お外の空気を吸いに行くよう
露出狂じゃないよ。無修正なだけだよ
「皆さんそろったかな? これより第二回『人類と魚類の朝まで生討論会』を始めるよ~~」
本日も世界は平和。だけど、このアパートの一室だけは、その世界から見放されている。
「更紗先生、質問ッ!」
「何だ? 落第生の浜松」
「反省の色って何色ですか?」
「オマエの脳ミソと同じ色だ。だから、反省して廊下に立ってろ」
浜松、バルコニーで直立不動。
「今、最も俺が知りたいのは……コレが一体ダレなのかだ」
そう言って弥富はゴミ袋の中身を指差す。
「深見素赤さんの父親ですね」
郡山が事も無げに言う。
「絶対違うだろッ! 言動が完全にスパイ臭かったぞッ!」
「悪の秘密結社なんてフィクションです。本気にしてはいけない」
「そうじゃな。が、この男の通信内容から察するに、電薬管理局に雇われた可能性もある。身元云々はともかく、この男からの連絡が途絶えたとなると、御主人は確実に怪しまれ、先方はより強引な行動に出るじゃろうて」
土佐がとっても不吉な事を言う。25年の平凡過ぎる人生に逮捕フラグが立つ。
「けど、妙やなァ……うち等は超高性能な生体防火壁やで。いつの間に突破されたン?」
「ええ、そこなんです。突破された痕跡は確認していません。となると、ゴミ袋の中身は深見素赤さんを監視する役目を担い、彼女の最近の行動からここを突き止めたのでは?」
「監視って……実の父親が娘をか?」
「実の父とは限りません」
ガスの散布やケータイでのやり取りは、明らかに一般人の言動ではなかった。
「御主人よ、可能性だけで推測するのでは切りがない。ここからは課外実習といこう」
「は?」
土佐が何かガサゴソと準備し始めた。
「この部屋に引きこもっていても解決せん。情報を足で拾いに行くとしよう」
「よっしゃああああああああああああああああッ!」
反省していた浜松が万歳ポーズで窓ガラスを突き破り、一回転して華麗に着地した。
「……おい」
弥富が今後の展開を予想してイヤな顔になっている。
「ボサッとするなッ! 40秒で仕度しなッ!」
無理だバカヤロー。空を見上げても城は浮いてねえよ。それはそうと、浜松は何がそんなに嬉しいのか、やたらとはしゃぎながらコスチュームチェンジ中。
「要するに、ボク等といっしょに調査に出かけるワケです」
郡山に悪意は全く無い。ただ、禁魚全員に言えるのは――
(コイツ等、絶対ノープランだろ)
俺は試されているんだ。神様の与えた試練なんだ。クリスマス当日のコンビニが、男性アルバイトばっかりになるのと同じ仕組みなんだ。そう考えよう。
「では、各自速やかに外出の準備を」
土佐の号令に従って禁魚達が散る。部屋にはポチだけが残り、膝を折ってポツンと座っていた。
「……何だよ?」
「外は嫌いか?」
「ああ。遠出すると不安になる」
「ポチは水槽から出たことない。だから、連れてけ」
「うらやましいな。好奇心一杯でストレスも感じない。こんなに人間臭いのに」
「オマエは人間のくせに人間らしくないな。どうしてそうなった?」
「無表情でそんな事聞くなよ」
「ポチ達に人のような感情は無い。だから、無表情」
「じゃあ、禁魚達のバカみたいな言動は何だ?」
「P・D・Sに不可能は無い。感情は常に演出される」
クスッ……
一瞬だけポチの口元が歪んだように見えた。
「全員整列ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~ッ!」
ザッ!
「これより点呼をとる」
ザッ!
「郡山ッ!」
「は~~い」
「出雲ッ!」
「はいな」
「土佐ッ!」
「うむ」
「ポチッ!」
「さあ、食えよ」
ザッ!
「ここに精鋭四名と携帯食がそろった。屋外にはいかなる危険が待ち受けているか、想像もつかない。よって、命がけの任務となるだろう。分かったかッ!?」
「質問宜しいでしょうか? 浜松軍曹」
「何だ? 郡山伍長」
「ボク達……何で軍服?」
「あたしの趣味・嗜好が常に優先されるからよ」
「質問ええかなァ?」
「何だ? 出雲兵長」
「うち等ドコ行くンや?」
「地平線の彼方だ」
「ちょっといいかのう?」
「何だ? 土佐二等兵」
「お主の真後ろでダレかが拳を振り上げとるぞ」
「ぬッ、殺気ッ!」
ぐしゃ……
浜松軍曹の顔面にめり込む一撃。
「静かにしろよ、バカ共」
弥富がものすごく厳つい面で登場。鼻血を吹いた浜松軍曹が足元に転がる。
「質問するぞ、弥富少佐」
「何だ? ポチ衛生兵」
「ドコで何をすればいい?」
「街に出る。そして、『享輪コーポレーション』に行く」
覚悟した。引きこもっていても確かに進展は無い。人が死んでいる。しかも、自分の部屋でだ。
「弥富少佐、具体的に享輪コーポレーションで何を?」
「深見素赤について調べる。彼女がオリジナルP・D・Sとどう関係しているのか、どうしてそんなモノを俺に託したのか、知りたい事は山程ある」
「おおッ、さっちん少佐が珍しくアクティブやで」
「で、会社のある『アキバ』という街へ行くのか?」
「ああ。そうだ」
「それって……隣町じゃぞ」
「だから何ッ!? 電車で一駅の距離だとマズイのッ!? それ以上の遠出なんて怖くてできないからッ!」
本日もヘタレっぷりを露呈中だ。
※アキバ街の特徴※
↓
{カメラを首からさげた白人のカップルが2、3組は必ずいる}
{ケバブの店が妙に多い}
{野郎率が高過ぎて、屋内は湿度が急上昇する}
{リュックサックは体の一部}
{美少女が商売してブサイクが金を出す}
バタンッ!
勢いよく閉められる個室の扉。電車が駅に到着し、弥富は足早に電車を降りて階段を駆け下りる。そして、一目散に駅のトイレへと駆け込んだのだ。便器のフタの上に腰かけ、荒い呼吸を整えている。他人様から見れば圧倒的に不審者だ。
「よし。とりあえず第一ポイントに到着だな」
浜松軍曹がビシッと起立している。今度は眼帯まで装着して悪ノリは絶好調だ。
「……おい」
弥富がうんざりした感じで呟く。禁魚の入ったビニール袋にインカムが付けられ、ラップトップにポータブルHDがつながっている。外でもネットにつながるよう、専用のプリペイドカードを使っている。腰かける弥富を中心に、周囲にはいつもの四匹が起立。
「自分で言うのもなンやけど……うち等、何をしとンねん?」
確かに。一つの個室トイレに総勢五人が集合。しかも、アーミーなコスプレで。
「今後の作戦内容を説明する。諸君、コレを見てくれたまえ」
浜松軍曹が紙キレを一枚ずつ配る。そこには左記のように書かれていた。
『作戦名・当たって砕けた★』
作戦の手順…………1.正面から本部ビルに突入
↓
2.深見素赤の勤務していた部署に突入
↓
3.それっぽいHDを根こそぎブンどる
↓
4.笑顔で無事に脱出
――以上。
「……おい、ハナっから砕けてどうする」
「浜やん軍曹、完全に勢いだけやン」
「ええ、ただの無謀ですね」
「若いモンは死に急ぐのう」
不平不満の空気が漂う。
「足りない知恵の分は根性でカバー。我々は特攻野郎・Zチームであるッ!」
要するに行き当たりばったりだ。
「よし、しばらく大人しくしてろ」
弥富は心の中で何か始末をつけたかのように頷き、禁魚の入った袋をコインロッカーに入れた。そこから始まる彼の現実逃避タイム。オタク街へゴー。
「あ~~☆ アドレナリンが良い具合に分泌される~~☆」
弥富、ヘヴン状態。店頭モニターから流れるギャルゲーのBGMに包まれ、彼はすっかり街に溶けている。ダレからも干渉されず、ダレにも干渉せず、街の雑踏に消えて行った。