奇襲をしかける連中は大抵寝不足だよう
『アルバイト急募』・採用条件=現世に未練の無い人
「どうしてこうなった……?」
すっかり夜も更け、就寝しようとしていた弥富だったが、彼はいつもの監禁部屋ではなく、朱文の部屋で横になっていた。
「いいじゃん。朱文が一緒に寝たいって言ってんだし」
彼の向かい側には、同じく横になっているしるくのパジャマ姿が。二人に挟まれ仰向けになっている朱文は、既に可愛らしい寝息をたてている。
「本当にいいのか? オマエが寝た後、俺は好きにできるんだぞ」
「プププッ、童貞が凄んでどうすんのよ。ヤレるもんならヤってみなさい」
「いや、そうじゃなくてだな……この部屋に鍵は付いてないし、俺が逃げ出す事は考えねえのかってこと」
「アンタは逃げない。絶対に逃げない」
「ドコから来た確信だよ?」
「バカでニートでネガティブな人生のくせに、頼まれ事を断れない義理堅いヤツだから」
彼女はそう言ってクスリと笑った。
「へいへい、そうですか。御褒め頂き光栄のいたり」
何だか嬉しかった。ダレからも関心を持たれない人生を送ってきて、他人から必要とされる気分に初めて浸れた。拉致されて監禁されて……こんな状況なのに。いや、社会の喧騒に触れる事に臆病な自分だから、むしろこうなって良かったのかもしれない。アンジェリーナが言っていた、自分にしか出来ない事。その一端を感じられたような気がした。
「『L』、通信網の遮断は?」
「完璧っス、『J』。携帯ジャマーの出力最大。深夜の内に一帯の保安器に細工し、通常回線も黙らせておいたっス」
「『B』、発砲は極力控えろ。我々につながる痕跡は残したくない」
「ああ、分かってるさ」
「『T』、突入後は庭から俯瞰しろ。ダレ一人として外に逃がすな」
「了解です」
「『S』は速やかにターゲットを捕獲し、荷台に詰み込め」
「で、アンタはどうするんだ?」
「極めて卑しく、ダレもやりたがらない仕事を引き受ける」
「本当に殺る気か? 相手はハイスクールの小娘に全盲の少年だぞ」
「偽P・D・Sに関わった者に大小の差は無い。罪人として裁くまでだ」
「なら、オレ達の雇い主こそ、アンタの信条に抵触しないか?」
「帰国前に決着はつける。Mrsタンチョウもプー左衛門も私が潰す」
早朝――。通りに人影は全く無い。鈍重な天候から降り注がれる豪雨。その音はあらゆる生活音を、人の声を、気にもとめないノイズをも掻き消す。一台のトラックが住宅街の一画を徐行し、エンジンの重低音を撒いている。特に珍しい光景でもない。ただ一つ、運転席にダレも乗っていない事をのぞいては。
グゥオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォッン!
突如、エンジンが荒ぶる。急発進して法定速度を軽く超え、そのまま真っ直ぐ走って――
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――ッッッ!!
門と塀を薙ぎ倒し、勢いそのままに一軒家の玄関へと突っ込んだ。『長洲』と彫られた表札が砕け散る。
「諸君、ここからは時間との勝負だ。この国の優秀な警察が気づく前に、任務を完遂する」
トラックの荷台が開き、中から現れたのは五人の男たち。例の傭兵チームだ。全員が警察の制服を着用しているが、彼等の動きに公僕特有の鈍重さは無い。自ら事故現場を作り出し、素早く規制テープを張りめぐらす。そして、現場の前に巨躯の男が立った。『T』と呼ばれていた装甲歩兵だ。
「行くぞ」
『J』と呼ばれていたヒゲオヤジを先頭に、他の四人は裏口に回り、『L』と呼ばれた小柄な青年がピッキングでドアを開け――
「うりゃああああああああああああああッッッ!」
ドゴッ!
ドアの向こうから唐突に飛び出すドロップキック。Lの顔面にめり込み、派手に吹き飛ばされた。
「小娘の方かッ!?」
奇襲をしかけた側が不意を突かれる形となり、Jが慄く。自分の家にトラックが突っ込んでくれば、十中八九そちらに気をとられ、現場に足止めになるハズ。だが、小娘――長洲しるくは迎撃のため、真っ直ぐ裏口にやってきた。
「やめたまえ、我々は警察の者だッ!」
「その格好見りゃ分かるわよッ! アタシの家にトラックで突っ込んどいて、一体どういう了見ッ!?」
「事故を起こしたのは我々じゃない。ネット上に殺害予告を示唆する書き込みがあり、本庁のサイバーポリス部署から監視の指示を受け、見張っていた」
「……身分証は?」
「よく見てくれ」
Jが本物の警察手帳を取り出して見せる。Mr.アルビノが用意したものだ。
「げッ……ホントにオマワリさんじゃん。ありゃ~~、スミマセ~~ン(汗)」
しるくはちょっぴり顔を赤くして、蹴り飛ばしてしまったLに駆け寄り、ペコペコと頭を下げている。
「御家族の方は?」
「ええっと~~……今は事情があって両親はいなくて、弟と一緒に暮らしてます」
「弟さんは二階かね?」
「ええ、そうです。今の音で起きたと思うんで連れてきますね」
「いや、君はここにいてくれ。うちの者を向かわせる」
そう言ってJがLに目配せした。
「捜査とか現場検証って時間かかりますか? アタシ、昼までに部活に行かないと」
「いや、時間はかからない。すぐに済む」
そう言ってしるくの背後に立ったJ。その手には、油を塗ったスチールワイヤーが。
――フッ
一瞬の空気の乱れ。しるくの首根っこを狙った殺意が――
ズンッ!
「くッ……!」
Jの体が数歩後ずさった。彼の腹部に、強烈な後ろ回し蹴りが叩き込まれたから。
「どうして分かった?」
「Mr.アルビノが前に言ってたんだよね。<オマエの所に警察が訪ねる事は絶対に無い。もし、本物の制服と手帳を身に着けた警察が来たら、ソイツは警察以外の何かだ>――って」
「ちッ、余計な入れ知恵を……」
Jが軽く溜息をついた。
「……何っスか〝コレ〟?」
二階の捜索でLが最初に入ったのは、しるくの部屋。彼が目にしたのは、スーツ姿で床の上に転がされてる、一人の女性。両手両足を拘束され、口には猿轡。背中には〝反省中〟って書かれた紙が貼られてる。事情を知らない人間から見れば、明らかに事件現場だ。
(困ったっス……)
家の住人の情報に該当しない者を発見。やれやれといった顔で、彼女をお姫様だっこしようとしたその時。
ザザザッ、ピュィィィ……
「んんッ?」
不意に聞こえてきた機械的なノイズ。音はすぐに消えたが、確かにクローゼットの中から聞こえた。
(なるほど。捜す手間が省けたっス)
片手に筋弛緩剤の注射器を構え、クローゼットの扉を静かに開けた。
「……ッ」
「ちょろいもんっスねえ」
朱文をしっかりと抱き締め、相手を睨みつける弥富が居た。
「さあ、来てもらうっス。Mr.アルビノが御所望っスよ」
「俺が言うのもなんだけどよ……アンタ等、頭オカシイぞ」
勝算の無い相手に対する弥富のわずかな抵抗。
「そうっスね。偽P・D・Sがまともだった頭を奪ったっス。うち等のチーム皆が同じなんスよ」
「……え?」
一瞬、Lの顔に影が落ちたような気がした。
「とにかく、一階のリビングに集合っス」
従う他に道は無い。弥富の腕の中には、弱々しく震える命がある。生まれて初めて感じる義務感が、彼の中に隠れていた勇気を突き動かしていた。