物語終了のお知らせだよう
女神様「アナタが落としたのはこの『銀の弥富』ですか? それともこちらの『金の弥富』ですか? あるいはこの『JK二人組と焼肉屋でニヤニヤしながら食事する回収屋(実話)』ですか?」
社会人「何も落としてません」
国家調査室の全面的な協力により、裏のスポンサー二名も逮捕された。その内の一人が警察庁上層部に位置する者だったため、社会的には大事件として取り上げられていた。偽P・D・Sに関連して警察の一部と暴力団が結託し、暴利を貪っていた……それが世間一般での評価。その事件の水面下で、巻き込まれたニートや女子高生、暗躍した傭兵チームに関する情報は公にされず、ネットの隅で断片的な情報が都市伝説化したぐらいだ。
事件終結から一ヶ月。一連の出来事が夢であったかのように、弥富の生活は以前と同じペースを取り戻していた。禁魚はいない。P・D・Sも無い。人命を脅かすような不確定要素も存在しない。安定したニート暮らしである。
(俺の手元に残ったのはコレだけか)
彼は手に取ったポータブルHDを見つめて微笑んだ。浜松は深見としての自分をかなぐり捨て、ネットの海へと消えてしまった。コレは本当に彼女の形見となった。そう思うとなんか刺されるような寂しさに苛まれる。
ストンッ――
「ん?」
玄関戸のメールボックスに、何かが投入される音がした。
「アイツ……ケータイの番号教えてあるのに何やってんだ?」
ボックスの中には小さな封筒が。裏には『長洲しるく』の名前。弥富は照れ臭そうに開封し、中に入っていた一枚の手紙を手に取り広げた。
―― この手紙を読もうとしているアナタへ。差出人が後ろに立っています ――
(――ッ!?)
思わず後ろを振り返る。が、ソコにダレかが立っているハズもなく。彼は微妙にドキドキしながら手紙を裏返した。
<プギャー!m9(^Д^ )m9(^Д^)9m( ^Д^)9mプギャー! マジで振り向いてやんのッ!>
「ウザッ!」
ものすごくしてやったりな最初の一行。本当に振り向いてしまったから、余計に悔しい。
<よッ、相変わらず自宅警備で忙しい? こっちは毎日警察の事情聴取でウンザリだよ。ま、裏仕事は身から出た錆だから仕方ないけど、その雇い主がうちの両親を殺してたから大事。二人が死んだって知った朱文は大泣きするし、裏仕事で稼いだ金は凍結されて使えないし。もし、高校中退で路頭に迷ったら、そっちのアパートに顔出すかも★>
(うひッ……!)
背中に悪寒を感じ、またしても後ろを振り返ってしまった。もちろん、彼女の姿は無い。
<しばらくはドコにも外出できないから退屈ぅ(泣) 自室が今度はアタシの軟禁部屋になっちゃったとか、世の中何が起きるか分かんないよねwww 朱文から借りたラジオをつけっぱなしにして、一日をムダに過ごしてるけどさ、アタシ等の関わった事件がずっと放送されてて、やっと実感。ヘタすりゃ雇い主に証拠隠滅で消されてたワケだし、今更だけどゾッとしてる>
(だよな。名前すら公表されてねえけど、俺って、事件の渦中に居たんだよな……)
手紙を摘まんだ指がジワリと汗ばむのを感じた。権力と暴利を司る者に弄ばれた自分。確かにあの時、一寸先は闇ってヤツだった。
<でも、こうして生きて気持ちを伝えられるんだから、津軽のオバサンにはちょっぴり感謝してやんないとね。朱文の目の件で、カナリ強引に偉い人へ掛け合ってくれてさ、特別に手術が許可されたみたい。直接顔を合わせたりしたら、またビンタの一つも叩き込みたくなっちゃうからさ、アンタの方から御礼しといてよ。後、また朱文に変なコトしに来たら、今度こそ本気で叩き潰す(怒)って言っといて。そんじゃあねぇ~~♪>
(〝また〟って……津軽さん、いいかげん手が後ろに回りますよ)
一連の事件は彼女の人生も一変させた。睡眠を必要としなくなる奇病が消え失せ、脳髄と神経系統は完全に回復していた。医者の診断によれば、人並みの寿命を全うできるだろうとのことだ。それも全ては深見のおかげなのだが……
―― 追伸・この手紙を読み終えたアナタへ。差出人が玄関戸の向こうに ――
コンコンッ、コンコンッ
不意に玄関戸をノックする音。一瞬、ビクッとしてしまった弥富だが、軽い溜息をついて気を取り直す。
(はいはい、キタよこういうオチ。俺、もうビックリしないから。絶対しないから)
しばらくは外出できないとか書いといて……。大して頭は良くないくせに、こういう細かい演出は思いついたりする。
「俺はいませんよ~~。中にはダレもいませんよ~~」
小バカにするような口調で、玄関戸に向かって答える。
コンコンッ、コンコンッ
当然、相手はノックをやめない。ここで開けてくれなかったら、オチがつかず切ない空気になるし。
「オマエってさあ、ウケをとるのに人生の無駄使いし過ぎだよ」
立場的にはこっちが有利。焦らされてハラハラしているしるくを想像すると、嗜虐心が刺激される。
コンコンッ、コンコンッ
「そうか。あくまで俺の驚く顔が見たいか。けどな、メイド・イン・豆腐なハートは立派に成長していてだな――」
ガチャ――
「お久しぶり。そして、はじめまして」
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――(ぐしゃ)」
ドアを開けると同時に聞こえた、弥富のハートが砕け散る音。
深見素赤がそこにいた。
【完】