予測した他の連中は、静かにあさっての方向に目をそむけた。とっても晴れがましい笑顔で。