屋内でバトる際は、せめて靴を脱いでからにしてくれよう
ドラ○もん「ドコまでもドア~~!」
の○太「……どんな意味が?」
ドラ○もん「使うと微妙にイラっとする」
「で、アンタ等何者よ?」
しるくの目にヤル気のオーラがみなぎっている。両手の指をゴキゴキと鳴らし、今にも飛び掛かってきそうな物腰だ。
「こっちはプロだ。しかも五対一。勝ち目の無い殺し合いで苦痛を味わうより、楽に死ねる方法を提案したいのだが」
そう言ったJの目線の先では、Sがスーツケースから注射器を取り出している。
「痛くされる方が好きなら、コイツで犯してやってもいいんだぜ。オ嬢チャン」
しるくの背後に立つBの手には、サイレンサー付きの自動小銃。
「わぁ~~お、可憐な女子高生一人に、オッサンが四人がかりでオモチャプレイ? 薄い本が出来そう」
殺傷兵器を前にしても彼女の戦意は萎えないが、勝機は欠片も感じてはいなかった。ハナっから勝つ気も無い。とにかく、朱文を外に逃がすタイミングだけを得る。その一点に集中していた。
ダンッ――!
「うおっとッ」
しるくが強烈に床を蹴り、次の瞬間には、Bの鼻先を飛び後ろ回し蹴りがかすめた。彼女は着地と同時に腰をストンッと落とし、矢継ぎ早に脛めがけて蹴りを放つ。
(うぐッ……!?)
綺麗にヒットしたがBが体勢を崩すことはなく、しるくが痛みで顔を歪める。
「元気なオ嬢チャンだ。五体満足の身だったらヤバかったかもしれねえな」
そう言って制服の裾をめくり上げたそこには、金属製の義足がキシキシと音をたてていた。
「諦めろ」
Jの一言が場の空気を決定づけた。
バコンッ!
「――ちょッ!?」
リビングの床下に続くパネルが吹き飛び、そこから生えてきた一本のズ太い腕が、しるくの足首をつかむ。外の見張りに立っていたTが中からヌッと現れ、ケタ外れのパワーで彼女を無造作に振り回し、壁に叩きつけた。
「こちらも雇われた身。悪く思うな……とは言わん。死ぬ瞬間まで罵ってくれ」
憐みすらたたえたJの視線が向けられる。
「罵る代わりに教えてよ……何でアタシがヤられなきゃいけないの?」
最早、生殺与奪の空気は傭兵チーム側のモノ。どうしようもない絶望感に打ちひしがれ、しるくは目尻に涙を溜めながら問う。
「やめとけよ。良い思い出にだけ抱かれ、静かに死にたいならな」
ソファに深々と体を沈めたBが、面倒臭そうに答える。
「…………」
が、しるくの気迫は揺るいでいない。最後の抗いにも似た視線を向け続ける。
「いいだろう、残酷な事実を話そう。まず、オマエの両親は既に殺されている。Mr.アルビノの指示でな」
「――――ッ!?」
しるくの瞬きが止まる。
「自分の親が何者だったか知っているか?」
「二人ともただのプログラマーよ。殺されるような事は――」
「違う。オマエの両親は警察庁の内部調査官だ。社会的立場上、家族にすら正体を隠す必要があった」
「そんな……!」
「二人は調査の一環で、偽P・D・Sに関係する金の流れを知ったのだ。そして、その汚れた金が、身内の上層部に繋がっていると突き止めた」
「安い三流サスペンスね。バレたと知ったMr.アルビノが、告発される前に口を封じた……そういうワケでしょ?」
「少し違う。二人は偽P・D・Sの件をネタに彼を強請ったのだよ。裏ビジネスに一枚噛ませろとな」
「ウソよッ! 下らない事言わないでッ!」
激昂して涙が頬を伝った。
「なら、もう一つ下らん事実を話そう。オマエの弟の失明……それにもMr.アルビノが関わっている」
「何ですって……!?」
「偽P・D・Sは粗悪な脱法ハーブなどとは違う。非公式でモニターを募集し、製品の特質と妥当性を確認して、ネットの裏サイトに流す。周知の通りその中毒性は高い。個人の体質によっては、肉体・精神に障害をきたす。今回はオマエの弟が割を食ったというワケだ」
「要するに、姉弟そろってアルビノの旦那に利用されたんだよ。オマエが両親の行方を独自に捜索しないよう、わざと自分の目と手が届く所に置き、監視していた。ついでに裏仕事を押し付けてな」
JとBが軽く鼻で笑う。
「……そう」
しるくの声から抑揚が消え、瞳に影が落ちる。次の瞬間、彼女の首を掴んでいたTの腕を、尋常ではない圧迫と痛みが襲った。
「ぐおッ!?」
腕の筋肉と骨が軋み、小刻みに震え出す。
「やめやめ、やっぱ諦めるのや~~めた」
殺気が噴き出す。しるくの手がTの前腕に食らいつき、握り潰さんとしている。
「放しやがれクソガキがッ!」
ゴッ!
鈍い音がした。Tの大きな拳がしるくの顔面に叩き込まれ、ブッと鼻血を噴いた。にもかかわらず、彼女は口元に不気味な笑みを浮かべ――
ガブリッ!
「ぬあッ!?」
その拳を丸呑みするかのような勢いで噛みついた。
「あのクソオヤジの本性はよ~~く分かったわ。だから、弥富更紗は絶対渡さない。たった今から、長洲家の専属家政夫として雇っちゃう」
しるくの反撃。突き出された腕に素早く両脚を絡ませ、腕ひしぎ十字固めの要領で、Tを床に倒れ伏させる。
「逃がすなッ!」
Jの一喝で他のメンバーも動いたが、彼等の手をすり抜け、二階への階段を駆け上がる。
「おっと、こっちはまだ捜索中っス。大人しくしてて欲しいっスね」
階段の先で待ち受けるL。
──────────────────────────────────ガギンッ!
(……何だ?)
ドアのすぐ向こうから聞こえた、乾いた金属音。反射的に視線を向けた直後――
ドゴンッッッ!
「うわッ!?」
ブ厚いドアが吹き飛ばされ、Lが下敷きになる。
「ようやく出番ですわね。待ちくたびれましたわ」
両手に手斧を装備し、毅然とした面持ちで立つ女が現れる。
「何者だ?」
Lの後に続いて階段を上ろうとしたSが、笑顔を崩した。
「電薬管理局・実動課エージェントの津軽と申します。アナタがMr.アルビノかしら?」
下敷きになったLをドアごしに踏みつけながら、蔑みの目で見下ろす。
「ちッ……」
軽く舌打ちして踵を返し、リビングへ戻って行く。
「何よ……動けるんならもっと早く助けなさいよね、オバサン」
「タイミングを見計らってましたの。おかげで不様な姿を拝見でき気分が良いですわ、小娘」
憎まれ口をたたきながらも、床に転がったしるくに手を差し伸べる。
「行儀良く頭を下げたりなんかしないからね」
攻撃的な声で言い返しながら、その手を掴む。抗う意志は決して萎えていない。
「上等ッ」
津軽の口元が不敵に歪んだ。
「どうした? さっきのは何の音だ?」
リビングに戻ってきたSにJが問いかける。
「不確定要素の乱入だ。二階に武器を持った女が一人控えていた」
「Mr.アルビノからは何も聞いていないぞ」
「電薬管理局のエージェントと名乗っていた」
「何ッ? アルビノめ……我々が任務を拒否すると予測し、あえて情報を伏せたな」
傭兵チーム一同に緊張がはしる。
「どうするJ? 前回の施設強襲の時と違って、変装の準備は無いぜ。それにオレは既に顔を見られた。まとめて片付けるしかねえ」
「そうだな。近所の人間が警察を連れてくる前に、さっさと終わらせねえと」
Bが自動小銃にサイレンサーを取り付け、立ち上がる。
「あの小生意気な小娘はともかく、朱文殿にまで手をかけるとなれば、容赦致しません」
リビングの四人にはしる戦慄。階段を下りてくる音は全く聞こえず、構える前に津軽がその姿をさらした。
(ん?)
彼女の勇姿を目の当たりにしたJが目を細めた。
「思い違いだったら謝るが、貴様……ドコかで会っていないか?」
「むさいオヤジの顔は、なるべく早く忘れるようにしてまして。失礼ながら、記憶しておりませんわ」
バカにするように軽く鼻で笑った。
「ナメるなッ」
両手を組み合わせ、背後から振り下ろすT。津軽は前方を向いたまま、股割りをする要領でTの股下をくぐり抜け、攻撃を回避と同時に、手斧で両方のアキレス腱を素早く切断。
「――ッ!」
一連の身のこなしから相手の実力を瞬時に把握し、SとBが各々のエモノを構えたが、Tが床に倒れ伏すよりも早く、手斧が投げつけられる。
ガギンッ!
一本はBの義手を切断したが、もう一本は、Jの構えたコンバットナイフが叩き落とした。
「おや、優秀な〝目〟をお持ちのようで」
探りを入れるような声で言われ、Jがかけていた野暮ったいメガネを外した。
「この感触……思い出したぞ。貴様とは何年か前に、軍部の合同演習で会っている」
「あらまあ、左様で」
「貴様は近接戦闘のインストラクターとして招集され、私は実技指導を受けた。そして、負けた……屈辱だったよ。幾度となく実戦経験のある私が、貴様のような小娘相手に膝を折ったのだからな」
「愚か。大軍に混じり、高性能な銃火器を使い、莫大な国防予算に守られた〝実戦〟など、無意味。だから、わたくし如き若輩に敗れるのです」
「その通り。私は軍人として以前に、人間として甘かった。〝リスク〟を背負わずして力は手に入らん。だが、偽P・D・Sは〝リスク〟以上のモノを私から奪い去った」
彼は叩き落とした手斧を拾い上げ、津軽に投げ渡した。
「……フェアプレイを御望み?」
「失ったモノと引き換えに得た力を、相手に認めさせるためだ」
「いいでしょう。ところで、失ったモノとは?」
「二度と戻ることのない妻と幼い娘の正気。そして――」
ガギャンッ!
袈裟斬りに振り下ろされた手斧を、力強く受け止めるM9。津軽とJの火花を散らす鍔迫り合いの接戦。
「ごめんあそばせ」
スゥゥゥっと一気に息を吸い込み、次の瞬間、津軽の全神経と筋肉が踊り狂った。
―― 右斬り上げッ! ―― ―― 水平斬りッ! ――
―― 袈裟斬りッ! ―― ―― 左斬り上げッ! ――
―― 逆袈裟斬りッ! ―― ―― 突きッ! ――
「くうッ!」
怒涛の六連撃。体のいたる所から腕が生えたかのような、変幻自在の攻撃に、Jの顔が激しく歪んだ。
「上等。全て受けきるとは驚きですわ。もしや、『観の目』を体得してらして」
「体得したワケではない。偽P・D・Sの中毒症状が引き起こす、失明の産物だ。私の目は既に物体を正しく認識できず、常にボヤけている。その代わり、動く物体全てに素早く反応し、攻撃の軌道が先読みできる」
「なるほど。しかし、アナタのソレは所詮、僥倖。自分のモノにしきれない牙は、簡単に折れてしまいましてよ」
――パキンッ
M9が折れ、刃先が床に転がった。
「任務失敗か……」
「Jッ!?」
メンバー達の士気も折れた。
「降伏なさい。雇い主に関する情報を吐いていただければ、管理局のエージェントとして、警察機関に口添え致しましょう」
「気遣い結構。この国に留まれないのなら、どう扱われようとも意味は無い」
「……と言いますと?」
「我等チームは烏合の衆ではない。それぞれが違った形で偽P・D・Sに憎悪を抱く。裏のスポンサーの抹殺こそが最終目的だった」
「わたくしの職場を強襲しておきながら、その言葉を信じろと?」
津軽の鋭い眼差しが、片膝をついたJを射抜く。その直後。
<くぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~マッマッマッマッマッマッマッマッマッマッマッ!!>
「――――ッ、何だッ!?」
朱文のラジオから聞こえてきた、けたたましい笑い声。リビングに居る者全員が固まった。
(この声はプー左衛門……何故公共の電波から? もしや――)
ハッとしたJがテレビの電源を入れる。
<今から起きて仕事に出かける真っ当な社会人も、今から寝ちゃう生産性無視生物の皆も、まとめてグッモォ~~ニィ~~ンッ! 拙者の名前はプー左衛門。巷で人気の卑し系だクマ★>
モニターに映った可愛らしいクマのヌイグルミ。どのチャンネルに変えても、同じ映像が流れている。
「何のつもり……!?」
ヌイグルミの背景を目にし、津軽が息を呑む。そこには電薬管理局本部施設の外観図と、局長の顔写真が貼られていた。
<社交辞令は抜きにして、早速、拙者から通達させてもらうベア。これより人類の文明をちょっぴり破壊するんだな。何をする気かって? 『世界を統べる13の首』を一斉に斬り落とし、テレビもラジオも新聞も機能しない、まさに〝無情報化社会〟を到来させてやるんだクマ~~>
「何だとッ!?」
Jとその仲間達がザワめいた。
「小競り合いをしている場合ではなくなりましたわね。裏のスポンサー抹殺という目的が事実なら、わたくしと共に管理局へ参りましょう」
事態は急変した。