ド深夜に暴れると、御近所の奥様方が勘違いするよう
シスター「申し訳ありませんが、私……最終回につき、転職させていただきます」
神&作者「オー人事ッ!? オー人事ッ!?」
「ここですわね」
津軽は原付の持ち主を特定し、長洲家の住所を探り当てた。時刻は既に午前1時を過ぎ、周囲の住宅の殆どは、灯りを消して寝静まっている。
(参りますわよッ)
通りに人の気配は全く無く、彼女は側に建っている電柱を利用して、三角跳びの要領で器用に塀を越えると、敷地内に着地。と同時に、クラッチバッグから愛用の凶器を取り出した。
「さて」
キッと二階を睨みつける。灯りがついている部屋は一つ。まずは消灯している部屋から侵入するのが常套。
ヒュッ──
先程と同様に塀を蹴って三角跳び。闇夜を舞うムササビのごとく、身軽に軒先へ乗り移る。素早く部屋の窓に接近し、ガラス切りで窓の一部を円形に切り取った。
カチャ……
窓に開けた穴からゆっくりと手を差し込み、鍵を開ける。彼女は音がしないよう、窓を半分程開いて侵入した。
「…………」
部屋は大して広くないようだ。光源は外から差してくる、ささやかな街灯の光のみ。目が完全に闇に慣れるまでは動き回れない。彼女は中腰で固まったまま、息を殺し耳をすます。
(────ッ、気配が……寝息?)
すぐ近くから、とても小さく聞こえてくる人の息使い。間違いない……何者かが寝ているのだ。もしかすると、偽メイド本人にいきなり当たったのかもしれない。緊張で額に汗を滲ませながら、目をこらす。布団だ。床に布団を敷いてダレかが寝ている。壁の方を向いて寝ているため顔は確認できないが、明らかに例の偽メイドとは別人だ。
(家族の一人?)
あまりとりたくない手段だが、ここは人質として、敵である偽メイドに人質交換の交渉を迫るのが常套。
「失礼致しますわッ」
バッ──!
まさに寝込みを襲う。相手の首に片腕を回し、強引に上半身を起こさせると、もう片方の手斧の刃を相手の背中に当てた。
「あうッ──、えッ……何? ダレ? オ姉チャンなのッ!?」
背後から羽交い絞めにされ、相手の口から驚きの声が漏れる。
(声の感じは子供のようですわ……それに今、〝オ姉チャン〟と。偽メイドの外見年齢から察するに、コレは弟かしら?)
冷静に洞察力を働かせ、彼を布団の中から引きずり出した。
「どうか御静かに。心を静めて言う通りにしていただければ、危害は加えませんことよ」
津軽は彼を無理矢理立たせて、周囲を見渡す。廊下の照明だろうか、部屋のドアの隙間から淡い光が漏れている。
「や、やだッ! オ姉────ッ、んぐッ……」
「声を上げてもロクな事にはなりませんわよ。さあ、アナタの姉上の御部屋まで、案内してくださいまし」
大声を出しかけた口を手で塞ぎ、有無を言わさぬ威圧的な態度で背を押す。
「…………う、うん……」
彼はビクビクと怯えつつ部屋のドアを開け、津軽を先導する。廊下に出て左に曲がり、突き当たりの部屋の前で止まった。津軽が耳をそばたてる。見たところ普通の民家。ドアに何かしらのトラップがあるとは考えにくいが、慎重を期するにこしたことはない。
バタバタバタッ!
(────ッ!?)
部屋の中から何者かが争っているような物音。
「いいかげん観念しなさいよッ!」
「よ、よせッ! やめてくれッ!」
「ウフフッ、別に死ぬワケじゃないし、見た目より痛くはないって。すぐに慣れるわよ★」
「な、何で俺がこんなめに……はぐぅぅぅぅぅッ!」
男女が言い争っている。声の主が例の偽メイドと弥富であることは、すぐに分かった。
(拷問? もしや、何か重要な情報を弥富殿から引き出そうと……?)
これはマズイ事態だ。一刻も早く救出しなければ。津軽は意を決した。
――――バンッ!
「そこまでですわよッ!」
荒々しくドアを蹴り開け、人質を盾にして突入した。
「なッ……!?」
「あッ……!?」
一瞬にしてフリーズする一組の男女。中に居たのは確かに弥富と偽メイドであったが、津軽が想定していた事態とは、少々異なっていたようで。両手首を縛られ、仰向けに寝そべった弥富に偽メイドが馬乗りになり、上着を強引にめくり上げながら、手に持ったピアスを彼の乳首に装着しようとしていた。そんな状態で固まった二人。マヌケだし、恥ずかしいし、青少年保護条例が黙っちゃいないし。
「し、失礼致しましたわ」
バタンッ
なんか申し訳なさそうな声でドアを閉める。で、数秒間の沈黙と思考。
「そこまでですわよ、犯罪者ッ!」
「ちょッ、アタシの弟から離れなさいよッ! この犯罪者ッ!」
再度ドアを蹴り開けて対峙する二人。画的にはどちらも色々と犯しちゃってるし。
「つ、津軽さんッ!?」
貞操の危機に颯爽と現れたヒロインの名を呼ぶ。
「弥富殿、御無事で?」
「一応無事っぽいですけど、画的にはあまり無事っぽくありません」
確かに。
「オ、オ姉チャン、この人って……!?」
目が見えない彼──朱文はすっかり怯えきっている。
「くッ、この卑怯者めッ!」
「朝駆けして人を拉致するような輩に、言われたくはありませんわ。ここで無駄な時間を費やしているヒマはありませんの。弥富殿を今すぐ引き渡しなさい。さもなくば、アナタの弟さんを……」
そう言って手斧を彼の頬に近づける。部屋の照明に照らされ、朱文の顔がハッキリと津軽の目に映った。
「────まあ☆」
朱文の顔を目の当たりにして、津軽の口から漏れた声。とっても不吉な要素を含んだ声。
(なんという運命の悪戯ッ、わたくしのハートにドストライクな美少年ッ!)
朱文にとって残念なお知らせ。彼は〝人質〟から〝戦利品〟に昇格してしまいました。
(マズイ……津軽さんの顔つきが変わった。社会的に大問題な性癖が発動してる)
弥富の頬が引きつる。
「アンタ、それでも政府の役人なのッ!? アタシの弟に何かしたら……!」
「お黙りなさい。この家がアナタの根城ということは、全ての居住者が調査対象となります。大人しく弥富殿を返しませんと、弟さんを犯し──いえ、共犯とみなして逮捕しますわよ」
冷静な素振りではあるけど、心の中はムラムラ中だ。
「ま、待ってよッ! 弟は事故で全盲なの。それに、まだ13歳。逮捕なんかされて妙なトラウマができたら……」
「13歳? まあ、まさに食べご──じゃなくて、若いのに御気の毒ですわ」
津軽さん、もう少し頑張って本音を隠してくれ。
「ところで、この有り様は何ですの? 弥富殿はわたくしの護衛対象者。経緯を説明していただきますわよ」
そう言ってキッと睨みつけてくる。
「ええっとですねぇ(汗)」
当惑する弥富。SMチックなアイテムで拘束され、しるくに馬乗りにされていたのには深いワケがある。
津軽突入の数分前――
「それじゃあ、上も下もポポポポ~~~~ッイといっちゃって」
「いやいやいや……えらく当然みたいな言い方だけどさ、丸裸になる必要はないよな?」
「だってぇ、拘束具の構造上、服の上からじゃインパクトないし。アタシも楽しめないし」
思い出した。コイツ、自分が見ている前で、俺に排尿させようとしてたんだった。
「下半身は勘弁してください。弁護士を呼んでください。心の貞操が遺書を書こうとしてますから」
弥富、しぶる。
「う~~ん……じゃあ、こう考えてみて。アダムとイヴは禁断の果実を食べちゃって、ピュアな心を失い、羞恥心が芽生えて服を着るようになった。ということは、露出狂の人は失われたそのピュアな心を取り戻しつつある、素晴らしい人類ではないか……ってワケよ」
どんだけ強引な曲論だよ。
「──っという事がありまして。無理矢理剥ぎ取られそうになったトコロに、津軽さんが現れてくれました」
端的に説明し終えて、少し落ち着いた弥富。使い道の無い貞操は守られた。
「状況は把握致しました。では、早速」
ヒュッ──!
手の平で軽やかに踊る二本の手斧。津軽は朱文を優しく部屋の外に押し出し、長洲しるくと対峙した。
(ふんッ、完全にヤル気じゃん)
殺陣の空気を感じ取ったしるくが、額に冷や汗を滲ませる。こうも早くここを特定される事自体が想定外。自室とはいえ、こんな狭いスペースでは地の利もクソもない。先に凶器を装備した方が圧倒的に有利だ。
「今回は、マネキンを振り回すというワケにはいかないようですわね。つまり、準備の無いアナタに勝機は皆無。わたくしも畜生ではありません。抵抗しないのなら、傷つけはしませんことよ」
厳然たる態度で言い切った。勝利を確信したこの余裕に感化され、低下しかけていたしるくの士気が急上昇した。
「ナメんじゃないよッ、オバサンッ!」
ジャラッ!
足元に落ちていた細い鎖付きの首輪を拾い上げ、構えた。
(所詮は素人ですわね。このような狭い場所では、間合いの微妙な調整が必要なロングレンジの武器は不利)
津軽の口元がわずかにニヤける。
「それでは御仕置きと参りましょう」
相手との距離は、床の一蹴りで無くなる程度。鎖をどの方向から振り回してきても、確実に手斧の一撃が先に入る。例え防御に使ったとしても、SMグッズとしての鎖……防ぎきるだけの太さも強度も無い。
「アハッ、計画通り★」
しるくは腰を垂直にストンッと落とし、真横に薙がれた手斧の一撃を回避する。と同時に、超低姿勢から鎖を津軽の足首に絡ませた。
ドスンッ!
「うぐッ!」
カウンター気味に鎖で脚を引っ張られたため、全く受け身がとれないまま、仰向けに床へと倒れ込む。しかも後頭部を強打してしまい、気絶。
「ぅぅぅ……」
小さな呻き声を漏らし、一瞬にして勝負がついてしまった。
「えッ、ちょッ!?」
弥富が二人を交互に見ながら慌てる。
「フフフッ、イイ事思いついちゃったぁ♪」
今度はしるくの口元がニヤける番だった。
「うお~~い。起きてちょうだいな」
ペチペチッ、ペチペチッ
「……ッ、んん、うぅぅぅ……?」
片頬を軽くはたかれる感触に意識が覚醒し、津軽は後頭部に鈍痛を感じつつ、瞼を開いた。
「超ざまぁぁぁぁぁ~~~~ッ! プギャー!m9(^Д^ )m9(^Д^)9m( ^Д^)9mプギャー!」
起き抜け一番に視界に入ったしるくのどや顔。イラッとしてすぐに立ち上がろうとしたが、手脚が上手く動かせなくて尻もちをついた。
「迂闊ッ……!」
手首には手錠がかけられ、脚はさっきの鎖で縛られていた。
「夜中に不法侵入して家族を人質にとったり、刃物を振りかざして襲ってきたり。こんな危険人物はすぐに通報してやりたいけど、アタシの立場上そうはいかないからね」
「大丈夫ですか……津軽さん?」
心配そうに声をかけてくる弥富であったが、気恥ずかしそうに目を逸らしている。理由は単純。気絶していた間に、いいように弄られちゃったから。
「なッ、わたくしのスーツが……やってくれましたわね」
今の彼女は下着姿。着ていたフォーマルスーツは、部屋の隅にポイッされてる。
「政府の役人様は仕事熱心だからね」
イヤらしい笑みを浮かべ、没収した手斧をチラつかせる。
「甘い。全裸にされたとしても、任務を放棄するなどあり得ませんことよ」
「それは殊勝な心がけ。全国のニート共に聞かせてやりたいね」
「わたくしは実動課のエージェント。定期連絡が無ければ上司が不審に思い、黙っていても電薬管理局が動きますわよ」
「それなら平気。さっきケータイを叩き壊したから、GPSで探知される心配無いし。それに、わざわざ単独でやって来たということは、この場所を他の人間は知らされてないって事だろうしね」
「うッ……」
DQNのクセにこういう駆け引きでは妙に頭がまわる。
(俺の人質生活……延長決定)
実家の父と母よ、良い報告と悪い報告があります。良い報告は、津軽さんの下着姿をオフィシャルに堂々と観れた事。悪い報告は、全くもって事態が好転しなかったという事。
コスプレ神「こまけぇこたぁいいんだよッ!」
こうして夜はますます更けていった。